SS 自由気まま 『悪い! あいつが急に買い物に付き合ってくれって言ってきてさ、今日のデートはまた今度にしてくれ!』 「後で映画チケット代返せよ、ついでにぶん殴らせろ」 工藤邸に家政夫として通い始め、大学生活との両立も慣れてき始めた頃。 久しぶりに留三郎からデートの誘いを受けて、渋る新一を説得させて大型デパートの最上階にある映画館に来た文次郎は、予想はしていたドタキャンの連絡に深く息を吐いた。 通話を切り携帯をポケットに仕舞う。手の中にある二枚のチケットを見て出てくるのは溜息だけ。 (まぁ、来ないって分かっているくせに買った俺も馬鹿なんだけどよ……) 遅れるかもしれないから先に買っておいてくれ、と頼まれた映画のチケット。内容は有名監督のアニメ映画新作で、現在最も人気上映されている。席を取るのでさえ何時間も並ばないといけないのだが、文次郎はわざわざネット予約で二人分の席を確保したのだ。 来ないと分かっていつつも、心のどこかで期待している己の女々しさには苦笑しか浮かばない。 「しっかし、どうすっかなこれ……」 デートでなくとも見に行きたいと思っていたので、一枚はこのまま使うがもう一枚は無駄になる。誰かに譲ってもいいのだが、隣同士の席を取った為二人以上で来ている人に渡しても迷惑だろう。知り合いを呼ぼうかとも思ったが、上映まで残り二十分なので諦める。となると、先程言った通り留三郎から迷惑料として金を取り上げるのが一番だろう。 喧嘩をしてでも巻き上げると誓った文次郎は食べ物でも買おうと売店に向かおうとし、「えぇー!?」という子ども達の甲高い叫び声に足を止めた。 「博士自分の分の予約忘れちゃったの!?」 「しっかりしろよなぁ、博士」 「今からでは席も取れませんし……」 「でも歩美たちだけで入ってもいいのかな?」 振り返れば、見覚えのある後ろ姿の老人が子ども達に囲まれていた。よくよく見れば、見知った顔もその中に混じっている。 「哀、博士」 思わず声をかければ、老人と子ども達の一人――阿笠博士と灰原哀が振り返った。文次郎を見てやや目を見開き、ついでにっこりと破顔する。 「文次郎君じゃないか」 「今日は、文次郎さん。貴方も映画を見に来たの?」 「ああ。哀たちもか?」 「ええ。でも博士が自分のチケットの予約を忘れちゃったみたいで……」 「トホホ……」 全くという風に哀が博士を見上げ、文次郎と同じくネット予約をしたらしいが肝心の自分の分を忘れた博士が悲しそうに涙を流す。 しかし、文次郎は目を輝かせた。博士は顔見知り。保護者としてきているみたいなので席は彼女たちと離れていても大丈夫だろう、チケットを渡しても問題はない。問題と言えば彼らが見ようとしている映画が同じかどうか。この時間帯に上映するのは他にもある。 「博士たちは何を見るつもりなんですか?」 「あれじゃよ、子ども達が見たいと言ってのう」 指差されたポスターを見れば、文次郎が買ったチケットの映画。 これはなんという幸運なのだろうか、と内心ガッツポーズを取る。 「丁度良かった。博士、良ければこれ貰ってくれませんか? 一緒に見る予定だった奴が急に来れなくなって、困ってたんです」 手に持つ二枚の内片方を渡せば、博士は目を丸くした。いいのかと確認され頷くと、ほっと安堵し嬉しそうに受け取る。 「すまんのう、お金は後で……」 「気にしないでください、何時も世話になっているお礼です」 パタパタと手を振っていらないと意思表示する。博士は納得していない表情を浮かべたが、文次郎に受け取る気は到底ない。 このまま渡すいらないの押し問答に発展するかと思いきや、じっと文次郎を見上げる子ども達によって流れは切られた。 「なー、博士。このおっさん誰?」 「怪しいですね……」 「うん、なんか怖そう……」 「まさかヤクザか!?」 ――非常に正直かつ残酷なまでに悪意の無い言葉によって。 「……俺、まだ二十一の大学生なんだが……」 素直すぎるそれに文次郎の心は抉られた。絞り出した言葉に「えぇ!?」と大げさに驚かれたことで更にダメージが追加される。 (俺、そんなに老けて見えるのか……?) 