□完全に曖昧な□ □快コ□ 公園で拾った漫画を読んでいた。 多分、中学生か高校生か。いや、その年代の学生が気軽に買った雑誌を読み捨てていくだろうか?金銭的に裕福な子供は増えているからそうかもしれないが、もしかしたらドコゾのサラリーマンの暇つぶしだったのかもしれない。 コレが白いポストに入れなければならない物件なら流石に手に取れなかったが、なにしろ国民的週間少年漫画雑誌。 暇を持て余した小学生には心楽しい拾い物だった。 活字本ほではないが、暇を潰すには十分である。 しばらくパラリパラリと頁を進めていると、膝元に広げた雑誌の見開きに影が掛かった。 「よ、ボーズ!イイモン持ってるじゃねぇか」 「遅ぇよ、テメェ!」 顔を上げれば、見慣れた高校生男子の姿。 ケケケ悪ィ悪ィ、掃除当番でさーと片手を上げて笑いながら心の篭ってない謝罪を述べたのは、待ち合わせの相手の、黒羽快斗だった。 「隣、いい?コナンくん」 「どぅぞ?快斗お兄ちゃん」 ニコニコ笑って返すと、ヒクリと顔を引きつらせて、人ヒトリ分の間隔をあけて腰を下ろす。何を警戒してやがるのか、とちょっと呆れた。 俺はズボンのポケットから携帯電話を取り出して、今日黒羽から受け取ったメールを画面に呼び出す。画面には、一定の規則に則って繰り返されるアルファベットと、-と・で繋がる数行の記号列。暇な時に、何気なく送られてくる暗号の答え合わせだ。更に暇がある時は、こうやって、会うこともある。 「で?今日のコレの回答だけどな」 「ん〜、コナンくんが午後3で送ってきたのが正解ー!」 「…回答の候補が複数取れるって、不具合じゃねぇ?」 「ニュアンスが違うだろ?ようは、最後の文字列を無視するから、一発で意味が取れないってこと!」 カチカチ…親指を動かして画面をスクロールしていく。最後にあった文字…? 「これぇ?!」 「何だと思ったのさ」 「あー・・怪盗マークの変わりダネかと」 「KIDマークはちゃーんとデコメ仕様にしてあるじゃん!名探偵が、機種変換してくれないから、見れなかっただけじゃね?」 「で、なんだよコレ」 示した画面に浮かんでいたのは (´・ω・`) …というマーク。 「何か感じねぇ?」 「いや、何も」 「感性が死んでるって言われた事ないか、名探偵」 「目が死んでることがあるオメェほどじゃねぇな」 失礼な口の応酬をしながらも、一応じっと見てみる。 眉が、下がっている。 どことなく・・・ 「さびしい?」 「しょんぼりしてるんだよ」 「で、暗号の答えは、会いたい?」 何か嫌な事でもあったのだろうか。 怪盗という人や世の中の目を忍んでショウという名の犯行を行う犯罪者モドキが、わざわざ探偵を呼び出すなどとは。 膝元に開いていた雑誌を閉じて、俺は黒羽の顔をじっと見た。黒羽は俺のほうは見ずに、あーうーと意味の無い言葉を吐いて幾許か逡巡した後に、囁くように声を出した。 「…鳩さんから聞いたんですよ」 「待て、鳩は喋らねぇぞ?!」 「いや、ホラ、俺って魔法使いだし。で!鳩が言うにはさぁ」 ―盗聴か、盗撮か。 どちらにしろロクでもない手段をコチラに講じているのが窺えた。しかし、今はとりあえず、追及はしないでいてやる。 「江戸川コナンさん、消える、らしいじゃないですか」 「……あー…」 「薬が出来たって?インターポールと組んで、どっかに殴りこみにいくって?」 「殴りこまねぇよ、ちょっと潰すだけで」 「搦め手ってトコが容赦なさそうで怖いよね!」 