*お暇な方向け! ■ココロエ■□快新□ 旅行に行かないか?と誘った時、黒羽は実に珍妙な顔をした。 てっきり同行の意を即座に示し、良からぬ妄想でもして顔を赤らめるか、神妙な顔でもして「婚前旅行なのか?」とか「ご両親にご挨拶か?」とか「罠か?」とかなにがしかの期待と警戒とを込めてからかいを口にすると思っていたから、目をパチパチさせて口元をへの字にして押し黙るのは些か想定外であった。 「…二人で?」 「まぁ、そうだな」 「目的、目的地、所要時間、交通手段を簡潔に頼む」 「調査、東都から東北に、大体2時間弱、新幹線から鈍行にバス」 「那須辺り?」 「近いな。温泉があるぜ」 「予約してんの?」 「部屋を用意して待っててくれるそうだ」 「ほーぅ、ご招待、ね」 時は春遠からじの冬の入り口。幸いにも明日から連休が控えた放課後デート(一緒に同じ帰り道を辿るだけだ)の帰宅後。 自他共が認める恋人となった(俺には一体いつの間にそうなったのかイマイチ記憶が…ない、ことにしている。いいんだ、それで)黒羽は、当然のように俺の家に直帰して、忙しなく資料を漁る俺を見ながら、リビングで寛いでいた。 ただ、のんびりと座っていたと思っていたのに、俺がソファに座ると直ぐに、コーヒーとお疲れさんの言葉が出てくる辺り、やはり侮れなくて、良いものを捕まえたもんだと思う。 「悪い、あと一つ。俺を誘う理由を、恥ずかしそうにもしくは照れながらゆっくり聞かせてくれ」 「アシが欲しい」 ゆっくりって言ったのに!と嘆くのは無視して、バサリとリビングのテーブルに地図を広げた。 「どーにも田舎なんだよな。駅からの最終バスが6時だし、タクシーも数少ないらしい。旅館の車も一台しかなくて、運転手してるのが爺さんとかでさ」 「そんな時のパンダ君じゃねーの?」 「歓迎されてればな」 黒羽はそりゃ珍しいなと眉を軽く上下させた。 パンダ君とは、当然白と黒のパンダ配色で頭に赤いサイレンを備えたアレである。 「つか、それなら此処から車で行けばイーじゃん?俺は構わないよー、新一とドライブ!レンタカー選びしよーぜ」 「足どりを辿りたいから、駄目だな」 「…あぁ、そーゆーワケね」 「事件の被疑者の家族からの依頼みてーなモンだ。犯行が出来たはずがないってな」 「警察としては被疑者一本で行きたくて協力無し?で、そっちの家族のご招待ってか」 頷いて黒羽を見れば、片手を顎辺りに当てて何やら思案中らしい。構わないといいながら快諾するでもない様子に、これは何かあったかと、俺はアシ依頼撤回を申し出た。 大体なんで黒羽を誘ったかと言えば、コイツが正真正銘の免許証を持っているからなのだ。偽造だのではないのは確認済みだ。俺の方が先に誕生日が来たというのに、高校の校則上と、自身の忙しさから未だ取れていない。運転自体はハワイで親父に習ったので、多分実技は一発で受かると思っているが。 「違うって、一緒に旅行を何で俺が拒否るかよ!しかも、調査に付き合えじゃなくて、旅行って言ってんだから、当然、俺との時間もあるわけだよな?」 「いや、アシになるっていう言質が取れればイイと思ってた。あとは調査に付き合ってくれればいい」 「新一くんの鬼素直!」 凄い単語を作りだすなぁ、と思う。IQの使いどころとしては大層微妙ではあるが。 俺としても、こうアカラサマに人を使うのは気が引けるのだ。それなりに。 しかし、毛利探偵事務所でお世話になっていた頃と違って、今は口先三寸で動いてくれるおっちゃんもいないし、かと言って隣の家に住む発明家に泊りがけの同行を頼もうとすると、間違いなく難色を示すだろう灰原がいるので、公的権力の使えない単独での遠出というのは、結構な難物だったりする。 その点、黒羽は楽だ。もちろん多少の代償は払う事になるかもしれない。だが、一旦そういうものだと関係性(と行為)を容認してしまえば、恥ずかしさは捨てきれなくとも、払いながらも得る部分の方がきっと多い。 「で?行くのか、行かないのか、どっちだよ」 「行く」 「ふぅん?