■全て笑顔で■ 「さ、コナンくん…出番まであと30秒よ」 「はーい」 舞台袖から見えるのは、くるくる軽快にステップしながらグラタン皿をオーブンに突っ込もうとしている可愛らしいキッチンアイドル。レースに縁取られたピンクのドレスは童話の中のお姫様が着るような乙女チックなデザインで、その上に掛けているエプロンもフリルのついた可愛らしいものだ。膝上丈のスカートの下は膝までのカラフルソックス。コック帽子や靴に至る所々に野菜や果物をモチーフにした飾りがくっついていた。 スイッチオーン!の掛け声が上げるのと同時に、音楽が掛かる手順になっている。 くるくるステップのまま早着替えをしに舞台袖に下がる一瞬が、俺と奴が入れ替わるタイミング。 入れ替わった後。アレを焼く間歌って踊って場を繋ぎ、出来上がった料理っぽい何かを食べて、たとえソレがどんな味を醸し出していようとも笑顔でもって「おーいしい!」と言うのが俺の役目なのだ。 …そう、例えどんな料理が、あのオーブンから現れたとしても! *** *** *** ある日、俺の―黒羽快斗の家を訪ねてきた探偵坊主に、妙な薬を飲まされた。 俺を怪盗KIDと確信してやって来た相手。 一応俺は精一杯抵抗を試みた。 だが、しかし。 江戸川コナンという少年に、形ばかりのお持て成しをして十数分後のことだ。 俺は突然体中を襲う痛みに倒れ―終いには意識を失った。 何かは起こるだろうという予感はあったが、そんな事態になることはやや想定外だったから、痛みに倒れる俺を見つめる探偵坊主の静かな視線を見た時は酷い衝撃を受けたものだ。 好かれているとまでは思っていなかったが、死を願われるほど嫌われているとも思っていなかったし、まさかそんな暴挙に出るとは思っていなかったから。 とはいえ、ほんの少しの油断に付け込まれたものの死ぬ事は無く、気がついた時には、俺は探偵坊主が探偵少年だった時の家へと運び込まれ、トンデモナイ姿にさせられていたのである。 「…?」 「あ、目ぇ覚めたか」 「ヒデェぜ?アンタ…何盛りやがった」 視界に映るのは見慣れない天井と意識を失う前に見た探偵坊主―いや、名探偵。 ニヤニヤと笑っている。 ―なんて奴だ! 単なる小学生と、子供に応対する高校生なんて状態では既に無く、取り繕うだけ馬鹿馬鹿しいと思った俺は、ぶっきらぼうに話しかけた。 「俺が怪盗KIDと知っての狼藉…って事だよな?どこで判った。いつ知った」 「それは、まぁ…おいおい話してやらぁ。狼藉については、アレだ。あのまま話しててもどうせ煙に巻こうとしてただろ?オメー。それじゃ埒あかなかっただろうしさ、面倒で」 「なに?面倒くさいって理由で、薬飲ませて拉致るのが探偵の流儀なワケ?!」 「結果論としては、そうかもな」 「最悪だろ、人として」 「怪盗に人の道を説かれる探偵さんって滅多にないわよね…」 不意に聞こえてきた子供の―女の子の声にギクリとして視線を巡らせる。 秘密の漏洩は嬉しいものではない。 しかし、クールで大人びた口調には覚えがあり、予想通りの人物の姿を見つけて、多少なりともホッとする。名探偵と運命共同体にあるらしい彼女は、名探偵同様に油断ならないが気安さのある相手ではある。後ろ暗い部分がある身としての仲間意識に近いかもしれない。 「…あんまり似てないんじゃない?」 彼女は少し首をかしげてそう言った。 「ああ。予想外?まぁ主に髪だよなー?」 「あと、妙にホワホワした感じかしら?」 「でも、使えるだろ?」 「カツラと演技力次第ね。有希子さんは喜びそうだわ」 ―何を言っている? 不審に思いながら、俺は身を起こす。どうやら広いベッドの上だったようだ。俺が動くのを見て、名探偵―コナンが、よっとベッドから降りた。 「なんか、おかしいところ、あるか?」 「その聞き方もどうかしら?…まだ痛みや違和感はあって?」 