―生命に触れる、という意味を常に考え続けよ。
―生命に対する畏敬の念を忘れてはならない。生命とは、あらゆるものの原始であり秩序であり感情であり世界である。
―生命は常にどれも同等に在る…



 工藤が黒羽と再会したのは、桜吹雪の舞う都内の大学。正門から入ってすぐ目の前に広がる道の先、各方角へ分岐する地点がある場所。入学式後に予定されている所属学部毎の集会場所を教える掲示板前での事だった。

「工藤って、学部どこになんの?」

 掲示板に示された場所を、その隣にある構内案内図と照らし合わせていた工藤の背後からそう尋ねて来た声に、探していた単語がそのまま口から滑って「医学部」と答えていた。
 聞き覚えのある声。
 「じゃ、東だな。一番下の『総合会館』方面」工藤はその言葉に、案内図の脇に立つ方向指示標識を見上げる。確かに医学部関連施設はその方角だ。それを確認してから、ゆっくりと―ぎこちなく、工藤は上に向けていた首を回して、背後を振り返った。
 黒のスーツと黒の革靴。シャツは深みのある青い色で、首元を締めているのは芥子色のネクタイ。髪は申し訳程度に撫で付けているようで、後ろの裾が跳ねていた。
 ―そんな出で立ちで「よう」と言って笑った顔に、工藤は瞬間息を呑み数度目をパチパチさせて、ただ相手の顔を見返した。声をかけて来た相手に返すべき言葉が咄嗟に浮かばなかったのだ。
 シルクハットとモノクルはどうした、とか。白いスーツじゃなくても、中のシャツとネクタイは合うもんなんだな、というか、それいつかの飛行船で着てたヤツか?などと言うのも聞くのも微妙な気がして工藤は押し黙る。
 軽い緊張を全身に走らせた工藤の様子に、声をかけて来た男ー黒羽快斗は少し笑って、躊躇う事無く、工藤に近づき、そして、そのまま掲示板の前を東の方向へ通り過ぎて、立ち止まる。
 動かないままジッとしている工藤を待つように。

「同じ同じ、行こうぜ」
「同じ、って…学部被ってんのかよ」
「運命感じるよな!」
「はあ?…偶然、だとでも」
「そりゃ、大学選びの選択基準は工藤新一だったけど。まさかこんなとこで会えるとは思ってなかったし。…言っとくが尾行はしてねーぞ」
「どうだか…つか、大学の選択基準に何で俺を含めてんだよ」
「なんせ捕まってるわけだし?ちょっと猶予期間オーバーしたけど、…ほら、逃げなかっただろ」
「………」

 段々と半眼で睨む顔になっていく工藤の前で、「あのな…お前が電話で『東都大にした』って言ってきたんじゃねぇか」と言って黒羽は肩を竦める動作をした。

 半年前に工藤が怪盗だった男から受け取った緊急用の連絡先は、結局たった一回しか使われる事は無かった。
 数回のコール音の後、留守電に切り替わった先に工藤が伝言を預けたのは初秋の頃。
 まだ青い葉と紅葉が混じり合う樹木が風に吹かれて枝を揺らす、静かに、けれど着実に時が移って行く光景を目にして、背を押されるような心地になったのだ。色付きを変えながら折り重なり、降り積もっていく落葉のように、工藤の中に溜まっていった想いがそうさせた。
 伝わらなくても、別にそれでも良かったけれど、一応。
 伝わらなければ、待たされている苛立ちだのを着火材にして、捕まえに行くだけだった。そうする為の燃料は、工藤の中に堆く存在していた。

 だから、こんな新しい環境となる場所において、その最初の日のうちに彼の顔を見るというのは、工藤にとって、出鼻を挫かれたような妙な気分だった。

「出頭する根性だけは認めてやれねーことも無ぇが。…それで良かったのかよ?」
「ちゃんと考えて、自分で選んでるって。大学自体は工藤基準だけど、学部は俺の希望通り!結構受験には苦労したんだぜー」