何か、乗り気じゃなく見えんぞ」 「そういうワケじゃねーって、本当に。ただ、新一が可愛く『快斗と旅行いきたいナ』ってオネダリしてくれないかなって、思っただけだ」 「ああァ?いや、おねだり待ってたような気もしねーんだが。…新幹線駄目だったかオメー」 いんや、と黒羽は首を左右に振る。俺は首をかしげた。その途端、黒羽が…オネダリ?と顔を赤らめてポツリと呟いた。馬鹿じゃねーのかとテーブル下で奴の足を蹴った。 大仰にイテテと顔を顰めながら、黒羽は俺が広げた地図に目を移す。 「…ってことは、俺だけ新幹線降りて、車で追うってなるのか?ローカル線の駅からだと車借りれる所なさそうだし。新幹線停車駅なら、駅前レンタルがあるだろうから親の同意書だけ確保して…オイ、まさか、東都出る前から別行動とか言わないだろーな?!」 「俺はそれでも。なんなら先回りしてくれても」 「却下」 「だーから、言ってないだろ!」 「そっか。ウン。穿ち過ぎたな、悪い」 「じゃ、明日14時発な」 「遅くねぇ?」 「被疑者の時間通りだ」 「ああ、そうか。んーって、ことは・・・」 また何やら考え事を始めた黒羽は、その日は早々に自宅へ戻っていった。 どうせ出発が遅いなら、と泊まって行くと思っていたから、ちょっと驚いた。いや、勿論、俺とて明日に備えて調べておきたいことはあったし、うん、期待してたわけでも無い、多分。調査に入ったら、例え黒羽のことでも、いや寧ろ黒羽の事だから、構えなくなっても知らねーぞ!とは少し思ったりしたけれど。 □ □ □ 東都駅構内を、在来線から新幹線への乗換え口へと移動しながら、俺は黒羽の荷物を見遣る。 ゴロゴロ引っ張るトランクケースに、肩に下げたショルダーバッグはどちらもサイズとしては大である。更に加えて背中に背負ったDバッグときて、とても二泊三日の荷物どころではない。 反対に俺の荷物といえば、中身が半分も入ってないスポーツバッグに、財布と携帯を服のポケットに突っ込んだ程度の軽装備なのである。 米花駅で落ち合った時から気になってはいたが、電車に乗ってすぐに黒羽がネットから取り出してきたらしい、そこそこ車種のあるレンタカー選びの話をし出し、そこから延々と車の話をしていたので、いざ電車を降りる時まで、荷物の存在を忘れていた。―もしかしたら、話術に乗せられていたのかもしれない、とも思う。つくづく詐欺師まがいのマジシャンは侮れない。 だが、何が一番スゲーなと思うかと言えば、この大荷物を楽に運んでいるように見せているところだ。キャリーローラーを器用に動かし、人並みの中をスルスル歩く。身につけたバッグ類はそのまま黒羽の身のこなしに合わせて軽々と持ち運ばれる。何より、軽装の俺の歩調を鈍らせないどころか、コッチが人ごみに当てられないよう誘導して息も切らさず歩くのだから、とんだ体力馬鹿だ。それとも怪盗紳士かくあらん、といった所なのか。 「なぁ、なんでそんな荷物あるんだ?」 新幹線のホームに着いてから、よくやく俺は黒羽に聞いてみた。 「んー?」 「多いだろ」 「そうか?」 妙に白々しい受け答えに、ああ、やっぱり聞かれたくなかったのか、と思いながらも、気になった事を放っておける俺ではないので、更に問いを重ねた。 「…怪盗グッズとか持ち込んでるんじゃねーだろうな?」 「まさか!…いや、怪盗として持ってきてるワケじゃねーし」 「ってことはハンググライダーか?」 黒羽の服装は茶系の薄いパーカーを羽織って中は半袖のシャツ、それにジーンズというモノで、さすがにボタン一つで白い羽が出てくる様子はない。いや、侮れないので、もしかしたらという可能性はあるが、…どうなんだろう。いかんせん、この場で身体検査をするワケにはいかないのが残念だ。 「うーん。俺もさ、新一と旅行したいなぁって思ってたことがあったわけ」 「過去形か」 「いやいや、今もこれからも考えるけど。でも、それって基本車行動っていうか」 「レンタカー借りるだろ?」 「積むまでが問題だよな。折角の恋人とのデートに、他人の手を借りるのもスマートじゃねぇし。