□T or T□■K新■


台風一過の一夜明け。
新一はなんとか今夜のハロウィンイベントは決行できそうだと一安心しながら、ベランダの扉を開いた。本当は昨夜、子供達がお菓子を強請りに来る予定だったが、土砂降りに暴風を伴った台風が接近していて、仮装行列の闊歩を延期させたのだ。

「もっかい、カボチャ吊るすか」

避難させていたジャック・オ・ランタンを再びベランダの柵の手すりに引っ掛ける。
夜更けに通り過ぎていった台風は近く温帯低気圧に変わるというし、いまだ空に残る曇天もきっと夜には晴れて星空を覗かせるだろう。
小さな魑魅魍魎たちは、暗闇よりも月明かりの下を歩くほうが可愛らしい。

「玄関も、だな」

お菓子があるよとハロウィン行列を歓迎するカボチャ燈篭の印は、米花町のあちこちの家の軒先に吊るされる。いわゆる地域の子ども会の行事の一つになっているから、参加してくれる家には、予めカボチャとお菓子のレシピと注意書きが配られるのが常だった(カボチャは地域農家の寄付でレシピは婦人会から、注意書きは雨天時についてとアレルギーのある子供の有無などを知らせるものだ。工藤家は多大な図書寄贈に税金納付といった地域貢献及び寄付で役員会に出ずとも殆ど町内会の永久会員である)。
新一も幼い頃は両親に送り出され、幼馴染の手を取って行列に加わったものだ。
両親がロスへ居を移してからは、新一は迎え入れる家の一つの役を担っている。
とはいえ、菓子作りなどしないし、下手をすればそんな日にも家を空けてしまう新一は、隣の阿笠家への矢印を置いておくだけの年もある。そうすると、隣の家で二軒分のお菓子が頂ける訳だ。お菓子自体は両親が向こうで選んだものを大量に送ってくるから、せっせと小袋に詰めるのが主な仕事だった。

しかし、今年は違った。

半同居している恋人が、「お菓子強請りに来るちびっ子を逆に驚かしてやろうぜ?」と言い出したのだ。
―いつもいつも簡単にお菓子が貰えると思うなよ?お前らが、このお屋敷を怖がっている事なんてお見通し―
というコンセプトで、彼は遊ぼうと思ったようだ。

あれよあれよという間に、一階の一部がお化け屋敷になっていた。
なので、新一は慎重に一階の居間と玄関ホールを通り過ぎる。

細かい物や傷つけられては困る家具などを搬出して、変わりに巨大な岩(素材は発砲スチロール)や朽ちた木々が並べられて、暗幕で窓が完全に覆われた部屋は朝でも真っ暗だ。
電気をつければ、丁寧に赤とダークオレンジで包まれた照明が妖しげな光を幾らか落とすだけで、足元までよく見えない。
まぁ、転んだりしないように、誘導する通路用の岩が置いてある程度なので問題はないが。
なお居間の中央にはクリスマスまで出番を待つはずの大きなモミの木が鎮座していて、居間の扉からグルリと木の根元に回りこんで、ようやくお菓子に辿り着けるという部屋の構造になっている。
当然、夜はひと気を無くして、出迎えるは光るカボチャ達だけ。
勇気ある魔女や妖怪たちだけがお菓子にありつける、というわけだ。
なかなかに凝っている。

楽しげに準備する恋人につられて、そんなイベントに関心が薄いはずの新一も一緒になってカボチャの飾りを作っていた。つくづく人を巻き込むが上手い奴だと思う。門扉から玄関へ誘導する蛍光塗料を使っての軽石の塗装は結構面白かったし。暗闇に浮かぶお化けの切り抜き絵は、我ながらリアル感のある出来になったと思う。なにしろ恋人が「スゲェ…絵心のなさと手先の不器用さの奇跡のコラボ…」と絶賛していた。褒められたものの新一は大層気分を害して、思い切り蹴り付けてやったが。
まぁ、そんなワケで延期は歓迎できたが、中止になったら、残念きわまりない事になるところだった。

「あとは、…さっさと帰ってこいってんだ」

世間が浮かれる行事があれば、そんな人々を寄せ集める為の宝石展覧会なんてモノがあって、新一の恋人はその行事の主役である姫の身体検査に出掛けてしまう。昨日の夜もそうだった。昼過ぎから段々と激しくなる雨と風に、止めておけよ、と言い掛けたが、予告してある事を違えるなど怪盗紳士の面目に関わる事かと黙って見送った。

