□番外14□


あのさ、と日本に向かう空の便に乗った後で、俺はコナンにおずおずと打ち明けた。

「空港に、俺の…知り合いが来てるかも、しれねぇ」
「お出迎え?…なんだよ、会いたくない相手か」
「わからないんだ」
「なにがだよ?」
「会いたいのか、会いたくないのか」
「そりゃ…複雑だな」

なんだったら、空港のゲートは別々で出ようか?とコナンは気を使って言ってくれたが、俺はそうじゃないと首を振った。離れた場所ではなく、傍にいて欲しかったのだ。

「変な奴だけど、悪い人間じゃ、ないから」
「ふ〜ん?ってゆーか、俺は新一を何て呼んだらいいんだ?」
「好きに…いや、そうだな」

俺はニヤリと笑って、一つの単語を与えた。
 ―…後々、その単語が日常になる。


予想通り、空港ゲートの向こうには黒羽が立っていた。まぁ、迎えの足を頼んだのだから当然かもそれない。もしかしたら、黒羽の代わりに京極あたりが来ていても仕方ないかとも思っていた予想は簡単に裏切られた。
彼は、通路の壁際に背を預け出入り口が一目で見れる場所で、ゲートから吐き出される人間を一人ひとり見逃さないように鋭く視線を動かしていた。

「―っ」
「黒羽」

ゲートをくぐる前に、ガラスで仕切られた壁越しに目が合った。震えた口元が何を呟いたかは聞こえなかったが、俺は瞠目して息を呑んだ相手の名を呼んで、少しだけ笑った。繋いだ右手の先で、コナンは同じく黒羽を見て笑ったようだった。

「先輩!…お帰りなさい」
「おー!お出迎えご苦労さん。変わらないなぁ、オメー」
「そう変わりやしませんよ。先輩こそ、相変わらずお綺麗で。…その子は?」

飛びついてくるかと予想していたのと違って、黒羽はちゃんと俺達の前で立ち止まった。
そして、俺と手を繋いでいるコナンを見て怪訝な顔をする。
腰を折って、コナンの顔を覗き込むようにする。

「なんか…そっくりじゃねぇ?先輩に」
「かもな」
「こんにちは!おじさん、僕コナンだよ」
「おじ…お兄さんな!コナンくん、か」

「で、この人って誰?とーちゃん」

コナンは言いながら、俺を振り仰ぐ。黒羽が目に見えて凍りついたのが解った。
俺は黙って神経全てを黒羽に向けて、―見ていた。
一瞬眼を見開いて、直ぐに視線を下に伏せて、隠した瞳の奥は見えない。けれど、下唇を噛みしめるようにして口元を閉じて呼吸すら止めて、震える頬を押さえつけるようにグッと力を入れたのが解った。それから、瞬きを一つ、二つ。もう一度、コナンを眼を細めて見て、緩く唇の間から息を逃して、それから、俺に何も窺えない視線を投げてきた。衝動を消して、感情も押し込めて、問いただすでもなく、責めるでもなく、俺と眼の合った黒羽は笑った。
変わらない自制の強さとポーカーフェイスが、俺は嬉しかった。父親に教えてもらったという彼自慢の。
なので、早々にネタばらしをしてやる。

話し終えたとき、黒羽は、「危うく心臓止まるところだった!」「つーか、また事件に巻き込まれたんですか、アナタは?!」と変わらぬ騒がしさで笑った―何も隠す事のない笑い方だった。やっぱり、俺はそれが嬉しかった。

コナンと共に阿笠博士を訪ねる時も、そのまま南の離島で暮らすことにした時も、黒羽は俺の傍に居た。
俺を「先生」と呼んで、そばに居るための肩書きをいつも準備して。
そんなモノ、本当はどうでも良かったけれど、俺はまだ、『俺が』彼の傍にいることは、苦しかったから、彼が用意した言い訳に甘えていた。

コナンは時折不思議な顔をして、俺を、黒羽を、見た。
しかし、聡い子供は何も教えなくても、いつの間にか「どーしようもねぇな、二人とも」と呆れて笑うようになっていた。

彼が俺の傍に居ようとするのは、全くどうでもいいことで、鬱陶しいと思えば、消えろと素直に言ったし、相手をするのが面倒だと思えば、逃げ出すことも当たり前だった。南の離島から、以前暮らしていた屋敷から少し離れた米花町に家を借りた時も、何も言わずに引越ししてやったくらいだ。
それでも、黒羽は当然のように消えなかったし、追ってくる。
俺が、彼が内に秘めている俺への熱を帯びた情感だの、黒羽というフィルタ越しに在る俺の姿だとか、そういった諸々を受け入れられなくても、黒羽にとっては、ただそうして存在することが当然なのだと、理解できるまで。
彼は健気としか言いようの無い姿勢で、ただ俺の傍に在ろうとした。―している、常に。
それでいいのではないか、と思わないでもない。
でも、まだ駄目だとも思う。


隠し事が好きな俺達は、探り合って、いつか答え合わせをしないといけない。


「どうやったら、俺もココに住めますかね?センセ」

原稿を渡し終えて、労いの為にと担当編集が淹れたコーヒーを口にしていたら、やけにシミジミと担当が―目の前の男がそんなことを言った。時間は既に日付が変わって1時間も経っている。コナンは和室で夢の中だ。冬の足音はすぐ近くまで来ていて、三日前に購入した羽毛布団はとても気持ちよく子供を眠りの世界に誘ってくれる。時折俺もその魔の手にかかって、後で時間に追われることも。
夏の初めに越してきた家にも、少しずつこの家だけの荷物が増えてきた。