かといって、準備は万端にしておきたいもんだろ」 「何のだよ。言っとくが、トレジャーハンティングするようなモンは出てこねーぞ?」 「・・・・・」 黒羽は、まじまじと俺の顔を見つめた。よく似ていると言われる俺達だが、実際互い同士では相違点の方が目に付くもんだと思う。 黒羽の顔は、表情変化に富んでいるせいか、柔和そうで。しかし、一方で頑是得ない子供を潜ませた意志の強さが現れた眼が、強く他者の気を引き、そのまま目が離せないような気持ちにさせる。端的に言えば、ちょっとドキリとするいい男ではあるのだ。悔しい事に。 「…ッん、だよ?!」 じぃーと見つめられて、段々と騒がしくなってくる心臓を悟られまいと睨んでみる。 黒羽は、いやぁ?とそっぽを向いた。目元が赤いのはきっとお互い様なので、あえてツッコミはしない。 「地図見たときに、標高差が気になってさ」 「飛びたくなったか?」 「場合によっちゃ、必要がありそうかなーって」 「ねぇだろ?」 「いやいや、お前、江戸川コナンだった時の記憶ないのか?俺は、クソ生意気な小僧が工藤新一って知った時は、ナルホドなぁと思ったぞ」 「誰が生意気小僧だコラ」 「当時の感想だって。まぁ、つまり江戸川コナンと工藤新一を同一かつ同位体として見る場合に、同行者が持っておくべき心構えってモンがあるんじゃないかと考えてさ」 結局、黒羽の判じモノめいた解説は、ホームに派手にパァーン―・・・・と音を立てて滑り込んできた新幹線の空気の波に押し流された。 □ □ □ 「さ、こっから先は別行動だな…新一」 「ん?」 黒羽と分かれる新幹線停車駅―乗り換え間近になり、隣に座っていた黒羽が、真剣な顔で話し掛けてきた。隣り合った肘掛に乗せていた手をギュムと握られる。幸いにも俺達は号車の一番手前に座り、通路を挟んだ向こうには1席空けて窓際に老人が座っているだけで、直ぐ目の前の扉が開く気配もないので、まぁいいかと奴の好きにさせる。 「ナンパなんかされんなよ。変な奴の隣には絶対座るな。痴漢は捕まえて性的に再起不能にしても構わねぇが、バレないようにホドホドにな!」 「…あのな」 黒羽は握った手を開き、次に掌を上に向けさせて、そこに携帯電話を乗せた。 「ローカル線列車が急停車したら嫌だから、俺も基本は線路沿い通るけど、一部区間が、どうしても車道が山を上がっちまうから、何かあったらすぐ連絡しろよ?!いちお、衛星電話持ってきてるから、電波が繋がらないって事は無いはずだけど。あ、降りる駅変る時もな!」 「おいおい」 それから、黒羽は大きなショルダーバッグを座席上の荷台から下ろして、中から、ドサドサと本を取り出して俺に渡してきた。 「なんで、こんな『時刻表』?…と、」 「いちお、事件当時の改定前のと、今のヤツ。座席表まで載ってるのとなると大きいのしかなくてさー。あんまし荷物になると嫌かと思ったんだけど。あと、地図な。新一の持ってきたのってドライブ地図程度のじゃん。何かあった時使えなさそうだと思って」 「…何か、って」 「判ってる、わかってんだよ!ホントなら俺だって付きっ切りで一緒にいたいけどよ、どうしてもアシは要るんだろ?そっち優先させるとなると、少しの間新一を一人にするのは、どうしても避けられないワケじゃん」 「いや、あのな」 「あ、鉄道警察と県警の番号はメモリのパンダグループん所な」 「……盗聴器は?」 「携帯。あ、服にも発信機とか付けてイイ?」 とりあえず、俺は携帯電話を思いっきり踏みつけた。 座った状態なので大した力は掛からなかったが、靴の踵の硬さに助けられて、上手い事グシャリといったようだ。 「ああ!」 「あのなぁ、俺は事件の調査に行くだけだっつの!何だオメーのその、何か無いはずはないってな準備のよさは?!」 「無いはずないだろ!?」 だって、お前工藤新一だろーが! タンタラタンタンタンタン〜・・と軽妙に流れる車内アナウンスをBGMに黒羽は握りこぶしで主張した。俺は黙ってトランクケースとバッグ類とを目の前の扉からドカドカっと蹴り出す。