さっさと手にした宝石の検分をして、その場で返却出来れば仕事はすぐ済む。しかし、天候が悪いと検分作業は出来ないから、盗品は持ち帰らねばいけない。
そして、新一の許容できるギリギリのラインを読むことで、何とか恋人の位置にいる怪盗は、盗品を持ったまま工藤邸に訪れる事はないだろう。
今夜の月が現れて―宝石を持ち主に返して―それから漸くやって来るのだろうな、と新一は考えていた。


   ■  ■  ■


「トリックオアトリート!」

何組めかの元気な声が門扉の前で上がる。その様子を二階の窓から覗いていた新一は、手元のスイッチの一つを押した。
ギギギィー・・とワザとらしい音を立てて門が開く。

「ぅわあ!?」

子供達が驚いたところで、次のスイッチを入れる。
バタンッ! と大きな音と共に、今度は玄関の扉が開いた。
門から延びる庭石、開いた玄関の中に見える矢印が誘導だと気付けば、そのまま屋敷の中への誘いと気付くだろう。鬱蒼とした庭木に囲まれ幽霊屋敷の名をほしいままにしているその中へ、彼らは入っていかねばならない。

―さぁ、この子達は入ってくるかな?

下は三歳児あたりから上限は小3位までの子供参加者5〜6人・全10班に分かれて(大人が一班一人同伴)しての小さなお化け達の家周り。工藤邸の前には9班めの客人たち。

事前に恋人が町内会に何か言っておいたのだろう。
まずは大人が「さぁ、行っておいで?」と声をかけ、子供達を促す。入るのを嫌がって、半泣きで逃げていったのは今の所2班。小さい子供の多い班だった。
大人の背中を押しながらも恐々と入って行ったのは今の所6班。しかし、どの班も途中で「お菓子取って来てぇ!」と大人に任せてしまう。付き添い者も大変だなぁと、こんな大仰な仕掛けをしてしまった事を少々申し訳なく思った。

9班めの子供達は大きい子供が何人かいるようだったから、そろそろ悪戯する子供が出現するだろうか。
新一の手元の仕掛け操作ボタンは、門・玄関と、もう一つ部屋用のモノがあるのだが、今だに最後のボタンは押されていない。
押してみてぇな、と思い、どんな様子か階段を下り、居間の近くで様子を窺う。

「キャー・・」
「うわぁ!」

漏れ聞こえる小さな声。自動で動く仕掛けや人感センサーで鳴り出す音響もあるから、冒険心の強い子供でも結構度胸を試される。今回も、部屋の中でお菓子を発見した歓声はあがらず、また大人の「工藤さーん!お菓子頂いていきますねー!」という声が聞こえただけで終ってしまった。

「はん!」

根性足りねーよ!とため息混じりに呟いてしまう。
あんなに準備して、それなりに―いや、かなり楽しみだったのに。
だいたい、肝心の、子供達の反応を楽しみにしていた恋人の姿がない。

昼を過ぎ、夕方を過ぎ―暗くなって、月が見えてから、きっともうすぐ帰ってくると思って待っていた。それなのに、なかなか姿を現さない恋人。
段々と不安に駆られ相手の家へ行ってみようと思ったが、折り悪く「そろそろ子供達が家周りを始めますから、よろしくお願いします」という町内会長直々の電話が入ったものだから、出掛ける事もできなくなった。
何度か電話はしてみたものの、相手は出ない。
せめて声が聞ければ、と思ったのに。

とにかく、このイベントを無事に終らせてから、彼の家に行くなり隠れ家を家捜しするなり警察に情報を拾いに行くなりしよう、と決めて、新一は不安を振り払うように、首を振る。
―あと、来る予定の子供達は…

「あと、来てないのは…アイツらか」

少しだけ、新一の顔に笑みが浮かぶ。最後の一班は博士率いる少年探偵団のはずだ。
なんだかんだで大トリを任されている彼らであれば、お菓子を簡単に手に入れるに違いない。
手に入れた後の仕掛けが無駄にならなくて済むな、と思った。

「と、その前に補充補充」

次の班の子供達が来る前に、新一がこなす仕事はお菓子の補充である。小分けにしたお菓子の袋を参加する子供の分より多い数を入れておく。昔自分が回っていた時に、兄弟の分も欲しい、と言っていた子供がいたり、余分を仲良く分け合って友情を深めたりした記憶があったから、余分が綺麗に無くなっていても文句はない。
それどころか、今年も行事用にと両親が送ってきたお菓子には余裕があり、残されても新一には消費しきれないから、むしろ―