「…で?」 「…とりあえず、目処が立ったみたいで、おめでとう?」 全く目出度くなさそうに、黒羽は言った。 「元に戻ったら、さ…」 「不登校してた分の遅れをまず取りもどさねぇと留年だな」 「うわー」 「周りへの言い訳とか、考えただけで滅入るぜ」 だったら、と掠れた声音。 「戻らなくていいのに」 ポソリと囁かれたソレが、コイツの本音なのかと、思った。そう思えた。 「だってさ、戻ったら、大好きな蘭お姉さんとお風呂も一緒☆が、できなくなるぜ?捜査ン時よく使ってた子供ぶったり可愛こぶって潜入とか、人の死角に回り込んで単独捜査とか!あと、お得意の「あれれ〜?」攻撃が出来なくなるのは、相当な痛手だと思うんだよなぁ」 「あのなぁ」 ウンウンと腕を組んで肯く黒羽。 呆れてジッと見るも、やはりアイツはコチラを見ない。 「工藤新一はさ、江戸川コナンとは違うんだろ?」 「ちがわねぇよ、俺がコナンで、工藤新一なんだ」 きっと堂々巡りの話なのだ。 俺は俺であって、本当は、新一でもコナンでもどちらでもイイのかもしれない。 しかし、元に戻りたい、という思いはこの姿になった時からずっとあって。 工藤新一の帰還を、今もただ待っていてくれる人間がいるというのも大きな理由だけれど、それ以上に、元に戻るというのは、自分自身の回帰への願望であり、当然のように黒の組織を追う根源的な動機付けなのだ。 生きているだけで全てを許して忘れてしまえるほど、馬鹿には、否、お利口さんにはなれない。 小さな手、短い足。届かない声。表には出せない、思考の数々。 コナンも新一もドチラも俺でありながら、それでも、コナンが工藤新一の仮初の姿であることは否定の仕様が無い。少なくとも、俺自身にとっては。 黒羽は知ってるよ、知ってる。と呟いて、でも、と足掻くように口を開く。 「KIDキラーは、江戸川コナンくんじゃないか」 「工藤新一になってもかわらねぇよ」 「変わるよ」 「かわらねぇよ。追い掛けやすくはなるだろうけどな」 「追いかけんの?中身を知ってしまったのに」 「うっせぇ、趣味だ」 「…悪趣味?」 何だか弱気なっている怪盗兼高校生は、ボソボソと失礼なことをのたまう。 「煌びやかな、さ。新聞とかメディア騒がしちゃう人の傍にはいられないと、思ってさ」 「控えめな事いうような口か、白いチンドン屋が」 「それはさすがにヒドイと思います!…ってかね、ウン。日本警察の救世主様の近くに、犯罪者が、いたら…不味いかなぁって」 らしくないことばかりをダラダラ言う。 俺は、そういえば、と膝元の雑誌をパラパラとめくった。目的の頁で手を止める。二次元のコマの向こうで、少年達がニヤニヤと自分達の犯行を笑っている。 俺としては、怪盗とはコイツらと変わらないような気がする。 「完全犯罪者にでもなれ」 「…は?」 「完全犯罪ってのは犯罪の事実を立証できない、罪に問えない行為だな。KIDの行為は明らかな犯罪手口だけどさ、誰がKIDかを立証できないなら、お前が俺の傍にいような何だろうが、関係ないだろう」 「…って、待って!コナンくん、何もってんのー?!」 「へ?そりゃお前、国民的大人気週間少年漫画雑誌のジャ」 「んんッ!?スタァップー!!」 「?!」 実力行使で口を塞がれる。黒羽の両の手はバッテン形で俺の顔半分を覆っていた。 大きな手だ、高校生の。流石に息が苦しい。 「んー!」 抗議すると、キョロキョロと辺りを見回した後、ホッと肩を下ろして渋々と手をのけた。