ついでに、黒羽のケツも蹴ってやった。 あと数分もすれば、新幹線から降りねばならない。そして、そこからは別行動だ。 とりあえず通路に出て、恨みがましい目を正面から受け止める。 確かに俺は、行く先々で事件に出会う。何故か出会う。ある意味探偵として、しかたないとも思っている。しかし、既に事件を追っている状態で更に事件に巻き込まれるという事は、実はそんなに無いのだ。黒羽の懸念は判らないでもなかったが、さも当たり前のように言われると腹が立つということは往々にしてあることである。 「だぁってよ、まずローカル線の列車がヤバイ。そんで山頂の孤立しがちな村に向かう断崖絶壁脇を通る最終バス。…もうね、事件にあうのはいいんだ。いや、良くないけど、ぶっちゃけ新一が無事なら別にイイさ!探偵してる新一楽しそうだし!でも」 「…でも?」 「事件に遭うと出るだろ?!鉄道員とか警察とか、被害者の身内だの友達だの、目撃者とかが!」 「事件の種類によるが、出てこないと困るな」 「どいつもコイツも、旅先で開放的になってる新一に一目ぼれするに決まってる!」 阿呆だ。 いや、馬鹿だ。 そうだ。そうに違いない。 「…開放的?」 「いつもの制服と違うし。第二ボタンまで開いてるし…。あ、こっからは締めるからな」 言うが早いが、器用な指先がクイクイと二つボタンを嵌める。どおりでココまで俺を窓際や人の居ないほうに座らせたり歩かせたりしていたはずだ。 ガタン、・・ガタン・・ 断続的な振動音が少しずつ間遠になり、号車の中からも人が流れてくるようだった。 俺はふぅと一息吐いて、黒羽を見た。 俺の首元に指と顔とを寄せていた黒羽は、視線の意味を汲み取り距離をとる。 傍から見て仲の良い友人同士のソレだ。 それから、小さな声がした。 「オーケー?だったら賭けようぜ、新一くん」 「ああ。俺は、予定通りに今夜の俺の貞操だ」 自身の事件遭遇率くらい知っている俺は、大きく出た。 黒羽が、思いっきり目を見開く。囁き声ながら、大きな驚きが口から出てくる。 「マジで?!」 「その代わり予定通りいかずに事件に遭遇した場合、事件解決祝いにオメーの貞操は貰うからな?」 「まっじで!?」 てゆーか、事件解決までって、名探偵すぎる!カッコイイ!!と続ける黒羽を、ニヤニヤして見てやれば、あっれー?と口元を引きつらせ出す。 新幹線出入り口の窓の向こうの景色が、段々とゆっくり流れるようになってきた。 俺の視線を追って、黒羽も窓向こうを覗く。 「半分は冗談だ。向こうに着いたらさっさと調査してぇし。それに、…ちゃんと無事に落ち合いたいしな」 「どっちの半分か気になるけど!…ん、新一が、そういう心意気で居てくれれば心強いよ、ホント」 「心配性」 「新一のことだけだ」 妙に強くハッキリと言うものだから、俺は一瞬言葉をなくした。 プシューっと大きく空気の抜けるような音と共に目の前の扉が開く。黒羽がやはり軽々と自分のと俺の分まで荷物を持って、ホームへ降りた。 「新一も、俺のこと考えてさ、すこし手加減してもらってよ」 「…誰にだよ」 「うーん…事件のカミサマ?みたいな」 なんだそりゃ、と少し笑って、俺は黒羽と改札で分かれた。 予定通りなら、乗り換えたローカル線の最終駅から出たバス乗り口でいったん再会だ。 俺は首元はきっちり締められたのに、黒羽との会話を思い出して、ひとり開放的な、何だか浮き足立った気分で鄙びたローカル列車に乗った。 だが、やはり。 というべきか何なのか。 黒羽の予想と準備が全て無駄にならない展開が待っていて。 それはもう、漫画のようだと事件の渦中にありながら、関心せずには居られなかった。 なんだかんだで行く手が阻まれ、さてどうしたものかと手を腰に当ててみて、ジーンズのポケットに潰したハズの携帯電話が入っている事に気付いた時、俺は、事件のカミサマの手加減を知ったような、そんな事を思った。 それから、暗い夜空の中白いグライダーで山を降りて迎えに来た男を見て、手加減というより溺愛されているのだろうとシミジミと考えたのだった。 |