家族の中で己だけ老け顔――実際は隈と眉間の皺による効果で他の家族と同様童顔なのだが本人は気付いていない――なのは自覚していたが、それでも率直に言われると落ち込んでしまう。これが知り合いだったなら遠慮なく怒鳴れたのだが、初対面の小学生に対していきなり怒鳴る真似など出来ない。 目に見えて落ち込む文次郎を流石に哀れに思ったのか、博士と哀がフォローに入る。 「これこれ、そんなこと言ったらあかんぞ」 「この人は潮江文次郎さん。東都大学三年生。工藤君家の家政夫さんよ」 最後の情報は必要ないと思ったのだが、そうではないらしい。胡散臭い物を見る目を向けていた三人は一瞬にして目を輝かせた。 「まさかあの!?」 「新一さんにご飯を食べさせることに成功した!?」 「見た目からは全然想像できない優秀な家政婦さん!?」 「すっごーい!」 最後の叫びは三人同時だった。 打って変わってキラキラとした目を向けてくる三人に文次郎は反射的に後ろに後退る。しかし三人はずいと下がった分だけ近付いてきた。 「どうやって新一さんにご飯を食べさせることが出来たんですか!?」 「新一兄ちゃん元気にしてる? また無理して倒れてない?」 「なぁなぁ、上手い飯作ってくれよ!」 三人同時に話されても文次郎に聞き取ることは出来ない。何とかしてくれと哀に目で訴えると、はぁと心底面倒臭そうに息を吐かれた。やはり彼女は小学生らしくない、否、本来は新一より一つ年上の女性だとは聞いているが、小学生として新たな人生を歩むことを選んだ割には小学生らしく振舞っていない。 「貴方たち、まず最初に自己紹介でしょ?」 「おう、そうだったな!」 一番体格のいい少年があっさりと哀の言葉を聞き入れた。残る二人もそうだねと言いながら、三人でビシッとポーズを作る。 「帝丹小学校一年B組、円谷光彦!」 「同じく、吉田歩美!」 「小嶋元太!」 「我ら、少年探偵団!」 見事に決まった決め台詞に、文次郎は感心したように拍手をした。 「さっすが無類の探偵ブーム。罪作りだな、新一も」 ――現在彼らのように少年探偵団を名乗る子ども達は急上昇している。言わずもがな工藤新一に憧れて結成されたものであり、ただ名乗っているだけで実際何もしていないのが殆どなのだが。 しかし、彼らは文次郎の反応にいたく気分を害したらしく、ムッと顔をしかめた。 「違います! 僕達はずっと前に結成したんです!」 「他の奴らと一緒にするなよな!」 「歩美たち、いーっぱい事件解決してきたんだもん!」 「……この子達の話は本当よ。今ここにはいないけど、前に話した江戸川コナン君と一緒にね」 「……ああ、なるほど」 哀の補足説明で文次郎は漸く合点がいった。 新一からコナン時代の話は聞いており、小学生の仲間に少年探偵団に引きずり込まれたと言っていた。その探偵団が彼等なのだろう。 「そりゃあ悪かったな。謝るよ」 「分かればいいんだよ、分かれば」 「もう僕達の事、他の名前だけの探偵団と一緒にしないでくださいね?」 「今回は許してあげる」 ――新一、もといコナンといただけあり、非常に小生意気である。 少しイラッときた文次郎だったが、博士に苦笑を向けられたので相手は小学生だと自身に言い聞かせる。こんな所で怒鳴り散らしても気分を害するだけだ。 「よーし、それじゃあ映画見に行こうぜ!」 「歩美楽しみ!」 「今回のはとっても期待できる作品みたいですからね!」 どこまでも自由気ままな少年探偵団たちはあっさりと関心を文次郎から映画に移し、我先にと向かっていく。その後ろ姿を見つめながら、文次郎はポツリと一言。 「苦労してるな、哀も」 「ええ、江戸川君が工藤君に戻ってからは特にね……でも、そう悪くないわよ?」 「面倒見いいな、俺には無理だ。新一で手一杯だぜ」 疲れたように肩を落とす文次郎を、博士がまぁまぁと宥め、哀が可笑しそうに笑う。 今度からは少年探偵団に近づかない様にしようと決心した文次郎だったが、この日以降度々彼らに遭遇し、都合のいい大人もとい保護者役に任命されることになるのだった。 2015/03/03 prev 栞を挟む next [目次 back mix TOP] |