*何コレ話*
■S・C・T■
□快(⇒新)VS哀□


「・・・こんにちは?」

学校帰り自宅までもう少しの所で、隣人宅の郵便受け前に佇む学ラン姿の男子高校生を目撃した。無視してしまえば良かったのだけれど、彼が手にしていた白い封筒に暫く目を奪われ、それが相手の気を引いてしまったようで目が合ってしまい、仕方なく挨拶を口にした。

「お隣なら、まだ帰っていないと思うわ」
「あー、お隣のお嬢さんだっけ?お帰り〜」
「貴方、時々工藤くんと帰ってくるわよね?貴方の学校は、いつもこんなに下校時間が早いの?」
「今日はたまたま。明日からテスト期間になるから、半ドンだったんだよね」
「そう・・・お手紙、渡しにきたの?」

私の視線がどこにあったかは察しているだろう相手に、さりげなく問いかける。

「ん〜、そのつもり」

では、彼は手のモノを置いて去るのだろうか。
どうしてか、去らないような気がした。
そう思ったら、そのまま立ち去ることが躊躇われた。受け取るまでシツコクしてくるらしい相手を、はたしてこのまま見逃していいのかどうか。

「手紙を入れる場所は貴方の目の前の其処でいいのよ。彼は郵便を毎日帰宅の際に必ずチェックしているし。・・・それとも渡すまで、ここで待つの?」
「・・・そうだね。そうしようかと思ってたとこ」
「手紙というものの利点は、相手が不在でも伝えたいことを残して置けることじゃないかしら。それなのに、受け取らせるまで待ち伏せ?話には聞いていたけど、まるでストーキングしているみたいね」

突然、通りすがりの小学生女児に明確な警戒―むしろ敵意に近い眼を向けられた高校生は、言葉を失って眼を丸くした。それはそうだろう。私も意外だ。端からこんな攻撃的な言葉が出てしまうとは。しかし構わない、という思いがあった。私の隣人は、彼が意図しようともしなくとも、妙な人間やら事件を引き付けるフェロモンを持っていると推測され、大概そういったものにまんまと引っかかり巻き込まれて痛い目を見るのが常だったからだ。そして、そんなある意味馬鹿者ではあるけれども、在る点において愛すべき―感謝すべき存在である彼が、それなりに、私なりに大事ではあるのだ。
睨むようにして相手の反応を伺う。一見すれば、単なる隣人の他校に在籍する学友だと思える普通の高校生。
しかし、先日隣人の彼が言ったところによれば、『ストーカー候補であり、諦める気配の無い』隣人に恋する告白者だった。

別に他人の恋愛事情に興味もなければ口を挟む気だって無い。
古来より、そんな人間は馬に蹴られると相場が決まっている。
ただ、一方通行でしかない恋愛を放置した結果、振り切れぬ妄執をこじらせ想い返してくれない相手こそが悪であると的外れの復讐に摩り替えて、想っていたはずの相手に害を為そうとする危険人物というのは存在する。もしそうであれば話は別だった。隣人がこの相手に微妙な気持ちを抱いていることは知っていたが、即ち両想いであると単純に考えようにも彼は得体が知れなさ過ぎた。

「最近は物騒だから、小学生もいろんな言葉知ってんだな〜。さて、ストーカーとは何を指すかな、お嬢さん?」
「忍び寄る者、影のように付き纏うもの、かしらね」
「英語教育も進んでンだな。で、俺ってそんな怪しい?」
「さぁ、私が知っているのは、お隣の彼が困っていたことぐらいね」
「何を?」
「告白を断っているのに、諦めない人物に」

瞬間、目を細めつつニパッと笑う姿は、ひどくうそ臭かった。
あーあー、ナルホド、知ってて警戒されてんのね、と笑いながら、彼はそれまで鞄を片手に提げながら、己の後頭部へ回していた両腕を、素早く顔の脇に上げる。
鞄はいつの間にか彼の足元で挟まれ、白い封筒は右手の親指と人差し指の指の中腹あたりで挟んでいた。
・・・ホールド・アップのつもりなのかしら。

「でもさ、断られたからって、好きなの辞められないじゃん?」
「ええ、それは貴方の勝手だわ。でも、相手が困っていたら、少なくとも会う事や伝えることは自重したほうがいいんじゃないかしら」
「一理あるよね。ウンウン。でもさ、そんなことしたって、好きになってもらえないから、俺的に駄目かなぁ」
「・・すごく諦めが悪いのね?」
「諦めてどうするの。俺は好きなのに」