一体何だって言うんだ。 「コナンくん!?君の場合、日曜日最高!とか言わないと駄目、ゼッタイ!」 「にちようび…?小学生が毎日日曜気分だと思ったら大間違いだぞテメェ」 「いいから!」 何故か力説をかましてくるのを、鬱陶しいなぁと思いながらハイハイと肯いてやる。 「まぁ、うん。完全な犯罪を名探偵が奨励するとは驚きです」 「バーロ、殺人なら何が何でも崩してやるさ」 でもよ、とジッとコチラを見ている黒羽のほうは見ずに、―視線は漫画に落としままで続ける。 「変幻自在の怪盗の正体なんざ、永遠の謎でいいんだよ」 「へぇ?リアリストの探偵にしちゃ、珍しい台詞で」 「ロマンチストだろ?」 「知ったら、ガッカリする?」 「まぁな」 「した?」 「まぁ、な」 「……」 「あー、嘘嘘、快斗お兄ちゃんと知り合えて、僕嬉しいよぅ?だって色々便利だモン!車出してくれるし(免許偽造だけどな!)暗号出してくれるし(たまにヘボいけどな!)あと鳩も出してくれるし(今度見かけたらとっ捕まえるけどな!)」 「ひでぇ…」 しまった、からかい過ぎた。 「だーから、大体99パーセントくらいが謎のまんまなら良いんだよ」 「残りは?…名探偵か、そっか」 「そんで、99パーセント維持するために、また謎を作り出せ。そしたら、謎を暴くのに追ってやる」 「1パーセント不足してんのに良いわけ?」 「隠せ。もしくは隠す。要は、見えないようにしたら、いいんだ」 「完全な不完全だな」 ベンチの上で組んだ胡坐に両手を乗せて、ケケッと肩を揺らして笑う。 「完全なモノなんかありゃしねーんだよ」 「名探偵がソレいっちゃうのかー」 「名探偵だからだろ」 「…ああ、かもなぁ…」 遠くでカラスの鳴く声がする。そろそろ帰宅しないといけない時間だ。 俺は、雑誌を元の場所に戻して、ベンチから降りてランドセルを背負った。 ボンヤリと、茜色に染まり始めた空を見ていたソイツが、不意に声を落とした。 「放ってはおかないから。嫌かもしれないけど、俺は、アンタを手伝いたい」 ―今日の本題なのだろう。 戻らなくてもいい、というのはコナンの喪失よりも、薬の副作用が心配で。黒の組織とどうケリをつけるつもりなのかも、同じくらいに。 ハートフルな怪盗らしい言葉に、俺は曖昧に笑った。 「ふぅん?暇なのか」 「駄目とか、いわねぇの。邪魔するな!とかさ」 「邪魔になるようなら、まずテメェから排除するから覚えておけ」 「ハイ!」 「あと、元の姿になったら、これまで使えなかった手ガンガン使って追いかけるから、お前こそ、覚悟しておけよ。99パーセントは甘くねぇぜ?」 「ほぅ…」 ニヤッと笑って怪盗の顔を覗かせた相手を見た。 「どこまでも追ってやるから安心しろ。巻き込みたくねぇとか、駄目とか、俺の方こそ聞く気はねぇんだ」 「名探偵ぇ…?」 「組織の一つや二つ潰すくらいのほうが、青春だよな!」 固まる怪盗を振り向かず、俺は言い捨てて、青春らしく夕日に向かって走ることにした。 己の身にこれから起こる―色々と起こす不安は勿論あったけれど。 共に在りたいと願ってくれる存在があることは、どうしようもなく、心を奮わせてくれる。 「こっちだってな。いつもいつも、ハートフルな怪盗に助けられてばっかりじゃいらんねーんだよ」 呟く声は、誰にも、鳩にも聞かれないように小さく。 俺が元の姿に戻りたい理由の一つに、果てまで追いかけたい相手がいるから、などと言うことは、まだ謎のままでいいんだ、と思った。 |