■混沌事情■
□デート事変・後編□


「じゃーね!黒羽くん、新一君のことよろしくね〜」
「私達、これから買い物あるから、これで」

「…気をつけて帰ってねー」

ニコニコ笑って手を振りながら、喫茶店の前で黒羽は女子高生二人を見送った。
結局、探偵は電話を終えた後、テーブル傍に来て「悪い、呼び出しだ」と言って去ってしまった。席に近づくにつれ、険しくなっていった顔。しばらくテーブルの脇で難しい顔で黙り込んでいたくらいだ。一体どんな難事件がおきたのか。まぁ、それはともかく、結果その場に残された黒羽は女子二人の格好の餌食だった。

幸いにして黒羽のIQは測定不能域の数値を持っており、また質疑応答の全てを各人の声音で再現できる程度の能力も同時に持っていたので、後で、完全現場会話再生しにいってやろうと心に決める。

なにしろ女子二人の質問は容赦が無かった。何せ、「あの」工藤新一の懐に入れた人間なのだから、と。
重点的に聞かれたのは、園子からは一体あの推理馬鹿のドコが良かったのか?ということと、蘭からは、本当にあの探偵でいいのか、とかむしろ心配されているのがアリアリと分かる内容で。
いや、その程度ならまだ何とか言い繕うことは出来た。が。同性の恋人を持つ気安さなのか、男女を越えた仲間意識なのか、「アタシ達は元々仲良しだったから、一線越えちゃっててもあんまり周りに分からないみたいなんだけど、男の子同士だと、どう?周りの男友達から何か言われたりする?」(わかんねーよ!つーか、やっぱり超えてるのか君達ィ!)に始まり、「こないだ、園子と一緒に同じ服揃えたの。新一と黒羽くんって似てるから、今度二人も同じ服を着て、一緒に歩いてみようよ!」「あ、面白そう〜。双子とその彼女も双子?みたいな感じになるかしら」と、謎の誘いを受け、挙句の果てに、まさか、まさか!「で…その、どっちが上なの?」とまで聞かれるとは思わなかった。
(上?何が?ってナニですか。マジですか。ここ喫茶店ー!君達レディだろぉおお!)
辛うじて、「…・・聞きたい?本当に…?明日会った時、新一見て、変な事考えたりしない…?」とそりゃもう全演技力を用いて、思わせぶりな台詞を吐いてかわし切ったのだ。二人とも赤くなって「ごめんなさい!」と謝ってきたが、コレ答えたら、君達の上下についても教えてもらえたのだろうか…と少し惜しい思いも浮かんだ。

「…疲れた…疲れたぞ、おい」

彼女達が完全に視界から消えたと確認した直後、思わず黒羽は膝を抱えて道路の端でしゃがみこんだ。いまだかつて無い精神力を試される戦いだった…!としみじみ思う。
(…もう駄目だ、今日は帰ろう。てか、もう後は探偵から連絡してこいってんだ、逃げやがってあの野郎!)
話の辻褄が合わなくて困る事になるのは、彼女達と学校から生活圏丸被りの探偵のほうなのだから。

しかし、その日のうちに探偵が黒羽の前に現れることはなかった。

― それから三日後の放課後に、江古田高校の前に立っていたのは、探偵の幼馴染の女の子だった。




彼女の姿を見た時、ああ、嘘がバレたのかな、と黒羽は思った。土台が無理な話なのだ。結局あの後、探偵は連絡一つ寄越してこなかったし(携番も住所も教えあった覚えは無かったが、知らないはずもないだろう、と黒羽からコンタクトを取ることはしなかった)、自分という偽装用の恋人が不要になったのかな、と極自然に予想したのである。
しかし、そうではなかった。