両腕は上げられたまま、手のひらをコチラに向けてニコニコと笑う。
これは駄目だ。と私は思った。
おそらく残念ながら、これは。

「相手の負担より、自分の欲望を優先するなら、立派にストーカーだわ」
「負担・・・?」

ザワリと彼の纏う気配が―空間が揺れたような錯覚。
肌の上を、冷たい何かが這うような感覚に襲われた。

「それは君の見解だよね」
「ええ。でも、困ってただの隣に住む小学生に悩み相談をしてくるぐらいだから、放っておくのは良くないと思ったのよ」
「君のお隣んちの彼は、迷惑だとか本気で嫌だと思ったら、きっと君に相談なんかしやしないさ。証拠捏造でも引越しでもなんでもして、もしくはさせて、俺が近くにいけないようにするはず、だな」

―よく、知っている

「困っている。悩んでいる。それは彼の心が、例え俺の期待するベクトルではなくても、俺に対して気持ちを向けているってことだろう」

―候補じゃなくて、立派にストーカーじゃないの!

「不慣れな感情、曖昧な思いが、俺の告白によって生じているのならば、それは、絶対に俺のモノだ」
「やめなさい。俺のモノ?気持ち悪いわ。彼の不慣れな感情ですって?そんなものは、あくまで彼の気持ちの一部分に過ぎないし、もちろん貴方のモノなんかじゃ絶対、ない。それに、彼が貴方に応えるとは限らない」
「別にいいよ。むしろ十分じゃないか」
何も思われていないよりは。

私は、目の前の高校生然とした男を見た。彼も私を見ている。
眼を眇め、口元を緩く歪め、さて、どう出てくるのか待ち構えている顔だった。ゆらりゆらり、と変化する気配は、―ワザとだ。
疑念は確信へと変化し、そして、相手がソレを隠すつもりも無いのだと思い至った。
小学生女児に向ける気配や言葉ではない。

「貴方は、何を知っているの」
「君の聡明さと、彼との関係性について、少しばかりってトコかな?」
「そう、私は、工藤君から貴方の話を聞いたとき、以前どこかで会ったハートフルな人を思い出したの。それは勝手なイメージに過ぎなかったわ。彼は、あくまでも彼の目的に対し貪欲で、けれど窃盗行為に手を染めても、他者への優しさを忘れる愚か者ではないと思っていたから。・・・・だから、意外だったわ」
「意外?」
「とんだ仮面の持ち主だったのね」
「失望させてしまったのかな?お嬢さん」
「いいえ、何か期待していたわけでもないから、どうでもいいわ。ただ、工藤君へ良くない事を起こすつもりなら、相応の覚悟をしてもらうだけよ」
「とんでもない!」

もはや誰が何者であるかという問いかけすら無意味に思えた。私は彼ならば、探偵に纏わる事象について何かしらを把握し、その中に私自身のデータが存在していたとしても不思議だとは思わなかった。彼もまた、―おそらく、私が彼の手に在った白い封筒を凝視していた時から、彼に対し私が思うところを鋭く察知していたのではないかと考えられた。なにしろ、相手は、確定的ストーカーだ。しかも白い姿も持つのだとしたら、盗聴器の一つや二つ、いっそカメラによる盗撮も当然ありそうなものだった。

「あのさ、俺、工藤が好きなだけだから」
「・・・そう」

嘘ではないのだろう。信書の秘密などそっちのけで、隣人が見せてきた彼の手紙にはどれも『好きです』と言葉が乗せられていた。
では。

「貴方は、その大好きな工藤くんに、何を望んでいるの?」



  □  □  □ 
 (会話劇空中戦)



「大したことじゃないさ」
「出会ってからそんなに時間が経ってるわけじゃないわよね?私が貴方を見るようになったのは最近だったし、それであんな量の手紙を押し付けておいて?」
「大した量じゃない。俺の想いに比べれば、だけどね。それに出逢ったのは、もっとずっと前だ」
「・・・・」

