■混沌事情■ □デート事変・前編□ 工藤新一なる探偵が、黒羽快斗という怪盗を校門で待ち構えていた日のことだ。天敵とも言える存在が、恋人面してにっこり笑って手を振る光景を思い返せば、何故あそこで逃げなかったのか!と黒羽は己の過ちを後悔せずにはいられない―が、例え逃げたとしても、逃げ切れないのではないか?ともその前段階で気付いていたりしたから、結局のところ結果は覆りなどしないのだ。 相手が悪かったとしか言い様がない。 放課後ダブルデートのお誘いに強制参加させられた黒羽は、そりゃもう何度その場から逃げ出そうと思ったか数え切れない。怪盗の嗜みとして、どんな状況だろうと、それこそ手錠を掛けられていたとしても、逃走経路を作り出す手腕に自信はあった。しかしそれは怪盗の手というか命運を握るのがかの名探偵でなかったら、の話だ。 「快斗」と名を呼ばれて、手を引かれて、どうしたもんかと悩んでいるうちに探偵の幼馴染である二人に引き合わされた。実に数時間ぶりに。 夕べはどーもぉと軽く言って笑うのは園子で、少し頬を染めて、昨日はお恥ずかしいところを…と、ドコらへんをして恥ずかしがっているのか聞きたいような聞きたくないような気にさせる言葉を漏らしたのは蘭だった。 居た堪れない空気を、お得意の花出現マジックで誤魔化して、歩き出す。 「まずは、喫茶店でも入りましょっか?」 軽く江古田高校周辺の事を話した後、鈴木財閥の令嬢であり、毛利蘭の元親友で現彼女であるらしい園子が提案した。園子は、ホラ、あの店良くない?とか言いながら、蘭の手をごく自然に引いて歩いていく。仲の良い女子同士ではよく見られる光景なのだが、二人の様子から昨夜のアレが事実で、つまり恋人同士の行動がコレなんだなぁと思うと、よく分からない感慨が黒羽の胸に浮かんだ。 黒羽は女性が好きである。女性の柔らかさとか、しなやかさとか、香る匂いとか、男には無い甘さやたおやかさは、すべからく守り愛しむべき存在だと思っている。その上物が目の前で二つ揃って寄り添い笑い合うのだから、それはそれで美しく素晴しいんじゃねぇの?などとデレっと思った後、ハッと我に帰って、隣を歩く探偵を見た。 (読めねぇ…) 怪盗である黒羽はポーカーフェイスに自信を持っているし、他者の皮一枚剥いだ下に隠されている感情や思考を読む能力にも長けている(と自負している)。それこそ、探偵に負けぬくらいに。 なにしろ自らを追わんとする相手の思考をトレースして、その裏をかく奇術を披露せねばならいのだから、読み合いに負けるワケにはいかない。 しかし、今。時折目を細め口元を引き結んだ探偵の思考は思い測る事が出来なかった。というか、あんまり想像したくなかった。 (まぁ、さすがに人前で泣いたりしないだろーし) 適当にそれっぽいフリをして、アレレでそれじゃーって感じで適当に切り抜けようと心に決める。―行き当たりばったりと言う。探偵に協力する云々は言ったものの、今現在怪盗ではない黒羽に彼女達のどちらかのハートを奪うとかは無理な芸当であり、しかし潜在的に怪盗でもある黒羽の舌は二枚ではなく三枚以上あるんだし。などと都合の良い事を考えていた。 カランコロンと喫茶店のドアが鳴る音を聞きながら、ウェイトレスさんに案内されるままに4人は席に通される。窓際に二人掛けの長椅子が向き合っていて真ん中に長方形のテーブルという、ごく普通の席だ。一体どう座ったもんなんだろーな?と男二人は少々戸惑う。しかし、そんな疑問は彼女達が並んで片方の長椅子に腰を下ろして解決する。 なるほど、男女で向き合うのか、と探偵と怪盗はフムフムと頷いた。 「俺、スペシャル苺サンデー!あとコレ、タピオカ入りチャイ」 「…甘党」 「だって美味いもんよ。オメーも頼んでみろって」 「断る」 「カフェインばっかじゃ早々に脳みそが年取るぜ?」 「脳に皺が増えるなら望むところだっての」 メニューを顔の前に上げて、男子二人は適当に会話しながら、目の前の女子二人の様子を窺う。 探偵の眼って、怖ェェ!と間近で工藤の様子もついでに見守っていた黒羽は、背筋に冷や汗が流れていくのを感じた。