 からからと笑ってみせながら、らしくない『苦労』などという言葉を使う黒羽の姿を見て、今度は工藤は肩を竦めた。彼ほどの頭脳の持ち主が何を言うのか。もし、本当に苦労したというのなら、それは『受験勉強』ではなく、受験自体の可否についてではないか、と考えられた。
 探す宝石も無くなった癖に、諦め悪くアングラに潜んで『怪盗キッド』を演じ、良からぬ連中を炙り出そうと無駄な時間を使っていた報いでも受けたのか、と工藤は推測した。いや、怪盗の動きにつられるように蠢いた闇を、工藤ではないもう一つの銀の銃弾が仕留めたという話は聞いていたから、案外無駄だったとは言い切れないのかもしれないが。
『ボウヤの知り合い…いや友人か?あの男には、お前のいる世界に戻れと言っておいたぞ』
 ―粗方の業を始末し終え、高校生としての日常に戻っていた工藤に、闇に残った協力者がそんな連絡をくれたのは冬の入り口の頃だった。
『「はい」と言いましたか?彼は』
『ここから先は子供の領分ではない、と言っておいた』
『僕を追い払った時と同じ台詞じゃないですか』
『そうだったか?』
 顔の見えない電話の向こう、しかし工藤の脳裏には容易にくつくつと笑うその人の姿が浮かんだ。
 
 したい事をしたいようにするには、必要な力を身につけなければならないのだ、と言葉ではなく態度と扱いで示し続けてくれたあの人に敵う相手はそういない。

「俺は法医学系だ。ついでに緊急医療技術。…オメーは工学部とか、そっち系かと思ったんだけどな」
「技術開発に研究費用や施設を間借りすると特許で揉めるって聞くしなー。俺はさ、保健医療っつか、機能回復かスポーツ医療になるのかな。より良く安全にリハビリする方法や機能保存法を編み出してーなって思って。まぁ外科処置が一番だって結論出したら転向するかもしれねぇけど」

 思わず工藤は黒羽の腕に眼を遣る。
 まさか、と顔を強ばらせた工藤に、黒羽は違う違う俺じゃねぇよ、と笑って軽く手を振った。
 それからふっと眼を掲示板に流して「手が以前より動かなくなって来たっていう恩人がいるんだよ。恩返ししたくて」とさらりと述べた。そして、とにかく行こうぜ遅れちまう、と工藤を促す。工藤は話を切られたと思いはしたが、特に追求する事無く、彼らと同じく真新しいスーツを着た新入生が歩いて行く方向へ倣って歩きだした。

「…マジシャンになるんじゃねーの?」
「なるに決まってんだろ!でも、俺の親父の記録だった史上最年少の栄冠に続くのはちっと無理かも。ま、そうだったら、いっそ史上最高齢狙ってもいいかなーって思ってる」
「んな、気の長ぇ…。寄り道してていいのかよ」
「今や現役に年齢上限無しって言うだろ?その間にだって技は磨く。工藤こそ、法曹界じゃないんだな。親父さん見習って文学部もアリか?って思ってたけど」
「相性がイマイチだろ、探偵と法律って。探偵事務所が法律相談所になるなんてのは楽しくねぇ。把握しておくのに超したこたぁないけど、断罪は専門家に任せたい。あと俺の親父の跡は、継ぐ気も追う気もねーぞ」
「そういうもん?ま、死亡確認も鑑識も分析も自分で出来れば早いよな。名探偵は、要救助者との遭遇率も高そうだ」
「ついでに、犯行後自死して逃げようとしやがる手合いを呼び戻す技能が欲しい」
「…………」

 志望動機はともかく、黒羽にとって―怪盗キッドをしていた彼にとって、おそらく何よりも高い意識を向けているマジックに関してどうするつもりなのかが気になって、当たり障りの無い範囲で工藤は問いかける。黒羽は特に誤摩化す事なくそれに答えた。工藤もまた問われるままに、誤摩化す事無く回答する。
 途中、黒羽が絶句して沈黙が落ちた。

―桜がはらはらと舞っている。
 風に揺られ目の前に振り降りてくる白に誘われるように、工藤がふと目を上げれば青い空が広がっていた。
 晴れ晴れしい佳き日。
ー翼をはためかせて飛んでいる白い鳥が見えた。
 ぼーっとしてると躓くぞ、と隣から掛かってくる声に視線を向ければ、彼は当り前のことだけれどすぐ傍にいて工藤を見ていた。
 意識を逸らした隙に消えている事は無かった。
 …少々驚かされはしたが、捕まえに行く手間が省けたのは素直に喜ぶべき事だろう。そう、工藤は思った。探偵である工藤にとって、この男が一体何を思って自ら姿を見せてきたかは、これからじっくり探れば良いだけの事だ。

