■混沌事情■ □次の日事情□ 黒羽快斗が工藤新一の名ばかりの恋人になって数時間後。 快斗は江古田高校の門前に、その恋人の姿を見つけて、足を止めた。 授業に掃除に学生の由無し事が終了して、学ランとセーラー服の学生が下校していく時間帯。 制服の違う、眉目秀麗な、かつては新聞上を賑わせた高校生探偵の姿は下校中の学生の衆目を集めまくっている。 チラチラ視線を送る彼らの眼に浮かぶのは「なんでココに?」だろう。 同じことを快斗も思った。もちろん昨夜の彼が己の名前を呼んだ時点で、きっと色々バレているんだろうな、とは思っていた。いた、が。 (な ぜ い る !) いや、恋人同士ならありうる光景だ。 嬉し恥かし放課後の待ち合わせ。なにしろ他校の制服だし。 これが同校なら肩を並べて校舎から出てくるものだろう。 本当に恋人同士ならば、だが。 「あ、快斗ー!」 真っ直ぐ進むべきか姿を消すか迷ったのが不味かった。 気配に聡い探偵は、蹈鞴を踏んだ快斗をその青い瞳に捕らえていた。 今更逃げれば更に周囲の注目を集めるだけなので、快斗はしぶしぶ彼のほうへと進む。 「……よぉ」 「結構遅いんだな。授業が終ったらスグ出てくると思った」 「何の用だ」 「そう、とんがるなよ。お誘いだ」 「…・・何の」 「デートに決まってるだろ!」 勘弁してくれ、いやシテクダサイ。僕達そんな関係じゃないデスヨ? 絶句する快斗の脳裏でカタカナ混じりの反論が浮かぶが、物騒な雰囲気でニコニコ笑う探偵の眼が恐ろしくて口が動かない。 どうやら、また件の幼馴染と何かあったらしいと察しはついた。 「蘭と園子がさ、ダブルデートしようって」 「…グループ交際なら喜んで混ざるけど、もう相手が決まってたら無意味じゃねぇか!」 当然組み合わせとしては、女子二人のカップルと男子二人のカップルだ。 傍目には解らなくても実情は寒い、特に男子側にとって。 「何とかしろ」 「…なにを、って?!無理!無茶言うなよ」 キラリと光る工藤新一の眼に、快斗は彼が諦め切れていないのだ、と悟った。 まぁ、長年片思いをしてきた相手に―彼女に、彼女が出来たと言われても、早々頭は切り替わらないだろう。キレることはあっても。 「聞いたぜ?オメーIQ400なんだってな」 「だって、駄目なんだろ、生理的に」 「でも、誘われたぜ?」 「そりゃ、幼馴染特典だろーが。別に昨日までだって、普通に一緒にいたんだろ?」 「……」 (しまったぁ!) 昨日、という言葉に探偵が肩を震わせて、俯いた。 昨夜の悪夢―泣き出す探偵の顔、が浮かんで快斗は焦った。 いくら探偵にとっては他校の前だからって、道端で泣かれては困る。 江古田の制服姿の何人かはまだチラホラ此方を見ているし。 そもそも彼は他校も自校も関係なく有名人なのだし。 ココで泣かれては、この儚げな美少年を泣かせるいじめっ子のようじゃないか! 「わかった、デートでも何でも付き合うから!」 「……」 「俺の頭脳で何とかなりそうなら、蘭ちゃんをノーマルな道に戻すのも協力すっから!な!?」 「…ホントか?」 「ああ」 声を落として問いかける探偵に快斗は肯く。 囁くように更に追求がかかる。 「泥棒の二枚舌じゃねぇな?」 「勿論。ってゆーか、怪盗ね、怪盗」 快斗も囁き声で、返して、ようやく探偵は顔を上げた。 「じゃ、行くぞ。あ、俺のことは新一でいい」 「ハイハイ」 「んじゃ、快斗。ホラ」 「……え?」 出会い頭といい下の名前を呼ばれるのも軽い衝撃だったのに、差し出される綺麗な手。 繋げ、という事だろうか。 「あの角の向こうで、二人とも待ってるんだ」 「あー、なるほど…って、ええ!?」 「ホラ!」 ぐいっと鞄を持っていないほうの手を取られる。 夕べとは逆に、探偵が―新一が快斗の手を引いて歩き出した。 意志強く前を行く姿は、とても彼らしくて安心すると同時に、手の暖かさが心地よい。 彼と一緒にいるのはナカナカどうして悪くないんだよなぁと思ってしまう快斗だ。 が、ハッとして首を振る。怪盗が探偵と和んでどうする。 (やっぱり、いろいろ不味い気がする!!) なんだか、引き返せない道に踏み込もうとしている予感がした。 予感が的中するのは、ここより暫く後になっての事だった。 |