□と!□



朝から、雨。

コナンの同居家族は、朝日が無ければ朝が来たとは認めないと時々口にする。特に締切り前の、厚いカーテンで外界を遮った部屋で。まぁ、単なる言い訳に違いない。
今朝とて時計は既に8時を回っているが、おそらく今だに布団の中だろうな、とコナンは既に第二の自宅となりつつある隣人の家で思った。
異常気象ばりの暑さが続く日々の中での雨は、通常ならば不快度指数をガンガンに上げるものだが、夜明け前から広がった雨雲は刺すような夏の陽光を遮ってくれていて、お陰でかなり涼しい。
確かに気持ちが良く、寝過ごしたくなる朝である。
しかし、体内時計の赴くまま寝て起きるコドモが、ごく普通に目覚めてお腹を空かせるのは当然のこと。何とか家人を起こそうとしたが、その眠りはトンでもなく深いようで、奮闘10分の末、少年は隣家の門のインターフォンを鳴らしたのだった。
そして、幼い子供がお腹を空かせていれば、何だかんだと世話焼き好きな隣人が放っておくわけはなく、今朝もまたコナンの腹の虫は泣き止んで事なきを得た。


「すいません…こんな、度々お邪魔しちゃって…」

コナンは遠慮がちに、上目遣いで、一番の世話焼き次女にきゅるんとした表情を向けた。
向けられた蘭は「全然良いのよー?気にしないで!」と笑って軽く手を振り、その表情を横から盗み見た鈴木家三女の歩美はポッと頬を染めた。それを知ってか知らずか―といった風に、コナンは今度は歩美を振り返って「ん?」と小首をかしげて見遣る。歩美は、照れ隠しに、手をつけていないデザートの苺を「もっと食べる?」と差し出した。コナンはニコニコ笑って「ありがとう!じゃ、ちょっとだけ貰うね」と追加分を喜んで、しかし遠慮を忘れずに受け取る。
―その一連の様子を、ちょうど起きてきた園子が見ていて(全く末恐ろしいわ…表情の使いドコロに隙が無いわね…。ホント、興味深いったらないわー!)などと思いつつゴクリと喉を鳴らしていた。
鈴木家で、割と最近頻繁に見られるようになった光景である。
三人ともがあらゆる意味で、この隣人少年コナンを好いていたので、彼を加えた食卓風景はごく自然に収まっている。密かに男の子が―息子が欲しかった鈴木夫妻も、少年の来訪を喜んでいた。

「そういえば、新一お父さまってば、締め切りが近いんだっけ〜?」
「うん。月刊雑誌での連載のだから、月末は鬼門みたい」

園子がグラスに牛乳を注ぎながら、ふとカレンダーを見た。7月も残すところあと少し。

「大変だねぇ、作家さんも」
「あのね、歩美ね、この間工藤さんが訳した絵本読んだよー!すっごく読みやすかった!」
「ありがとう、歩美ちゃん」


朝の食卓や食後に、時折コナンの養父の話題が混じる。当然、青年の方もあらゆる意味―主に鑑賞にたえ得る容貌は勿論、優しくて、外見からは非常にクールそうに見えるがその実はテレ屋で、意外に義理堅い性格で、几帳面そうなのにどこか抜けている所などが、堪らなく魅力的なので、女性陣としては興味をソソられるのだ。
と、同時に興味を引くのはもう1人の青年。

「じゃ、今日も黒羽さんが来るわけね」
「荒れそうだね、お父さん…」

編集者を名乗る行動が不自然かつ時折不穏な青年が現れると、その後に会う工藤さんは、ゲッソリとしているのが常で。窓越しに怒鳴る声を聞いた事もある隣人達は乾いた笑いを浮かべてしまう。なんというか、あの編集者は本当に作家を大事にしているのか甚だ疑問だ。

コナンは彼女達の微妙な表情に、己も微妙な顔で笑うしかなかった。
実はアレで結構…というか、養父の黒馬鹿に対する態度はハタから見ると非常に理解がしがたいんだよな、と再確認する。
出会ってからずっと、新一の傍らで二人の姿を見ていたコナンでさえ、しばらくは本当に気付かなかった。しかし、三女だけは、そうかなぁ?と首を傾げる。

「?ねぇ、コナンくんのパパと、あのソックリでカッコイイ人は仲良しだよね?」
「はぁ〜?無いわよ。だっていっつも怒ってるじゃない」
「担当代えろー!とか、出て行けーってよく言ってるわよねぇ」
「んんー?でも…」

眉を寄せて、更に首と一緒に身体が傾ぐ。
どうやら、歩美の目からは別な何かが見えているようだ。

「あのねー。いっくらアンタの好きそうなBでLなのが似合ってそうな二人だからって、お隣さん使って変な事考えるんじゃないわよー?」
「あ、園子ちゃんね?!勝手に歩美の本棚からとっていったの!」
「ガキがエライもん読んでるわよ、全く」
「お小遣いで買ってるモン!返してよね!」
「ハイハイ。アタシだって、普通の漫画だと思って借りたからビックリよ」

