※文次郎が会計に入るまで


「お前なんか昔から嫌いなんだよバーカ!」

 毎回毎回言わないよう気をつけているのに、出て来るのは悪態をつく言葉ばかり。直ぐに溢れ出る後悔に唇を噛み締め、目の前にいる人物を睨む。
 目の前にいる人物――浜仁ノ助の表情が微動だにしないことに、櫻坂誠八郎は泣きたくなった。


二人の邂逅


「またやっちゃったよ今度こそは嫌われた絶対嫌われた俺どうしよう……」

 飼育小屋に住む者達に餌をやりに来た誠八郎は、狼達が肉を頬張るのを眺めながら深く息を吐いた。
 生物委員会に一年生の頃に入り早五年、最上級生となった誠八郎は委員長として学園の生き物の命を握る責任者を任されている。
 飼育小屋は最早誠八郎の縄張りと言っていいだろう、そこで暮らす殆どの生き物が誠八郎をリーダーとして認めている。
 だが残念ながら誠八郎は動物や虫と親しむ余り、人との接し方が苦手になっていた。特に好意を抱いている者に対しては正反対のことを言う悪癖が発動し、その度に誠八郎は飼育小屋に逃げ込み傷心を癒すのである。
 今日も今日とて悪態をついてしまい、誠八郎の背中には暗雲が漂っていた。
 狼達はそれを横目で見ているが、慰めも何もしない。去年までは気を利かした一頭が擦り寄り慰めるのが主流だったが、今年に入り狼達はその役目を譲り渡すことになったのだ。

「櫻坂委員長? どうなさったのですか?」

 ――生物委員会唯一の一年生、潮江文次郎に。

「文次郎ぉおおお!」
「わぁっ!」

 同じく餌やりに来たらしい文次郎が、持って来た肉を脇に置きに話しかけた。それを待ってましたとばかりに、誠八郎は文次郎を抱きしめる。

「文次郎は今日も可愛いなあ可愛い可愛い癒されるぅ!」
「委員長苦しいですぅ……」

 目一杯抱きしめられ、文次郎はバタバタと腕を動かした。だが誠八郎は全く気にせず文次郎を腕の中に閉じ込めたまま。小動物か何かと勘違いしているからか、ほお擦りまでし出す始末。

「あー! あんたまた文次郎に手を出して! いい加減にしろショタコン委員長!」

 端から見ると危ない光景に、騒ぎをきき付けやってきた五年生の梶ヶ島友成が文次郎救出をするべく誠八郎の背中を思い切り蹴り飛ばした。
 完全に油断していた誠八郎は衝撃に手を離し、その隙に文次郎を奪われる。
 解放された文次郎はホッと息を吐き、助けてくれた友成に礼を言う。

「先輩、有難うございました」
「もう一人で委員長に近付いたら駄目だからな、文次郎。ほら、カミュに餌やって来い」
「はい! カミュ、ご飯だぞ!」

 一体どちらに対しての肯定なのか、文次郎は聞き分けのいい返事をし、置いていた肉を取り狼達の寝床に入っていった。それを狼達は威嚇することもなく餌に群がることなく、当然のように脇に退き文次郎に道を作る。
 その『異常』な光景に、友成は息を吐いた。誠八郎も起き上がり、あーと意味なく声を出す。

「これは文次郎とカミュ、どっちが掘り出し物だと思うか?」
「両方、が妥当じゃないっすか?」
「だよなぁ……」

 地面に胡座をかき頬杖をつく。視線の先には可愛い後輩、そして一匹の狼――名はカミュ。
 カミュは飼育小屋に住む狼とは一風変わっていた。規格外な大きさに、威厳を備えた風貌。どこかの山の主であったのか、飼育小屋に来て直ぐに誠八郎とは違った意味で生き物達の頂点に君臨した。
 誠八郎をリーダーとするなら、カミュはその上の王である。
 その証拠に、カミュは誠八郎に懐いてはいるが忠誠を誓っていない。近付いても威嚇はしないが、決して誠八郎達の手から餌を受け取ろうとはしない。
 そんな中唯一カミュに心を許されているのが、一年生の文次郎である。彼に怪我していた所を保護され連れて来られて以来、カミュは文次郎にだけ忠誠にも似た態度を取っていた。その為、飼育小屋の生き物達は文次郎に危害を加えようとはしない。
 飼育小屋に君臨する王たるカミュ。その狼に心を許されている文次郎。
 この一人と一匹がいれば、城も簡単に落とせるのではないかと時々本気で思ってしまう。

「いや、文次郎がそんなことするとは思わないけどさ、泣き虫だし」
「何がっすか?」
「独り言だ、何でもない」

 思わず考えていたことが口に出た誠八郎は、不思議そうに見てくる友成を適当にはぐらかした。
 友成は一瞬眉をひそめたが「そっすか」とそれ以上掘り下げてこない。その代わり、別のことを聞いてくる。

「で、今日もまたやっちゃったんですか?」
「うぐ……っ!」
「あんたも本当悪趣味っすね。これを機にくノたまとか町娘に目を向けたらどうっすか? そっちの方がよっぽど可能性大だと思いますよ」
「それが出来たら苦労しねえよっ!」

