□いくつになっても□快新



どうも、新一の態度がおかしい。

探偵と怪盗などという出会いから始まったお付き合いも、もう大分長い。
勿論、沢山喧嘩もしたが同じだけ仲直りをして、数え切れないぐらいのキスとセックスだってしてきた。
倦怠期だって、実はあった。
それでも互いに互いが最良で最高の相手だという想いには一片の疑いもなく、浮気疑惑なんてものがあっても、それが互いの存在に慣れすぎて言葉やキスが足りなくなっていたせいだと知ってからは、多少の義務感があっても、必要な接触を意識して持つように心がけて―結果、それはやっぱり互いに触れることが一番気持ちよくて安心するのだと確認することになったから、倦怠感は穏やかな充足感のなかに解けて消えてしまった。特に誕生日だの出会いの記念すべき日が近づくと、毎年のことであるのに、凝った演出をしたりされたりして、いつまでたってもドキドキさせてくれる相手に惚れ直すのが恒例行事になった。

だから、というワケではないが。

新一が快斗の顔を見て、ポゥと頬を染めるのは別に珍しいことではないのだ。
(なんたって、いくつになっても良い男だからな!)
今もまた、快斗が顔を洗っている洗面台の後ろで、何気なさを装って歯ブラシを加えている新一だが、視線が鏡越しにちらりちらりと快斗に向けられていて、くすぐったい様な気分だった。

バシャバシャと泡立てた洗顔料を水で洗い流しながら―眼を瞑っていると見せかけて、新一の視線が外れた隙に、そっと背後の様子を窺い見る。
歯ブラシをもごもごとさせつつも、ソワソワと落ち着かない様子である。
(でも、この間あった時は普通だったよなぁ?)
快斗はプロのマジシャンであり、新一は一流の探偵だ。
互いに多忙な身ではあるが、忙しさにかまけて擦れ違いでいるのは大変宜しくない事ばかりが起こるから、と。月に二度は一緒に過ごす週末を、年に二回は二人同じ時期に長めの休みをとる約束をして、今はようやく諸々の算段をつけて長めの休みに入ったばかりなのである。

二週間前の週末に互いの予定表を提出しあって、どうやらちょっと長めの一緒の休みがとれそうだ、となって、その場で互いに仕事先と喧々諤々と遣り合いもぎとった恋人休暇なのだ。
(んー?別に、何も変わったことはしてないし…別にイベントごとも無い筈だけどな…)
落ち着きのない新一の様子の始まりは、会ってすぐのことだったように思う。
昨夜、二週間ぶりの少しばかり濃厚な挨拶を一晩掛けて致したが、その間も、妙に熱っぽい視線で見られていた。
その前の逢瀬が実に淡々としていただけに、一体なにがあったのか非常に気になるところだったが、恋人が明らかに相手に惚れていますと、可愛らしい態度で言ってくれているのに、理由を問い詰めるばかりでは据え膳に対して申し訳ない。
ただでさえ、いくつになっても衰えの見えない(もしかしたら新一の身体に残留しているであろう薬の影響かもしれないが)若い時分と変わることなく滑らかで触り心地の良い肌と、少年の時分よりもより研ぎ澄まされた気配に相応しい細身ながらに貫禄の滲む姿は美しく、少しばかり年を経たせいか鋭敏さの中に柔らかさが垣間見えるようになった青い瞳の持ち主は、いつまで経っても快斗を魅了してやまないのだ。

そんな相手が「俺が、上ですっから…忙しかったんだろ?寝てろよ」だの「もっと、して いい」だの言ってくれるものだから、快斗は何だぁ?と思いながらも、とにかく美味しく頂く事に集中して一夜が過ぎたのだ。

明けて朝、実際には昼に近い今も、なんだかそんな夜の態度を引き摺って居るように思える。

「新一、どーぞ?」

タオルで顔を拭きながら、振り返って場所を交代しようと声を掛ける。
新一は、ジッと快斗の顔を見た後こくりと肯くとそそくさと洗面台の前に移動してきた。
(やっぱ、意識してる、よなぁ…)
快斗はプロのエンターティナーであり、常に人の眼を意識し、己がどんな姿で観衆の前に在るかに気を配っているせいか(はたまた怪盗時代からの名残か)人が己に向けてくる気配には敏感にできている。
ソワソワと視線を飛ばしながらもチラリと流し目をくれてくる新一の態度は、ホレ薬でも飲まされたのか?と思ってしまうほど恋する者が向けるソレなのだ。
快斗のことが気になるし、気にして欲しい。けれどあまり近づかれると落ち着かないから、ちょっと離れていたい、でもそれはそれで寂しい。
(気になるなー。でも謎は自分で解くべきか?いやいや俺探偵じゃねーし。教えてくれねーかな)

