□ゆびさきとくちびる□ 「…って」 新しい辞書を開いたら、頁を押さえる筈の指が縦に滑って、親指の少し膨らんだ腹の部分が切れた。 見れば、うっすらと皮と皮との隙間が開いて、そのまま見ていたら、割けた合間からじんわりと赤いモノがにじみ出てくる。 「新一?」 一つの長ソファに隣り合って凭れ合うように座っていた快斗が、新一の手元を覗き込む。 白い指先の赤みに気がついた快斗が、切った本人よりも動揺した。 「ちょ、なにじっくり見てンの?!」 「大したことねぇ」 「駄目!俺のに、ちょっとでも傷つけるとか、絶対駄目!」 「何がお前のだよ」 「新一全部」 言いながら、快斗は傷ついたほうの手を取って、親指をぱくりと口に入れた。 濡れて、熱い、うねりとした舌先が指先を―傷口を這う。 「…バーロ、」 新一は、大事そうに口に指を含む快斗からついっと目を逸らし、残っている片手で辞書を捲り出す。 気が済めば放すだろう、と放っておくことにした。 「ん、…ッ」 ちゅ、じゅ、という小さな音が暫く続いた後、だんだんとちゃぷと大分水気が溜まった音が、二人しか居ない空間の、ソファの上で響きだす。 ―そして、かれこれ数分。 どうも、まだ快斗は新一の指を離す気は無い―どころか、明らかな欲情を含んだ目線を、新一の横顔に送っていたりする。 時折、チラリとその視線を受けては、懸命に眼を逸らし続けている新一だ。 けれど、頬の赤みが増しているあたり、無視しきれていない。 「指…」 「ぁに?」 「ふやけそーなんだけど」 「んー?」 ちぅ、と吸ってから、漸く快斗は口から指先を抜いて、ジッと舐め続けた場所を見つめた。 赤い染みはすっかりと消えて、隙間を作っていた剥がれた皮が白んでいる。 確かに、ふやけているようだ。 「ま、血は止まったな」 「そりゃ、どーも?」 じゃ、放せよ、と言外に告げて新一は快斗の両手に捕らわれた手を取り戻そうとした。 しかし、快斗は再び ぱくり と指を口に入れた。 「おい?」 「も少し」 「何がだ!バーロ、放せ」 「…じゃ、新一にもあげるからさ」 「は?……ン、ぐ」 新一の唇の上を軽く擦ってから、快斗の人差し指がそのまま割って入ってくる。 「ね?おあいこ」 「ふぁほは(か)」 新一は、眼を細めて笑う快斗を睨みつける。 だが更に快斗の笑みが深くなるを目の当たりにして、何かを失敗したような気分にさせられた。イラッとしながら、舌先に当たる指を舐めてみる。奇術を編み出す、魔法を操る繊細な指だ。いつも妙に力強く感じるのに、実際は意外に細く、爪先は指の丸みに沿って綺麗に切られているのか、引っ掛かる感触もない。 (深爪?) 妙に存在感の薄い爪先が気になって、新一は指と爪の合間にも舌を這わせてみた。 「…えろ」 「ン…ほーは?」 伏せていた眼を上げれば、思ったよりも近距離に快斗の顔があり、新一の手の甲に、指先にと、細かいキスを送っていた。 新一の指の節をやわく噛んでくる。 対抗するように、新一も咥内の指にあくまで力を入れないように歯を立てた。 快斗の指先は新一にとって、とてもとても大事な一部分なので、本当に軽く、だ。 歯と舌の感触と、それ以上に指先への気遣いをダイレクトに伝えられた快斗は、心底から嬉しそうに微笑んだ。 それを目の前で見てしまった新一はたまらない。 軽く沸き上がって来ていた欲塗れの痴情よりも、もっと熱い何かが心の内を満たして、どうしようもない気分にさせられた。 思わず、指を無理矢理口から抜いて、快斗から手も奪い返して、そのまま濡れた手を快斗の頭にまわして、唇を奪った。 新一からの口付けに完全に煽られた快斗は、押し付けられる唇を受けながら、両腕に力を入れて恋人の身体をソファから下ろす。