□それはそれは□


♪あなたの甘さに付け込んで♪
(指先くるり〜ん・パ☆)

♪わたしアナタを漬け込むの〜♪
(両手でマイクを抱きこんで。会場見つめて首をかしげて。ハイ、にっこり!)



流れるリズムに乗って歌うのは、昨日収録したばかりの新曲だ。
昨日の午後三時から、今日の午後二時まで予定の、珍しい連日のコナンくんの出番。

コナンも哀ちゃんもこの仕事繋ぎには難色を示した。
現在のところ、例の薬は多少大人に戻る時間が伸びる事はあっても、早め戻ったことはない。とはいっても、もし途中で薬が切れでもしたら、大変なことになるに違いない。
しかし、現在殆どの決定権を握っている社長が、「やるわよ!やってくれるわよね?!」とその美しい顔で迫ってくれば、俺にNOなどと言えるはずもなかった。

(うう…大丈夫か…。まだドコも苦しくないけど)

踊りながらも、チラチラと視界に入る時計を気にしてしまう。

(あと30分…歌って挨拶しても10分!いける!)

お陰で最初気になりまくっていた会場の異様な雰囲気を思考外に追い出せ―

♪ダ・イ・ス・キ♪
『『こなんちゃん!』』

♪ダ・イ・コ・ン♪
『『いろじろ!』』

♪おつけものもの♪
『『染みこむ染みこむ!』』


駄目だった。

何なんだ!
この、野太い掛け声は!
ついでにその内容は!!

 *** *** ***


思い返せば、昨日の丁度午後3時からの、新しくなったキッチンSONGの収録もアレだった。

いつもは予め何度か練習をしておいて、本番は一発で決めてサクサク終るところを、先日から話題になっている『子役アイドルと怪盗との一件』が作詞家に無駄なインスピレーションを与えたとかなんだとかで急遽歌詞と音の一部が変調になり、予定の倍以上の時間を取られた。

俺の調子は悪くなくて、あえて悪いと言うのなら、「イメージと違うなァ!」などと言って散々リテイクさせた作詞家だろう。いや、完璧なモノを求める音楽家の感性を善悪で語ることは適切ではないな。単にメンドクサイ人だった、というべきか。
違う、と言われてはその都度、音担当の人が音階ごと変えたりしてくるものだから、自前の変声音で対応するのは骨が折れる作業だった。

(♪あっなたーを捕まえるのぉ!…って何で漬物がコンセプトなのにそんな歌詞に…)

つくづく、常に何がウケるのか、一寸先の闇に落ちぬよう芸能界で生き残ろうとしている職人の思考回路は謎に満ちている、と思う。
俺もいずれは芸で身を立てる者として、追随を許さない思考展開は見習いたい…かもしれない。うん。エンターティナーとして、奇抜で余人の意表をつく手法の為の思考というのは大切だ。


しかしアレだ、その時はよく解らない世界だなぁと思ったのだった。

そして、今。俺の前にあるのはもっとよく解らない世界の図だった。
いや、理解したくない世界というべきか。

できるなら、今すぐ会場ごと爆破したい。
いやいや大事なFANに向かって言うことじゃない…いやいやでもでも!


 *** *** ***


始めに事務所の車からコッソリ会場を見渡した時、場所を間違えたのかと疑ったコナンは「え…?ココでいいのか?本当に!?」と驚愕しながら呟いていた。
それはそうだろう。

会場の8割を占めていたが、どう見ても十代後半から二十代以上三・四十代いや下手したらそれ以上のいわゆる大きいお兄さん否、野郎ドモという事態。
残り2割の、狙い通りの子連れ家族や年配の大人の手を引いていた子供達の居た堪れなさそうな風情が、何というか、申し訳なかった。

某都内の、6階建てビルの半分以上を占める大きい本屋のイベントスペースが、サイン会場兼歌披露の場所だった。
アイドル…とはいえ子供向け番組にしか出演していない子役が、ちょっと出してみた写真集のサイン会。
最新の可愛い子供服満載でお母さん層を、子供が見ても楽しいように仕掛け絵本のオマケでお子様層を狙って出す写真集―という話だったのだ。