「…痛くは、ないかな」 一応心配してくれているらしい二人に、改めて身体の調子を確認しながら、身体を伸ばそうとして、おかしな点に気がつく。違和感、といえば違和感だが。 しかし。 俺は縦に伸ばしてみた両腕を目の前に移動させる。 短い。 ゆっくりと組んでいた手を解いて、目の前にもってくる。 腕も、手も―手のひら、指も、短くて。 まるで、コレは。 「さぁ、ご対面と行こうか?」 どこか笑いを滲ませた声を振り返れば、そこには大きい鏡。 ベッドの上に映っているのは―・・・ 「…ッんっじゃー!?こりゃぁぁああああ?!!!」 大絶叫をあげる鏡の向こうの俺は、子供の姿をしていた。 *** *** *** 「さ!」 「あとは、頼むぜー?コナンくん」 促され、肩をたたかれて。 俺はダンス用(と、その下には踊りの後に待ち受ける試食タイム用の通常衣装を仕込んで)踊り用にバミられた地点を目指して、くるくるステップで舞台袖から飛び出す。 振り付けは完璧だ。 歌だって完璧に違いない。 少なくとも、音波公害だのに認定されそうな歌声ではない。 ズレまくるリズムで妙ちきりんな踊りを披露する事も無い。 怪盗のスキルである変幻自在の七色ヴォイスは子供の姿になっても損なわれる事はなかった。元々のリズム感もある、エンターティナーとしてのポーカーフェイスも。 ゆえに、俺は舞台に出ねばならないのである。 歌って踊れる子役アイドルこなんちゃんの影武者コナンくんとして。 *** *** *** 「…ほうほう、黒の組織は潰しました、っと。でも解毒剤は手に入りませんでした、と」 「そうなんだよなー。組織潰しゃ何とかなるかと思ってたんだけどよ」 「なるワケないでしょう?データが手に入れば研究は進むけれど、必ずしも工藤くんや私に現れた作用に対する薬が直ぐに出来るわけじゃないの。元々の作用から外れたイレギュラーな存在なんだから」 「で?試作品作り重ねてたら、24時間限定で子供化する薬が出来た、と」 「ええと…解毒剤を作るには、毒そのものを再生して、調べなおす必要があったの。その段階で、短期的に人体を変異させる薬が出来たんだけど」 「作用としては、逆だよな。短時間、大人に戻す薬は出来てたんだから」 「で?」 ベッドの上で胡坐をかいて、腕を組んで、出来る限り尊大な声で!俺は、それがどうしてこんな事態に繋がるのかについての解説を求める。 「俺を子供化させた理由は何だ」 24時間で戻るとは言ったが、安心は出来ない。 何しろ、コイツらときたら微妙に話を逸らしている。何となく事情は判ってきたが、いまだに目的は全く見えなかった。 「探偵坊主探偵坊主って、人が元々は高校生だと知ってやがる上で言いまくる怪盗にムカついた、ってのが一つ」 「なんたる私情?!」 「馬鹿ね…これから貴方は彼に頭を下げてお願いしないといけないんじゃなくて?そんな言い方で機嫌を損ねるのは無意味よ。いくらハートフルな怪盗さんでもね」 「…?」 「チッ」 プイと横を向くコナンは不本意そうな顔だった。よほど面白くない事情がある―つまりは面白くない事態が待ち受けているという事だろうか? 小さくなった俺の着ている服は、見覚えのある白いシャツに青色の短パンだった。赤い蝶ネクタイが首元に結ばれていなくてちょっと安心したのは、名探偵には内緒である。もっともそれは好みの違いであって、彼がそういう姿をしている事に文句はないのだが。 一体誰が着せ替えてくれたのか、と聞きたいが聞けないまま、かれこれ30分近くが経過していた。 *** *** *** 〜♪ 〜♪ …♪・♪・ (ハイ、ここでターン!) くるりと回れば、ひらひらレースがふんわりと宙を舞う。もちろん一緒に笑顔もスタジオに―カメラに向かって振りまいて。 キメ☆ポーズではパチン☆とウィンクも忘れない。 (見た目はこなん!