「あ、黒羽くん!」
「…蘭ちゃん?どうしたのー」
「あの、新一、知らない?この間、喫茶店で別れてから、アイツ学校に来てないの。お家のほうも誰もいないみたいで」
「え…いや、何も聞いてない、かな」
「そう、なの?……あの、黒羽くんなら知ってるよね?新一って卒業の為の出席日数がかなり危ないの」
「あー、うん。半年以上休学してたもんな。でも、そんなヤバかったんだ?」
「うん。一応本人も分かってて、復学してからは、事件だー!って連絡が来ても出来るだけ学校優先してて…無断欠席なんて、復学してからは初めてで」

眉を寄せて険しい表情をする女性。なんだかんだ言った所で、彼女は幼馴染を大事に思っているのだろう。恋とはまた別の、彼女の中の大切な枠に工藤新一はいるのだ。家族に近いのかもしれない。江戸川コナンがかつて彼女の生活の中で、その枠の近い部分にきっと居たのだ。―と、黒羽は思う。(そりゃ、コナンくんに何かあった時も、随分心配していたもんなぁ)

「俺らって、あんまりメールとか電話使わないで、会いたくなったら会いに行く感じだったから(暗号で誘き寄せて現場で、とかだけどサ)」
「あの後、会ってなかったの?」
「うん。今、ちょっと学校のほうが忙しくてさ。週末くらいに遊びに行こうとは思ってたけど」
「そっか、男の子同士だもんね…。結構ドライなんだ」
「学校が違うのも大きいかな?いや、分かったよ。俺からも連絡とってみる」
「ホント?!」
「当然じゃん、そんなん。姿が見えないとか聞いて、平気で居られるほどドライでもないから。アイツ事件に巻き込まれやすいし?教えてくれてありがとう」
「ううん、それじゃ伝言もお願いしていい?」
「勿論」
「『数学の補習プリントの提出期限、明後日まで。提出出来なければ、来年も授業を受けること』って」
「……、ん。絶対伝えておくッ。ありがとう!」

うわぁ、と思いながら黒羽はひと先ず彼の家に向かおうと、彼女に別れを告げて足早に立ち去ろうとする。すると、彼女は慌ててファンシーな封筒を黒羽に差し出した。

「あ、あとコレ」
「?」
「後で見てくれたらいいから!」
「わかった!」

探偵になのか、自分になのかの判断はつかなかったが、とりあえず、彼を見つけてから渡せばいいかと受け取って素早く鞄にしまう。
(しっかし、そんなに、ヤバかったのかよ!?名探偵!!)
彼の状況を聞かされた途端、黒羽の心臓が嫌な感じに脈打った。どうも彼の学業状態はイエローどころではない、レッド寸前のオレンジ色のようだ。だが、そんな状態な事は分かった上で不在となれば、下手をすれば―。
更に嫌なドキドキが黒羽の喉元辺りにせりあがる。
(警察から情報拾って…んで。ああ、先に鳩飛ばしておくか…。でもまぁとりあえず、家行ってみて、だよな。どっか行ったなら、痕跡が残ってるかもしれねーし)

つくづく、あの厄介な探偵が放っておけないらしい己にウンザリしながら、黒羽は走った。いつもいつも、本当に手古摺らせてくれる最も出会いたくないはずの恋人の家へ。



   □  □  □



「正攻法で駄目なのは蘭ちゃんが実証してくれてるワケだしー?」

工藤邸の塀に登って、その上でしゃがんで双眼鏡で内部を窺いつつ呟く。道路側の塀の上。鬱蒼と邸内から伸びる木々の葉が半分程度は彼の姿を隠してはいるが、誰かが通りかかって彼を見つければ、間違いなく覗き魔として通報対象になるであろうスタイルだ。だが、黒羽は気にしない。意外に人の視線は上には向かないもの。遠目から気付きにくく、気配も音もさせなければ、近くに在っても案外バレないと経験上知っていた。

