□少年×少年□ 黒羽快斗に関する考察。 彼のクラスメイトや、担任・教科担当教師が曰く、『屈託ない優等生』。 いつも笑顔を浮かべて、女子にはフェミニストかくやという態度で接し、評判はとても良い。当然、女子にモテる状態なれば、野郎どものヤッカミの一つや二つや百くらい受けそうなものなのに、テストのヤマ情報を惜しみなく与え、入手困難なレアでアレなコレクションをチラつかせて恩恵を分け合う事で、それなりに仲間として迎え入れられているようだ。 授業態度は時々居眠りをする事もあるらしいが、問題を当てられても即座に答えを返し、時折教師側のミスを、やんわりと遠回しに指摘して、逆に教師の恥をフォローまでするという。 ―確かに、優等生だ 大学受験を控えた学年に、とりたてて転校が必要な距離でもない場所からやって来た黒羽は、帝丹高校の大学進学率アップの為に非常に有益な人間であると目されており、人懐こい雰囲気が効果的に働いて、教師陣のウケは大層良いようだった。 ―人望厚く、人柄も良く なるほど、彼はそういう人間なのか。 「どこが」 俺は、はぁと一つ息を吐いて、呟いた。 工藤新一のみによる、黒羽快斗の考察を述べるならば、『屈折ないし鬱屈しまっくっている、頭脳だけは優秀なワケのわからない』奴なのである。尤も。一番、ワケがわからないのは、そんな黒羽快斗が気に入っているらしい自分自身のことだったが。 「なにが?」 「・・なんでもねぇーよ」 「そっか。ん、でもタメ息はやめといた方がいいぜ?幸せが逃げるってな」 「そんぐれーで逃げてく幸せなら、あっても気付かないんじゃないのか」 「・・・工藤ってさ、すごい事言うよね」 トントンとシャーペンの先でルーズリーフに規則正しく引かれた罫線を叩く。 答えは見えそうなのに、解法が正しく当てはまらない。 「どこがだよ」 「当たり前に在る幸せが、在っても無くても同じって、聞こえた」 「んー?無くなったら困るかもしれねーけど。でも始めから在るもんだと気付いてなかったら、失くしても大してかわらないんじゃねーの?」 トン、と一度ペン先を降ろした後、手を止めて。 俺は不意に気配を硬質化させた黒羽を見た。 俯いている。こんな時、黒羽の収まりの悪い髪の毛は奴の表情を覆う格好の幕だ。 「変るよ」 「・・・」 「世界がひっくり返るくらい」 「経験談か?黒羽」 「さぁね」 顔を上げた黒羽は穏やかそうに笑っていた。 教室の窓越しや、廊下で見かける笑顔とは全く別種の顔だと思う。 思い返せば、図書室で初めて会ったときもそうだった。 問いを提示しながら、そのクセ答えが返ってくることを期待していないような、茫洋とした表情で俺を見下ろしていた。勝手に俺の口が彼の問題の答え(確かあれはフィボナッチ数列の続き)を紡ぎ出して、そうして漸く黒羽は生気を取り戻したような顔で、次の問いを示したのだ。それから勝手に人のノートに人形文字を書き上げて(さぁ、どうだ)と言わんばかりの眼で俺の顔を覗き込んだ時に、やっと人間ぽい笑顔らしいものが見えた。 ―黒羽快斗と、俺はどこかで会っているのだろうか。 最近、そんなことが気になって仕方ない。 □ □ □ 『お前、何者や?!』 椅子ごと軽がると蹴り倒された関西人は大層腹を立てて、場所も弁えずにガナリ立てるものだから、対応するのに非常に骨が折れた。挙句、転がした人間に罪悪感の欠片もなく、それどころか、丁々発止よろしく服部の視線を睨めつけて挑発を口にするのだから、泥沼になりかけた。 『何者も何も、ココは俺の場所だよ、部外者くん』 『なんやて?!』 『服部、ここは図書室だ。しかも他校のな。静かにしとけ!』 『あんな、そうゆーても『黙れっての―それとも、黙らせられたいか?』 