□黙殺□ ■快(⇒⇒新)+白■



いい加減うっとおしい、というのが僕の正直な所だった。

「あ〜・・せっつねぇ〜」
「授業中だよ、黒羽くん」

いいから、聞けよ。と言って、教卓を背にして彼は僕の机に両肘を突いた。
何の因果か、先日行われた席替えで、僕は彼の座席の真後ろ。
これは、なにがしか彼の不審な行動を掴むチャンスかもしれませんね、などと思っていたあの時の僕は、残念なただの能天気人間であった。過去に戻れるのならば、こんな場所は断固拒否したい。

「ぜんっぜん通じねーの」
「前を向きたまえ。先生が睨んでいるよ」
「こないだなんか、赤い薔薇も添えたんだぜ?!」
「中森さんも、コチラを見ているようだ」
「なのにさぁ、俺の話なんかてんで聞いてくんなくって!」
「・・・それは、君が人の話を聞かない因果が巡っているんだと思うよ」

斜め前から、こちらの遣り取りを伺っていた中森さんが、そっと椅子を引いたのが見えた。―来る。
僕は咄嗟に身体を後ろにそらした。

「こンのバカイトー!!授業中よ!?静かにしなさい!!!」
「ん、だぁ?!オメーのほうがウルセーじゃねーかよ、このアホ子!!!」

振り上げられた彼女のモノと推測される鞄は目標には当たらず、ガタンっと黒羽くんの椅子を倒す。座っていた本人は―本人の尻は、僕の目の前にあった。ヒクリと頬が引きつる。
机に広げたノートには、きっと彼の足跡が残っているだろう。が、今の状況でソレが何の証拠になるというのか。
怪盗キッドのシューズ痕ならともかく。

「止したまえ、君た・・ッ!!」
「あ、ごめん、白馬くん!!コラ、避けるんじゃないわよ、バカイトッ」
「あたんねーよ、馬ァッ鹿!」

中森さんの鞄の第二波は、僕の机の上に下ろされた。
おやおや、ノートは買い換えるべきかもしれない。

ガタガタと二人の追いかけっこは教室の後方で更に続いている。
教壇に立つ教師は、またかと一つため息をついて、再び教科書を読み出した。―慣れている。
授業中に、生徒が走り回る図。コレはいわゆる学級崩壊ではないのか?とも思うが、他の生徒も、またかと面白がって見はしても、つられて歩き回ることはせず、黒板を書き写したりしている。つくづく、慣れている。
結局問題があるのは、夫婦などと揶揄される二人だけ。しかし。

「黒羽、教科書32頁第3問!中森、同じく第4問!さっさと解説含めて黒板に記述しろ」

渇っと教師が叱責代わりに問題を当てれば。
先ほどまでの熱戦はどこへやら、黒羽くんはつまらなそうに、中森さんは恥ずかしそうに黒板に立ち、スラスラと板書を始めた。

「よーし正解だ。うんうん。コレが解けるなら、廊下に立ってても問題ないな。―出ろ」
「えー・・・・たってンのダルーイ」
「・・・・ハイ。ホラ、行くわよ快斗」

授業妨害者は揃って隔離が有効手段、などと教師間で言われているに違いない。
見事な手腕だ、と思った。





チャイムが鳴り、ガヤガヤと教室が賑やかになれば、彼の者達も無事教室復帰である。
二人の仲を揶揄する声はいつものことなので、黒羽くんは対して反応を返さずに、ドサリと席に着く。不機嫌面に拍車がかかっていた。

「廊下で、中森さんにも相談したのかい」

―そして、適切な返事は貰えなかったか、聞いてなかったか。

「あ〜〜アイツ、お子ちゃまだから、アテにはなんねーけどさ、一応聞いてみたわけよ」

『なぁ、普通さ、好きだっつって花の一つも贈ったら、愛の告白だって判るよな?』って。

―・・・直球だ。
しかし、それで先ほどの『通じない』が、そんな真似をした上でのボヤキなのだとしたら、確かに相手はかなり鈍いのではないかと思った。あくまで、なんとなくだが。
生憎と僕は恋愛事にはたいして興味が惹かれないので、推測に過ぎないのだが。(所謂恋愛事というのは、知的好奇心よりも感情的なモノが先立つので、脳細胞よりも精神面の活性が強くなければいけないのではないかと僕は考えている。つまり論理的思考を優先させたい僕向きの話題ではない、と言えるのだ。)

「したら、青子のヤツさー『判りたくないんじゃない?』って。何だよ、つまり敢えて無視されてるってことかよ?!」
「なるほど」

意外な視点である。そういう可能性もあるのか。
女性というのは感情の波が激しいだけあって、理論的思考外の感情回路を読む能力に長けているようだ。

「君は多分わざと言わなかったんだろうけど、そろそろ聞くよ。そもそも、相手は誰なんだい?」
「・・・」
「通常の男女間であれば、それなりの機微を読む事は出来るだろうに。相手がそういったことをしない、出来ない、というのは、―もしや相手は、」
「いっとくけどなァ、俺はロリコンじゃねぇぞ!」

ついでにショタコンで、も・・・無い、多分!!
何故後半に続いた台詞が自信なさそうだったのか、僕には理解出来なかったが、まぁ、同級生が幼若年層に性的欲求を覚える性犯罪者予備軍でないことに、すこしばかり安堵した。
―いくら女性好きのKIDとはいえ、・・・そんな犯罪は勘弁願いたいものですからね

「いちお、普通に高校通ってるヤツだぞ!」
「江古田の?」
「ここじゃねーけど」
「では他校ですか。どこで知り合ったんです?」
「・・・さぁ」
「ここではぐらかされる意味が解りません」
「別に解んなくてイーだろ。なんでオメーなんかに、貴重な俺とアイツの馴れ初め聞かせてやんねーといけねーんだ!」
「では、僕『なんか』に、グチグチ言うのは止めて下さい」
「・・・ケッ。・・・悪かったな」

クルリと身体を反転させて、黒羽くんは自席に着いた。
両手を後頭部で組んで、背もたれに背中を任せ深く腰掛ける。
柔らかそうな髪が、僕の目の前で揺れた。

「そのうち、伝わりますよ」
「・・・ああん?」
「君が誠心誠意、何も偽ることなく、その人に向き合えれば、の話ですがね」



返事は無かった。










仲良しなのか何なのか。
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