俺はいつもこんな視線をかいくぐってんのか。やるな!俺サスガ!などと思考を散らしてみるが虚しい。逃げやすいように通路側に座ろうとしたのに、見越されていたのか、探偵はご丁寧に窓際の奥へと黒羽を座らせていた。 「ん〜、苺のケーキもいいけど、オススメはチーズケーキかぁ」 「んー!どっちも美味しそうよねぇ」 「…じゃ、」 「ね!」 くすくすと笑いあう。 半分コ、というのが雰囲気だけで分かってしまう。 「園子は紅茶がいいでしょ?」 「うん。蘭は…今日早朝の稽古で疲れたんじゃない?ちょっとケーキとじゃ甘いかもしれないけど、ココアにしたら?」 「そうかなぁ」 「糖分抜いたら駄目よー、蘭はどうせ太ったりしないんだから!」 「そんなことないってば!コレでも節制しないとヤバイの」 「どこがよ!…あら、まぁまぁの二の腕の袖ね」 他愛ない女子会話だ、と思うが。 制服の上からとはいえ、園子の手が無防備な蘭の二の腕を脇の下辺りの空間に忍び込んで、くすぐったいったら!と身をよじる蘭。少し頬を染める顔に見ている男子のほうが、顔を赤くしてしまいそうになる。 (確かに美人さんで、可愛いし。……諦めきれねーってのは仕方ないのかもなぁ) より一層深い同情を黒羽は感じずには居られなかった。口では園子を嗜める蘭だが、特に接触を拒む感じはしない。むしろ、嬉しがっているような気がする。 (なんかもう、既にお手上げな感じなんですけどォッ!) ひとまず、各々好きな物を注文し終えて、それじゃあ…どんな会話をしたモノか?と窺いあうこと数瞬。 口火を切ったのはやはり園子だった。 「新一君ってね、あんまり甘いもの好きじゃないのよ」 「そう、唯一好きなのはレモンパイくらい」 「へぇ…」 「しかも、ちゃんとレシピ通りにしないと、何か違うって言うし」 「我侭だな、く…し、新一は」 「うるせー」 苦笑いで右隣を見れば、面白くなさそうな探偵の顔。ヘマるんじゃねぇぞ、とばかりに隣り合った足の上を踏みにじられる。黒羽はこの野郎!と思うのをポーカーフェイスで覆ってやり過ごした。 「黒羽くんは、手先器用そうだよね。マジックが得意って言ってたし、料理なんかは?」 「まぁ、うん。それなりに?俺ンち母子家庭だからさ、一応一通りは出来るかな」 「そっかぁ。じゃあ、今度レモンパイのレシピ渡すね」 「…えーと?」 「新一君、これからはこのイケメン奥さんに作ってもらうのよー?」 「「なんで」」 謀らずも男子の声がハモった。 「なんでって、恋人の手料理じゃなーい!」 「…あ、ああ。そうだな。頼んだぜー快斗ー」 「……お、おう、任せろー新一ぃ」 辛うじて笑顔を浮かべながらも口にした言葉は完全に棒読みだ。仮にも変装上手な完璧主義者の怪盗と、女優の息子で小学生のフリなんてものをしまくっていた探偵にあるまじき態度である。 いやでも、仕方ないだろう?!と互いにどこかに向かって内心のみで言い訳する。―だいたい野郎(の恋人)なんぞに手料理なんか期待するもんか!(されてたまるか!) サスガに付け焼刃の恋人同士のフリはフリだけだとしても難しい。女性陣に不審がられたらマズイなと思っていたら、折りよく注文した品物がやってきて、何とか場をしのいだ。 (さぁて、どうすっかな) ぺロリと生クリームとアイスと苺が盛られたパフェを食べ終えた黒羽は、ケーキをつつき合う女子二人の様子を眺めやる。 「あ、ここのクリーム美味しい」「どれどれ〜」「ココア一口ちょーだい」「はいはい」… 同席してはいるが、目の前には完全に二人の世界が繰り広げられていた。黒羽的には眼福である。隣で不穏な気配を漂わせる人間がいなければ、微笑ましい限りだ。しかして、そんな気配のヌシである探偵は、相変わらず何を考えているのか不明な視線で時折その世界を眺め、二人にそれと気付かれないようため息を吐いている。 黒羽のデータによれば、この女性二人ともが、探偵にとっては大事な幼馴染であり友人であり、二人ともが探偵と気兼ねなく付き合える貴重な存在。