―ナルホド、これが俗に言う『キモイ』という事なのかしら

「そんな眼、されるとドキドキしちゃうかも。冷や水を浴びせられた感ってぇの?」
「心不全でも起こせばいいわ」
「わぁ・・・消えろってこと?!」
「その方が工藤君くんにとっては良さそうね」
「そうかな?」
「その手紙も持ち帰ったら」
「何故」
「大した事じゃないなら、別に工藤君が相手じゃなくてもいいんじゃないの」
「それは無理。俺が、工藤じゃなければ意味がないと思っているからね」
「なぜ?・・・そうね、確かに貴方の手紙は暗号大好きな彼の気は引けたようだったわ。暗号の部分だけだけど」
「うん。工藤が少しでも興味持ってくれないかなって、色々試したけど、暗号が一番反応良かったんだよねぇ」

ホールド・アップしていた手を下ろし、片手だけ顔の前に持ってきた黒羽は人差し指を鼻先から眉間へと立てて更に言葉を紡ぐ。

「俺はね、暗号には二つの種類がある、と考えている」
「受け取り手が決定されているものと」
 ―機密を限られた者へ、もしくは己自身のために
「受け取り手を捜すもの」
 ―未だ見えぬ誰か、宇宙へ発した人類からのメッセージのような

「貴方は、」
「俺のは、工藤に向かって、工藤が受け取ることだけしか考えてない。工藤は全部、読み解いてくれたよ」
「・・・そうね、彼は推理馬鹿だもの。それに、手を変え品を変え、言葉を変えたって、貴方の云いたい事なんて、たった一つだったんじゃないの?」
「へへへ」
「そこで、照れないでもらえるかしら?!」
「まーまー、怒らないで。可愛い顔に皺が寄るのは良くないぜ?でさ、俺、・・・ああ、死滅言語で手紙を書いた時、思ったんだ」
「・・・・」
「既にたった一人、その人自身しか遣うことの無い、伝える相手を持たない言葉を持っていた最後の話者は、不幸だったのかな、って」
「最後の話者?」
「唯一の話者、でもいい。彼の世界を構成していた言葉を理解できる者が消えたとき、彼は不幸ではなかったのかな?って」
「貴方が何を言いたいのか解らないわね。・・・でも、彼の、彼らの持っていた言葉の世界が彼の中に閉じられてしまったとしても、代わりに、彼を取り巻く世界が変わっているのなら決して不幸ではなかったと思うわ。新しい世界を作る言葉を自分の世界の言葉を照らしあわせる事によって、彼の世界は広がったのではないのかしら?」
「古典を解読するように、英語の辞書を引くようにして、そうして初めて会話が成り立つのに?それは広がりか?」
「解読する側もされる側も、どちらにとっても、知らない世界を知る事になる。それは視野が開かれるのと同じではなくて?」
「それでも、彼が一番に親しんだ世界の言葉は、理解者を失って、彼の世界に独りきりだ」
「・・・・違う、と、思うわ」
「違うかな?代替の言葉で構築しなおした世界は、もはや彼の世界の姿じゃない。等しく同じ言葉を返せる者が、彼と同じ世界を共有できる」
「違うの、そうじゃない。まず、世界はなにも、万人にとって何も変わらずそこにあるのよ」
「・・・・ふぅん?」
「同じ言葉を使っていたって、その人の見たものと同じものを見ることは出来ない、同じ立ち位置に立てたとしても。同じ画面を見ていて感想が違うのと同じ、簡単に言えば、口に入れて味わう事と同じよ。甘いものを甘いと共感は出来ても全く同じに共有することは出来ない。触れる感触だって、そう」
「・・・受け取る個人の違いしかないって?」
「そうよ。そして、個とは、個。唯一、ソレ一つで、決して同じものなどない」
「では、結局は彼は―誰も、孤独だということかな」
「いいえ。変わらぬ世界について理解しあえればいいの。同じ言葉を持つ理解者は失われても、違う言葉で理解しようとする者がいるなら、彼は孤独には、不幸にはならないはずだわ」

―もしかして

「貴方は、・・・工藤君との間に、二人だけの言語体系が欲しかった、とでも言いたいのかしら?」
「つくづく、聡明なお嬢さんだよね。まぁ、うん、そこまで大それたことじゃなくてもいいかな?だって、さっきの君の弁ならば、俺と彼はもう同じ場所(世界)にいる。努力を怠らなければ、言葉は繋がり、―想いは繋がるべくある」
「いいえ、世界が、言葉が、たとえ寸分違わず正確に伝わったって真に心を重ねることなど不可能よ。共感は出来ても、同じ全てを共有するなんて、」
「完全じゃなくていい、ほんの少しでいいんだ。俺が、望むのは」