それが。


こなんちゃんに会いたーい!とちびっ子達が待ち受けている会場図を想像していた俺達は頭を抱えた。
いや、正直に言うなら、俺としてはもしかしてこんな事になるんじゃないか?という懸念を持っていた。
アキバ辺りで声優アイドルやメイドを追い掛ける所謂オタクの手合いが、この天使に目をつけないハズはない。いや、むしろアキバ辺りの女性をオバサン呼ばわりし、そういった趣向を隠す気の無い手合いの方が問題だった。可愛いものを愛でるのに手段を問わないタイプ。せめてコッソリ遠くから見つめる程度にしておけば良いものを。
携帯必携情報化世代の高校生として以上に、人知の裏を書く怪盗としてあらゆるジャンルの雑多な情報収集が欠かせない俺は、当然こなんちゃんに関するの情報も拾い集め捲っていた。
そこで知ったのは、子役マニアもアイドルオタクも単なる□リコンも、こぞって地上に突如舞い降りた天使に嵌っている事だった。
気持ちは分かる。
しかし分かりたくない、共感出来ない、むしろ消し去ってやりたい妄りがましい想いを抱く人間もいたわけで。

会場を見た瞬間、俺が口に出したのは「サイン会中止しねぇ?」だった。
あの、個性が無個性化した画一的風体をし更に謎の集団色を出している野郎ドモ。(バッグ・シャツ・シャツINズボンな足首ぴっちりデニムジーンズに鉢巻…更にハッピ!背中の文字は『らぶ・こなん』だった。見たくないのにバッチリ確認してしまった。しかしちょっと欲しいかもしれないなどとつい思ってしまったのが何だか屈辱的だった)

サイン会とは、握手会も兼ねている。
彼らの手を握る?
こなんちゃんが?
もう、そう考えるだけで駄目だった。嫌で嫌でしょうがない気持ちになったのだ。
社長―元アイドルだった有希子さんも、会場を見て流石に苦笑を浮かべていた。

「気持ちはわかるけど、アイドルなんだからFANは大切にしないとね?大丈夫よ、時間的にもコナンくんには歌ってもらうだけだから」
「ってことは、俺かよ…」
「江戸川くん、ファ○リーズとゴム手袋と持っていく?」
「こらこら!哀ちゃんまで、もう」

そうじゃない。むしろ俺が握手でもサインでも替わってやれるならソレでいいのだ。
時間的にソレが出来ないから嫌だった。例の薬は一旦切れたら最低でも丸一日は服用出来ない。伸縮する身体の細胞の修復が追いつかない状態で再び飲むのは危険だと言われている。それに、協力者として、薬を余分1錠だけ預けられているだけで、必要な場合は直接彼女から処方して貰うようになっていたから、勝手に子供化を継続させるのは反対されるし、何でだ、と聞かれたら…答え難かった。

俺は踊りながら、必死で腰をかがめて何重にも重ねたペチコート一杯のスカートの中を覗こうとする野郎ドモを見ては、笑顔の奥で殺意の奔流を押さえ込んでいた。

アイドルだし、応援は大事だ。
そういう意味では、ハッピを着て謎の振り付けと掛け声を叫ぶ手合いは、むしろ愛すべき存在かもしれない、と思いなおす。
歌のサビで、少し彼らのほうに歩いてみた。
…涙流してないか、アレ…。
余計怖かった。
どっちもどっちという気がした。

(とにかく、ここは一旦締めないと、薬が切れたら不味い!)

時計の針が午後のオヤツの時間に近づく。
予想以上の人出、予想範囲外のFAN層の統制に時間を取られ、実際のところ時間がずれ込んでいた。

「聞いてくれて、ありがとぉお!このあと、こなんが出した写真集にサインする時間になります、みんなヨロシクね!」

手を振って笑顔で告げれば、またも『『ゥオオおおおー!』』と野太い声援なのか雄叫びなのか判断のつかない声が上がった。

その声を尻目に、一応手を振りながら、早足で控え室に移動する。
歌ったせいでは無い、妙な動悸が胸を打ち始めていた。


 *** *** ***


書店側から借りた控え室の一角に予め作っておいた、板を使っての小さな個室スペースに、俺は寝転ぶ。
直ぐに『異変』が襲ってきた。
うめき声が漏れても不味いと思い、俺は歯を食いしばって身体の変化に耐える。
改良が重ねられ、痛み止め成分が加わっているお陰で、激痛というほどものもない。元々痛みには強いほうだし。それでも、身体を作り変えられる奇妙な感覚、慣れる事の無い違和感に支配されれば、身動きは取れなくなる。
しばらくして。
身を起こしてゴソゴソ動き出した俺の気配を察したのか、見張りの為に板の近くに立っていた哀ちゃんが声を掛けてきた。

「ご苦労様…何とか持ったわね」
「こ、なんちゃんは?」
「着替え中よ。どうする?メイク…辛いなら、有希子さんにお願いするわ」
「俺がやるよー…も、少ししたら収まる」
「無理しなくても…」
「俺の…楽しみだ、し。あの写真集のメイクだって、やりたかったのに、さァ」
「…アナタの都合じゃない、それは」
「そーだけど」

