□馬鹿な話□


怪盗を追ってビルの屋上へと走り込むと、そこは怪盗のショウの会場ではなく、もっとずっと殺伐とした殺し屋が怪盗を狙う現場になっていた。

どうにも登場舞台を間違えた感がある探偵は、実弾を装填されているであろうリボルバーを構える黒服の男と、トランプが飛び出す改造銃を構えている白衣装の怪盗と、さてドチラを捕まえたものかと数瞬悩んだ。

実害がありそうなのは黒服の男である。
大体、黒い、というのがまずいけない。
黒づくめでないだけマシだが、工藤にとって本能的に敵はコイツ!という気分になる。
白衣装の方は、あのトランプ銃に助けられた事もあることだし、探偵は怪盗を捕まえたいのであって、殺したいワケではない。

まぁ実際は迷う間もなく、探偵である新一は、黒服の男めがけて屋上に転がっていた空き缶を蹴り付けて、怪盗から気を反らせる為に動いていた。

お返しとばかりに銃弾が新一の頬をかすめたが、間一髪避けて物陰に入りこみ、今日の怪盗確保に協力的だった警官が持たせてくれた無線機に向かって大声を張り上げた。

正確に場所と怪盗の他に銃器を扱う不審者がいる旨を伝える。
風に紛れて鋭い舌打ちと、銃声数発乱射音、そして、駆けて去り行く足音に、舞台から役者が一人降りたことが分かった。
もしかしたら、もう一人も既に飛んで去っていて、舞台は解体されているかもしれねぇな、と工藤が首を伸ばして屋上を眺めれば、白衣装の人間は夜景を背にして腕を組んで立っていた。屋上のフェンス向こうの空調機器の裏手にでも隠れていたか。

「よぉ、泥棒さんよ。今夜のステージ袖は派手だったんだな」
「何しにきてんだ、お前」
「ワルモンを捕まえたり、通報したりすんのが一般市民の義務ってモンさ」
「馬ッ鹿じゃねぇの」

心底苛立った声で向けられる言葉に、工藤は軽く肩を竦めた。

「馬鹿犯罪者馬鹿に言われる筋合いはねぇな」
「馬鹿探偵馬鹿が、お呼びじゃねぇんだ、空気読め!この馬鹿探偵」

とりあえず、残っている犯罪者確保に近づいていくと、ヒュンっと飛んできた煌めく塊―今夜の怪盗の獲物―を、難なくキャッチした工藤は、怪盗がするように、ソレを月光に翳してみる。
 ―キラキラ
綺麗なだけで、だから何だと言うのか。
工藤にとって、こんな石ころが犯罪にまで手を染め、命まで狙われるほどの価値があるとは到底思えない。
まぁ、アッサリ返してくるあたり、怪盗にとっても、この石ではいけないのだろうが。

「今夜の警察の手持ちのコマに鉄の鳥は4機ほど、一番近いのは、もうすぐ到着するぜ」
「ほぉ」
「で?どうする。飛んで逃げるか、捕まるか」
「生憎飛ぶのは無理なんだよなぁ…穴開いちまった」

しみじみ残念そうに、マントの一部を掴んで溜息を吐く怪盗に、探偵は呆れた。

「だっせぇ!よし、捕まれ。ンな弾も避けられねぇ奴がカッコつけて、スナイパーなんぞと戦ってんじゃねぇよ」
「言うねぇ」

シルクハットを深く顔に被せて、怪盗もスタスタと工藤に―否、正確には屋上から降りる階段に向けて歩き出す。飛べないなら歩いて退場するつもりのようだ。
工藤は足を止めて、わざわざ近づいてくる相手を待った。

工藤まであと数メートル前に来た怪盗は、待ち構える相手の顔を見て、ニヤリと笑ったあと、瞬時に駆け出して、身構える工藤に躊躇なく体当たりをする。予測より素早い動きと衝撃に態勢を崩しかけた工藤は、瞬間、身体が飛ばされることも覚悟するも、直後フワリと身体が浮かされる感覚に思考が停止する。怪盗は倒しかけた探偵の体を、そのまま腕に抱え上げて、屋上の出口まで走ったのだ。
紳士的でないのか、紳士的なのか。ワケの分からない行動に、工藤の頭は疑問で一杯になる。

―はぁっ?!