 二人並んで、正門からの大きな通りを過ぎ、更に学部施設へ繋がる幾分か狭い外通路を歩いて行く。 
 遠目に見えていた建物が近づくにつれ、その通路の脇から、あるいは人の波の合間を縫って、手にビラをもった在学生―言わば二人にとっての先輩方と思わしき人の姿がそこかしこに見え始めた。スポーツユニフォームを着ている者や、立て看板を身体の前後に身につけて拡声器で「ガイダンスが終ったら、サークル説明会をします!寄っていって下さい!」と大きな声を張り上げてる者もいる。

「意外にサークル活動盛んっぽいのな」
「医学部生にそんな暇あるのかぁ?」

 流石に今の時間から無理矢理新入生を足止めする手合いは居ないようだったが、この分では帰り道で苦労しそうだ、と工藤は少しばかり眉を顰める。今日は午後から所用があるのだ。
 工藤は、先程じっくり眺めた構内図を思い浮かべ、渡り廊下がある建物があった筈だな、とキョロキョロと辺りを見渡す。すると何故か、隣を歩く男と目が合った。
 工藤は目を瞬かせて―つい、立ち止まってしまう。
 つられるように黒羽も足を止めた。

「…なんだよ」
「…えっと。…あ、あっちの建物、じゃね?」

 あっち、と黒羽が指差した方に、建物と建物を結ぶ渡り廊下が見えた。同じ事を考えていたのだろうか、と思いながら、工藤は再び足を動かす。黒羽も同じく歩き出した。
 進路方向から差し出されて来るビラを、片手に一枚だけ申し訳程度に受け取り、もう片方をポケットに突っ込んで手を塞いでおく。明らかに『工藤新一』を注視している視線や、工藤と並んでいる黒羽とを行き来する好奇の目を感じたが、二人ともがそれらを完全に無視し、極力視界に入れないようにして何気ない会話を続ける。

「…オメー、さっきの構内図見たのか?」
「入学案内の資料に入ってただろ?」
「……ん?もしかして、全キャンパスと学部紹介のパンフレットか!其々の場所は把握したけど、内部図までは見てなかったな」
「そうそう。俺はさ、もう、工藤探すのに全学部回る気でいたから。覚えた」
「…はあ?」
「だから最初に聞いたんじゃん。学部は?って。そしたら同じ!ホント、運命感じたぜ」

 ―名探偵からは逃げられないって。不意に囁くように耳元に流れ込んで来たそんな台詞に、工藤は再び足を止めてしまいそういになった。だが、何とか平然を装い歩き続ける。視線を行くべき方向へ固定し、機械的に足を前へ。頭の中は目まぐるしく、他の、何か別の話題は無いかと、考えてーそういえば、と一つ気になっていた事を口にした。囁いて来た声に対抗するように、小声で。

「赤井さんに会ったか?」
「赤井?…ああ、金髪美人にシュウって呼ばれてた奴か」
「あの人達が怪盗に遭遇したって事は聞いてたんだが。…オメー、よく無事だったな」
「…マントに風穴開けられた程度で済んだぜ。スゲーだろ」
「なんだ、やっぱスゲーな、赤井さん!」「そっちかよ?!」
「警察に引き渡した男からアジトは掴めたって聞いてたからなぁ。国際組織だったみてーだから、FBIもICPOも来るかなとは思ってたが…CIAはいたか?」
「日本警察も頑張ってたぜー?…オレが探し当てた頃には、がっつり手入れが入っててさ。んでも、あんま頭の回るハッカーは居なかったみてーだから、こっそり未発見のデータだけ貰って行こうとしたら、…カツアゲされた。してったのがその赤井って男だよ。…てっきり、名探偵が噛んでるかと思ってたけど」
「その頃は、多分、出席日数確保に忙しかった」
「…え」
「大検で済まそうかと思ってたけど、一緒に卒業するぞーとか、ちゃんと卒業出来ないなら永遠に子供扱いだなってプレッシャーを掛けて来る奴らが多くてさ。俺は受験より卒業の方に苦労したな」
「…出来たのか?卒業」
「当然」