「部屋、行ってみるか」

怪盗が工藤新一変装用の服を(制服と彼の趣向する衣装事情を)調べた際、一番忍び込みやすかったのは、彼の部屋のベランダである。
玄関から邸内を覗く限り、人の気配は感じない。閉じられた窓、動きや揺れのないカーテンとその奥。ならば正面からは見えない彼の部屋を訪ねようと、黒羽は手近な木を伝い始めた。

そして、五分後。

かなりアッサリと、黒羽は恋人と再会を果たしていた。
というか、ベランダに降り立ち窓に近づいた瞬間、内側のカーテンが突然開いたのだ。結構驚いた黒羽は、驚かされた腹いせに、見事な鍵開けの術を披露してやっていた。
黒羽がカラリとベランダの扉を開く。

「…なんでいる」
「そりゃ、こっちの台詞じゃねぇ…?」

拍子抜けしたように、お互いに見つめあう。

「まぁ、…寄っていくか?」
「まぁ、言っとくこともあるから、お邪魔するわ」

アッサリと、怪盗は探偵の家に招き入れられた。
簡素な部屋は、以前忍びこんだ時と大して変わっていなかった。本ばかりが所狭しと棚や机の上を占拠している。
黒羽は勝手に工藤の机から椅子を引き座った。工藤はベッドの端っこに腰をかけた。

「で、何してたんだよ。学校無断欠席だって?」
「別に、何も」
「って、おーい?今日、わざわざ名探偵の幼馴染殿が、恋人の俺の所までお前の事聞きに来てたんだぞ」
「蘭が?」
「ああ。で、伝言預かった」
「……」

目線で促され、黒羽は工藤の置かれているオレンジ色の状況について話してやる。しかし、工藤はふぅん?と言ったきりだった。

「?ホント、どうしたんだ。お前」
「どうもしねぇよ。…ま、来年受ければいいんじゃねぇの?」
「おい!?」

疲れたような諦めたような声音に、黒羽は苛立つ。折角あの可愛い幼馴染が心配して。ついでに、泥船に強制的に乗せられた俺までワザワザ出向いてやったのに、全く意に介さない態度。一体何様のつもりだ。

「何か、嫌な事件でもあったのかよ」
「ねぇよ、事件なんか。ドコにもな」

(―…?)
黒羽が見る限り、それは、今現在の事を言ってるような感じではなかった。まるで、そんな事はあの店で別れてから何一つ起きていない様な―。
(まさか?!)

「それってさぁ?つまり」
「……」

話の矛先を向けても沈黙する相手に、黒羽は優秀な記憶能力を活用しあの時のことを脳内に再生する。
電話から戻り、テーブルに近づいてきて、ドンドン険しい顔になっていって―彼女達の斜め前、上から見下ろす位置で、表情を硬くしていた姿。頑なに床付近に固定していた視線、それでも視界にテーブルの一角は映るはず。

「手でも握り合ってた?テーブルの下で」

黒羽が軽く笑うように言ったのは、ワザとだった。工藤の肩がピクリと揺らぐ。
(ビーンゴ?)(いや、こんなん当ててもなぁ…)
まぁ、正直あの場に残された黒羽としては、工藤に幼馴染を諦めさせていく方向しか無いなァと思っていたりしたので、諭す前に彼が諦めてくれるのなら、それはそれで手間は省けるわけなのだが―。

「電話は、ちょっと前に関わった事件の調書を取る日を変更してくれってだけだった」
「…うん」
「んで、電話する場所から戻って行ったとき、蘭の顔が見えた」
「あー、俺が質問攻めの第一段階に遭ってた時か」
「俺の方見てさ、やっぱり、不安そうな顔、してて」
「……」
「コナンの時、よく見た顔だった。俺はちゃんと戻っても、結局、そういう顔しかさせてやれねぇのかなって思った」
「そ、か」
「でも、園子が蘭に話しかけて、…笑ったんだ。なんか、安心したみたな、幸せそうな?」
「ああ、園子嬢のパワーは半端ねぇよ」
「でも負けるの悔しいじゃねーか。でもさ、でも…」
「…わぁったって。無理すんな」

