SS バイト代 ドン、と目の前にあるのは車とバイク。 ただの車とバイクではない。車種を詳しく知らない人でもこれなら知っているよと挙げられるであろう世界的にも有名な高級車に、これまたバイク好きの間で知らない者はいない高級の大型バイクだ。目にする機会はあっても、所有することは一生ないだろうと思っていた二台に、文次郎の意識は早くも飛びかける。 なぜこの二台が、新しく作り直された工藤邸の駐車スペースに鎮座しているのだろうか。 思わず目を擦る文次郎の肩を、いい笑顔を浮かべた優作がポンとたたく。 「文次郎君、遅くなったがバイト代だ。受け取ってほしい」 ――どうやら幻覚と幻聴らしい、最近徹夜続きなため疲れているのだろう。今すぐ寝なければと思うが、何故か体が動かない。 「どう? 気に入ってくれた?」 ――何故か有希子の声まで聞こえていた。否、よくよく考えれば優作の声が聞こえてくるのも可笑しい。この肩に乗る手も別の人の物に違いない。 (ああ、そうか分かった、これは夢なんだ、今頃俺は自宅のベッドの上で久しぶりの睡眠を貪っているに違いない。さあ、早くこんな悪夢から目を覚ますんだ、俺! 頑張れ俺!) きつく目を閉じ脳に念じる。祈りを込めてそろりと目を開けると――消える事のない二台と肩のある感触。 「文次郎君、残念だがこれは夢ではないよ」 「信じたくねぇ!」 至極楽しそうな優作の言葉に、文次郎は思わず素で叫んだ。 文次郎は以前、腐れ縁達と車の話題で盛り上がったことがあった。 丁度その時留三郎が新車を買ってもらえるという出来事があり、どの車がいいかと本人そっちのけで意見を交わし合ったのだ。中古で買った車に乗っている文次郎は、ありきたりだが夢見ずにはいられない高級車を一度運転してみたい旨を話し、全員から同意を得た。その流れからバイクもカッコイイという話に移り、大型バイクでツーリングしてみたいと言う結果に落ち着いたのだ。結局留三郎の新車の話は全員の頭の中から消えていたため、後日留三郎が見せびらかしてくるまで思い出すことは無かった。 しかし、流れで話しただけであり、本気で欲しいとは思っていなかった。最近両親に車を買い替えてみないかと持ちかけられた時も今の車で満足していると伝えたはずだ。 「――いや、そういえば確か俺『今買い換えるなら、高級車とかかもなぁ。それかバイクとか』とか言ったような!?」 「うん、それをご両親から聞いたんだ」 「真に受けないでください!」 「うふふ、文次郎君のその反応が見たくてつい」 「この人達確信犯だったのか!?」 崩れ落ちる文次郎に工藤夫妻は悪戯が成功した子どものように無邪気に笑う。 バイト代だと称して用意された二台の訳を聞けば、何時連絡を取り合う様になったのか分からない己の両親の話かららしく、この二台の為に前庭の改装を行ったとのこと。 色々と規格外すぎて何から突っ込めばいいか分からない文次郎は、おさがりとして母親が乗ることになったらしい愛車を思い浮かべ、深く息を吐いた。 2015/02/17 pixiv 2015/02/26 加筆修正 prev 栞を挟む next [目次 back mix TOP] ![]() |