□ン!□ 「…つまり何か?車に乗りながら、動物の生態を間近に、つぶさに、観察が可能なシステムと言うことか…」 やるなぁ…。テレビに向かってブツブツと呟く声は小さい。しかし部屋には二人きりなので、当然、京極の耳にはコナンの声が聞こえる。というか、同じ画面を寝転がってボンヤリ眺めていたので、さて、いつ行きたいと言いだすのか、待ちの体勢だったりした。 ―ん〜。ココからだと、東名北高速に乗って… さりげなく、ワンセグではない画面に切り替え、テレビ画面の向こうに飛ぶ道筋まで考えていたりする。 始めは少年が見世物となっている動物へ憐憫の眼を向けていたのが、テレビのリポートが進むにつれ段々と身を乗り出して興味深々の体を顕しだし、ちょっと野球中継と言ったら「駄目だ。ワンセグで我慢しろ」と振り向きもされず言い切られ、まぁつまり少年は『車に乗って動物達が暮らす森の中を擬似散策できる』という某テーマパークの完全な虜になっていったのだ。 元々の動物好き。そして、やりたい事に関して遠慮を知らない少年が、今から行くぞ!と言い出しても不思議ではない。 京極は、そんなコナンの素直さを好ましいと思っている。少年の養父にも見習って欲しいとも。 「……ま、悪くなかったな」 番組が終了し、プチンとテレビの電源を落としたコナンは、チラッと京極を振り返った。 誘ってやるのは簡単だが、たまには素直にオネダリをされてみたい、と思った京極は、「面白かったか?」とだけ聞いてみる。 「うん。あーゆーのもアリなんだな」 「そうか」 「ん〜…」 そわそわと視線を飛ばすコナン。小さな手の小さな指を口元に当てたり、組んだ胡坐を揺らしてみたり。取り立ててショタ属性を持っていなくてもグッとくる姿だ。隣家の姉妹達に見せたら、黄色い悲鳴を上げて喜びそうだなぁと思う。 先日、京極がたまたま会ったお隣の鈴木家の三姉妹。その長女はややミーハーな大学生風だったが、、高校生と小学生の妹達に優しく接する姿は勿論、コナンの頭のキレの良さを見抜きながら、可愛いわ!ショタっ子万歳!と明るく囃して、姉妹とコナンの間の空気を取り持とうとする様子が、非常に京極の心を惹いた。 ―園子さん、喜ぶか? ハタと、そう考え。慌てて京極は写メモードの携帯をコナンに向けた。 パチリ 「何撮ってんだよ?!」 軽いシャッター音と閃いたフラッシュに、コナンは驚きつつ声を荒げる。らしくない己の姿を写し盗られた恥ずかしさと怒りだろうか。頬を染めて、不本意そうに口を尖らせる姿は、これもまたグッとくる。続けて撮ってやろうとしたら、流石に小さな身体が飛び掛ってきた。京極は寝転がったままなので、簡単にコナンにマウントポジションを取られた。 のんべんだらりとした熊に小鳥が乗っているかのよう。 しかし、小鳥の目は恐ろしい事に猛禽類のソレである。 「テメ、隣の園子ねーちゃんに、俺の写真渡したそーじゃねぇか?」 「……」 ―何故バレた! 「新一はてっきり黒馬鹿の仕業だと思って、今度来たらマジ訴えるマジ泣かすって息巻いてるぜ?いーくら女性でお隣さんでも、肖像権侵害だもんな」 新一もコナンも、見目が大変良く、それはもう出会う人はおろか擦れ違うだけの相手でさえ、恋と言う罠に落としこんできた。中でも同姓や、異性でもちょいと思いつめがちな、アレな人々に思われすぎて犯罪を起こさせる(という言い方も不本意だ。勝手に相手方が起こしているのに!)ことも数え切れない程に。 なので、新一は特に保護者としてコナンの、勿論自分の写真などが出回るのを極端に嫌がるのだ。親として子供の成長記録は残したい。しかし、ソレを妙な考えを持つ人間に開示したくない。なので、新一とコナンと空間や時間を共有する事を許され、また思い出に残しても良い人間しか、私生活の写真は得られないのだ。(ただし黒馬鹿については、いささか事情が異なる。ロックされたPCもデータも、思いのまま抜いていくので) 要は、「コレ、こないだの写真な」と渡される事自体が、信頼の証なのだ。 「… バラすか?」 黒ぶち眼鏡の奥で、すぅと細められた目。歪む可憐なはずの口元。家畜の生殺与奪を握る主のような迫力だった。 かつて武道に身を置いていた大人の男でさえ、肝を冷やすには十分な。 「スマン、勘弁してくれ。頼む」 「当然、それ相応のモンは用意できるんだろーな?」 「高速で、2時間。F県に入って一般道を30分程度。休園日は月曜だから、それ以外。出きれば店が休みの、今度の木曜はどうだ?」 「乗った」 ぴょいとコナンは京極の腹筋から退くと、タタタ…と階段を駆け上がっていく。 『しんいちー!今度の木曜、サファリパーク行こうぜ!!』 元気な声が聞こえてきて、京極は己はまだ甘い、と冷や汗をかいていた武骨な手を見ながら思った。 □ □ □ 「聞いてないよ?」 ―『白馬には言ってあるが?』 電波に乗って大好きな人の声。 出来ればナマがいい。 声だけでなく、色々と。 ―『大体、テメーに許可取る必要なんかねぇだろ』 「仮にも担当様に向かって?!」 ―『編集長様が「行ってきたまえ。お土産は動物クッキーがいいな…あの手の込んだ形状の菓子はメーカーによってデフォルメ具合が…」とかなんたらって言ってたんだ。たかがヒラ担当が作家様につべこべ言ってんじゃねぇよ』 「あンの白馬鹿…!」 ―『あ、トンネル入るわ。じゃーな!』 「え?!ちょっと待っ」 ぷちん ―ツーツーツー 「…しんいちのばか…」 珍しく玄関から工藤家に訪問してみれば蛻の空。 すわ何か事件でも?!と心配して電話を掛ければ、家族+αでご旅行に向かう真っ最中だという。電話越しに聞こえてきた女子の声は、きっとお隣の姉妹の誰かだろう。 泣けた。 「いや…センセ?担当は何が何でもアナタだけの担当ですよ」 いやいや、泣いてる場合じゃねぇ!と黒羽は思い直し、自宅へ足を方向転換。 工藤家から歩いて十数メートル場所に建つアパートの駐車場に向かった。 「帰りは隣に乗ってもらう!」 不穏な決意を、工藤が知るのは、電話から丁度3時間後である。 □隣人とお出かけする日:終□ |