言い訳をするなら、何も感じ取ることが出来なかったから、だろうか。無論そのような言い分など本当に言い訳にか過ぎず、自分達の犯した失敗を正当付けるものにはならない。否、してはいけない。 「お前達は逃げろっ!」 宙を舞う血飛沫。 鼻につく鉄の匂い。 滴り落ちる血が溜まる地面。 ――目の前の背中にある、血が流れる大きな切り傷。 「早く行くんだっ!」 叱責する声に弾けるようにして立ち上がり、一年生達の手を掴む。迷子癖のある三年生の手は既に一年生の片方と繋いであるので、恐らくは大丈夫だろう。 「走れっ!」 命令にも近い叫びに、今何をすべきか分かっている身体が一年生達を引きずるようにして走り出した。 慌ただしく保健委員会が出入りを繰り返す医務室の前で、ただ呆然と三木ヱ門は突っ立っていた。隣にいる一年生の団蔵と左吉は泣きじゃくり、三年生の左門は堪えるようにして俯いている。 教師には自室に戻るよう促されたが、彼等の中で誰ひとりとして戻ろうとする者はいなかった。全員が、今医務室で治療を受けている委員長の潮江文次郎の安否を、無事であることを祈っている。 ――どうしてこうなったのだろう。一向に出て来ない校医の新野を待ちながら、そうぼんやりとする頭で考える。 (ああ、そうだ……) 会計委員会全員でお出かけする日だった今日。満足いくまで遊んだ学園への帰り道。 三木ヱ門はその瞬間が訪れても、何が起きたのか分からなかった。 己の名を呼ぶ鋭い声、目の前を一瞬で過ぎる影。 何かを切り裂く音、振り返った先で見た血飛沫。 ――己を庇うようにして立つ、苦痛に顔を歪めた文次郎の姿。 (私のせいで……) 何者かに襲われ、それを庇われたと悟った瞬間、文次郎は三木ヱ門に後輩達を連れて逃げろと命じた。背中に傷を負いながらも得意武器である袋鎗を手に取り、襲ってきた男と対峙しながら。 その叱責は三木ヱ門の思考回路を縛り、ただその命を遂行しようとがむしゃらに後輩達を引っ張り学園へと走った。偶然正門にいた教師の土井と山田と搗ち合い、様子が可笑しいことに気付かれ問い掛けられたことで、思考回路は命令から解き放たれた。 山田に止められていなければ、話を聞き真っ先に駆けていった土井の後を三木ヱ門は追い掛けていただろう。四年生だというのに何も出来なかったという事実が、悔しくて情けなかった。 (先輩は……) よくぞ後輩達を無事に連れて帰ってきた。そう教師は三木ヱ門を褒めた。文次郎は大丈夫だよ。校医と共に治療に当たっている保健委員長は慰めた。 だがそれは本当にそうなのだろうか。己は責められるべきではないのだろうか。なぜならあの時三木ヱ門が気付いていれば、文次郎は深手を負うことは無かったのだから。 (私が……っ!) 誰かの叫び声が三木ヱ門の耳に届く。激しい後悔と憤りで溢れたそれはとても近く、だが遠い所から聞こえてくる。 その叫び声が己のものであると気付いたのは、団蔵と左吉が両脇から抱き着き、左門が声を上げて泣き。それを見ていた己の視界が涙でぼやけ、声をかけようにも出て来ないことでだった。 20130319 匿名様へ prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |