□漂泊恋慕□

*一応『思慕』から続くように見せて、突然ラストシーンです。
*元ネタのネタバレぽいのも含みます。
*かなり改変してますが基本はアレなネタです。
*本気で大概の事を大目に見れる方のみ、お進み下さい。






彼は二人いた。
表?裏?そんなんじゃなかった、ちゃんとそれぞれ彼がいた。

その秘密を解き明かしたのは自分自身だった。
うそ臭い不機嫌顔も、うそ臭い笑顔も、やっぱり、彼らが彼らの為に作り出していたものだったのだ。
その一つ一つを暴きながら、俺の話を最後まで聞いて、最後に笑った彼を見て、…沸き上がる喪失感を伴うどうしようもない不安に怯えていた。
別に何を失うわけでもない。彼の、彼らのポーカーフェイスを突き崩してやろうと、何も見せようとしない彼らに苛立って子供じみた行為をしただけなのに。全てを言い当てても、結局得られるものなど何もありはしない、と分かっていたのに。
それ以上に、喪う、と思ったモノとは何なのだろう。


親でさえ見分けが付かないほどよく似た双子。
精神が未熟で、同一か異質かすら曖昧な幼い頃にはテレパスで互いに会話し、精神が育っても時に相手の情景に取り込まれ擬似体験をする感覚まで共有しあう程に『近い』双子同士だった彼ら。
その片割れが異国で突然消息を絶った。
当然、探しに行く片割れ。
片割れは、消えた相手の情報を出来るだけ得やすい状態にしようと、片割れがいつもしていた服装や思考を完璧なまでに真似て、異国にて彼の足跡を辿りながら滞在の名目上の仕事をこなす。
もう一方は、片割れが心霊に関わる事件の際に何故か半分眠っている状態から呼び起こされて、片割れの在り様を覗き見る。彼が己の真似をしているのを見て、ならば、と彼は片割れの真似をして、彼に近しい事務員が彼の世界に訪れるたびに以前の彼のように振舞った。


事件の調査中に立ち寄った森で、偶然双子の片割れは、消えた片割れが眠る場所を突き止めた。片割れを探すためだけに置いていた事務所も畳むと告げられて、そんな突然の解雇宣告を受け入れられる筈もなく。俺は彼に食い下がって、彼の嘘を暴き、最後まで付き合うのだと意固地になって森に滞在していた。

簡単なキャンプ場しかなかったから、森を行き来して必要な道具を運んでいた。

そんな時だ。

森の中。
幹の大きい大樹の向こう。
白いマントとシルクハットが揺れているのが見えた。

―起きてる、よな?俺…

木々の間を歩いている最中だった。まさか、歩きながら寝てしまうワケがない。けれど、前方に見えるのは、いつも夢の世界で会う彼だった。そう思って、ふと、もしかして、と背筋がゾワリと粟立った。逢えて嬉しいはずなのに、とても嫌な予感がした。

「キッド…いや、快斗か?」
「名探偵だな、お前は。アイツ、言い負かされちまったか」

口調が、所長である彼を同じだった。皮肉げで、斜に構えた。顔は見えないけれど、きっと所長と同じ顔をしているに違いないと思った。周囲を馬鹿にして余裕綽綽の態度で嗤うような、嫌味な、でもその態度を許される能力を持っている自尊と威厳に満ちた、超常現象研究者の若き博士。

「名探偵もなにも、わざと気付かせたんだろ?アイツは…所長は、最後まで黙って俺の話を聞いていただけだ」
「……」
「キッドを、元のマジシャンの世界に戻したかったんだろ?」
「…まぁ、な」

彼の遺体が眠る場所を知る直前の事件でのことだ。俺はそれまで収集した情報を―そこから導き出される結果を、まずは夢で会った彼に叩き付けた。

霊の心根を紐解こうとし、心霊そのものにも詳しくて、力技に近い超能力しか持たない所長よりも、彼の方がゴーストハントに長く関わった人間である気がずっとしていたから。
そして、彼に―所長によく似た、海外の片隅でデビューしたてだったという消息不明の新人マジシャンの存在を知った。マジシャンは全くの摩訶不思議な力で何トンもの鉄塊を自在に動かすのを得意とした、奇術師というよりも超能力者と謳われていた男。

―深い縦穴に所長と共に落下してしまった時の事だ。どうにもならない事態に不安に駆られしまいには怒り出した俺を、腹話術まで用いてコインマジックで慰めた彼。見事なまでにコインを操った器用な指先。
―霊たちが潜む、暗く淀む寂れた小学校での事だ。寂しくて悲しくて小鬼のような姿になってしまった子供達に、彼らが光の方向に進めるように、新しい存在に生まれ変わるために俺が出来る術を、夢の中で教えてくれた彼。光を与えてやってくれ、お前なら出来るから。と、優しく響いた声。

一体本当に消えたのはどちらだったのか?

俺は考えて、考えて、一番考えたくない結果しか手元に残らない事を悟った。

夢の中で、キッドと名乗っていた男は『向こうの俺に、お前の推理を認めさせたら、その時は―』と言い掛けて、消えたのだ。何も否定しなかった彼を見て、それはそのまま確信を深めただけだった。そして、所長もまた、否定を吐くことなく笑うだけで。

「何で、ンな格好してたんだよ。所長はともかく、オメーが、そんな真似する必要があったのか?」
「ねぇな。最初、アイツが馬鹿だから腹が立って、やってみたんだけど。結構ハマるのな、このイカレた格好もさ。マジックなんぞ殆ど出来ねぇんだけど、この世界なら何でもアリだったし」
「何で、いる?」
「……最後だから。…会いたかった。言いたい事、あったし」

ぽつりと聞こえた言葉に、どうしようもない寂しさと悲しさを覚えた。
彼は見つかった。
暗い暗い冷え切った水底に。
きっと、もうすぐ俺は本当に彼に会えるのだろう。現実の、世界の。
泣きたくなった。
お前はここに居るのに。
まるで生きているみたいに、在るのに。

「…なんだよ」
「一つは、伝言」

そう言うと、彼はシルクハットを脱いで、マントに手を掛け―次の瞬間、いつもの所長のような黒い服に着替えたようだった。黒い服に包まれた腕が伸びて、目の前の木の向こうから、白い帽子が差し出される。彼は前方を見たまま、樹にもたれたままで、俺を見ようとはしてない。それに苛立ちながら、手を伸ばして帽子を受け取った。手には確かなシルク生地のような手触りの良い布の感触。

「アイツに渡しておいてくれ」
「…所長に?じゃあ、コレって」
「アイツのだ。向こうから持ってきたから、驚くぜ?」

くくっと笑ったのか、肩が揺れた。少し、前に足を出して、彼の真横に立って彼を見る。けれど、俺の居る場所からは、やっぱり顔が見えない。
黒い影。時折途切れる黒い雲から溢れる月光だけが、周りを照らす。けれど、一瞬の光はシルエットだけを強調して、肝心の彼の隠された輪郭を一層見えなくさせる。顔が、見たいのに。

「……なぁ、お前は、ドコに行くんだ?」
「さぁて?生まれる前にいた場所、とか言われてるな」
「行けそうか?」
「…多分、ちゃんと見つかれば、な」
「……そう、か」

良いことなのだろう。いつまでも彷徨っていられては、片割れだって、心配するに違いない。
でも、俺はやっぱり悲しかった。彼は彼の行くべき場所へ行く。それで良いのに、良いはずなのに。どうしてもどうしても、悲しかった。

「も、会えねぇ?絶対に?」

馬鹿な事をいっている自覚はあった。だって、彼は最初に『最後だから』と言っていたから。いつも冷然としていた所長の姿が、本来の彼なのだとしたら―耳まで悪くなったか?それとも記憶力か?脳の具合か?と馬鹿にするに違いない、そんな質問。
けれど、返ってきたのは、彼がよく呼んだ俺の名前だった。

「…しんいち、あの、さ。もう一つ、俺、お前に言っておきたいことが」

俺は思わず、隣に身体を向ける。ただ視線を投げて、ちゃんと立って、彼の言葉を聞いていようと思ったのに、我慢が出来なかった。向き合いたかった。それこそ、コレが最後なのだと言うなら、尚更。
なのに。

