※幼馴染み主と文次郎のやり取りと関係を知ったばかりの鉢屋三郎視点
※六年生→三年生、五年生→二年生の年齢操作有り


 忍者において絶対的に必要である変装、化粧の技術。忍術学園にはそれに特化している者が二人おり、それぞれ『名人』と『達人』という称号が与えられている。
 一人は六年生であり会計委員会三代目委員長。彼は特に女装を得意としており、かなりの色好きなことでも有名な『名人』である。
 もう一人は二年ろ組の鉢屋三郎。二年生ながらにして『達人』と呼ばれている彼は、普段はクラスメイトである不破雷蔵の顔で過ごしており、素顔を誰も見たことがない。あらゆる人間に変装出来る彼のことを教師は称賛するが、直ぐ上の先輩達からは良くは思われていなかった。
 だが鉢屋は飄々とした性格の持ち主でもあった為、それらを意に介することはなかった。悪戯されれた時は倍返ししたり、逆に罠にかけて遊んだりと見事な悪戯小僧っぷりを発揮させては神経を逆撫でることも度々あった。

「潮江先輩、みーっけ!」
「げっ、鉢屋……」

 そんな彼だが、先輩の全員と仲が悪い訳ではない。数は多いとは言えないが、仲のいい者も勿論いる。
 その中でも一等気に入っているのが、三年い組で会計委員の潮江文次郎だった。

「『げっ』て何ですか『げっ』て。それが先輩を探していた可愛い後輩に対する態度ですか?」

 正門でコソコソ周りを窺っていた文次郎を見つけ勇んで駆け寄ったのだが、しまったと言わんばかりの反応に鉢屋はわざとらしくむすくれた。それに文次郎がギョッとし「違うんだ」と慌てて弁解する。

「今日は特に林先輩に見付かりたくなくてな、だから誰にも会いたくなかっただけでお前だから嫌だとかそういう訳ではないぞ!」

 ああ、これだから楽しいと不機嫌な表情を作りながら内心ほくそ笑む。
 潮江文次郎という男は、鉢屋の変装の技術を素直に称賛した数少ない先輩である。そればかりでなく、後輩である鉢屋にアドバイスを求めて来たり、負けを認めた上で絶対に勝つと宣言してきたりと実に面白い人物だ。
 また、彼はどんな時でも鉢屋という存在を受け入れた。その為仲のいい同級生が忙しい時は、こうして文次郎で暇潰しをするようにしている。
 さて、今日はどんな悪戯をして先輩で遊ぼうか。外に行くみたいだし、着いていって甘味でも奢ってもらおうか。
 後輩を怒らせたと慌てている文次郎を尻目に、鉢屋はいい暇潰し方法を考える。

「あっ、しまった時間が……。悪い鉢屋! お土産買って来てやっからまたな!」

 だが今日に限って、文次郎は何時もと違う行動に出た。

「えっ、先輩!?」

 何時もならば鉢屋の機嫌が治るまで宥めてくるというのに、装っているとは言え不機嫌なままの状態で置いていかれ、鉢屋は思わず声を上げた。然し文次郎は意に介せず門をくぐり、町の方へと走って行く。
 ポツンと正門に置いていかれた鉢屋は、結果としてその背中を見送ることになってしまった。我に返り文次郎にあしらわれたことに気付き、今度は本気で不機嫌そうにする。

「何だよ潮江先輩のくせにっ! 俺を置いていくなんてっ!」

 悔しさの余り地団駄を踏む。然し睨めども文次郎は帰ってこない。
 鉢屋は直ぐさま外出表に名前を書き、門を飛び出した。目指すは己を置いていった文次郎である。


*-*-*-*


 文次郎は本当に急いでいたらしく、町に着く迄の間で追い付くことは出来なかった。すっかり人混みの中に消えてしまっている先輩を探し出す為、鉢屋はまず顔を変えることにした。雷蔵の顔のままだと逃げられる可能性がある。
 また、文次郎は休みの日は裏山等で鍛練を行うのが常である。ここ最近は会計委員長に何処かに連れていかれているようだが、それさえも嫌がるそぶりを見せている。外出して遊ぶよりも鍛練をして過ごす方が好きなのだろう。
 そんな彼が積極的に町に行くとすれば、学園に関係する店か甘味処位である。今日は時間を気にしていた為、時間帯によっては売り切れることもある甘味処の方が可能性は高い。
 鉢屋は文次郎行きつけの甘味処へと急いだ。その道中見知った顔を見た気がしたが、気にかける余裕等ない。

(いたっ! 潮江先輩だっ!)

