※文次郎がおじいちゃん
※寿命による死ネタ注意


 この古い古い記憶を文字という形で残したのは、誰かに知って欲しかったからなのだろうか。

「おじいちゃん、見て。いっぱいファンレターが届いてるよ」

 縁側で庭を眺めていると、孫が手紙の束を抱え持って来た。それに「有り難うな」と礼を言うと、孫が隣に座り手紙の封を切る。

「私が読んであげるね。おじいちゃんは聞いてて」
「自分で読めるぞ」
「小さい文字読むの辛いって、前言ってたでしょ? いいから聞いてて」

 それに今老眼鏡持って無いでしょ、と続ける孫に苦笑を浮かべざるを得ない。
 確かに歳をとり、文字を読むのが辛くなった。手も皺くちゃで足も思うように動かない。杖をついて歩くのも億劫で、今は殆ど毎日自室で過ごしている。

「えーっと、田村三木ヱ門、って人からね。
『潮江先輩へ。この本を読み、直ぐに貴方だと分かりました――』」

 孫の口から出て来た名前に、潮江文次郎はそっと口角を上げる。
 今度は三木ヱ門か、と呟いた声はとても小さかった。


 長年連れ添って来た妻に先立たれた文次郎は、数年前にまだ使えた手で一冊の本を書いた。内容は室町時代、とある少年の忍びとして生きた一生。それは、文次郎が持つ前世の記憶でもあった。
 どうして書いたのか分からない。だがいつの間にか手が筆をとり、文字として過去の記憶を現していた。
 それを息子が出版社に送り、本として世に出回ることになった。中々好評らしく、数年経った今もファンレターが届いて来る。
 その手紙の中に、前世の知り合いからのが混じるようになったのは、ここ最近のことだった。始めは変装が得意だった後輩から『貴方のお陰で五年の皆と再会することが出来ました』と、迷子癖があった後輩から『貴方に会いに行こうとしたけど何故か海外に行ってました』と、尊敬する先輩や恩師から『まさかお前が年上だったとは』と様々な気持ちと、近いうちに会いに来る旨が書かれていた。
 それらを読み、文次郎は本という形にしたことが間違っていなかったと知った。この本をきっかけに前世の仲間が再会することが出来たのだ。後先短い身、最後にこのような大仕事が出来たことを誇りに思う。
 ただ一つだけ、かつての同級生達からは無いことが不安であるが。


「『――近いうちに会いに行きます。滝夜叉丸達も連れて』だって。最近こういった手紙多いね」
「嬉しい限りだ」
「おじいちゃんの知り合いなの」
「ああ、古い古い知り合い達だ」

 手紙を読み終わり封の中に直す孫にそう答え、文次郎は庭の木を見上げた。緩やかに吹く風が木葉を揺らし、サワサワと音を発てている。

「おじいちゃん、疲れた? もう寝る?」
「いや、大丈夫だ。……お茶を一杯持って来てくれないか?」
「うん、いいよ。ちょっと待ってて」

 嫌な顔一つせずお茶を汲みに行く孫は、祖父の目抜きにしても大層出来た子である。
 部屋を出ていく孫の足音を聞きながら、文次郎は静かに目を閉じた。暗闇が広がる世界の中、自然の音だけが耳に届く。

「――だからあっちだって!」
「何を言っている。地図ではこっちとなっている」
「ねえ、これ逆さまじゃない?」
「……だとすると、そっち……」
「よし、イケイケドンドンで走るぞ!」

 ――突然入り込んできた自然の音以外の声に、文次郎の心臓がドクンと大きく鳴った。
 ハッとして目を開けると、飛び込んで来るのは見慣れた庭の風景。だが声は、鮮明に文次郎の耳に届く。

「本当に文次郎の家ってこっちなのかよ」
「地図にはそう書いてあるんだ。行くしかないだろう」
「でも文次郎がおじいちゃんだったなんてねー」
「私達小学生だから、祖父と孫の歳の差だな!」
「……でも、文次郎は友……」

 ワイワイと賑やかな声は、古い記憶の中のもの。まるで記憶が目の前に現れたかのようなそれに、ああと文次郎の目から涙がこぼれ落ちる。

「元気、そうじゃねえか……」

 久しぶりに流した涙は熱く、文次郎は拭うことせず空を見上げる。
 ずっと、心のどこかで気掛かりだった。六年間共に過ごし、卒業してもその絆は変わらず、転生してからは安否が気になって。
 ただ会いたかった。だから文字という形にして、ここにいるのだと知らせたのだと、漸く文次郎は気付いた。

「あっ、ここだ! 潮江って書いてる!」
「すげー立派な家だな……」
「早く入ろう! 文次郎に会いたい!」
「まあ待て、先ずはインターホンを探せ。突然入れば家の人に迷惑がられてしまう」
「……インターホン、どこだ…?」

 文次郎には、この声が現実なのか幻聴なのか判断出来なかった。それでもいいと思うのは、心残りは無くなったからだろう。
 有り難う、そう呟き静かに目を閉じる。


 ピンポン、と軽やかなチャイム音が家の中に響き渡った時。
 縁側で日向ぼっこをしていた老人の首が、カクンと垂れ下がった。その表情はとても幸せそうで、眠っているようだった。

20130920
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