「よっし、予算案完璧! 行くぞ会計室に!」
「いってらっしゃーい」
「文次郎に会わねえのか?」
「急いで行きましょう、委員長」


 仁ノ助と誠八郎の人知れず行われた対談から、早数週間が経った。
 次の日に文次郎自ら礼を言いに行きたいと誠八郎に頼んだことにより、二人の計画は実行に移された。そして仁ノ助の強行手段により文次郎は会計委員会に強制移籍されることになり、各委員会に波紋を呼んだ。
 だが二人が予想していたよりも、文次郎はすんなりと移籍を受け入れた。唯一カミュと会えないのは寂しいと訴えたが、飼育小屋に遊びに来ることを許可するとあっさりと引き下がったので、逆に仁ノ助が拍子抜けしていた。

「つうかお前、文次郎が移籍するの反対じゃなかったのか?」
「ええ、寧ろ俺は推奨派でした。可愛い可愛い文次郎が委員長の毒牙にかかる前に避難させるのが、俺の役目だと思ってましたので」
「お前のその口本当縫ってやりてぇ……!」

 輝かしい笑顔で宣う友成に、誠八郎は握り拳を作る。それにまあまあと本人が宥めてくるので余計腹立たしい。

「それよりも文次郎の方が意外でした。あんなにもあっさり移籍を受け入れたなんて」
「……ああ、そうだな」

 明白な話題転換だったが、尤もなことだったので誠八郎はそれに乗っかかることにした。手にある予算案に目を落とし、あの日の文次郎の言葉を思い出す。

『先輩が俺を必要としてくださるなら、喜んで会計委員会に入ります』

 拉致られる形で会計委員会顧問の所に連れていかれ、移籍の話をされた時。文次郎は仁ノ助を見上げ、真っ先に問い掛けた。
 俺が必要なのですか、と。
 それに仁ノ助が頷くと文次郎は嬉しそうに笑い、そして移籍の話に頷いた。
 もしかすると、文次郎またあの邂逅で仁ノ助に何かを感じたのかもしれない。だからこそ純粋に慕う目を、仁ノ助に向けていたのではないだろうか。

「文次郎って、仁ノ助に似てるよなー」

 計画通り誠八郎は仁ノ助を非難し文次郎を引き止めたが、その本心は違った。これで良かったのだと、あの時安堵をしていた。
 勿論寂しいが仕方ないと何度目か分からないことを思った時、ふと友成が己を見ていることに気付いた。

「なんだよ」
「……えっ、文次郎があの人と似ていたから、溺愛してたんじゃなかったんすか?」
「はあ!? なわけないだろ!」
「……てことは本気で少年愛? うわー、引くわそれ、あんた単なる変態じゃないっすか」
「誰が変態だ! 大体俺が好き、なのは、その……」
「顔赤らめて恥じるなよ気持ち悪い」
「ちょっと面貸せよ、一からその根性叩き直してやる」

 予算案を提出しに行っているのを忘れ誠八郎が本気で構えた瞬間、パッと何かが間に割り込んできた。その存在に、「おっ」と誠八郎は構えを解く。

「カミュ、久しぶりだな」
「文次郎に会いに行くのか?」

 それは、文次郎が会計委員会入りしたと同時に自ら山に戻って行った狼のカミュだった。だが戻ったと言っても時折飼育小屋を訪れているので、放し飼いに似た感じなのかもしれない。因みに戻って来る時は大抵文次郎が遊びに来ているので、カミュの飼い主は文次郎だと生物委員は認識した。
 カミュは立派な尻尾を一振りし、誠八郎の横に並んだ。それが早く行けと促しているように感じたので、誠八郎と友成は再び足を進め出す。

「そういや委員長、良かったっすね。文次郎が会計委員会に入って」
「あっ? どういうことだよ」
「だってこれであの人に会いに行く口実が出来たじゃないですか、文次郎に会いに行くフリをすれば完璧ですよ」
「なっ、なっ、おまっ、何を言って……っ!」
「だって見てるこっちが焦れったいんですよ、あんた。なんでこんなに分かりやすいのに、誰も気付かねえんだろ……。あっ、小田がいるからか」
「その名前を出すな、本気でムカつくから」
「まあまあ。一応俺はあんたを応援してるんで、それなりに頑張ってください」
「応援してるのにそれなりって何!? しかも一応かよ!」

 ギャーギャー騒ぐ生物委員会上級生コンビに、フッとカミュは笑う。
 彼等は気付いていないのだろう、会計室がすぐ目の前であることに。彼等の会話が丸聞こえであることに。

「すみません委員長、虫を発見しましたので退治しに行っても宜しいでしょうか?」
「虫ぐらい放っておけ、くだらん」
「仁ノ助先輩、『虫』の意味が違いますって」
「小姓先輩に、生物委員長」
「組頭委員長、モッテモテー」
「何を言っているんですか! 私のは純粋な憧れでしてね!」
「いやぶっちゃけ大差ないっすよ、徳ヱ門先輩の場合」
「……一体何の話をしているんだ、お前達は」

 人よりも敏感な耳に届く、会計委員会の声。

「櫻坂委員長と徳先輩は、仁先輩のことが大好きってことですよね?」

 その中でもどんなに離れていても聞こえる、内なる才能を秘めた子供の無邪気な声にカミュは駆け出す。


 潮江文次郎。泣き虫なことで有名な、才能がないと思われている普通の子供。だが会計委員会に入ったことで、彼は内に秘めた才能を開花させていくことになる。
 後に初代組の宝とも呼ばれたその子供は、間違いなく忍の原石であった。

20130216
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