手早く服を身につけていく。
歌終了から、30分後にはサイン会を始めなければならない。
サインを求めるお客さんには予め整理券が配布されているが、あまり長いこと本屋に拘束しておく事は出来ないのだ。

服を着た後、各種ブラシやガーゼ何かを差し込んだ腰巻をさっと巻けば、メイク係としての―こなんちゃんの専属メイク係・親戚のお兄さんの出来上がりだ。
アイドルとはいえ生来人見知りなので、と。出来るだけ関係者を限定させておきたい事務所全体(つまり有希子さんにコナンに哀ちゃんに俺)の意向で、そんな設定になっている。
ついでに、現在社長が兼マネージャーになっているが、将来的にはその役目も俺に回ってきそうな感じである。なにせ有希子さんは人妻で、いくら可愛い息子の為でも最愛の旦那様を長期間放置出来るはずはないのだ。
そして、こなんちゃんに深く関わる他の誰かを俺は認めたくも無いから、その時になったら、むしろ喜んで引き受けてしまいそうな予感がしている。
…大丈夫か、とは思うけど。
色々と。

「コッチはOKだよ」

板の間から出る。

「おう、お疲れさん!」

これまた控え室に持ち込んだ大きな鏡の前に置いた椅子に、先程俺が着ていたのと同じで、ちょっと小物が違う衣装を着たこなんちゃん未満が座っていた。


 *** *** ***


「会場さ、踊ってたから解んなかったけど、寒くなかった?」

手早く一通りメイクを終えて、衣装のチェックをする。
いつもの衣装は、基本的にスタジオで着る為の物だから厚く飾ってあるようで実は薄い。
というか、『着る服』ではないのだ。

「あー…本屋って、ちょっとフロア変わると風通し滅茶苦茶いいよな」

どうせ、こっちが歌って踊ってる間、コナンのまま本屋をウロウロしていたんだろう。控え室の端に置いてある、ここの本屋のロゴが入った紙袋が全てを物語っていた。
メイクの粉とかが落ちないように被せたケープを取った途端に、本を読み始めるし。

「うーん…首元がなー」

少し襟ぐりの開いている部分から冷たい風が入ってきそうだった。
白いエプロンの邪魔にならないような…暖かそうな…ファーがいいな、巻いてあげたい。

「あのさ、哀ちゃん、ここのビルって確か雑貨屋入ってたよな?」
「ええ。5階にあったと思うけど…今から?」
「ひとっ走りしてくるよ。時間、まだあるし」
「元気ね…。人に出入りを見られないように気をつけてね」
「当然!」
「あと10分もしない内に、スタッフから会場入りの声が掛かるかもしれないから、待たないわよ」「わかった」

俺は、受け答えしながらも眼は本に落としまたまま、読書に興じる子供二人に苦笑しながら、控え室を後にした。


 *** *** ***


10分後、俺はエレベーターを待つ時間すら惜しくて、階段を跳ぶように降りていた。
正直一気に踊り場まで飛んだほうが早く移動できるが、流石にチラホラと人がいる場所で怪盗チックな動きは出せない。

(やっべー!思ったより時間掛かっちまった)

思いのほか、雑貨屋は心くすぐるアイテムに溢れていた。欲しいモノのイメージはあったから、直ぐに目的ブツに辿つくことは出来たのだが、イメージと一緒に浮かんだこなんちゃんの姿に似合いそうな他の商品にもついつい目行ってしまって、アレもコレもと手に取ってしまったのだ。

もしかしたら、控え室にはもう居ないかもしれないな、と思い、一旦サイン会場を覗こうと降りて行く。
ビルの1階と2階の半分のスペースが本屋になっていて、2階のもう半分がイベント用のスペースだ。(それから3・4階にCDやDVDを扱うメディア関係のショップが入っていて、5階に雑貨と喫茶店、6階にカルチャースクールが入っているらしい。)
予定では、サイン待ちの行列は会場から下り階段に伸びるようになっている。
が、3階に差し掛かったところで、先程会場で見た人々が並んでいるのが見えた。

(寒いから、列を上に伸ばしたのかな?)

予想を超えた人出だったし、途中で行列が外に出てしまいそうな感じはあったから、そうなのかもしれない。

不審な人間がいやしないかと、ついつい歩調を落として彼らの様子を眺めて、ついでに聞き耳を立ててしまう。

そして、聞こえてきた一つの会話に、頭が思考停止を起こした。




その後の自分の行いについては、正直、正確な記憶がない。



 **終…?続!多分**




それはそれは、制御不能な何かが。






歌については軽くスルーして下さ…っ!

合いの手を入れてた親衛隊が新曲を知っていたのは謎のネットワークから。マニアのネットワーク、ぱネェ!っていうの入れ忘れたので、ここで。
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