「月には何がいると思うか?」 珍しくも外を眺めていた文次郎から放たれた言葉に、和代は首を傾げた。彼にしては現実味のないそれを理解するのに時間がかかり、はあと気の抜けた音が出る。 「月に、ですか?」 「後輩が、月には兎が住んでいると言っていてな。何かのお伽話らしい」 「……ああ、それなら私も聞いたことがあります。優しい兎のお話で、最後には泣いたものです」 「そうか。俺は死後の世界の話のように思えたがなあ」 思い出しているのか、幾分か優しい顔付きになる文次郎につられ、和代も微笑んだ。 寄り掛かったまま空を見上げると、そこには大きな月が浮かんでいた。雲一つない空で輝くそれを和代は愛しく思う、毎夜満月であればいいのにと思う位に。 何故なら、月が出れば文次郎が会いに来てくれるからだ。絶対ではないが、余程のことが無ければ文次郎は和代の元に来てくれる。 「今夜も月が綺麗だ」 月を見上げる彼は知らないだろう。和代がこの窓から毎日のように文次郎の姿を探していることを。帰る後ろ姿を見送っていることを。 姉のように接している和代に懸想されていることを。 「ええ、本当に」 何度、彼が忍びで無ければと思っただろうか。何度、己が花で無ければと思っただろうか。何度、苦しさに涙を流しただろうか。 「このまま貴方の中で」 この幸せな時間も、後少しで終わりを迎える。そしてまた、彼を待つ日々がやって来る。 それならいっそのこと。この幸せなまま。 「死んでもいいくらいに」 ポツリと呟いたそれに、文次郎は緩く首を傾げた。 20140105 栞を挟む [表紙 main TOP] ![]() |