「?何の本の話なのかな?蘭ねえちゃん」
「さぁ?」

「ななななんでもないよ!コナンくん!!」
「そーそー、君には危険物よ」

どうやら、新一と黒馬鹿のツーショットを見る際、さりげなく目を細めて頬を染める夢見がちな三女歩美には、早熟な趣味があるらしい。何気なく、二人の様子を聞きたがるのも、その一貫だろうか。
歩美はすぐ上の姉と少年の視線に慌てて手を振って、何でもないのジェスチャーを送る。それから、上手く言えないんだけど、と前置きして述べた。

「あのね、コナンくんのパパって、要はよく遊んでくれる大きいお兄ちゃんよりも、あっちの人の方に気兼ねが無いっていうか…。凄く普通に一緒にいるみたいに思えるの」

―オイオイ…

女ってコエー!と何気に三姉妹の中で一番聡い歩美に、コナンは内心で舌を巻いた。


   □  □  □



「工藤くん、起きたまえ」
「?!」
「…なんだ、寝覚めは悪くないね、キミ」

頭上でニッコリと微笑むは、工藤の顔なじみの敏腕編集長様だった。
編集長―つまり御大自らのお出ましである。
親の七光りを存分に浴びまくった若き編集長は、しかしそんな光が霞む位の、能力と美貌を持つツワモノなのである。仕事の顔をしている時は、いくら旧友でも隙を見せられない相手。

工藤は慌てて跳ね起きた。

「悪ィ…。あと半ページってトコで、コナンのトイレに付き合って―」

そして、そのまま布団に吸い込まれるように、倒れた。

「いや、今から1時間以内に原稿を上げてくれさえすれば、僕は全く気にしないさ」
「…いち、じかん」
「おっと、失礼…56分だ」

クルリとワザとらしく手首を返して腕時計を見て、白馬は訂正する。が、工藤にとっては状況は全く良くなっていない。

「白馬ぁ…」
「僕には効きませんよ?」

嘘である。滅多に見ない工藤新一の縋る眼差しは、ハッキリ言って、かなり効く。―主に下半身に。

―どおりで、黒羽くんが今日だけは無理と言う筈ですね


寝起きのかすれ声だけでも危ない。
大体、夏だからと言ってシャツにトランクスのみで布団に転がっているなどと、無防備すぎる。しかし、そんな事で説教をかます暇は、無かった。

「さ、あと55分」
「…救済の為の休載ってどうだ」
「全く面白くありません。どうもこうもない。穴は開けさせませんよ」
「クッソ!だから連載なんざ嫌だったんだ!」

とうとう観念したのか、工藤はガバッと起きて仕事部屋へと走りこむ。
それを見届けてから、白馬はやっと、大きくため息を一つ。

「仕事へのプライドはちゃんとあるんですから。…本当に、全く」

なんだかんだ言いながら、締め切りを決して破る事のない工藤なのだ。
時折ワザと進行を遅らせるのは、担当を困らせたい時だけで。引き受けたくない仕事を渋々引き受けて、担当に文句を付けまくるのも、同じ事。

流浪していた国外で孤児を拾い、日本の生活に慣れるまでは、と暮らしていた離島からココに越してくるに至るまで、工藤のスタンスは一切変わらない。
担当が黒羽である限り、きっと変わらないので、やっぱり彼の担当は黒羽くんで固定ですね、と再認識する編集長である。
引っ越しに併せて、担当替えを要求した彼。黒羽が彼に付いて行く事くらい見通せないはずがないのに。

(『担当が黒羽じゃないなら、…多分、もっと楽だ』)


だから代えてくれ、などと言われたら、絶対に変えられるわけが無い。
担当など、作家にとって苦い存在のほうがイイのだ。たとえ、担当自身が作家に激甘だとしても。

「お互い判っているんでしょうかね…?」

でなければ、お笑いだが。馴れ馴れしい関係になられても何かと困るので、白馬は一切手を出す気はない。幸せであって欲しいとは思うが、積極的に内実を知りたいワケではないのだ。
全く、さじ加減はいつだって難しい。

とりあえず、今現在最も応援も観戦も困難な、作家と時間との戦いを見守るべく、白馬も彼の仕事部屋へと向かった。








最終的に工藤新一の名前と完成原稿が雑誌に載ったのは、敏腕編集長の『コレ落としたら、次から、担当と締め切り3日前からホテルに缶詰にしますよ?』という、脅しの意図明らかな台詞だったが、そんな事は、読者には与り知らぬこと。

また、その言をどこで拾ったのか。

次の月から作家の担当が、原稿執筆の妨害工作を働き出し、缶詰にするには高級すぎるホテルを個人名で、締め切り日前後にコッソリ予約したのは更なる余談なのである。





□隣人青年の忙しい朝:終□







いろいろ足りないまま終わってしまう不思議。
いいのか。駄目なような。まぁいいか…(駄目で残念な事この上ない)

歩美様を腐猛者にした点についてはジャンピング土下座かと猛省する所存でる。


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