□暗号×少年□ (『●学ガール』パロ) 「黒羽、くれ」 「はいよ」 最近、図書室でよく交わすようになった会話だ。 斜め横に座るのは、不可思議な奴である。 俺にとってはありがたい限りだったが。 「まぁた、数列かよ?!色気が足りなくねーか、黒羽さんよ」 「数が続く限り、無限にあるんだ。ロマンだろ」 「・・・まぁ、数学の時間にでも解くかな」 「睡眠学習返上か」 「よく知ってやがるな」 「イエイエ、工藤さんが有名なだけだよ」 じっと覗き込む眼は青いような微かに紫混じりにも見える。―最初に見たときの印象を引きずっているのかもしれない。近くで見ると、余計にどんな眼をしているのか判別がしにくくなる。・・・、というか。 「顔、近ぇぞ、黒羽」 「そう?」 密やかに笑う声は、すぐ耳元で聞こえた。 工藤新一という高校生探偵(つまり俺)が在籍するここ帝丹高校に、3年の春になって近隣の高校から転校してきた男がいた。けっこうなイケメンで、女の子には優しく話しかけ、野郎とも調子を合わせて騒げる男は、あっという間に学校に、クラスに馴染んだ・・・らしい。なにぶん、俺が初めて奴と顔を合わせたのは、図書室の一角であり、その時の黒羽は、『カッコ良くて・優しそうな・笑顔で明るい』人間ではなかったし、正直その時点では隣の隣のクラスに新しく入ってきた人間がいたことも、ソイツが俺と似た顔であることも何となく耳に挟んでいただけで、誰のことなのかイマイチよく知らなかったのだ。 黒羽は、俺が司書の先生に頼んで取り寄せてもらった、国会図書館レベルの貴重本(ありがとう!学校図書ネットワーク!)を読んでいる座席に、フラリと近づいてきた。 そして、机のすぐ脇に立って、ポツリと呟いたのだ。 「1,1,2,3・・・」 (1から始まる、増える) 「?・・・、5,8,13、」 何だ?と見上げて、青く、赤く、紫色にも見える目と視線が合った。 揺らぐ色に首をかしげて、ああ、そういえばもう日が暮れるのか、と思った。 「1,4,27,256・・・」 「3124・・・オイ、これ以上は暗算じゃ、」 「3125,46656、・・・」 「マジか。暗記じゃ・・ねーよな?」 呆れて言うと、ふっと笑ったあと、黒羽は何処からかボールペンを取り出し、俺が読書に嵌る前に終わらせようと思い広げていた課題用のノートに、スラスラと何かを書き出した。 「・・・踊る人形かよ」 「どう?」 「さっきの暗算なんかより楽勝だっての」 「だと思った」 そうして、ひとしきり数字や言葉で遊んで。 (もっとも、ソレは専ら黒羽が謎を提示して、俺が解くという形だったが。) 結局、自己紹介をしたのは、閉館の時間よと司書の先生に図書室を追い立てられて、下駄箱で背を向けて靴を履き替えていた時だった。 それから、俺が時折図書室で読書に勤しんでいると、黒羽がフラリと現れるようになった。といっても、頻度はそう高くない。大体にして、俺が図書室に赴くのは、司書に貴重本を取り寄せてもらって、その殆どが持ち出し禁止であるため、その場で読まねばならない時だからだ。 せいぜい週に1回あるか無いか、程度。 しかし、その尽くで黒羽はやってくるのだった。 机の傍に立って、おもむろに数式を唱え出す時もあれば、ぺらりとルーズリーフ一枚を机の上に乗せて見せる。 俺は、殆ど反射のような按配で、眼の前に落とされた問題に取り掛かるのが常で、―結局読書の為に図書室に通う日が増えた。 そして、増えた日にも黒羽は現れて。―結果、また図書室に足を向ける日が続く。 そんな事が2度、3度と、更に遭遇が続けば、流石に悟らざるを得なかった。 彼は、俺に会いに来ている。 彼の提示する謎かけは、解いてみれば『昨日の晩御飯』だの『最近読んだ本』だの、何気ないものが多く、そうでなければ、数学問題が殆どだった。どうやら、得意科目は数学か物理か、と思っていたのだが、3年になっての最初の全国模試で、堂々の全国一位に「黒羽快斗」の名前があったと学校内が騒然となったコトがある。・・・単に、苦手科目が無いだけなのかもしれない、と思い改めた。 ソレはさておき、俺は黒羽の出す謎かけは嫌いではなかった。 なので、ある日、面倒じゃなかったら、と念を押した上で言ってみた。 「昼休みに俺さ、図書室(ココ)来るから、オメーも来いよ。暗号とか持って」 「・・・弁当じゃないんだ?」 「ああん?飲食禁止だろーが」 「確かに」 「で?別に無理ならいい。クラスの奴と遊んだりもす」「来るよ」 「絶対に、来るから」 「・・・そうか」 いつものようにケケケと笑うでもなく、やんわりと目元だけで微笑んで、そして顔を伏せた黒羽。 跳ねる髪の間から覗いた頬や耳が赤く見えたような気がした。 □ □ □ 「で、事件の代わりに何解いてんのや?」 「・・・最近、こんなんばっかだぞ」 「っかー!