「かい…?!」

樹に凭れていた影は綺麗に消えていた。俺は慌てて周りを見渡す。―「なんだ?」代わりに背後から声が聞こえた。

「おい!勝手に消えん」
「…どうした?」

先程まですぐ隣にいた男が背後から歩いてくる。間違いなく、それは所長である『黒羽快斗』のフリをしていた人間だった。現在休業中のステージネームをキッドという、彼。

「…なんで、快斗、は?」
「……?お前、アイツといたのか?」

呆然とした俺の様子に何かを察した彼が問う。俺はぎこちなく肯いた。

「そうか」
「最後だから、って…」
「…そうか。……だろうな、もうすぐ身体も戻るし」
「伝言、あるって」
「……」

静かな視線で、先を促される。呆れるでもなく、馬鹿にするでもなく、透明な目だと思った。俺が彼の嘘を暴いてから、彼はどう振舞えばいいのか困惑しているようだった。
俺もまた突然の事態に戸惑いながらも、頭を一つ振って意識を確りとさせる。―起きている。覚醒したまま、先程のアレは白昼夢でもあったのか。

「これ、預かった。渡しておけって」

彼は消えたのに、彼から受け取った白い帽子は消えていなかったから、それを彼に差し出す。
さすがに、彼は目を見開いて言葉をなくしたようだった。
ややあって搾り出すような、乾いた声がした。

「どっか、ら」
「知らねぇ。取ってきた、って言ってた。お前が驚くだろうって、笑ってたぜ?」

帽子のつばを持って、検分する。どうやら、間違いなくそれは彼の物であるらしかった。

「いつも、それ、着てた」
「…誰が?…ッ!?」
「ああ。俺の夢…っていうのかな?よく『抜け』ちまってた時。その服着て、『キッド』って名乗って、色々教えてくれたんだ」
「何で…」
「アンテナが近いって言われたことがある。お前にも、呼びかけてたけど、どうしても届かないようだって言ってたことも。その服装でいたのは、お前がアイツのフリをしてたから、だったらって、お前の真似したんじゃね?サスガ双子だよな」

思考回路がソックリだ、と言えば、所長はひどく嫌な顔をした。嬉しくないらしい。

「アイツは、いつも?」
「事件で抜けてたときって、大概アイツが出てきてさ。何が危ないとか、教えてくれてた」
「…あの馬鹿、何してんだ」
「…心配、してたんじゃねぇかな。多分」

キッドをトレースした彼は、とても優しかった。真似ただけだと言っていたが、おそらく本来の彼もキッドと同じくらい優しい人間なのだ。いつか夢の中で触れた身体。伝わってきた彼の内面は穏やかで暖かで。優しすぎる故の自己防衛が、快斗を名乗っていた所長が見せていた素っ気無い冷たいとしか取れない態度なのだろう。
そして、キッドという名前を持つ所長も同じ。数多の観客に夢を与え、将来を嘱望されていたのに。突然消えた片割れの為に舞台を降りても構わないくらいに、彼の兄弟が大切で。嘘を暴かれても、諦めたようにため息をついて、どこか安心したように、初めて笑ったのだ。彼が自身に禁じていた笑顔。本来は彼の生活全てが笑顔で溢れていておかしくなかった、キッドという人物の持つ華やかで気障で愛される人となり。

「そこまでヘマなんかしねぇのに」
「バレた癖にな」
「…それは、お前が、アイツと会ってたからだろう?じゃなかったら、海外で駆け出したばっかりのマジシャンのことなんか、誰も気がつかねーよ」
「…」

くだけた彼の口調が夢の中のキッドと重なる。『俺達さ、二人併せてIQ400ぐれーある天才だから、トレースも完璧だったんだぜ?』という言葉が甦った。
全くの同じ顔。俺が二人の間の違和と情報の錯綜に気が付かなければ、きっと二人を取り違えたままでいただろう。

「もう一つ、俺に言いたいことが有ったみてぇだけど、…」
「…消えた?」
「ああ。…俺も、言っておきたいことが、あったのにな」

雲が切れた。
浮かび上がる、帽子を手にした黒い影。先程まで見たかった彼と同じ顔と姿の、けれど彼ではない人。
何故か、見ていられなくて、俺は顔を上げた。
月が見えた。
黄色くて丸い、とても明るい、それはまるで。

「泣くな」
「…誰が」
「誰だろうな」
「…泣きたいのは、お前じゃねぇの。お前が我慢なんかして、笑いもしないで、泣きもしないで居るから。アイツが代わり、してたんだ」

