忍者には三禁というものがある。以前和代の『客』であったとある城に仕えているという忍者が、そう教えてくれた。以前ということは、今はそうではないということ。他の遊女に乗り移ったのではなく、その客は花御園に来なくなったのだ。 それが何故かは分からない。だが店に来た最後の日に、独り言のように呟かれた言葉が、和代の耳から離れないでいる。 「文次郎様は、『太陽』の様なお方ですね」 「……俺を『太陽』と例える奴はお前くらいだ」 するりと、帰る準備をする文次郎の背を見ていて出て来た言葉。それに文次郎は呆れたような不思議そうな曖昧な表情を浮かべる。 本人の言う通り、文次郎は太陽に似ても似つかない男だ。しかし和代は「それでは」と穏やかな笑みを浮かべる。 「文次郎様は、私の『太陽』ということですね」 「……俺を溺れさせようとしてるのか、向日葵」 「貴方が溺れてくださるのなら」 そう言えば、文次郎は眉間にシワを寄せ口を結んだ。しかし目には困惑の表情が浮かんでおり、彼がどう返そうか迷っていることが窺える。 だから彼は甘いのだ、と和代は小さく笑った。 これが他の花からだったなら、軽く交わすことが出来ていただろう。和代だからこそ文次郎は戸惑い、和代だからこそ本来なら軽く交わせないといけない。 服の裾を握ると、文次郎は膝を付き和代の顔を覗き込んでくる。 「また来るから、それで許してくれ」 「まだ夜は明けないのに?」 「お前の『太陽』は夜にもあるのか?」 「私の『太陽』は夜でも輝いているのです」 「それだと『太陽』じゃなく『月』のようだな」 どちらにしろ、俺には似つかわしいものだ。そう言って文次郎は苦笑を浮かべ、和代の望む通りその身体を抱きしめた。しかしそれ以上何も手を出そうとはせず、和代はつまらなさそうに口を尖らせる。 「折角久しぶりに来て下さったのに……」 「また必ず来る」 「早く来てくださいますか?」 「……善処する」 「ずっと待っています」 背中に腕を回し、目を閉じる。 先程までこの身体に溺れていた。仕事であることを忘れ、一人の女として熱を追い求めてしまった。 花になる際、先輩の花に客に溺れてはいけないと教わった。それにも関わらず、和代は惹かれてしまった。惹かれ、息が出来ない程落ちてしまった。 「貴方は酷い方ですね」 かつての客に言われた言葉を呟く。 憶測でしかないが、あの忍者もまた溺れていたのではないだろうか。自意識過剰と言われても仕方ない、全く関係ないのかも知れない。 それでもそう思ってしまうのは、あの時と似ているからだろう。違うのは、縋るのが客ではなく己だということ。 「とっても、酷いお方」 再び呟いた言葉に、文次郎の腕の力が増した。 20140105 栞を挟む [表紙 main TOP] ![]() |