■オシゴト■ □快新□



工藤新一は探偵である。
それはもう、本人がそうなりたくて、そうなるために、日々粉骨砕身満身創痍も辞さない覚悟にて、そうなるように生きてきたのだから、自他ともが認めざるを得ないほどにトコトン探偵であった。

では探偵とはなんぞや。
かの有名なWEBなんでも辞書ウィ●は以下のよう記述にする。

―探偵はこれから起こりうる問題を予防することを仕事とし、主に民事上の不法行為を暴くことを生業とする場合が多い―

しかし、工藤新一の求める探偵とは、彼が掲げる理想像で顕すならばそれはシャーロック・ホームズを筆頭とした、隠された罪や難解な犯罪トリックを見抜き謎を解いて、9割がた刑事上の犯罪行為を暴くことを仕事とするソレを指す。
いうなれば、紙の上の、もしくはテレビドラマや漫画の中に存在する探偵というものだった。起こるであろう犯罪を未然に防ぐことが大事なのは重々承知の上で、しかし、新一が心躍らせて向かう現場には、当然のように密室があったり暗号があったりしたのだ。

実際、探偵とは現場で解けない謎を、金銭を孕んだ依頼にしてもらって、始めて成り立つ商売ではないのか。警察に呼び出されたからと言って、ホイホイ出向いてサクサク事件を片付けてしまえば、民間からの依頼は発生しまい。そして、警察が探偵に進んで依頼料なぞ払うわけがない。

これじゃ、駄目なんじゃね?と黒羽快斗は思った。
高校三年生の始め、進路調査票なるものを見て、ふとそんなことを考えたのだ。

いや、当然、新一が金銭目的で事件を解くなど違和感がありまくる。大体彼自身が事件吸引機であり時に発生器であるのだ。
しかし生業とするならば、金を稼ぐことだって重要なはずである。―たとえ、彼の両親が彼一人くらい死ぬまで養っていける財を築いていたとしても、もしくは探偵業以外に収入源をもっていたとしても。男としてソレで生きてくなら日々の糧もソコから得るべきだろう、と黒羽は男らしく考えたのだ。


「探偵業法って、新一的にどーなの?」
「単なる届出?」
「・・・まぁ、何か優遇されてるワケでもねぇしなー」
「アメリカあたりなら、州によっちゃ銃持てるんだけどな」
「・・・あっれ?どっかの探偵さんさー高校生なのにさー、何か銃とかぶっ放してなかった?」
「気のせいだ、黒羽」

ズズっとコーヒーを啜る音がリビングに響いた。

「珍しく六法なんか見てるから、てっきり自首した後のことでも考えてるのかと思ったぜ」
「いやいやいや、刑期のチェックしてたわけでも無ければ、最大判で載りたいなんてそんな大それた事考えてないから!」

快斗は慌ててバタムと分厚い六法全書を閉じた。それからコーティングが今だ綺麗な箱へとしまう。毎年買い換えているらしい全書は綺麗なものである。

「新一さぁ、なにして生きてくの」
「はぁ?」
「あー、進路調査みたいな?」
「ほほう」

最新版の六法や現代用語辞典や判例集は、リビングの書棚に存在を許されているので、快斗はソファから立って戻しに行く。ついでに、コーヒーを淹れよう、と思った。

「お前は・・・」
「マジシャン!ってね〜」
「だな。・・・ん〜俺なぁ」

顎に親指を当てて思案するポーズ。
う〜むと唸る姿を一瞥してから、快斗はキッチンに向かう。
先に新一がセットしていたコーヒーが残っていたので、快斗は手早くコーヒー二つ(ひとつはノンシュガーのノンミルク。もう一つはたっぶり砂糖にたんまりミルク)を淹れた。
真っ黒な方を新一の前に置く。

「新一の探偵って、稼ぎにならなさそうだよな、って思ってさ」
「あーまぁ、うん」
「だからって、不動産とか株の不労収入で趣味探偵みないなのも、どうよ?」
「夢の生活だな」
「探偵して、事件無い時は本読んで、って?」

今と大して変らない生活である。
新一には似合っているような気もした。
が、果たしてそれが一生続くというのはどうなのか。

「探偵ってさ、特に新一のはさ、ヒトの為にしてることじゃん」

新一の、ヒトの犯した罪に付き合ってやっている心根は、快斗にとってもはや畏怖すら抱く優しさだ。
貴重で、とても大切すぎる。
しかし。
いつでも誰かの悪意や害意を読み取って暮らすというのでは、彼の心を疲弊させていくばかりで、いつか彼自身が脆く崩れるのではないかと不安でならない。いっそ、何か金でも名誉でもいい、見返りや報酬に解りやすいものを求めて、その境遇を甘受してくれているほうがマシだ。
何もいらないから、謎を解かせろだの犯人を当てさせろだの、しまいには死なせない、必ず助けるだの言われては・・・一体どんな天使だ。むしろ謎や事件をよこせと強請る魑魅魍魎の類に近いんじゃなかろうか。いや違う、彼がそうなのではなくて、彼に救いを求める憐れな誰か、が。 ―ゾッと、した。
彼に助けを求める人間達が、彼から命すら削り取っていくように、快斗には思えてならない。苛立つ。勝手に毟り取るな、持って行くな、返せ、と喚きたくなる。

「でも、駄目だよ。犯人挙げる警察だって給料もらってるし、命助けに行くレスキュー隊員だって、危険手当つくし、世のボランティアスタッフだって、タダで動いてるわけじゃないんだぜ?」
「だな。解ってるさ」
「・・・で?」

この自称恋人が、新一が事件にかまけるのをよく思っていないことは知っていた。探偵をしている姿は好きだというし、止められるものでもないと解っているのに、時折呼び出しを受けて家から出ようとする新一を、酷い顔で見送る時がある。
本人も判っているらしいが、どうしようもないジレンマなのだという。
新一は初めこそ、好きだの愛してるだの言いまくる自称恋人が、自分が傍から離れることが嫌でたまらないのかと、そう思っていた。

が、どうも、そういったヤキモチというようなモノでは無いようだ。
勿論時折『事件になりたい』だの『新一に隅々まで調べられたい、いや調べたい』だの言うこともある。
でも、違う。

なにか、恐れに近いものを抱いている、と新一は直感している。

それなりに、快斗のことは大切で、出来ればもう少し先も共に居たいと思う新一は、「夢の生活」に、快斗の置き場は無いかと考えてみた。

―今と自分は変らなくても、きっと快斗は変っていく
さて、どうすれば?

「ん〜・・マジシャンの専業主夫、とか」


「は」


口元で傾けようとしたカップが目測とタイミングを誤った結果、だらーっと快斗の胸元に零れた。

「ぅッあち!」
「あ、馬鹿!ちょっと、待ってろ」

バタバタと慌てて新一がタオルを取りに走る。快斗はカフェオレ色に染まったシャツを素肌から離した。冷蔵庫から取り出したミルクをカップの半分以上注いでいたので、一瞬後には熱さは消えていたのは幸いだった。

「なに、今の」

ジャーとシンクでタオルを濡らしてる音。

「え・・・まさかまさかまさか!ぷ・・・プロポーズ?!」



新一が、濡れタオルを手に戻ってきたとき、快斗の顔は見たことが無いくらいに真っ赤になっていたという。









男として新一さんを養ってくのはやぶさかでないむしろ望ましい、とか思ってる黒羽さんだが、もちろん空回り。

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