□まさかそんな□


次の収録の本を貰って読み合わせている時に、ふと思った。

「そういえば、何で出発地点がキッチンアイドルなんだ?こなんちゃんなら、モデルでも何でも出来たじゃん」

世の中歌わないし踊らないカリスマ芸能人はごまんといる。もっとも子役が注目を浴びようと思うなら、それこそ映画なりドラマなりにでて『子役』を演じたほうが道は早いが。子供向け番組で子供人気を取るというのはナカナカ地道な活動だ。元大女優のネームバリューを使えば幾らでも近道できそうなものなのに。

「台所を制するものが世の中を制するらしいぞ」
「そんな馬鹿な…」

全くやる気皆無の様子でパラパラと本をめくる現在は江戸川コナンである彼。
芸能人に、俺はなる!という気概はハナから無いのは承知していたが、適当すぎる姿に頭が重くなる。
ハァと重く息を吐いてみた。
流石に気にしてくれたのか、ちょっと本から目をあげて、同じくハァと息を吐いた。

「聞かないほうがいいと思うが」
「…て、ことは何か目的があるわけだな?」

協力者としては聞いておきたいじゃねぇか!と思って先を促すと、非常に忌々しそうに口を開く。

「母さんが…」
「?有希子さん??」
「昔、料理番組に出てな…」


その昔、夢のエプロン☆という、略して『夢エプ』と呼ばれるアイドルや女優が料理で腕を競う番組あったそうだ。そこにゲストとして―料理人として呼ばれた女優・藤峰は、それはもう腕によりをかけて、自慢の一品を披露した。―が、番組の構成上の成り行きか、はたまた彼女の想像外にあった彼女の料理の腕のせいか、出した品は審査委員たちに苦笑いで評されてしまったらしい。
もちろん、彼女はその場では、やっちゃったァ!と舌を出して笑い、失敗すら予定調和とばかりに可愛らしさでスタジオの視線とお茶の間の視線を釘付けにしたそうであるが、彼女はコレがいたく不満だった。
お陰で、次の番組や取材で『お料理のほうは…』と聞かれても、自信を持ってデキル女としての姿は出せなくなった。TV関係者の前では決して出さない本音と怒りは、当時コッソリお付き合いをしていた某推理作家が、常に満点の笑顔で『美味しいよ、有希子さんの手料理は!』と受け止めてくれたのだが。

こなんちゃんを売り出すにあたり、出る番組を選ぶ際にちょうど候補に挙がっていたこのキッチンアイドルの字を見て、当時燻っていた思いが甦ったらしい。

「…だから、狙いは料理番組の審査員席だ」
「マジで!?」

子供ができる(こなんちゃんは出来ない)程度の料理でも、料理番組に出ていればゲストに呼ばれることもあるだろうと目論んでいるらしい。
いや、ちょっと待て、と俺は思う。
普通ならば―

「出るとしても、作るほうじゃねぇ…?」
「そこは話が来たときに、掛け合うらしいぞ。まァ、作る場合は…お前に任すわ。ああいうのって、作ったら直ぐ審査委員に食べさせてさ、自分でも食わないと駄目っぽいし」
「オメー……自分が魔料理作ってるっつー自覚はあったんだな!?」

どおりで、自分が何作ったかキッチリ味わえ!と言っても嫌がるわけである。
そんなモンを人に食わせるのは躊躇わない辺り、恐ろしい少年だった。

「たのむから、レシピどおり作るくらいの事覚えてくれ!アレンジすんな!」

ムカッと来て、言い募る。
流石に分が悪いと思ったのか、コナンは台本で顔を隠した。

だから、小さな呟きは俺の耳には入ってこなかった。
聞かなくて良かったのか、聞いておくべきだったのか。



「…見本よりも美味しくなるかと思って作ってるつもりなんだがなァ……」



   ***終る?***



まさかそんな理由でこんな目に遭うとか






ぼんやりした話。
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