「…なんだよ?」

さっきと位置を入れ替えて、快斗は鏡越しに新一を見ていた。当然快斗は包み隠さず、好きなようにパジャマ越しの恋人の身体のラインを眺めていたので、新一が気が付かないはずがない。

「いや、ホント、あんな不摂生な生活してるのに、身体のライン崩れねーよな、と思って。すっげ綺麗」
「バーロ、テメェこそ」
「ステージは体力勝負だし?俺はちゃんとトレーニングしてるからな」
「…そーかよ。つぅか、何か用か」

カランとコップを戻した新一の背後に、快斗は覆いかぶさる。鏡の中で視線が交差した。

「用といえば、用?」

スリっと腰を押し付ける。
朝から元気になっていた分は既に軽い運動で発散しているから、単に反応を伺うための行為だ。

「おい、メシは?」
「……腹が減ってどうしようもないなら、俺の、のむ?」
「バーロ。…ん、だよ。して欲しいのか?」

くるりと新一が身体を反転させて、またもジッと快斗の顔を見て―またも頬を淡く染めて軽く眼を伏せて―そのまま、身体を下げようとしたから、快斗が慌てる羽目になった。
その場に膝をついて御奉仕しようとしてくれるなどとは!
快斗の下衣に手を掛けようとした新一のその手を掴んで引っ張って、グイっと胸に抱きしめる。

「いや、その…あのさ、新一…どしたの?」

即座に蹴られる事を予測していたのにまたも可愛らしい態度を返され、さすがに快斗はこの謎には降参すべきだと結論をだした。
惚れて、好いていてくれるのは大変に嬉しい。もとより恋人同士なのだから、そうでないほうが可笑しいとはいえ、だからといって、過剰なサービスを受けれるほどに、一体己は彼に何かしたのだろうか?それとも彼だけの側に何か理由があるのだろうか。

「…なんで、そんな可愛いの」

腰をかがめかけていた分、新一の頭はスッポリと快斗の胸の中だ。頭一つ分低い至近距離で、くいっと首を上げて快斗を見てくる。して欲しかったんじゃねーのかよ?と怪訝な顔をされ、いや怪訝なのはコッチなんですけど、と思いながら、どうにも可愛くてならない相手の様子にクラリとした快斗は、再度問い掛け直すのを一旦放棄して、水気を含んで濡れている唇に口付けた。

「ん…っ、んん…ぁ」

角度を変えて、ミントの香りも爽やかな呼吸を吸い込みながら数度。
その時、ピクっと新一が顔をしかめた。
眼を開いて新一のキスに弱い顔を眺めていた快斗は、ある事に気付いてぱっと顔を離した。

「ぁ、ごめ…もしかして、痛かった?」
「いや、別に」
「悪い。今月は次のシーズンに使う新しい仕掛けの作業と実験ばっかりでさ、ずっと手入れサボってたから」

快斗は己の下顎に手をやった。ちくちくと数日前に剃刀をあてただけで放っておいた不精の名残の感触。恋人との逢瀬に身奇麗にしないなどと、と反省するが、それよりも早く新一に会いたかったし、と言い訳も同時に浮かんだ。だが、新一は本当に気にしていないらしく、眼を細めて快斗に手を伸ばす。

「伸びたトコは柔らかいなのにな」

そう言って、新一は快斗の鼻の下のそれなりに生え揃った方の髭に人差し指をあてて、そのまま顎の下までくるっと撫でた。

「やっぱ似合わない?つぅか、俺実は昨日の夜からコメント待ちだったんだけど」

新進気鋭の若手マジシャンから、いわゆる中堅どころとして個人の事務所を構え定期的なショウの敢行をするようになった快斗であるが、今だに業界内で軽んじられる傾向がある。
理由は簡単、見た目だ。
年を経てそれなりに精悍な顔つきになった(と本人は思っている)のだが、生来の柔和な笑顔が終始張り付いた「若い」イメージが、事務所と言う一国一城を構える風には見えないらしい。
無論プロとしての堂々たる態度には威厳や滲み出る威圧感もあるのだが、若い頃の所業の名残で存在感を無意識に消すクセがあって、ステージ外では時に一般人かスタッフかと思われることもある。それでも、そんな癖を上回る華のあるカリスマは隠し切れずに人目を惹いて、業界人の集うパーティーで「良かったら、今度私のショウの前座でもしてくれないか?」などと接点の少ない同業者に言われることがあるのだ。もっとも、そんな若手以前の人間にさせる仕事を持ちかけた相手が、かの一流エンターティナー『黒羽快斗』であると知ると、尊大に声をかけてきた相手が態度を翻し真っ青な顔で無礼を詫びることが殆どだったが。