けったいな問題やりおるのー」 「まぁ、数学問題ばっかりってのは、な」 「よう解くもんやな」 カリカリとノートにシャーペンの走る音。 昼休みの図書室は、休み時間の後半が過ぎた頃に賑やかになる。俺は煩わしい音が好きではなかったので、空いている書棚で遮られた場所にある机の一角を陣取るようにしていた。割と毎日違う場所だ。 (来る時間が適当なのもあるし、帝丹高校の図書室は高校が持つ図書室としては広い方に入るので、目立たない場所がイコール需要がないかと言えばそういうわけでもない。奥まった場所では交際中と思しき男女が密談していたりするので、奥まりもせず、しかしカウンターからは離れた場所を、日によって転々と変えて座るのだ) しかし、黒羽は、図書室に入ると、直ぐに、まるで最初からどこに居るのか知っているかのように歩いてくる。全国一頭が良くて人当たりも良い黒羽は、図書室に現れても周りが騒ぐのですぐにソレと解るのだが、アイツが真っ直ぐ俺の居場所に向かって来るのは不思議だった。 だが、今日はもう一つ不思議な、否、思わぬ事があった。 黒羽よりも先に、俺の傍の椅子に座った人物がいたのだ。 あまりに意外な奴の出現に、俺はしばらく放心したほどだ。 「よ!ひっさしぶりやのー」 「・・・お前、何だ、転校してきたのか?!」 「な、わけあるかい。コッチにちょぉ用事あってな。ついでに高校生探偵工藤新一の高校生活を偵察に来てみたんや」 「校内証出せ。オラ」 「ホイホイ。流石に、許可はとったで」 「どうやって」 「工藤探偵に急ぎ折り入ってご相談したいことが―」 「言ったな。フカシなら、裏門から叩き出すぞ」 「ちょ、堪忍してや」 「バーロォ、こっちは、足りねー出席日数補うのに事件関係なんか自分が遭遇するか余程のコトがなきゃ、関われなくなってんだぜ」 「何や、欲求不満かいな」 現れたのは服部平次だった。 関西住まいのクセに、時折事前の連絡も無くイキナリやってくる、俺が『江戸川コナン』だった時からの友人だ。 『今、東都駅や!』といって電話をしてくるならまだしも、平日の昼間の時間帯に、学校の図書室に出没するなど、普通ならありえない。お前、自分の学校はどうした!といったところだ。だが、ワザワザ学校まで来るということは、『偵察』などと言ってはいるが何か厄介事の一つや二つ抱えているのを誤魔化しているのかも知れない。・・・少しばかりでなく、興味と好奇心が疼く。 しかし。 その時、俺は昨日黒羽から渡されていた問題を解いていた。 解きながら、小声で服部と会話をして、さてどうしたものかと考えていた。 ―多分、もうすぐ黒羽が来る ―かといって、コイツ放っておくのもなぁ・・・ ―校内案内は却下としても、話ぐれーなら・・・ チャリ・・・と金属の擦れる音をさせて胸ポケットから取りだした時計を見る。 俺が黒羽と過ごす時間は、午後の授業の始まる15分くらい前から、予鈴が鳴るまでの間だ。 そしておそらく、もうすぐ来る時間になるだろう。 服部の話に興味は多分にあるのだが、不足しまくっている出席日数や授業時間を、アポ無しでやってきた友人の為に潰せるかどうか、といったら悲しいかな、答えはNOだ。大体、服部がココに来た本当の理由をさっきから水を向けても話したがらないのだから、緊急性のある話ではないのだろう。だったら、放課後でも良い筈だ。 コレはサクサク追い払うべし、と結論を出す。 「なぁ、服部とりあえず放課後に―」 時間を確認し、服部に出直すよう伝えようとした時だ。 まっすぐに俺と服部のいる場所に向かって来る足音がした。 いつもは殆ど聞かない、キュ・・・キュッ、とタイルの上を忙しく上履きが擦れる音。慣れた気配を感じて目を向けると、書棚の影から黒羽が現れた。 「あ、くろ ・・・ば?」 ― ガッ 「?!、ぅあッ!」 ― ・・・・ガタ、ッターン・・・ 「!オイッ」 黒羽が、服部が座っていた椅子を―服部ごと蹴り倒した。 黒羽は、一瞬だけ、倒れた服部に目を向けて、しかしそれだけで。それから、手近にあった別の椅子を引き寄せて、さっきまで服部がいた位置にガタンと音を立てて座った。 何が起こったのか、と眼を丸くさせている服部は当然のように視野外にして、無視だ。 同じく、呆然としている俺も。 言葉の出ない俺達には構わず、黒羽は、俺が開いたノートをトントンと人差し指で叩いた。 「工藤、コレの続き」 じっと眼を見てくる黒羽の口から出るのは、いつもの、会話の切れ端。 「1024の約数の和は?」 真っ直ぐに、俺だけを見てくる眼に、文句や疑問が封じられて、俺は言うべき言葉を捜す。 「工藤?」 「・・・に、2047」 答えは、俺がさっきまで解いていたノートに途中まで書いてあった。 しかし、黒羽の行動の答えを、見つけることは、出来なかった。 |