今日は一年生全員が裏山へピクニックという名の抜き打ち試験で、四年生が実習で学園を出ている。間違いなくトラブル吸引学級である一年は組が何か仕出かし、恐らくはそれに四年生が巻き込まれているだろう。だが彼等がいない学園は平和そのもので。賑やかな笑い声が聞こえないのは寂しいが、静かな一時を過ごすのもまた一興と文次郎は自室で読書に耽りっていた。
 規則に厳しい文次郎だが、唯一の例外として本の返却期間は中々守れない。理由としては返そうとすると何かしらのトラブルに巻き込まれては後回しにし、ついつい返却を忘れてしまうのが殆どなのだが、もう一つ根本的な理由がある。
 文次郎は本を読んでいる最中に気になる箇所があると、続きをそっちのけにしてその疑問を解消しようとしだすのだ。その為本を読んでいたことすら忘れてしまい、期限ギリギリで本の存在を思い出して慌てて読み、返しに行こうとしてはトラブルに巻き込まれている。
 この悪癖は一年生の時からあり、四年生までは所属する委員会の先輩達が一緒に読んでくれていたのでなんとか守れていたのだが、全員が卒業した今文次郎は一人で本を読まざるを選なくなっている。
 今日も今日とて悪癖と戦っていると、バタバタと音を発てて廊下を走って来るのが聞こえてきた。軋み方からして下級生だろう。文次郎が本から視線を上げたと同時に、パンッと勢い良く部屋の障子が開けられる。

「潮江先輩の部屋は何処だーっ!」
「ここで合ってるぞ、左門」
「おおっ、先輩だっ!」

 勢いそのままに部屋に入って来たのは、委員会の後輩である神崎左門だった。決断力ある方向音痴として有名なだけあり、裏山にでも行ったのか制服は泥で汚れている。
 然しながら目的地に着けたことは、褒めてやるべきなのかもしれない。探していた理由は分からないが無事辿り着けたことに嬉しそうにしている左門に、ふと文次郎はそう思った。思っただけで口から出て来ないのは、タイミングを逃したからである。

「どうした左門、今日の委員会は休みだぞ?」
「違いますっ! 今日は田村先輩と一年生達がいないので、先輩と出掛けたいと思い来ましたっ!」

 探していた訳を問い掛ければ、左門は遊んでくださいと宣った。それに「はあ?」と胡乱げな表情を浮かべると「だって」と返される。

「何時も田村先輩と一年生達が潮江先輩を独占しているではないですかっ! 今日は僕が父上を独り占めするんですっ!」
「誰が父だ誰が」
「潮江先輩は僕達の第二の父なんですっ! だから遊んでください町に出掛けましょうっ!」
「お前なぁ……」

 遊べと強請ってくる後輩に、文次郎は呆れの表情を浮かべた。父と呼ばれるのは複雑極まりないし、そもそも左門の言っていることが理解出来ていない。
 だが、と首を傾げる。全員平等に接しているつもりではあったが、左門はしっかりしているので気にかけることが少なかったのかもしれない。方向音痴であることを除けば実に優秀な後輩なのだ。
 そう考えると、四年生と一年生が居ない間に構ってもらおうとわざわざやって来た左門を追い返すことが憚れる。だが本を読まなければ図書委員会から制裁がくだされる。
 さてどうしようかと悩み、何となく左門に尋ねてみる。

「左門、町に出掛けるのは構わないが、その前に済ませたいことがあるんだ」
「何ですか?」
「この本を読み終えて返却したいんだが」
「ならさっさと読み終えて行きましょうっ!」

 手に持つ本を見せると、やはりと言うべきか左門はそう答えた。そうして文次郎の膝の上に座り、勝手に頁を捲り出す。
 それに慌てるのが当然ながら文次郎で「こらっ!」と言いながら急いで文章に目を通す。

「まだ読み終えてないと言っているだろうっ!」
「潮江先輩なら速読も出来るはずですっ! チャッチャと読み終えてチャッチャと返して町に行きましょうっ!」
「だからと言って早過ぎだバカタレ!」

 余程楽しみにしているのか直ぐに捲ろうとする左門を止めつつ文章を読み、ふと文次郎は考えた。
 先輩がいないのであれば、後輩と読むのはどうだろうかと。
 だがこの悪癖を暴露し後輩に助けを求めようとしても、先輩としてのプライドが邪魔するのは明白なので直ぐにその考えを打ち消す。

「先輩っ、考えてないで読んでくださいっ! 迷っているのならば僕が決めますっ!」
「迷ってないからページを捲ろうとするな」
「早く早くっ!」
「分かった、分かったって」

 急かして来る後輩に苦笑が浮かぶ。だが決して悪い気はしない。
 本の内容をそこそこ頭の中に入れながら、文次郎はこの後輩を何処に連れていってやろうか考える。
 今回はどうやら、図書委員会の怒りを買わずに済みそうだ。

20130308
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