□どうしてくれよう□ 「それではこれにて!」 ボフン…ッと、煙弾を叩き付けて張った煙幕の向こうから、「待て!怪盗KID−!!」と叫ぶのは愛しの中森警部。最近なにかと忙しくて滞りがちだった怪盗の久々のオシゴト日。 宝石を展示していた某博物館から、ダミーを飛ばした方向とは真逆方面に翼を広げ駆けて行く。 ―数分後、逃走経路兼翼畳み場予定のビル屋上に降り立った。 「ま、ちゃっちゃと確認しますかね」 「終ったら、返せよ」 「!…なんだ、こなんちゃんかー」 「わざとらしーんだ!テメー、横着してんなよな」 誰もいないはずの屋上で声を掛けられて、しかし、…まぁ予想通りの人物の登場に俺は笑う。 撮影の待合室で暇そうにしていた彼に、今夜の予告状を渡したのは他ならぬ怪盗(俺)自身だ。彼専用に付け足した暗号を正確に読み解けば、ココに来る事は判るから、出迎えをもらって、少し…いや、かなり嬉しかった。魔人と一部で称される、怪盗にとって最高の名探偵に捕まえられるかもしれない最高のスリルは失くしてしまったが、代わりに相棒的な位置を与えられたのは悪くない。 「撮影は無事終了?まだその格好って事は、時間延びたんだ」 「ああ。予定より衣装多くて参った」 「何ソレ?聞いてねーよ」 「デザイナーが、アポなしで増やしてきたんだとよ。この冬の最新作になるから着ないわけにはいかないわ!とか母さんが言いやがって」 ブツブツと頬を膨らまして文句を言う彼は―いや、少女はそんな姿もとても愛らしかった。口元が笑うのを止めずに、何と無しに聞きながら、宝石を月に翳す―おお、なんと素晴しき透明度!…ハズレ、だ。半ば予想はしていたが、それでも今度こそ、という思いは当然あったから、溜息が漏れるのは仕方ない。 「駄目か」 「んー…やぁっぱナカナカ出てこないモンだ」 俺の姿に思わしゲな視線を送ってくる。まぁ、アッサリ見つかりましたー!なんて事があって協定がおじゃんになったら困るのは探偵のほうだからかもしれない。尤も、たとえ怪盗の目的が先に達成されたとしても、探偵が必要とするなら黒羽快斗は彼の傍に残るつもりだったが。まだ、それを告げる気は無かった。 「…どうするー?こなんちゃんが返す?それともキッドキラーに戻ってから返しに行ってくれるー?」 「バーロー、ドコでKIDに会ったことにすりゃいいんだ。説明が面倒だろーが」 確かにそうだ。肩をすくめて、怪盗タイムを終了させようとした時だ。 風音とは別の、空気を震わせる異音が耳に入った。 「!」 音のほうへ顔を向ければ、強い光が一瞬眼を焼く。 結構な距離の先から、真っ直ぐに轟音を立てて近づいてくる黒い鉄の鳥。 警視庁のヘリ― 「カンがいいじゃねぇの!」 「横着するからだ。ここのビルは撮影に使う事もあって、見渡しがいいんだぜ?」 「だーから、反対方向にダミー飛ばしたのにさァ」 「中森警部舐めすぎだろ?」 「今日のはピリ辛だったか」 無駄口はそこまでだった。 ヘリの扉が開き、どうやら今夜は甘くなかった警部殿が顔を出す。 まだ距離は十分にある。しかし、見晴らしの良いこの場所から姿を消すのはナカナカ骨が折れるだろう。背筋がゾクゾクしてくるのを楽しみながら、手の中のブツを同じ方向を見上げるこなんちゃんに向かって放った。 「丁度いいや。たまたま遭遇しましたって返しといてよ!」 「おい!」 シッカリと小さな手に収まったのを確認してから、俺は再び翼を広げ屋上のフェンスを蹴った。 *** *** *** 「なんだこりゃ…」 俺の目の前には、広げた犯行日翌日の新聞。キッド記事のある日に、学校でいつもしているキッドFANアピールを兼ねたお楽しみ。 それなのに。 鮮やかな犯行!警察に再三追跡されるも逃げおおせた美しき白い翼!…なんて事までは期待していなかったが、いつもなら世のKIDファンが喜ぶ記事が載るべき場所にあったのは― 『怪盗KIDは□リコン?!』 というデカデカと書かれた文字だった。 掲載されている写真は、大粒の―ビッグジュエルを月に翳して首を傾げている、神聖美少女風こなんちゃんで。それはもう激しく美しく可愛かった。 駄目だ、帰りにこの新聞もっと買おう。朝、一瞬見えた写真(アオリ文字までは見えなかった。そしてこんな高画質な写真とも思ってなかった。いつもはピンボケばっかりなのに!)に思わず持ち金全部はたいて買ったしまった10部くらいじゃ足りねー! ってそうじゃない!! つぅか絶対コレ撮ったのプロだろ?! 今度発売される写真集の宣伝までバッチリしてあるし!! しかも『「撮影に疲れて、屋上で風にあたっていたら、白い鳥さんが、コレを持ち主に返してくださいってお願いしてきたの…」と語る子役タレントのこなんちゃん…』ってインタビューまで! 「あ!怪盗キッドの記事すごいよねー!」 「アホ子…何だよ、珍しくキッドに好意的じゃねーか」 「女タラシでスケベな奴かと思ってたけど、美少女には弱いんだってね」 「……」 「でも解るなぁ…、この子凄く可愛いもん!青子写真集予約するんだ!お父さんも、すっごくいい子だったって言ってたし。朝ね、その新聞見ながら写真集の話したら、お父さんお小遣いまでくれたんだよっ」 「な!」 夕方の子供向けいち番組だけでも徐々に人気がでていたこなんちゃんが、この記事と写真集を機に、大々的に売れっ子になってったのは言うまでも無く。 俺が己の―怪盗の軽はずみな行為を後悔するのは、この騒動から暫く後の事だった。 ***終る?*** この日の放課後、わざわざ江古田までやって来て「よう!□リコン怪盗」と挨拶してきた名探偵を、一体どうしてくれようか。 |