そして、もうアイツは居ないから、今だけ俺が代わってやってるんだ、と無理矢理にこじつける。

「…泣かれると、困る。頼むから、…新一」
「ッ…」

思わず彼を見る。
彼はバサリと白い布をはためかせて― 一瞬後には、そこにはキッドの姿があった。
なんて酷い真似をするのだろうと思った。いや、これこそが彼の本質であり正体だ。キッドは彼なのだから。わかっている。わかっているのに。

「スゲーな。仕込みもしてある」

ポツリと呟いた後、快斗だったキッドはカウントを始めた。
3― 2…1・・

パチン と一つの指鳴り。
すると目の前に、淡いピンクの花びらが舞った。月の光、舞う花。白い幻影。幻想的な空間に声が響く。

「聞いてやるよ、新一。俺に言いたかったことを」
「…おまえ、は」
「ちゃんと言えたら、俺が、お前に言いたかったことを教えてやる」

優雅に、なのにどこかニヒルに笑う。それはまさに夢の中で何度も会った彼の姿そのものだった。俺は自身の眦から溢れる水気に歪む視界と、目の前に作られた幻想空間に、己が立っている位置を見失う。

―俺の目の前に、いるのは…

瞬きをする。表面で辛うじて堪っていた塩辛いソレが、雫になって零れた。一緒に、口から、零れていく。ずっと胸の奥で想ってばかりで、何度も喉から出掛けては、堰き止めていた言葉の数々。

「好きだ。…優しく笑う顔が好きだった。しょうがねぇって笑って、導(しるべ)をくれる指先が好きだった。暗闇で会うお前はいつも明るくて、お前がいるかもしれないと思ってから、俺は嫌いだったその場所が平気になった。いてくれて、感謝してる。迷う魂に光を吹き込む力の使い方を教えてくれて、ありがとう。……好きだ、…好きだ、好きだ 好きだ、すきだすきだすきだすきだ!」

多分、半分以上は嗚咽に消えていただろう、でもキッドは黙って全てを聞いていた。ただ、優しく笑って、ずっと俺の前に立っていてくれた。
その姿が、嬉しいのに、悲しくて、俺はあとはひたすら涙を地面に落とし続けた。もう彼は見えなかった。




そして、泣いて、泣いて、どうしようもなく苦しい、息を止めるほどの感情の塊をどうにか涙で押し流して、これ以上涙がでそうにないってくらいになって、…やっと俺は視界を取り戻した。
彼は、まだ俺の傍にいた。少し、意外だった。

「…悪、い。おかしい、な…俺、ごめん」

切れ切れ息で、何となく謝る。所長―キッドは静かに首を横に振った。

「ありがとう、新一。好きだよ」
「…な、に」
「俺のフリしてた快斗なら、きっと、そう言う。もしかしたら、もっと適当な感じで、かもしれないけど。アイツがお前を好きなのは間違いねぇよ」
「ど…して」
「完璧にトレースした結果だ。絶対に、アイツはお前が好きだ」
「そ、んな、ん」
「知っててやってくれよ?アイツさ、スゲェ冷めた顔で、いっつも相手が痛がることばっかり言って、平気で敵作って笑うような馬鹿だったけど、ホントはちゃんと優しい人間だった」

―知っている。そんなの。

「優しすぎて、霊に取り込まれかけた事とかあって…仕事仲間が傷ついたりしたこともあって、段々歪んでいったんだけど、本質は変わってないと思うし」
「歪んで…」
「あー・・『俺』を見て思ったことないか?」
「それは…ある、な」
「俺が演じてた快斗も、間違いなく快斗だぜ?でも、お前の夢ン中では、多分ずっと素直なまんまじゃなかったのかな。そう在ることが恥ずかしくて、俺の―キッドの格好借りてたんじゃねぇかと思う」
「それも、トレース検証の結果か?」
「ああ。俺達は、本当に似てたんだ。…好きになる人間が、被るくらいに、は。さ、」
「……」
「俺も快斗も、お前が好きだよ、新一」

そういって笑う男に、俺は何を言えばいいのか分からなかった。
それも、分かっているのだろう男は、少し肩をすくめて「ズリィよなァ…あの野郎」と呟く。

白い衣装を身に纏って、暗い夢の中に現れる彼のことが好きだった。
とうにこの世界から喪われていた彼に向けていた感情が、けして結ばれ得ぬ恋だったと知ってもなお、やはり彼が好きだと思った。

ほの温かく灯る思いが大切で、愛しくて、そして、―やっぱり悲しかった。








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