昨夜、想い人を寝取った(語弊はあるが気分としてはそんなモンだろうと黒羽は思う)令嬢に詰め寄りもせず、手近にいた人間を適当な存在に仕立て上げたのは、勿論彼女達に対する意趣返しのような意味合いもあっただろうが、それよりも彼女達を失わずにすむ存在(立場)であろうとした為ではないかと黒羽には思われた。 異性が駄目だと言った幼馴染に負担とならないような、同性同士のアレソレを否定しないでいられるような。 (んー…も、少し「らしく」しねーとマズイか?) 大人しい探偵に、時々気遣わしげな視線を送るのはやはり蘭だ。幼馴染の男に突然男の恋人が出来ていました、などと言われても、そうそう信じきれるものではないだろう。とはいえ、彼女と探偵の間に存在する信頼関係とは、嘘や誤魔化しが含まれていても、漏らされる言葉を信じることから成り立っているようだ。軽々しく約束となる言葉を口にしないでいようとする潔さが、この二人には見える。―互いが互いに、別に想う相手がいるのだと晒しあったのなら、そうであることを前提とした関係がまた二人の間に続くのだ。 (シンドイだろーに。降りちまえばいいのに) 否定するなり、駄々をこねるなり、例え、それでコレまでの関係が崩れたって、傍に居られなくたって、さっさとケリをつけてしまったほうが良いのではないのか。恋愛なんてモンに見栄を張るのは己を追い込むだけじゃねぇの?と黒羽は考えた。が、いや、見栄っ張り威張りんぼうの探偵サマにゃお似合いだな、とも思う。 「新一、こっちそんな甘くなかった。飲んでみる?」 難しい顔でコーヒーを啜る暫定恋人に、黒羽はニッコリと今日一番の笑顔で話しかける。 探偵は一瞬、驚いた顔をした後、ああ、とぎこちなく肯いた。 「それって、ストロー太いんだな」 「下にタピオカあるだろ?一緒に口に入ってくンだよ。…喉、詰らせるなよー」 「しねーよ」 ムッと返ってくる言葉にも、黒羽は鷹揚に笑って半分ほど中身の残っているグラスを探偵の前に置いた。 ついでにそのまま右手側に座る探偵の前で、右手でストローでグラスの中身をかき回してホレホレと促す。手を放せ!と睨んでくるが、少し向かい側に視線を流してやれば意図に気付いたのか、素直に顔をグラスに近づけた。 「ど?」 「意外に茶葉の味が出てるんだな。…でも、このタピオカはいらねぇ」 「タピオカは俺が貰うから、上だけ飲んでもいいぞ」 言って、ストローを摘んで飲ませていた際に手に零されたチャイをぺろっと舐める。 無論、彼女達の眼を意識しての行為だ。狙い通りに、二人ともまぁ!という顔をしてくれた。 「ねぇねぇ、ところで、二人っていつどこで知り合ったのよ?!」 「…いつだ」 「…いつになる?」 打ち合わせの時間もなかったのだし、ここは厄介な役割を押し付けた探偵に頑張ってもらおうと、黒羽は視線だけで「よろしく」と伝える。 「あー…去年のエイプリル・フール?」 (あ、そこなんだ) 「ちょっと、新一君!その時ってウチの宝石が泥棒に狙われてた時じゃない?!」 「そうだっけ。あーコナンが言ってた気がするな」 「その頃何処に居たの?」 「……事件の機密だから言えねぇな」 「そればっかりよねー、もう。いいわ、黒羽くんに聞くから!」 「?!(俺かよ!)」 「何の事件だったの?」 「えー、えと……花火で悪質な悪戯してたガキがいた事件?」 「…おい」 「未成年者に関わる事件だから、それ以上はオフレコなんだ。ごめんね?」 「そっかぁ。じゃ、知り合って1年以上かぁ。恋人になったのは?」 「どっちが告白したのよ!」 「…えっと」 どうも不穏な質問タイムが続きそうだ。 おい、どうするよ…と思って黒羽が探偵を窺う。と、なんと彼は立ち上がって「悪ぃ、電話だ」と言って席を外してしまった。一部周りと仕切られている公衆電話も設置されている辺りに移動していく。もしかしたら警察あたりからの呼び出しかもしれねぇな、と思って見送ってしまった。彼は警察の救世主とも言われる名探偵なのだ。 (いやいや!待てよ……俺にどうしろって?!) そっと視線を彼女達に戻すと、「これだからねー」「ホント、何かっていえば事件なんだから」と呆れた後、興味津々の顔を黒羽に向けた。 怪盗の三枚以上ある舌を回さなければならないようだった。 |