家政夫になるまで
エピローグ


「遅かったな、文次郎」
「……留三郎」
 半独り暮らししている家に帰ってくると、珍しいことに一応同居人の留三郎がいた。これまた驚いたことに彼女の姿も無い。
「珍しい、お前が彼女を連れてこないなんて」
「だから、あいつはカモフラージュだって言ってんだろ」
 思わず呟けば、間髪入れずに訂正が入る。言葉の鋭さに留三郎が不機嫌だと気付いた文次郎は、久々に喧嘩でもするつもりなのだろうかと応戦の為の握り拳を作る――ここで喧嘩をしないという選択肢が無い辺りが、周囲から犬猿の仲と呼ばれる所以だ。
「ずいぶんと不機嫌だな」
「うっせぇ、お前のせいだ」
「俺が何をしたって言うんだ」
「存在自体がむかつくんだよ!」
「そっくりそのまま返してやるよアヒル」
 リビングから自室へと戻り、鞄を置く。後をついて来た留三郎が中に入って来、肩を強く押してきた。そのままベッドに押し倒され、上に伸し掛かられる。
 おや、と文次郎は目を瞬かせ握り拳を解いた。どうやら留三郎の目的は喧嘩ではなく久しぶりの交わりらしい。押し付けられている股間が既に反応しているのが感触で伝わってくる。
「折角帰って来たのに、なんでお前はいねぇんだよ」
「……お前にだけは言われたくねぇ台詞だな」
「俺は何時もお前の事を考えている」
「はいはい」
 侵入してくる手の感触に声を抑え、ハッと短く息を吐く。久しぶりの行為に身体は素直なもので、もう身体の奥が熱い。腕を背中に回せばニヤリと笑われる。
「いいんだな?」
「一回だけだ」
「ケチケチすんなよ」
「女ともヤッてるお前に言われたくねぇよ」
「お前が一番興奮すんだよ」
 肌を這う手と唇に目を閉じる。そのまま快楽に身を任せようとし――大事なことを言っていないことを思いだした。慌てて止めろと背中を叩くも、スイッチが入ったらしく留三郎は手を止めようとはしない。
「ちょっと待て、留三郎!」
「なんだよ、シャワーは後でいいだろ?」
「そうじゃない! いや、そうだがそうじゃねぇんだ! バイト、バイトの話!」
「……ああ、家政夫? 今日で終わりなんだろ?」
 乳首を吸われ、出そうになる声を手首を噛んで堪える。舌先で弄ばれ快楽に震える身体を叱責し「違う」と途切れ途切れに言えば、目だけを向けられる。
「っ、バイト、続ける、ことに、なって……!」
「ふうん、まぁいいんじゃねぇの? お前に出来るとは思わねぇけど……あっ、下の世話とかはすんなよ!」
「誰がそんなことするか! ……っあ」
 敏感な所を触られ、喋っていたことが仇になり聞きたくもなかった声が漏れる。話は終わりだと早急に進める留三郎に文次郎は最後まで説明するのを止め、彼に己の身体を委ねた。


「……三回……ざけんじゃねぇぞクソ留……」
 好き勝手食われ解放された時にはもう、文次郎に気力も何も残っていなかった。隣で己を抱きしめ穏やかに眠る留三郎を睨み付けるも、寝ている相手に文句を言っても始まらない。深く息を吐き、留三郎に背を向ける。
(……住み込みの話の相談、するつもりだったんだがなぁ……)
 緩やかに襲ってくる睡魔にウトウトとしながらも、思い出すのは再び工藤家の鍵を受け取った後の会話。文次郎の本音もしっかり聞いていた有希子が提案してきたのだ、このまま住み込みで働いてみてはどうか、と。
(……本音を言えば住み込みの方が楽だし、そうしたかったんだが、やっぱりこの家に帰って来ちまうんだよな……)
 留三郎と相談する、と建前上言って保留にした返事。しかしこうして久しぶりに留三郎を感じて改めて思い知る、彼を好きだと言う気持ちに、もう少しだけと言う愚かな期待がこみ上げてくる。
(……ふられるまで。ふられたらこの家を出よう。それまでは、まだ……)
 一歩足を踏み出した新一とは違い、己はこの家で足踏みをしたまま。このままではいけないと分かっているが、踏み出す勇気がまだない。
 勇気が出るまで。そう決めた文次郎は欠伸を零し、枕に顔を押し付け目を閉じる。
 明日の朝も早い。工藤邸に行って新一を起こす仕事が待っている。
 違う点と言えば、博士の家のチャイムを鳴らさないことだろう。文次郎の鞄には、工藤邸の鍵が入っているのだから。


2015/02/06 pixiv
2015/02/24 加筆修正
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