 ニヤリと笑う工藤に、黒羽も笑って祝辞を述べた。

「そりゃ…ご卒業そしてご入学、おめでとさん」
「オメーもな」



***


 新入生が受けるべき各種のガイダンスが終わり、結局最初から最後まで連れ合って行動していた工藤と黒羽は、建物の二階部分から伸びる渡り廊下から眼下を眺めていた。
 数時間前に通り過ぎて来たゾーンでは熾烈ともいえる勧誘合戦が始まっていた。無論、彼らが佇む通路にもそこそこに人が居て、初々しい新入生を逃すまいと声をかけている者もいる。とはいえ、メインストリートの試合に混ざる気の無い文化系サークルが多いのか、所々でざわめきが起る程度の賑わしさだった。
 黒羽も工藤も、あえて外に顔と身体を向けて、喧噪をスルーするスタイルだ。そうやって暫くの間、大学特有の雰囲気を味わって、さてこれからどうする?と顔を見合わせた。

「学内探検?それとも帰る?」
「珈琲ブレイクがいい」
「んじゃ、早いけど昼飯がてら早速学食行こうぜ!…あ、でも今日ってやってんのかな」
「大丈夫だろ。外来用にも開けてるらしいし」
「プリベイドカード式って載ってたから、まずそれを作らねーと」
「生協が先か」
「どこだ?」
「購買部が入ってる建物にカウンターがあるってー…」

 何気ない、ごく普通の会話だった。だが。

「あ、飯食ったら…(あのさ、セックスしねぇ?)」
「…はぁ?!」

 何気ない会話の途中、突然声量を落として切り込んで来た言葉に、工藤は周囲も構わず思わず大きな声を上げていた。背後の喧噪が瞬間静まって、浮つく雰囲気にそわそわと周囲を気にしながら構内を歩き回っていた人間の多くが、一体何事かと二人を振り返る。中には、既にあの『工藤新一』がいるぞと密やかに、しかし確実に好奇とを持って目を向けていた人間もいるようで、(「事件かな?」「ええー、いきなりー?」)と微かな囁きまで聞えて来た。
 「おい…ちょっと」慌てた素振りで、黒羽は工藤の肩を抱いてその口元の前に人差し指を立て、シーっと沈黙を要求する。
 そのまま、密着したままで、こっちこっち、と声を潜めて渡り廊下を抜け、雑踏から足先を逸らして非常口のある建物の端へと歩いていった。

「なんだよ、んな驚く事か」
「ば、ろ…そりゃ」
「だって、工藤は俺が好きだろう」
「……」
「あ、怪盗キッドの方?」

 いちお、どっちも俺なんだけどなーと工藤を伺いながら首を傾げて顔を覗き込んでくる黒羽の前で、掲示板の前で再会した時から胸の内にじわじわと広がっていた何とも言い難いむず痒さと、ともすればふわりと浮いてしまいそうになる高揚感を抑えていた工藤は、反射的に口元に手を当て、さっと目を逸らした。
 視線の先、昼なお暗い窓のない廊下を照らす非常口を示す非常灯は緑色。赤色の補色にあたり、火災の時でも目立って且つ心を落ち着かせる効果を期待されているという国内共通色。
 しかし、今の工藤にその効果はどうにも期待できそうになかった。
 一方、黙り込む工藤の前で、黒羽は視線は逸らさずにゆるく笑って口を開く。

「…もっと、のんびり行こうかとも思ったんだけど。思ってたより…何か、工藤の反応が悪くねーし。もっと、怒られるかと思ってたのに」
「…猶予切れの期間分のペナルティは後で考えておく。期日分な」
「やぶ蛇かよ!いや、まぁ…いーわ。今日は、顔が見れればいいかなって位に思ってた筈だったんだけど。無理。何か、もー、大体解った」
「何を…」
「オメーが、こっち意識してんのなんか、俺がオメーを意識して見てたらバレバレだって気付けよ」

 言われて、自分に中に溢れるそれで手一杯だったことに工藤は気付かされてしまう。
 講堂で学長や教官連の顔を記憶しつつ挨拶を聞き流し、聴こえてくる場所移動を促すアナウンスに従いながら、工藤の意識を引いて、その目を引いたのは隣に座る男の身動きだの髪の毛の跳ね具合だので、その耳で拾おうとしたのは「…ねむい?」「起きてる?工藤」と囁きかけてくる彼の声だった。
 それでいて、向こうの意識が工藤に向いている事に気付かなかったなどとは。