―彼の望みは

「・・・彼が優しいことに付け込んでいる自覚はあるのね」
「ああ。同情でも構わない。最初はね」
「奇術師じゃなくて、まさにKIDね。子供だわ、どうしようもなく」
「・・・かもね。大体、そうでなくて、何故彼にわざわざ俺の中の『俺』をにおわせる?俺の言葉を見つけて、通じられるものは、自分だけだと彼が思ってくれればそれでいいんだ。彼は夜のモノに孤独を感じて、すがられれば振りほどくことも出来ない、―愚者だ」
「・・・ひどいいいざまじゃない」
「いいんだ、俺はそれが嬉しい。彼が俺と同じく愚かであってくれることを望んでいる」
「あまり工藤くんを馬鹿にするんじゃないの。私が今気づいたことくらい、彼が気づいていないと思うの?」
「・・・君は知っているとでも」
「どうでもいい、って言ったでしょう?私は貴方よりも工藤君の側の人間なの」
「そうなんだよねー。だから、あんまり嫌われたくないし・・・・嫌いたくもないんだけど」
「私が貴方をどう思おうが自由なように、貴方もご自由に、どうぞ?でも、ひとつだけ言っておくわよ」
「―どうぞ?」

「あなたの言葉を、正しく工藤くんが受け取っているなんてことは、あなたの妄想でしかない」

ああ、私は意地が悪い。
でも、なんだかムシャクシャしていたし、ハッキリと言ってあげたほうが、彼自身の為にも思えた。

「教えてあげるわ。だってね?彼は言ったわよ」

私は指先を、彼の手の中にある白い封筒に移した。

「貴方の手紙を指して、『いやがらせ』って」


― 嘘は言っていないもの


  ■  ■  ■


無音が落ちた。

彼も彼女も暫し何も言うでもなく、その場に立ち尽くす。

―その途端、一気に二人の周囲に溢れる音。
 ガラッと窓を開ける音。
 パンパンと布団を叩く音。
 車の通り過ぎる音。
 どこかでくしゃみ。
 赤ん坊の泣き声は、最近里帰り出産をしたという三軒となりの佐藤さんのお家か。

しかし、二人ともが、聞くべき音を一つに絞り、それ以外をシャットダウンしていた。

「・・・・」
「・・・・」

彼女は彼から何も言葉が出てこないと見て、トドメとばかりに言い放つ。


「本当に、可哀想ね」






「・・・・・帰る」


クルリとその場から退いた学生の後姿を見た時、彼女は我知らず両手をグッと握り締めていた。
ストーカーなんてものは、独りよがりで、寂しがりの甘えん坊、なのだ。結局は。
彼女は思う。
可哀想だと思ったのは本心。
彼の呆れるほどの貪欲さ、いや強欲さが無ければ、少しぐらい協力出来たかもしれなかったのに、と。







その日、帰宅した工藤新一を出迎えたのは、隣に住む灰原哀だった。
彼女は工藤が帰宅してくるのを見計らって、わざわざ隣家から工藤家門前へと姿を現した。

「お帰り、工藤君」
「よー、灰原、ただいま」
「貴方に、言っておくことがあって」
「?ぁんだよ」

キリリとした顔に工藤は気圧される。
黒の組織との―江戸川コナンから工藤新一へと戻す解毒剤の一件からの付き合いは、二人の間に深い信頼と限りなく友情としての想い合いを成してした。ATPX精製者の責任を取る為にと、自らは小学生の姿で安定していることから工藤と同じ解毒剤を服用せず、未知なる毒と薬に対応するため、「灰原哀」でいることを選んだ彼女は、工藤の主治医であり、時に実の保護者よりも保護者として厳しく生活に口を出す工藤にとって言わば姉のような逆らえない力関係にいる人間だった。

「工藤君は、明日にでも、私に美味しいシュークリームでも貢ぐべきなのよ」
「・・・は?」

残念ながら工藤には、女心は勿論、姉心も、ついでに勝者の心も、簡単に理解しうるものではなかった。













意味わからん!でもまぁそれで!
とりあえず、灰原さんがストーカーを撃退する話を書きたかった。それだけである。
タイトル=sin・cos・tan。






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