 甘味処に着き中に入ると、隅の席でおしるこを食している文次郎を発見した。やはり甘味が目当てだったらしい。
 己よりも甘味の方を優先したのか、と憤慨した時、ふと文次郎と同じ席に誰かがいることに気付いた。何処かで見たことがある少年が、文次郎と何やら親しげに喋りながら同じものを食している。
 誰だろうと思いつつ、二人の会話が聞こえる席に着いた。適当に注文し、二人の会話に耳を傾ける。

「でさ、林先輩『絶対次の試験で満点とるぞ!』って俺以上に張り切ってんだよ」
「うわー、想像つくー。だから文ちゃんここ最近、御園先輩に連れ回されてたんだな」
「場所が場所なだけに三木ヱ門にどこ行っているのか聞かれても答えられなくてな、『御園先輩とばかり狡いです! 私とも遊んでください!』ってとうとう泣かれちまってよ……」
「……あー、一年の田村君ね。そういやあの子、文ちゃんに懐いてるよな」
「こーた先輩とおーた先輩に林先輩は付きっきりだからな。後輩の面倒は俺が見ているんだ」
「そういや双子先輩、委員会活動に来ないんだっけ?」
「ああ、三木ヱ門が鉄粉お握りを食べれないって拒絶して以来ずっとだ。俺と林先輩だけだったら、来てくれるんだがな」

 参ったよ、お疲れさん、と言葉を交わし笑い合う二人。その文次郎の、心から安心しきった緩い表情に鉢屋は驚いた。
 文次郎は喜怒哀楽がハッキリしているが、何時も何処か気を張っており、同輩や後輩の前では緩めようとはしない。先輩の前では幾分子供っぽさが滲み出るようだが、ここまでではなかった。

(この人、誰なんだ……?)

 自然に鉢屋の関心は、文次郎と喋る少年に移った。文次郎が心から信頼していると見ただけで分かる見覚えのある少年、その彼に変装すれば、文次郎はより面白い反応をしてくれるのではないだろうか。
 沸々と沸き上がる悪戯小僧の悪巧みに、口角が自然と上がる。

「こらーっ! 文次郎お前何逃げてんだっ!」

 丁度その時だった、店に鋭い怒号が響き渡ったのは。
 ギョッとして出入口を振り返ると、文次郎と少年の会話に出ていた会計委員長が眉を釣り上げてそこにいた。これに一番驚いたのが文次郎であり「げっ」とうめき声をあげる。

「林先輩どうしてここに……っ!」
「そいつの名前もあったからな、ここにいるってこと位直ぐに分かるっつーの。でっ、今日は俺と一緒に行く約束だったよなぁ?」
「さっ、先に約束を交わしたのは伸一郎でした! それに、俺今日は絶対無理って言ったじゃないですか!」
「試験で赤点取っておいて休みがあると思うなよ文次郎! この俺が指導してるんだから目指すは満点だ!」
「仙蔵がいるのに満点なんて無理ですよぉ!」
「さあ行くぞ文次郎! ……あっ、そこの文次郎の幼馴染み、こいつの分も宜しく」
「うぃーす」
「伸一郎の裏切り者ぉ!」

 怒涛の勢いで会計委員長は文次郎を俵担ぎにし、店を出ていった。残された人達はそれをポカンと見送り、その隙に少年は金を払いそそくさと店を出ていく。
 鉢屋は文次郎がコソコソとしていた理由が分かり、成る程と納得していた。どうやら女装の鍛練から逃げてここに来ていたらしい。その理由が先に約束をしていたから等という、常の彼ならば有り得ないもので。

(幼馴染み、ね……)

 文次郎は余程のことがない限り鍛練を優先する。その彼が先輩の目を欺いてまで約束を果たそうとする存在、それが先程の少年――文次郎の幼馴染み。

「お待たせしました」
「あっ、どうも」

 ここまで面白い存在を知らなかったことに若干の後悔、文次郎をからかういい材料を手に入れたことへの大きな喜び。
 運ばれて来た甘味に手を付けながら、鉢屋はほくそ笑む。
 さて、どうやって先輩をからかってあげようか。

20130228 椎名様へ
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