「…うっせー、ゴーカン魔」
「うわ!」

 全て承知してとっくに何かを把握しているらしい男に、過去の悪行を端的に示す単語で返す。
 ぐっさりきた、と言葉と胸を抑える体勢で訴える様にフフンと工藤は笑った。

「俺が捕まえてるんだから、勝手に話進めんじゃねぇよ」
「…交換日記あたりからやり直しすんの?」
「せめてメアドの交換だな」

 ホレ、と工藤が携帯をチラつかせると、待ってましたとばかりに黒羽がそれを奪い取った。即座に交わされる緊急ではない連絡先。

「LINE頻度は?」
「通話のが確実。出ないなら見てない」
「わぁった鳴らす。俺は24時間工藤のはチェックいれるから、いつでも返せよ」

 妙に嬉しげに携帯を返してくる黒羽に、工藤は少し首を傾げて問いかけた。

「…お前は、それでいいのか?」
「いいよ」

 なにが『それ』であるかすら問わない。嬉しそうに笑って、工藤を見てくる顔。それは数時間前、掲示板の前で姿を見せた時と同じようで居て、どこかが違うように工藤の眼に映った。
 いつの間に?
 何が?
 ―些細な変化を読み取れても、それが何故かが解らなくて工藤は困惑するばかりだ。
 隣り合って歩いて少しばかり同じ時間を共有している間に、黒羽の何かが変異したのだとしたら、それを齎したのは、ずっと隣にいた工藤以外あり得ないのに。

「…言っとくが、今日これからヤるだのヤらねーだのって話じゃねーぞ?…それに、夕方から用事があるし、その…」
「俺はお前の、なんだろ?」
「だから、それをオメーは、どう―」
「いいんだよ。会って、解った。いや、自覚した、ってのが正しいか。…俺は工藤新一に惚れてんだって」

 逆に工藤の方が、念を押す有り様だった。
 だが、あっさりと返って来たのは、そんな答え。

「この道を選べたのは、あの時、名探偵が止めてくれたからだ」
「……」
「さっきのさ、学長様のご高説、耳に痛いくらいだった。ちゃんと聞いてたか?工藤。……オメーはすげぇよ。惚れるなって言う方が無理」
「……」
「―それに、あの時、あんな事しちまったのも、…多分、ずっと俺が工藤を意識してたからだって、そう思う。じゃなきゃ、しねーよ、野郎相手に」
「…黒羽」

「だからさ、今日は無理でもそのうちお願いな!今度は絶対気持ち良くすっから!」
「…って、オメーな!」

 しかし、あっけらかんと性行為を求めてくる態度はどうなのか。
 工藤が諸々の感傷を抱く前に、些かムカっとしてしまうのも仕方ない。

「勝手に清々しい顔してくれてっけど、まぁ、聞けよ…?」
「…え」

 思わず工藤は、かつての行為が後日どれほど身体に響いたのかを黒羽の首元を締め上げる勢いで訴えていた。―そもそも男同士であるのに、はなから抱く気でいる黒羽の態度にも納得がいかなかったので。
 謝らないと断言しているものの、後ろめたい気持ちはあったのであろう黒羽は、工藤の「中からいつまでも垂れて来て困った」とか「三日は何か挟まってるみてーな感触があって動くの辛かったんだ」とか「大体いっくら俺がオメーを好きだからって、あんな痛い思いそうそうしたいと思うわけねーだろ!」などの譏りと、「だったら今度は俺が抱いた方がマシだ。心配すんな。下調べだの調査や観測は探偵の得意分野だ。オメーなんかより上手くやってやる」という黒羽的にああまり有り難くないかもしれないお言葉に両手を上げて降参し、「わーかった!止まれ!ってか黙って!」―人の気配に聡い男が慌てて工藤の口元を抑え漸くに口撃が止めさせて、…その後しばらく、工藤からのお誘いが発生するまで完全にお預け状態になるのを余儀無くされたのだった。
 
 ともあれ、怒り混じりにーつまりは照れを隠しながら告げられた「好き」を黒羽が聞き逃す事はなく。
 こうして、大学入学早々に元怪盗と現役名探偵のお付き合いが始まった。








続く


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