「持ってけ、ドロボーってな」

樅の木の下の籠にお菓子の袋を置きながら、そんな事を呟くと、不意に声が聞こえた。

「それって、名探偵でも可?」
「―?!」
「持ってっていーのか?」

声に振り返ろうとして、身体ごと白い腕に攫われた。
そのまま、幾分湿った白いタキシードとマントの中に閉じ込められる。
―雨、草…泥の匂い

「ヘマったか、怪盗」
「…ちっと飛ばされてな?」
「間抜け。風が強いときに翼なんか広げるんじゃねーよ」
「ああ、もうね。翼をしまえ!ってゆーいつぞやのコナンくんの声が脳裏に響いてたぜ」

風で飛ばされて、頭に衝撃を受けて。気がついたらドコゾの路地裏だった、と怪盗は帰宅時間が遅れた理由を端的に述べた。なんとか居場所を知らせる発信機のスイッチを押し、それを頼りに協力者である老人が拾いに来てくれたは良かったが、なにぶん頭を打っていたから、再び意識不明の状態に陥り、大事を取って先程まで―怪盗が自分で意識を取り戻すまで様子を見守られていたのだという。

目を覚ましたら、既に夜。頭を打ったせいもあったが、ハロウィンの準備で寝不足だったのも祟ったのだろう。

慌てて日付と時間と宝石の確認をして、先程こっそりと目的物ではなかったソレを返してきたのだ。
再び飛べる程度の水分は抜けていたが、怪盗の衣装はいつものステージには絶対に来ていけない小汚い有り様。気障に格好つけて『トリック・オア・トリート?』でもかましたかったが、何ともサマにならない姿だった。
しかし、そんな事はどうだって良い。
目の前に彼がいるのならお菓子など欲しくないし、いつだって怪盗が欲しいのは、彼だけだった。

「で?名探偵。ドロボーに持ってかれてイイの?」
「…どこにだよ」
「そりゃ、ベッドに」
「まず、風呂に入れ」
「…うん」

嬉しそうに肯く怪盗に、やや気恥ずかしさを覚えるも、多少濡れていても確かに暖かい身体が触れているのが新一には嬉しかった。
少しだけ身体を離して、怪盗が新一の顔を見つめてくる。新一はモノクルに手を伸ばし―かけたところで、頭上から何かが降ってきた。

「「!!!?」」

バサリ、と二人に落ちてきたのは大きな網。
お菓子を手にした子供達を捕まえるための仕掛け。まんまと探偵と怪盗がその仕掛けに掛かっていた。
ついでに、それが落下した拍子に、部屋に暗い明かりを落とすフィルムが剥がれて、部屋の電気が裸になって―煌々とした部屋の明かりが居間に広がる。

一瞬後、居間の入り口で子供達の歓声が上がった。

慌てて、樅の木の向こうを見れば、黒い服に尖がり帽子を被った魔女が二人に、頭にネジをくっつけたフランケンシュタインな服を着た大柄な男の子と、カボチャ風の被り物と黄色い服を着た男の子。
―少年探偵団の面々だった。

「わあ!キッドさんだぁ!」
「おお!スゲー!」
「ええ、すごいですよ、僕たち!あの怪盗を捕まえちゃいましたっ!」
「…あらあら、探偵さんまで捕まっているじゃない」

「お前ら…」

「門の所で声を掛けても扉が開かないから、不具合でもあったのかと思って、私だけコッソリ見に来たつもりだったんだけど…」
「灰原さんだけ、行かせるわけには!」
「哀ちゃんに何かあったら、嫌だもん」
「お菓子独り占めされちゃ、たまんねーしな!」

「はは・・は。この網は?」

「元太くんが拾ったスイッチはこの仕掛けだったんですね!」
「へへ!やったぜ!」
「スゴイよ!元太くんっ」

「新一、その辺に置いちゃいかんじゃろ……」
「工藤くん?」
「名探偵ー?」

キャッキャと嬉しそうに怪盗(+探偵)確保を喜ぶ少年探偵団。
探偵の仕掛け放置にジト目を送る少女と老人と怪盗。
なんだよ、お前だって、コイツらの気配に気付かなかったクセに!と責められる不当さを怪盗に八つ当たりしながら、さてどうやってこの窮地を抜け出したものか、と考え始める。

お菓子をあげるから、悪戯は―通報は勘弁して欲しいと小さな魔物達に頼むか。
はたまた怪盗に、頑張って小さな魔物たちから逃げおおせろと命令するか。


樅の木の天辺から吊るされているジャック・オ・ランタンが、笑い顔で彼らを眺めていた。






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