「どーもこーも住もうと思うなよ」
「だって!愛し合う人間同士が一緒に暮らすのは当然でしょう」
「誰がだ」

憮然として言えば、黒羽はだって、そうでしょう?と言って笑う。

「俺まだ、センセのラブレター持ってるし。改訂版が来ない限り、アレこそ愛の証なんです」
「裁判所から改訂版が行くって言ってんだろ」
「センセが書いたモンじゃなけりゃ認めねぇよ」

海外から日本宛に送った俺の原稿を受け取るのは黒羽の役目だった。彼は出版社に送られてくる封筒にいつも一番に触れて、何があっても、他の誰かに封を切らせる事はなかった―というか、恐ろしくて誰も俺の郵便に手をつけられないでいたようで、と白馬が言っていたなぁ…と思い出す。
旅先で撮った写真を時折添えて。
確かに、その中の一枚に何かメッセージめいた言葉を書いた記憶はあるが。

「あんなの…綺麗だったから、見せたいって思っただけだろ」
「俺に?」
「…まぁ、な」
「一緒に行きましょうね、コナンくんも連れて」

嬉しそうに笑う顔から眼を逸らして、コナンが仕事場の机の下で読んでいた雑誌を取り上げる。白馬が持ってきた新ジャンルのゲーム関連の、アニメちっくな絵が表紙を飾るソレ。黒羽は表情を変えない、ただジッと俺を見ている。

「なぁ、K.I.Dってお前?」
「……」
「コナンが、ソイツのゲームレビューが面白いって言ってた」
「へぇ。コナンくん、ゲーム好きだよね」
「お前もだよな。コナンのは博士の影響だな。眼鏡の度は進ませたくないけど、ちょっと仕方ない感じだ」
「ですねぇ」
「どういうネーミングの略なんだ?Dがドクターってのは何となく分かったが」
「……keystroke isagogic まぁ、適当ですよ。KIDに合わせただけだから」
「タイピングで手引き?…ああ、ゲームだもんなコマンド入門博士?みたいなモンか」
「駄目だった?」
「まさか!もっと書けよ。大体、まだ大学の研究室から論文依頼だってあるんだろ?」
「敬愛する作家先生のお世話でいっぱいいっぱいで、とても手が回らねーんです」
「担当降りればいい」
「冗談じゃねぇ」

ムッとした声を出してから、黒羽は俺の顔に手を添えて、眼を覗き込んできた。
声音と違って、怯えるような眼の奥の色に、苦笑しか浮かばない。

「俺は、黒羽の言葉も好きなんだ」
「逃げたくせに?嫌だ。また間違えて消えられたら、今度こそ、狂う」
「とっくだろ?」

まだマトモでいる気でいたのかと、些か呆れた。黒羽は、そうだけど!と地団駄を踏む子供のように、言い募る。恋文のつもりで書いたモノを、恋人本人に全否定されて更にソレが別離の原因になったのだから、仕方ないのかもしれない。少なくも、俺ならそうやって逃げていった相手を追うことなんか出来ない。死にたくはなるかもしれないが。
死にもせず諦めもせず、追いかけて、連絡を入れる約束を取り付けて、大人しく待ち続けて、隠し子疑惑の存在なんてものを見ても、なんでもない顔をして、お帰りと言った 黒羽。
どこまでも甘くて、どうしようもなく愛しい、俺によく似た愚か者だった。

「原稿書く気があるなら、一階の使ってない物置用の和室、貸してやる」

黒羽は言葉を間違えたわけじゃない。俺が―俺に、受け取れるだけの容量が無かっただけで。

「…それって」
「あー、でも、いいのか?本当に」
「どうして!いいに決まって」
「子供の教育上に悪い行いは一切させねぇぞ」
「って、それって……?」

据え膳の前で泣くのが日常ってことか?!
なにやら苦悩しだした様子だったが、構わずに「お代わり」と言ってカップを差し出す。黒羽はフラフラと部屋を出て階下にコーヒーを淹れに行く。
コナンにとって最良の環境を、俺とコナンとで互いに相談して決めていく事は、フサエ氏との約束でもある。後は、黒羽とコナン次第だ。

「馬鹿だよな、…うん」

どっちでもいいのだ。黒羽がココに住もうが、通おうが。
彼が俺の傍にいたいと思ってくれる限り、やっぱり、きっと何も変わらない。

ただ、物置には夏の残骸とも呼べる空気もロクに抜かないで放置された浮き輪やほこりを被った工具とか色々あって、寒くなる前に何とかしたいと思っていたから、丁度いいとも思ったわけで。
台所に立つのもやっぱり面倒だし。





例えば、俺が彼の言葉全部を受け入れて、彼と傍にいたいと思い始めたら―きっと、白馬は並んで原稿を書く俺達に溜息を吐きながら「〆切まであと○分ですよ」と言い出すのだろうな、と。
もしかしたら遠くないかもしれない未来の事を考えた。






驚きのフワフワ感で終!
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