 忘れていたことを思い出さされ、誠八郎は顔を手で覆い地面をゴロゴロと転がり回った。制服が汚れる等とは気にしない、飼育小屋に入った時点で既に汚れるのは確定している。

「俺だって何度も諦めようって思ったさ。けどあいつがその度に俺を誘惑するのがいけないんだ畜生! あの鬼畜タラシ野郎め!」
「勝手にされてるだけっしょ、てか誘惑とか気持ち悪……」
「仕方ねえだろぉ! 俺だって自分が自分で気持ち悪思ってるわバーカ!」

  おいおい泣く誠八郎は、現在進行形で三禁である『色』を破り片想いの真っ最中である。その相手を脳裏に浮かべた友成が呆れの目を向ける。

「よくもまあ、あの鬼の会計委員長に長年片想い出来ますよね」

 誠八郎が思わず悪態をついてしまいこうして後悔に悩まされる程好いている相手は、くノたまでも町娘でもない、寧ろ異性でない。
 相手の名前は、浜仁ノ助。誠八郎のクラスメイトであり同室者である、紛れも無い同性であった。


 浜仁ノ助。その名を知らない者はいないという程有名人である――良い意味ではなく、悪い意味の方で。
 昨年彼は会計委員長代理に任命されたと同時にそれまでのお飾り委員会を地獄の会計委員会へと作り替え、今まで贅沢三昧だった各委員会の予算を全額カットし、忍たまの殆どを敵に回した。特に同輩からの反発が強く、彼は学年内で孤立していると言っても過言ではない。
 誠八郎もまた、表面上は会計委員会――仁ノ助と敵対している。これは悪癖もだが、それ以上に生物委員会を守る為でもあった。
 現在孤立している会計委員会、その味方になれば多くの忍たまを敵に回すことになる。生物委員会の後輩達を犠牲にしてまで、仁ノ助の味方になる度胸を誠八郎は持っていなかった。
 然しそのせいでより一層仁ノ助との距離が開くという、恋い焦がれる身としては苦しい結果となり。
 自分の恋を犠牲にしてまで生物委員長としての役目を果たした誠八郎は、予算を巡る口論をしては悪態をつき、その後飼育小屋で落ち込むというしょっぱい日々を送っていた。


「一体あれの何処にそんなに惚れ込んでいるのやら、理解に苦しむ……」

 餌を食べ終わったカミュが文次郎にじゃれついているのを眺めながら、友成が誰に言うわけでもなくそう呟く。それが自分に言われていると勘違いした誠八郎が、俯せたまま地面にのの字を書き出した。見える耳が赤く染まっているのは、照れているからだろう。

「いや確かにあいつ優しさのカケラもない、不器用で融通も利かない頑固な鍛練馬鹿だけどさ、身内は大事にしてるし、絶対他人を言い訳にしないし、時々、ほんと時々だけどこっちが驚くくらい――……」
「誰が惚気を聞かせろと言った」
「ああ"!? それが先輩に対する口の聞き方か!?」
「あっ、すんません。あまりのウザさについ本音がポロッと」
「お前なあ!」

 礼儀のなっていない後輩に、誠八郎は勢いよく地面から立ち上がった。前が土塗れになっているが気にしないで詰め寄る。

「前々から思ってたが、お前俺を先輩だと思ってないだろ! 少しは俺を敬ったらどうだ!?」
「なんで少年愛に目覚めたあんたを敬わないといけないんすか、つかどこを敬えと?」
「少年愛じゃない! 文次郎愛だバーカ!」
「どっちも一緒だよショタコンが。ショタか老け専かどっちかに統一しろよややこしい」

 けっと吐き捨てる口が悪い友成に、誠八郎のこめかみに血管が浮き出た。元よりこの後輩とは仲が悪いのである。思わずつかみ掛かろうとしたその瞬間、パッと間に小さな存在が割り込む。

「先輩! 委員長は落ち込んでいるのですから、優しくしてあげないと駄目ですよ! カミュもそう言ってます!」
「もっ、文次郎……っ!」

 間に入ったのは文次郎だった。誠八郎を守るようにして短い腕を精一杯広げ、ムッとした表情で友成を見上げている。
 後輩の素直且つ愛らしい行動に、誠八郎はキュンとときめいた。友成も可愛がっている後輩に責められ、うっと顔を引き攣らせる。

「いや、な、文次郎、俺は別に委員長を本気で……うん、そうだな、俺が悪いよな。すんません委員長、余計なこと言い過ぎました」

 言い訳しようとし、だが文次郎の訴えてくる目に負け素直に非を詫びた。文次郎という心強い味方を得た誠八郎は、それにフンと勝ち誇った笑みを浮かべる。

「分かればいいんだよ、分かれば」
「……どこぞの生娘宜しくウダウダしやがってる癖に」
「おい今なんつった?」
「いえ何も? 文次郎、今日は毒虫について勉強しようなー」
「はい! ご指導宜しくお願いします!」

 ボソッと呟いたことをはぐらかした友成は、文次郎を抱き抱えそそくさと小屋を出ていった。それにムッとしつつも、文次郎が勉強と聞いて嬉しそうにしていたので我慢する。
 狼達の小屋に残された誠八郎は息を吐き、いつの間にか隣にいたカミュに話し掛ける。

「俺、後輩の教育間違ってたのか?」

 さあと言わんばかりに、カミュは立派な尻尾を一振りした。

20130216
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