決して観客を飽きさせない、同じ公演でも何度でも通いたくなる数々の新しい仕掛けや遊び心を取り入れる快斗のショウは沢山のファンに愛され、その殆どのチケットが発売後数時間でSOLD・OUTになるのが常だ。非常に業績も良い。最近では弟子にして欲しいと事務所や楽屋の扉を叩く者もいる。そのうち一門として名を馳せるのでは、と一部では目されている。

しかし、肝心の一門の中心となるらしい人間には、いわゆる威厳が足りないらしい。
なので、快斗は丁度次の公演まで間が開く期間に、かねてからやってみようと思ったことを、実行したのである。

「この間会った時は、ソレ、どうすんのかと思ってたけど」
「伸ばしてみたんだよ。どう?ココだけは整えて、形良く生えるようにしてたんだ」

唇の幅の分だけ鼻の下に髭。
かつての父のように。
事務所の人間は、濃くなっていく髭をあまり歓迎してはくれなかったが、どうせ暫くお篭り作業だし、作業明けには休暇に入れるし、人前に出る交渉などの仕事の時はマスクでも被ればいいや、と快斗は頑張って手入れを続けたのである。

「ま、顎ンとこは適当にしちゃってたけど。…駄目かな?新一が駄目なら直ぐに」

剃るけど、と続けようとした快斗だが、新一の言葉に遮られた。

「俺は!良い、と思う」
「マジ?」
「マジ」

だから絶対剃ったら駄目だ、と新一の眼が鋭く快斗を見つめる。

「そっか?」
「そうだ。剃るなよ」
「童顔には似合いませんよーとかマネージャーは言うんだけど」
「眼鏡の度でも進んでんだろ。似合ってる」

実に真剣な顔で新一がいうものだから、快斗はもしや?と思いながら、くいっと新一の顎に指を掛け、視線を搦めて囁いてみる。

「…もしかして、『コレ』で、惚れ直した?」

新一はカァアアッと音が聞こえる勢いで顔を真っ赤に染めると、バッと快斗から身体を離して、洗面所を出て行ってしまった。
その場に残された快斗は、その新一の反応に、喜び以上の驚愕を覚えていた。
(ええッ?!まま、マジで!?)

「髭好き…って初めて知ったんですけど…」

試験的に取り入れた己の顔の新たなパーツを気に入ってくれたのは大変嬉しいが、同時に大変複雑な気持ちになった快斗だった。
(いや…そういえば)

「親父もだけど、優作さんも髭整ってたし、毛利探偵も髭だったな。…あ、今は警視副総監であの頃一課の太い警部だった人も確か…」

思い返せば、新一の周囲には結構な髭面が揃っていたような気がする。
そして、夕べからの新一の態度も思い出す。
照れながらも快斗の顔を見て、身体を摺り寄せてくる様子は―

「…甘えたくなる、ってことなのか、な?」

呟いてみて、フムと頷く。
そう考えると、なにやらしっくりくる。

今だに肌が綺麗で―殆ど無駄毛の生えない特異もしくは特殊体質の新一だ。時折その事について愚痴めいたことも言っていたから、本当はこんなもの(髭)を伸ばしたら、羨まられるか、嫌な顔をされるかと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
(フォーマルスーツでデートしたがるのって、怪盗が好きとか言ってくれてた時の名残かとおもってたけど…)

「年上に弱かったんだな…」

新一は、職業柄他者の思惑を見抜き、老成したような言動でもって、依頼人や罪人に相対せねばならない『大人』である。しかし。生意気盛りをすぎ大人としての意識を高めるべき少年から青年への過渡期に『子供化』した彼は、実は精神的にまだ幼さを残していて、無意識のうちに甘えさせてくれる相手を求めているのではないか、と快斗は推測した。
無論、これまでにも快斗に甘えるような態度を取ることはままあったが、それは恋人だから、と快斗は思っていたのであるが。

「ほんと、新一って…」

いくつになっても新たな発見と面白さの尽きない相手に、さて、それじゃあ、もっと年上然として可愛がってあげたらどんな反応を示してくれるのだろう、なんてことを企みながら。

「たまんねーわ」

快斗はウキウキと新一が待つであろうキッチンに向かうのだった。






      【終】







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