胸ポケットから、服部もお世話になったこともある特殊腕時計をチラつかせて、やっと奴が押し黙る。口を閉ざす代わりとばかりに、服部は眼力全開で黒羽を睨み付けた。 が。 黒羽は服部など既に見てはいなかった。 『新一。コレさ、今日の分作ってきた。やろうよ』 ペンをクルリと指先で回して、俺だけを見て、俺を呼んだのだ。 (「新一」って何だ。いや俺の名前だが。初耳だぞ、この野郎) その後、なんと宥めて、もしくは押し切って服部を退場させたのか正直よく覚えていない。とりあえず、ヒソヒソと周囲から怪訝で胡乱で迷惑そうな視線やなんやを向けられて、ドッと疲れた事だけは覚えている。 お陰で、暫く図書室に行くのが嫌になった程だ。 実際、次の日の朝に黒羽に会った時、暫く図書室へは行かない―と告げようとした。 すると黒羽はその瞬間全ての表情を消した。無ではなく虚に近い貌。何故かギクリとした。 『もう、一緒にはいられない?』 『別に、そういうんじゃなくて、ただ昨日のアレで居づらいっつーか』 『俺は、・・俺が、工藤の隣に座ったら駄目なのか』 『そうじゃない』 コレは誰だ。 ―黒羽だ。 多分、俺がよく知っている黒羽快斗だ。 万人に好かれる笑顔と優等生の札を貼り付けて、人望やら羨望やらを背負う得体の知れない誰かではなく、気が向いた時だけ口を開き思いのままの言葉を流し、薄く笑い、内実は屈折してて外界に何も期待をしていなくて、その癖近い距離に佇んでコチラを窺って、眼の奥で鬱々と何かを燻らせている、そんな奴だ。 『オメーは好きにしてて構わねぇよ。あー・・大体、俺が先に誘ったんだもんな。わりィ。今の、忘れてくれ。今日も図書室、な』 『・・・良かった』 やっと緩く笑う。 何故か酷く安心した。 □ □ □ 「工藤ってさ、探偵してるんだよね。スゲー名探偵だって聞いたんだけど」 「んー?ああ。3年になってからは滅多にお呼びが掛からなくなって、開店休業だけどな」 「名探偵でも受験生ってか。まぁ、だったらさ、コイツの真実を見抜いて見せろよ」 「・・・だーかーらー、俺としては、もっとこう文学的な暗号の方が好みなわけなんだが」 「数字は限りなく理性的な文学だと思うぜ?」 「オメーも好きだな」 「ああ、好きだな。・・・・何か、わざわざ転校してきたワケが、自分でもやっと解ってきた感じ」 「は」 「いや、数字羅列に潜む構造を見抜く眼が、真実を見抜ける眼に勝てるかどうか、ってのが俺的にスゲー興味があるワケだ」 「何だそりゃ。次元が違う話にならないか?それこそ、数学と文学くらい」 「違いやしねぇよ」 黒羽はごく近い距離で、いつも俺の顔を―眼を覗き込む。 「俺とお前の話だ、名探偵」 どこかで見た眼だった。 おそらく、謎を解く手がかりはとっくに俺の手に渡されているのだろう。 髪の毛の下に目元を隠し、時折ニィと歪む口元とか。 俺によく似た地顔だとか。 出会いの初めから、俺を選んで寄って来た事とか。 手品が好きでマジシャン志望だとか。 ―黒羽快斗と、俺が、出会ったのは 俺は、暗号を解くのは、決して嫌いじゃないのだ。 黒羽快斗という人物が、どうしてか嫌いではないように。 * * * まだ春を迎える前。 俺がとある解毒剤の副作用と闘病していた頃の話。 世間では、数万年ぶりに巨大彗星が地球に最大接近して通り過ぎると、天体ブームが起きていた。 (少年探偵団や博士が天体観測に行った話を聞いた) 丁度時同じくして、かの白い怪盗が警視庁に引退宣言なるものを書置きして、パタリと姿を消してしまっていたらしい。 (工藤新一として、久方ぶりに顔を出した一課の近くで小耳に挟んだ) どちらも、黒羽と出会う、半年くらい前の出来事。 * * * |