SS
裏庭改造計画


 ドサリと、目の前に積まれた雑誌の山に新一は目を丸くした。
 平日は大学があるからと基本昼間は家にいない文次郎に、休日は一日中家に居ろと我儘を言ったのは、夏休みが終わり大学に通い始めて直ぐだった。傍から聞けば人権無視の様にも聞こえるが、元より文次郎の休日の過ごし方がバイト。正式に家政夫になってからはその他のバイトを全て辞めた文次郎にとっては新一の我儘は寧ろ有り難かったらしく、以降予定が入らない限り休日は工藤邸で過ごしている。
 とは言っても現役大学生、真面目な文次郎は遊び呆けることなく課題やら勉強やらと忙しい。最初は文次郎にあてられた部屋でしていたのだが、折角家にいるのに寂しいと新一が訴えてからはリビングでする様になった。その間新一はと言うと、文次郎の隣で読書をしたり昼寝をしたり課題を手伝ったり、休学中だが送られてくる課題をしている。
 新一にとって文次郎の隣はとても安心できる場所だった。別の事をしていても隣にいるだけで心が落ち着き、昔に戻ったかのような感覚になる。未だ外に出るのは怖いが、文次郎と一緒なら出られるかもしれない、と最近は思っている。
(――とは思っていたが、これは……?)
 何時もの様に新一の視線を気にせず黙々と作業を始めた文次郎の手元を覗き込む。彼が読んでいるのは課題の資料でもなく、院試の問題集でもない――『ガーデニング特集』という題名の雑誌だった。積まれている本も全てガーデニング関係である。
 確かに工藤邸は古い洋風の外観をしているだけあり、庭も立派なものである。
 工藤夫妻が住んでいた頃駐車スペースとなっていた建物裏の著書室の横の広い場所も、二人がロスに移住してからは自然にできた裏庭として存在している。文次郎が掃除してからはある程度綺麗になったらしいが、新一は実際見ていないのでどうなっているか分からない。
 因みに文次郎が乗っている車とバイクは前庭に停められている。最初は元駐車場現裏庭に停めようとしたらしいが、工藤夫妻の手配により前庭が改装され駐車スペースが設けられたからと文次郎に聞かされた。窓から覗いてみると、確かに前庭の半分が新たな駐車スペースへと生まれ変わり、門の大きさも広くなっていた。ついでにもう半分の方も業者の手によって更に美しく生まれ変わった。
(とすると、まだ手を付けていない裏庭か)
 推理する必要もなく分かる文次郎の目的。完璧主義な面がある彼は、出来る限りの範囲内で裏庭を綺麗にするつもりなのだろう。
 それなら一応家主である新一にも相談してほしいものだ。少しむくれて真剣な表情で雑誌をめくる文次郎の首に腕を巻きつける。
「文次郎」
「……」
 返事が無い。何時もならすり寄れば何らかの反応を示すのだが、完全に無反応。
 むぅと新一は頬を膨らませた。グリグリと頭を肩に押し付け、ふと閃いて文次郎の耳に口を近づける。
 そして、ゆっくりと息を吹きかけた。
「うわっ!?」
「やっと気づいたか」
 耳が弱点らしく、文次郎はゾワリと震えあがり耳を抑え振り向いた。ようやく反応を貰えたことに新一は満足そうにし、するりと移動して文次郎の股の間に入り込む。
「何見てんだ?」
「……普通に呼びかけろよ」
「返事しなかったお前が悪い。で、裏庭のガーデニングでもするのか?」
 文次郎が読んでいた雑誌をめくれば、一つ息を吐いた後そうだと肯定した。目はページを追いながらも経緯を説明する。
「前庭、駐車スペースに改装しただろ?」
「ああ」
「あれ、元からそうするつもりだったらしいんだ」
「そうなのか?」
 初耳のそれに首を傾げれば、文次郎は苦笑を浮かべた。
「前庭は人から見られやすくてお前も気が休めないだろうから、裏の門を高い塀に変えて外から見えない裏庭に改装するんだと。何時でもお前が庭に出る気になってもいいように」
「……父さん達が、そんなことを?」
「ああ。俺はお前が落ち着けそうなガーデニングを調べてくれって頼まれたんだ」
 愛されているな、と頭を撫でられる。新一は一瞬呆けた後、薄らと顔を赤らめた。
(父さん達、そこまで考えていたのか……)
 少し前だったならそれすらも負担になっていただろう。しかし文次郎と言う安心できる場所が出来た今、両親の愛を素直に受け取ることが出来る――もしかすると、こうなると最初から分かっていたのかもしれないが。
「で、お前はどういうのがいい? 俺はこのガゼボなんかいいと思うんだが」
「いいな、それ。中にベンチとか設けたい。あと噴水も欲しい」
「噴水は掃除が大変だからなぁ、だが夏場は涼しそうだ」
 しばらく出ていない外の世界を想像する。
 そこに幼馴染はいないだろう、気障な怪盗との対決もないだろう、探偵仲間たちと共に事件を解決することもないだろう、小学生の仲間たちと遊ぶこともないだろう、サッカーをすることもないだろう。
 けれど、文次郎が隣にいるのなら。
 そう考えるだけで、恐怖の対象でしなかったそれが色鮮やかに染まっていく。
「文次郎、完成したら外でお茶でもしようぜ」
「ああ、そうだな」
 家から一歩踏み出すまで、あともう少し。


2015/02/17 pixiv
2015/02/26 加筆修正
prev 栞を挟む next
[目次 back mix TOP]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -