□コ!□ *『よ/●/ば/と!』パロ 蘭は、高校の終業式を終え、明日から夏休みだわ!とウキウキしながら自転車を漕いでいた。 さて、明日から何をして過ごそうか考えつつ、角を曲がって、家が見えた所で、彼女の自宅のすぐ近くで何やら作業している人影に気がつく。 ―もしかして キッとブレーキを強く握って停車する。音に気付いた男性が、彼女を振り返った。 ―綺麗なヒト…! 端正な作りの顔に一際目立つ青い瞳、年の頃は20代半ばか後半くらい。170+5センチ前後と思われる背丈は背筋が綺麗に伸びていて、立っているだけなのにノーブルな雰囲気を醸している。手にしているのが折り畳まれたダンボールなのが、やけに不似合いで逆に面白い気がした。夏の炎天下にあって、涼しげでさえあるような、清涼な、透明な感じのする、中性的な男性だった。 思わず蘭が見蕩れていると、相手から、ん?と窺うような視線を向けられた。 「こんにちは?」 「…ぁ、すいませ、こんにちは!あの、もしかして、お隣に?」 「ああ、ハイ。今日引っ越してきた工藤と言います」 やっぱり、と思いながら。 蘭は自転車を降りて、ペコリとお辞儀をした。 「あの、私、隣に住んでいる鈴木です。宜しくお願いします」 「そうでしたか。こちらこそ、お世話になります」 ニコニコと笑い合い、儀礼的挨拶を交わしてから、蘭はさっそく隣人的好奇心のままに口を開いた。 「あの、お一人で住まわれるんですか?」 「いや、もうすぐ6歳になる男の子が一人いて―…」 そこで、男性はキョロキョロと辺りを見遣る。 「さっきまで、いたんだけど、…近辺調査してくるって、出て行っててね」 「え?今日来たばかり…なんですよね?それとも以前ここに?」 「ううん。米花は初めて。さっき着いたばっかりで、でもまぁ」 「それじゃ、迷子になっちゃいますよ!?」 「んー?多分、そのうち戻ると思うけど」 「この辺りって、結構似たような建売が建ってる住宅地だから、何度か来てる人でも迷ったりするんですよー。あの、私これから出掛けるんで、それとなく見ておきますね」 「ありがとう。…なんか、すげぇシッカリしてるね」 ニコリと微笑まれて、蘭は頬が熱くなるのを感じた。きっと照りつける太陽の齎す熱とは違う、内側からの熱だろう、と思う。そう、思ってしまって、なおの事熱さは増す。 暑いですねー、などと誤魔化しつつ、蘭は『工藤さん』の手にしているダンボールやゴミの収集場所について説明し始めた。 バタン! 不意に家の、工藤の表札の掛かった方の扉が開く。引越しのお手伝いの人か、それとも冒険者なる6歳男児の出現かと思ったが、蘭の前に現れたのはスーツ姿の、こちらも『工藤さん』にどことなく似た印象を持つ顔立ちの良い見目麗しい男だった。 しかし、いかんせん、白シャツの袖を巻くり上げ、エプロンを着用し、あまつさえ頭には三角巾というのは、見た目イケメンとしてプラスなのかマイナスなのか。 「センセ、どーなた?」 「あー。…お隣の鈴木さん」 「こんにちは。隣の家の鈴木と言います」 「ふぅん…?いやいや、そっか、ヨロシク。そうだ、丁度良かった!お宅、何人家族さん?」 一瞬剣呑な眼を向けられた気がしたが、直ぐに打ち消すようににっこりと爽やかな笑顔浮かべる男。 ―気のせい…?よね 空手を嗜む彼女は殺気や害意には敏感なので、本当に一瞬だけの感覚に戸惑う。 しかし初対面であるのだし、多少不思議がられての事なのかも?と思って、男の質問に「五人家族です」と笑って答えた。 「じゃ、五人前お届けするから!もうすぐ茹だるからね〜」 「え?」 「…オイ、お前」 「引越しといえば、やっぱり蕎麦かなぁと」 「え、あの?ウチもお昼は用意してあるかと…」 「今時なんで、乾麺ならまだしも、茹でた蕎麦なんだよ?!つーか、何人前茹でてんだ?!」 「いや、俺も流石に自衛隊レベルの鍋は手配できなかったんで、とりあえず8人前」 「さっきから台所でゴソゴソしてやがると思ったら…馬鹿か!いや、馬鹿この黒馬鹿!」 「なんと。まさかの不評?」 「ちょっと珍しいですよね…」 「しかも夏場だぞ、バーロー。ホントお前、帰れ。大体引越しの挨拶品は京極が調達しに行ってくれてるじゃねぇか」 「センセ…ひどい…夏にお蕎麦は美味しいのに」 ―先生?学校のかな?こんな先生なら、すぐFANクラブが出来ちゃいそうだわ 聞きたい事を宙に浮かせたまま、とりあえず、蘭はショックを受けていらしい人物に目を向ける。 「あの、ソチラの方は」 「あ、俺ねー、工藤さんのこいび「だまらねぇと黙らせるぞ」…」 「いや、でもですよ?こういうのは外堀をキチンと埋め「お前を埋める。これ以上俺の身辺で騒いだら、完全犯罪企てて確実に埋める」わぁーお…」 険悪なのか何なのか、似た容貌に兄弟かと思えるし、引越しを手伝いに来た友人、という風にも見える。けれど「センセ」とは…? すっかり蚊帳の外に置かれた蘭は、そういえば用事(タイムセール)の時間が迫っているのに気付いて、慌ててその場からの辞去を申し出る。 お隣さんなのだから、聞く機会はこれから幾らでもあるだろう。 「じゃ、私、これから出かけますので、それらしい男の子がいないか見ていきますね」 「あ、ああ。ゴメン、ありがとう。…なんていうか、妙な事をしてたり、変な子供だ!って思うのがいたら、多分ソレだから!」「工藤先生ギブ!ギブ!足蹴は痛いです!」 「…変?ですか」 「そうそう」 「判りました―あ。お子さんのお名前は?」 「コナン」 「コナンくんですね!」 「工藤さんにクリソツで眼鏡かけたショタっこだよ!」 「黙れ、気持ち悪い」 ショタ…?とは何だろう、後で姉の園子にでも聞いてみようと思いつつ、蘭は道端で暴力的漫才を繰り広げる二人の前を後にした。 ―…蕎麦のお鍋、吹き零れてないと良いけど… それから、買い物がてら、公園や入り組んだ住宅小道を覗きながら歩く蘭の前に現れた「コナン」と思しき少年。 彼は、何故か白いチョークで囲われた道端の空き缶の傍で、カラスに向かって「犯人はお前だ!」と叫んでいた。 ―確かに変なコだわ… しかし叫んだ後、蘭が無言で見守る前で、少年はふぅと一息吐いた後、ごく自然に空き缶を拾ってキョロキョロとゴミ箱を探す所作をする。さりげなく、チョークの白線も足でゴシゴシと証拠隠滅。 ―でも、いい子みたい その様子を見た蘭は、優しく微笑むと、「君がコナンくん?」と話しかけたのだった。 □奇妙な隣人の出現する日:終□ |