※文次郎の過去捏造
※前半六年生→一年生、後半六年生→五年生の年齢操作


 忍術学園一年い組の潮江文次郎は、大層な泣き虫として有名だった。は組の食満留三郎に虐められては泣き、実技の授業で失敗すれば泣き、食満留三郎に虐められては泣き、先輩にからかわれては泣き、食満留三郎に虐められては泣き。
 その大半の理由が後に犬猿の仲となる留三郎の、伊作曰く「文次郎と友達になりたいんだけどついつい虐めちゃう思春期男子特有のあれ」である虐めではあったが、それを抜きにしても文次郎が事あるごとに涙を流していたことは事実である。
 然し泣くといってもわんわんと大泣きするものではなく、大きな目に涙を堪え唇を噛み、体を震わせながらも必死に泣くまいと堪え、しかし耐えきれずにほろほろと静かに涙を流すものであった。その姿は同級生から見れば何とも情けないものだったが、先輩と教師から見れば大層愛らしく、特にくのたま上級生からは「可愛い!」と評判だった。閑話休題。
 そんな「泣き虫文ちゃん」の文次郎には、一部にしか知られていない秘密が幾つかある。
 そのうちの一つが、会計室にいる存在。最初は生物委員会に所属していたのだが会計委員長に気に入られ強制移籍され、初めて訪れた時に出会った『妖怪』である。


(あっ、またいる……)

 授業の為遅れて委員会活動に来た文次郎は、障子を開けてすぐにその存在がいることに気付いた。忍服ではないお寺の小姓が身に纏うような服に、左右離れたギョロリとした目。膝の上に算盤を置き、パチパチと両手の人差し指で無意味に珠を弾いている。
 それを先輩の誰も咎めようとしない。何故なのか、文次郎は知っている。
 その小さな子供が人ならざるもので、己以外には見えていないからである。

(ヤダな、まだ飼育小屋の方が落ち着く……)

 妖怪を避け己に割り当てられた席についた文次郎は、帳簿と算盤を取りだしはあと息を吐いた。
 会計委員会に強制移籍されたが、それは己を認めてもらえたからなので特に不満に思ったことはない。「俺の天使がぁあああ」と生物委員長には泣いて引き止められたが、過剰なスキンシップにうんざりしていたので寧ろ清々した。唯一、裏山で怪我していた所を保護したからか大層懐いてくれている狼と離れることになったのには涙を流したが、生物委員会の五年の先輩から「何時でも遊びにおいで」と許可を得たので問題はない。
 つまるところ、この妖怪だけが文次郎にとって不満なのだ。
 悪さをしないことはここ数日で分かったが、それでも居心地は悪い。己にだけ見えているからというのもあるかもしれないが、あの無意味にパチパチ弾かれる音が間近で聞こえると悪寒が走り去るのだ。特に徹夜が続いた日などは妖怪が耳元で算盤を弾き出すので溜まったものではない。
 またうっかり寝て池に投げ飛ばされたくないな、とかつて犯した過ちを思い出し遠い目をしていると、「文次郎」と委員長に名を呼ばれた。見れば、ちょいちょいと手招きしている。
 それが何を意味しているか気付いた文次郎は、手早く帳簿と算盤を合わせ持ち、委員長の元へと向かった。膝の上に乗り机の上に持ってきたものを置くと、委員長は頷きまた算盤を弾き出す。
 他の先輩が「またかよ」という目で委員長を見たが、文次郎は気付かずキラキラとした目で見上げる。

(俺をこうして膝の上に乗せて重さに耐える鍛錬をしているのだな、流石委員長だ)

 膝に乗せられる真意に気付かない文次郎は勝手に良い方へと解釈し、己も精進せねばと鼻息荒く帳簿に向かう。
 その視界の隅で妖怪が動いたのが見えたが、これも鍛錬だと気にしないことにした。


*-*-*-*


 それから月日が流れ五年生になった。泣き虫だった文次郎は泣かなくなり、努力だけで天才達と同じ高みに上り、虐めっ子だった食満留三郎とは毎日のように喧嘩するようになっていた。

「田村、神崎。お前たちはもう寝ろ」
「えっ、ですが……」
「後は俺だけで大丈夫だ。気にせず休め」

 徹夜で委員会活動をしていたのが、後輩二人がそろそろ限界だと感じ取り、文次郎は二人を返すことにした。三人しかいないので二人が抜ければ一人で全てしないといけないのだが、このまま二人に寝られても困るので致し方ない。
 神崎は嬉しそうに顔を輝かせ、「僕は自由だー!」とどこかに走って行こうとした。その首根っこを慣れた手つきで掴み、田村が申し訳なさそうな表情を向ける。

「申し訳ありません、先輩」
「いい、それよりも左門を頼んだぞ」
「はいっ!」
「僕は寝ていない!」
「煩いバ神崎! そっちじゃなくてこっちだ!」

 障子を閉め去っていく二人の口喧嘩に、文次郎は息を吐いた。二人とも己に懐いてくれるよい後輩達だが、その後輩達の仲はとことん悪い。仲良くなればいいのだが、と先輩心にも思う。
 ふと、服の裾を引っ張られ文次郎は下を向いた。ふっと顔を綻ばせその頭を撫でる。

「俺はもう少しここにいることにする、算盤を耳元で弾くなよ」

 その言葉に、膝の上に乗る妖怪はふにゃりと笑みを浮かべた。
 五年生になり委員長代理を任されるようになった今でも、妖怪は変わらず会計室にいる。
 妖怪はずっと同じ姿のままだった。ずっと委員会活動中は部屋の隅で算盤を弾き、徹夜になった日は眠気が最高潮に来た者の耳元で算盤を弾き、優しい眠りの世界に導いていた。
 文次郎も何時しか妖怪に慣れ、目を合わせるようになった。妖怪が後輩を寝かしつけてくれた時は、礼を言う代わりにその坊主を撫でるようになった。
 文次郎は誰もいないときは妖怪に話しかけるようになった。妖怪も話しかけてくるようになった。然し元より妖怪の話す言葉は人間には理解出来ないので、二人の間に会話が成立することはない。
 それでも文次郎は確かに、妖怪との間に絆があることを感じている。飼育小屋にいる狼と同じように、種族を越えた確かな絆が。

20130110
pixivに上げたものの再録
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