■ ■ ■ 事務所の書籍箱にたまった郵便物を取り出す。 仕分けをする中に、『工藤新一様』という1通の白い封筒があった。事務所宛にたかだか事務員の俺のところに手紙がくるというのは殆どない、いや、初めてだ。 一体誰からだろうと、レターオープナーに通そうとしたら、背後から同じくその封筒を眺めていた男が、ちょいっと俺の手から手紙を抜いていった。 「返せよ」 「まぁまぁ…んーコレは」 「?誰からか分かるのか」 封筒には事務所の住所と俺の名前しかなかった。裏面にも何も書いて無かった気がするが。 「ここ」 両腕を俺の背後から回して、左手で持った封筒の裏の一箇所を右手の人差し指でトンと示す。 斜めの筆記体でサインがあった。 「キッドからか!」 「多分、今度の公演のチケットだな」 しかも、間違いなく中身は一人分の航空券とチケットだけだ、とピンと封筒を弾く指と不機嫌な声。 「行きたければ、俺に休暇許可を取る事だ。取れるもんならな」 「…おい?」 どういうつもりだ!と背後を睨めは、ふんと素知らぬ顔で、今度は事務員に事務を命じてきた。 「新一、ココア」 「奇遇だな、俺はコーヒーで」 「働け、事務員。仕事しろ仕事」 「!お前だろッ!?人が仕事場にくりゃ、朝から晩まで人に張り付いてばっかりいやがって!!」 「いやぁ、生きてるって素晴しいよな。温かい」 「…生きてるんだから、働け!少しは離れろ!!」 「駄目だ。無理だ。嫌だ」 「…所長だろ、お前」 「快斗、だよ」 ジッと背後から覗き込むようにして見つめてくる眼を見ていられなくて、俺はガタッと席を立つ。すると、おんぶお化け宜しく、背後の男も付いて来た。 …なんなんだ、コレは。無駄すぎる。 ため息を吐いて、諭すように話しかけてみる。 退院して職場復帰してから3日目だが、ずっとこんな有り様なのだ。 「ホント少しは離れろって…」 「新一が、俺と暮らすって言えば離れるが?」 「駄目だ、って言ってんだろ?!」 「なら、こっちも駄目だ。というか、何で駄目なんだ?」 「…うるせぇ。駄目なモンは駄目だ」 水底から引き上げられた彼は―、一体何の作用か奇跡か、辛うじて死んでいるように生きていた。仮死状態だったのだという。低い水温が彼を包み込み肉体の働きを極端に死なない程度に留め、また彼を包んでいた水草が水底で光合成を起こし僅かに彼に酸素を運んで、まさに奇跡的な半冷凍保存の仮死状態で約半年。 生死の境目のギリギリの瀬戸際に肉体はあったが、―彼は、生き返ったのだった。 嬉しかったし、今も嬉しい。 嬉しすぎて、病院で見舞う度に泣きそうになったりもして…マトモに顔が見れたのは、事務所の営業が再開してからだった。 それから、ずっと。ロクに病室に顔を出さなかった不義理を拗ねられ(確かにリハビリ期間も考えれば3ヶ月以上の入院中に、彼を訪ねたのはホンの3回程度なので、仕方ないのかもしれないが)、事務所にいる間はどこかしらを触られているような状態が続いている。挙句には、『一緒に暮らそう?』と言い出す始末。 こうして、本当の彼と共に時間や空間を共有しているだけで満足なのに、困ったものである。 「新一、好きだ」 「…俺も、好きだぞ」 「じゃ、もっと一緒にいよう?」 「…それは、いいけど。あ、いや、暮らすとかは駄目だぞ?!」 「なんでだよ?!大体、まだキスのひとつだって…」 「バーロー!だから、だろ!」 「…ん?…なるほど?」 快斗は、元々が外国育ちで、当然外国暮らしが長いせいか、どんなに見た目が俺に似た日本人でもナカナカどうして思考回路がついていけない部分が大きい。(その点はかなりキッドだった所長と大分違う部分だった。研究者とエンターティナーの差かと考えられる) まぁ、生きているのだし。 いつかもっと近づいて、相違が埋まればいいか、と思っている。 「ちゃんと口説いたら、いいって事だな」 「…さぁな」 ニヤリと笑う顔は、いつか夢に見た彼と同じものだった。 ■ ■ ■ |