同じ体格をしている成人間近の男の体を軽々と、殆ど片腕で支えるようにして走る怪盗。
遠ざかる屋上のフェンスは、ガシャンッ と工藤の眼前で屋上の扉が閉じたことで鉄製のソレで遮られる。

怪盗の片腕に軽々と体を攫われて、階段の最上階の踊り場に連れ込まれたのだ。

「ンッな?!に、しやがる!」

優雅に魔術を魅せる腕の意外な馬鹿力に、工藤はビックリして、同時にその行動にも驚かされて、怪盗の体を払おうとした。
しかし、胴回りに回された腕が、工藤の片腕を腰裏あたりで捻り上げながら背後から抱き寄せてきて、もう片腕も、怪盗の手に取られバンッと扉に押し付けられる。

工藤の首筋に、怪盗の息が掛かった。
完全に背後を取られている。

「てめッ」
「馬鹿探偵に、出しゃばると痛い目に遭うって、覚えて欲しいなァって思ってさ」
「ん、だと!?」

背後の男の哂う声音に、ムカムカと怒りを刺激される。

「アンタ、細いし、軽いよ。頭脳戦以外の戦闘には不向きすぎる」
「ハッ!どんな現場(ヤマ)だろうと、最終的に切り抜けンのは頭と生存本能の強さだろ」
「…しぶとい、って自覚はあるワケね」
「オメーぐらいにはな」
「でも、邪魔だ」

冷えた怒りが垣間見える態度だった。
一体なにがどうした、と工藤は思ったが、拘束する力は強く振り返ることも出来ない。下手に動けば、後ろで拘束された腕の筋が―骨がイカレるだろう。
どうしたものかと、抜け出す術を探していると、頬に、ちょうど先程銃弾が掠めて薄く皮膚が切れた場所を、濡れた何かが這った。

「ぅわ!何舐めてんだ、変態!」
「馬鹿が、傷なんか付けやがって!消毒だっつーの」
「ハァ?!なるか馬鹿野郎!知ってっか?唾液に混じる雑菌の量ってのは―」
「うるせーよ、ばーか」

頬から移動してきた唇が、とにかく気を逸らしてやろうと薀蓄を語ろうとした工藤の口を塞いだ。






「…ん、…ぅ、は…ァ」

塞ぐだけでなく、咥内を舐め唾液を奪い与えていった器用な舌先と唇が、離れる。

「やべ、気持ちイイわ。コレ」
「…なに、す、テメェ…」
「悪い怪盗に関わると、色々悪い奴に襲われちゃうよって、教えてあげようと思ったんだけど」
「放せ、マジてめぇ、許さねーぞ!」
「んー…逆に、何か教わった気分?」

腕の事などお構い無しにジタバタと暴れ出す工藤を、怪盗が漸くに放す。
瞬時に振り返り、得意の足蹴りを見舞ってやろうとしたが、予測済みだったのか、怪盗は綺麗に背面から階下に向かって跳んだ。

「じゃ、ごっそーさん! ま た な 」

陽気な声が一つ下の踊り場からして、工藤が一足に其処まで跳ぼうとした時には姿は消えていた。

「ちっ…逃げ足早ぇーな」

口元に零れた体液を拭いながら、真っ暗闇の階段向こうに呆れた声を投げる。
閉じた屋上の扉の向こうで、バラバラバラと耳障りな空気を割くヘリの音がした。
漸くの警察のご登場だが、この分では街の暗がりに怪盗は楽々と逃げおおせるだろう。
しかし、今工藤の頭には更なる確保の為の手段を講じるよりも、先程与えられた怪盗の行為について考えるので精一杯だ。

「何だったんだ…」

― ま た な

強調して残された言葉。
危ないから怪盗のショータイム後には近づくな、と始めは言っていたのに。
跳び去ろうとする怪盗の眼に浮かんでいたのは、興奮と―…
工藤はフルリと首を振った。

「もう、させるかっつーの」

でも、次の現場では、ちょっと怪盗に近づくのは止めておこう、と思って、いやソレこそが、怪盗の狙いなのか!?などとあーでもこーでもないいや、そうなのかもしれない、などと思考が回りだした工藤だった。




■何となく終■




馬鹿馬鹿言い合うだけで色気が生じなかった馬鹿な話。
工藤さんを軽々運ぶ怪盗に夢を見てみた。
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