(頼むから泣くなよ!)と黒羽はハラハラしながら俯いたままの探偵を見る。
しかし、彼は泣いてなどいなくて、なのに、泣かれた時よりもどう対処していいのか分からない表情をしていた。

「悪ィ。もう少し放っといて貰いてーんだ、俺」
「分かった。…でも、学校は、」
「却って、離れたほうが楽になれるのかもしれねーよな、って少し思ってる」
「…ま、ダブった学歴よりも中退とるなら、大検取ればいいだけの話だもんな」

それは三日前に黒羽が探偵に思ったことだった。傍にいて辛いのなら逃げれば良いのに、と。
やっとその事に気付いたのか、と思う気持ちと。らしくねぇ、名探偵はンな弱腰の、逃げ道選ぶような人間じゃねぇだろ、と思う気持ちが同時に黒羽の中に湧き上がる。
何とも言えない気持ち悪さ。しかし、今は探偵の気持ちの整理がつくのを待つべきだろう。
黒羽は、椅子から立つと、退去すべく―さて窓と玄関どっちから消えるべき?と思いつつ部屋を見渡す。そして、机の上に乗った課題と思われるものの山に気が付き、頬が引きつった。この分量を明後日まで?なかなか無茶な話だな、と思った。

「んじゃ…あー、あの喫茶店の名探偵が消えてからの会話が必要な時は呼べよ。あと、まぁ、何かあれば話ぐれー聞いてやるから、さ」
「おぅ」

結局普通に玄関から出る事にした黒羽は、ふらりと見送りに付いてきたらしい(いや鍵の施錠のためかもしれない)探偵に声をかけて、扉に手をかける。振り向くと、なかなかに顔色が良くないながらに、ふっと口元を緩めて「悪かったな」と述べる探偵の姿が見えて―バタン、と扉が閉まって見えなくなった。

黒羽は後ろ髪を引かれるような心地で、歩き出した。




「…あー!やっぱ、らしくねぇだろ、あんなの!」

黒羽は、道端で鞄を持ったまま両手を天に伸ばして、思わず唸る。
思い返すだにシッカリしろ!と拳骨の一つも喰らわせたい気持ちが湧き上がってくるのだ。

「あ、つぅか手紙?!」

鞄を見て、ハッと思い出す。
蘭から預かっていたのは伝言だけではなかった。

「いいや、見てやる。ヤバイ内容だったら、得意技で封し直す!」

苛々した気分で、だって俺宛かもしれねーし!と言い訳しながら鞄から取り出した封筒を開く。
淡い緑に縁取られた便箋が数枚。綺麗に畳まれていたその紙を開いた黒羽は、オイオイと今度は顔を天に向けた。思わず便箋をその顔の上に乗せてしまう。

書いてあったのは、『レモンパイ』のレシピだった。

(冗談じゃねぇぞ!)
(…作れってか?俺が!?名探偵に!?)
(ハッ、怪盗が探偵にケーキお届けに上がりましたーって、どんなコントだよ?!)

ちゃんと飯を食ってるのかアヤシイ、頼りなげな力のない様子。
心的原因以外にも原因がありそうな良くない顔色。
「悪かったな」などと。さんざん巻き込んで、心配なんて、らしくないことをさせて、そんな一言で済まされて。だけど少し笑った彼に安心もして、同時に不満も持って。
あの山積みの課題は、あんなナリでいる探偵には終わらせる事は無理に違いない。
でもだからって、留年?中退?なんて似合わない言葉だろうか!

「あー…チキショウめ!」

呟いて、黒羽は再び手紙を手に取った。
必要な材料をドンドン脳に記憶させていく。そして、ここから一番近いスーパーはどこだったっけ?と来た道を戻りながら考えていた。

(本当に、厄介だ!テメェって探偵はよ)





一時間後、スーパーの袋を手に提げた怪盗が、再び探偵の家を訪れたのだった。






終ってみる。
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