床に敷かれた毛足の長い柔らかいラグの上に横たえるようにして、その脇で口付けは続けながら、手早く二人分の服を脱がしていく。 「ここ、で?」 短い息継ぎの合間に、新一が不思議そうな顔で言う。いつもなら、広めのソファの上で、という流れだ。 「んー…ちょっと、自由に動けたほうがさ、イイかなって」 いつも自由に、勝手にしてるじゃねぇかと、少しばかり眉を寄せて新一が見上げれば、快斗は笑ったまま、またキスを強請る。 下唇だけを吸い込むようにして、快斗が新一の下唇だけを挟みこんで、柔らかく噛んだり舐めたりを繰り返す。 妙な刺激に新一の背筋がぞわりと震える。 キュゥと下唇を吸い上げた後、次は上唇を同じように甘噛みされて、這う舌先が、今度は咥内の上顎にも伸びてくる。 歯茎の近く、凹んだ口蓋のくぼみをザラリと舐められて、くすぐったいような、しかし性感を伴う行為に、息が上がっていく。 丁寧で、最初から濃厚な口での愛撫に、頭の奥が痺れていく。 ― 新一も、快斗も、だ。 焼け付くような舌に、熔けそうに熱い咥内に。 「舌、だしてよ」 散々に新一の口の中を味わった快斗は、なかなか誘われてこない新一を言葉で促す。新一がチラと数センチも離れていない快斗の眼を覗けば、細めた奥が濡れて欲情を語っている。仕方なぇな、などと余裕も無いのに少しだけ笑って、口を少し大きく開いて新一の方から、唇の上を舐めていた快斗の舌に絡めた。 「んんっ」 こうなると、もうグショグショになるだけだ。 互いの唾液は零れて、吸われて、あふれそうになる体液を勿体ないと飲み込んで。飲みきれない分が、下になっている新一の口の端や顎を伝って落ちていく。 「しんいち」 「…め、だ。もっと」 「うん…」 伝い落ちた唾液を追おうとした快斗の顔を、新一が両手で止めて、もっと寄越せと口付けた。 ちぅ、ちゅ。 絶え間ないリップ音は、どちらかといえば、新一の方が意図して出しているものだ。 快斗が、手で触るだけでは足りない部分を、口でも感じようと動かそうとすると、逃がさないとばかりに新一の顔が追う。 当然、愛しい人に求められて、応えないわけには!と快斗はまた口付けを繰り返して、そればかりが続いた。 「…っ…ぅん、あ、」 「あの、さ?もー、ヤバイんだけど」 快斗は困った顔でキスしまくっていた新一の顔を見つめた。 はっきり言って、色々マズイ状態になっている自覚のある快斗である。殆どキスしかしていないが、唇を交わしつつ、身体中を撫で回して足を絡めて下肢を押し付けあってただけの状態が長く続いていたせいで、既に我慢が利きそうに無い按配なのだ。 「ゆび…」 「へ?…し、んいち」 片手を取られて、そのまま快斗の人差し指と中指が新一の咥内へ導かれる。まだ溢れている唾液が、舌が絡み付いてくる感触が、敏感に出来ている指先から伝わってきて、快斗はゾワゾワと腰辺りに更に快感が纏いついてくるのを感じた。 珍しい新一からのキスに、少しばかり酷い抱き方をしてやりたくなって床に降ろしてやったというのに、結局ずっと新一からの柔らかな求めに応じるままで限界が近づいてくる有り様に、快斗は自嘲めいた苦笑を浮かべる。 「ごめん。ソファ、で良かったかも。背中、平気?」 「へーき、だ」 指を口から抜いて、更に外気に晒されたソレを見つめてうっとりしたように笑う新一に、ああ、もう駄目だ、ホントもうこの人は!とよくわからない敗北感を覚えた快斗である。 濡らしてもらった指先を奥まった場所に宛がって解しながら、快斗は、新一の腕を背中に回させて、耳元に囁いた。 「新一、爪立てて。背中、酷くしていいから、さ」 「後で、泣いても知らねーぞ」 「新一啼かせたら、おあいこだろ」 「っ…あ、遠慮しねーかんな!」 くすくす笑って、啼く事も泣く事も了承しあった二人は、互いの身体となき声に落ちた。 ■半端なく半端に終■ |