中身は怪盗!) そんな台詞がふと浮かんだが、口に出せるはずもなかった。 *** *** *** 膠着しかけた場を打ち破ったのは、バタンっと開けられたドアと、その直後に部屋に響いた黄色い悲鳴だった。 「きゃー!!可っ愛いーーーっ!!」 「!?」 「母さ…っおい、締めてる!締めてるって!!」 「あ、ごめんね!あんまり可愛くて、つい」 「ついで、コロシとかヤメロ!大体わかってんのかよ?!そいつ―」 慌てた名探偵の声で、ようやく突然の拘束―首締めから解放される。 女性の柔らかな感触は喜ばしいことこの上なかったが、いかんせん、大人の腕力は子供になってしまった身にはキツイものがあった。助かった。 「懐かしいわぁ!これ位の時よねー。私にお花くれたのって!」 「ゲホゲホッ…、あ、い変わらず、お綺麗です、お姉さん…!」 最大の敬意を込めて、年を経てもなお間違いなく綺麗なお姉さんに花を…と思ったが、俺の手からは何も出なかった。しまった!俺の服じゃねぇ…。ハッとしたが、彼女はクスリと笑ってありがとうと言ってくれた。 うん、やはり良い女だ。 そうして、ようやく俺の―子供の俺の存在意義を告げられる。 なかなか、とんでもねー話ではあった。 だが、とんでもねー両親のいるとんでもねー名探偵が噛めば、もはや何でもアリなんだなと再認識させられる話ではあったのだ。 とはいえ、一通りの事情を聞かされて直ぐに浮かんだのは、―思い切ったな、名探偵…、という感想だったが。 *** *** *** 「今日も良かったわよぅ、二人とも!」 ご機嫌で運転するマネージャー兼事務所所長の有希子さんはニコニコ嬉しそうだ。 だが、ソレを一瞬だけ見た名探偵は、疲れたという表情を隠す事も無く、一瞬後には無言で流れる景色を眺めていて。 俺はといえば、先程胃に入ってきた異物が、喉元にこみ上げてくるのを押さえるのに精一杯だった。 追っ掛けや、突如芸能界に舞い降りた天使の正体を知ろうと探る記者らを振り払うドライビングテクニックに踊らされた胃を宥めながら、何とか隠れ家的マンションにたどり着く。 有希子さんが風呂と着替えを用意してくれると言うのに甘えて、ソファに腰を下ろしてから、俺は口を開いた。一度ならず二度目までもだ。コレが三度四度と続くのは流石に耐え難い。 「なぁ、アンタ…アレ、何入れた?」 「…あー?」 「パングラだよ!今日作ったアレ!」 「んー?用意されてたのしか入れてないぜ?」 「嘘だ。ラー油?いや、もっと何か」 「ああ!何かさ、VTRで見たのと比べて色味が足りなさそうだったから、つい…」 「…つい、つい、で、人を殺しかけねー魔料理作るなァッ!!」 本気で歌って踊る以外の役目は御免被りたい。 いや、歌って踊る担当自体もどうかと思うが、そこは取引が成立している以上仕方ない。 ―しっかし、こんな壊滅的不器用の歌えも踊れもしない奴が世界的アイドル目指すってどうなんだ。 ソファに座って早々に、推理小説を読み出した名探偵。 女装を解くのも面倒なのか、TV局から出てきたままの姿だ。 アイドルとして外出中は勿論、移動中はもしもの事を考えて、変装は解かない事になっているから、いつもなら玄関に入った時点でカツラとひらひら衣装が脱ぎ捨てられるものなのだが。よほど、読みたい本だったらしい。 長いくるくる巻き毛がふんわりと、窓から差し込む陽にキラキラ光って、滑らかで白磁器めいた頬や細い首にかかって彩りを与えている。綺麗に整えら伸ばされ巻かれた睫毛にも陽の欠片が乗って、伏し目が文字を追って動くごとに一緒に踊る。文字の与える内容が楽しいのか、少し笑うような形で緩められた唇は赤くて、白い肌の中、色づくそこが妙に艶かしくもあり…。 ―可愛いのは確かだけどなァ 何度目かわからない思いが、また浮かんだ。 *** 終る? *** 全て笑顔で覆い隠す真実はいずこ |