【お年頃C】
ー夫婦の日々ー




 ピンポン、のドアチャイムに出たのは、この家に住む主婦だ。もっとも、彼女がしたのはテーブルに置いた玄関モニターを観て即座に玄関の解錠を行った上で、モニターの向こうへと音声を伝えるマイク部位に向かって「開いてるぞー」と一言投げただけだったが。
 
「コナンちゃん、お出迎えはー?」
「おう、おけーりー…ちょっと静かに、な」
「っと……寝てる?」

 折角いつもより早く帰宅出来たのに、素っ気ないことこの上ない対応に些か不満を覚えた快斗だったが、妻であるコナンがいるリビングへといち早く向かえば、…実に美しい光景がそこにはあった。
(やべぇ…天使と女神がいる…!)
―柔らかなキルティング生地で覆われ腕置きや腰辺りに大小幾つかのクッションが置かれた、キィキィと少しだけ軋む音がする揺り椅子。
―その揺り椅子に座り、淡いピンクと水色の布に包まれた二つの塊を大事そうにそれぞれ両腕に抱える白のリネン素材の長シャツを着た女性。
 まるで神画の一枚のようだ、と一瞬前の不満などアッサリ消して快斗は逆にコナンを労うことにした。
 大事な人の、少し伸びた黒髪を撫でてその頬に軽く口付けて、耳元で「ただいま」と囁く。

「お疲れさん」
「コナンこそ。…どーする?ベッド連れて行こうか?」
「…それがよー…」
「置いたら泣くわけね」

 囁き合いながら、情け無さそうに眉を下げるコナンの様子に全てを察した快斗は、苦笑しながら「よっ」と腕まくりをする。母親が大好きなこの男女の赤子は、特に寝入りばなにその腕に抱かれていないと直ぐに泣いてしまうのだ。ぐっすり寝入っただろうと、リビングに置いてあるお昼寝布団に転がそうとして、そっと横たえた瞬間腕の中に戻せと泣き出すのはいつもの事で、たいした狸さん達なのである。
 キッチンには大人の座る椅子の他に、座高を高くしたチャイルドチェアを二台備えた食卓がある。そこに食べかけの子ども茶碗が二つとそばに小さなスプーンがてんてんと転がっていた。離乳食の最中に食べ寝をし出し、そのままコナンの最も苦手な寝かしつけが始まったのだろうと快斗は推察した。柔らかく炊いて与えているお粥が固まっている。一体どのくらいの時間揺り椅子人間と化していたのやら。
 んじゃ、一人引き受けるわ、と快斗はひょいと塊の一つを持ち上げようとした。が、コナンが慌てて止めに入った。

「オメー、今まっすぐここに入って来ただろ」
「?ああ…あ、悪ぃ、ちょっと待ってて」

 快斗は、しまった、と踵を返し洗面所に向かった。手洗いとうがいはこの家では必須事項だ。最近漸くハイハイをし始めた赤ん坊に外界の雑菌だのは有害なのだ。

(コナンちゃんから注意されんの久々だな。すっげーママって感じ!)

 メッとお叱りを受けた事に反省より喜びを感じつつ、快斗は石けんを確り泡立てて指の先から手首まで洗浄する。気は逸るが、まかり間違って自分が風邪菌だのを持ち込んだら大事な大事な奥さんの負担が増すことになるので、ここは念入りに行う。ついでに一緒に布団に寝転がる事も考えて部屋着に着替える事にした。


**


 黒羽快斗が江戸川コナンと目出たく結婚したのは、コナンが高校を卒業してすぐの事だった。選んだ日付は4月1日。「嘘みたいに幸せだから」―「オレたちには似合ってるから」、等と二人とも周囲にはそんな風に嘯いたものだ。本当は、二人にとって初めて対峙し顔を合わせた、その存在を知った邂逅の日。
 正直在学中に籍だけでもこっそり入れて「奥様は女子高生・リアル」を実現したかった快斗だったが、工藤新一では出来なかった「普通に高校卒業」を10年越しに実現させてやりたいと思っていたのでギリギリ我慢したのだ。
―本当にギリギリだったと快斗は当時をよく思い出す。
 あれ以上の週数が経っていたら確実にコナンのお腹が目立ってきていただろう。学校側に彼女の妊娠がバレてしまえば、卒業どころか退学の憂き目に遭わせてしまっていたかもしれなかったのだから。





 妊娠が発覚したとき、誰よりも青ざめたのは快斗だった。当然である。その時はまだコナンは現役女子高生だった。まさか器用さに長けた自分が避妊を失敗するとは。いつのだ、いつだ?!と推定週数を遡って必死に記憶を探って思い当たったのは師走の旅行。
 高三の彼女は学期末試験が終わってから自由登校になっていたので、混み合う年末年始を避け少し早いけれど寒い季節は温泉だよなーと旅行に誘ったのだ。大学受験?まぁなんとでもなるだろ気分転換大事だぜ、などと言いくるめ受験生を連れ出して、高校卒業と同時に結婚するのは両者の間では確定事項だったので事実上の婚前旅行。もっとも気分は新婚旅行の予行演習だった。
 そんな二人の泊まった宿に、部屋付きの屋外風呂があった時点でお察しというものだ。そもそも丁度、その月の初めに、彼女の月のモノが済んでいたから、『温泉』という選択になったのだし。
 温泉街を散策して宿に帰って、お互いに疲れを癒し合い、美味しい食事を採って、ほろ酔い気分は最高潮。窓の外の綺麗な月と煌めく星明かり…その下で乱れる恋する相手を見たいというのは、男の正直な野望だったりした。流石に中には出さなかったが、イロイロ端折った記憶はあった。

 「出さなればいいとか、最悪じゃない。だいたい避妊具だって挿入開始時点から装着しなければ無意味なのも知らないの?いい大人でしょう?」彼女の生理不順を診察した彼女の親友は、絶対零度の視線付きで快斗のその不手際に苦言を呈したものだ。
 
 気が緩んでいたのは間違いない事実だったし、こんな事態を起こしたのも全面的に快斗に非があったわけだから、見苦しい言い訳はせず、快斗はひたすら主治医でありコナンの親友である灰原哀に、土下座を繰り返した。
 とかく、この事態に、彼女の助力は不可欠だった。
「オレの不注意とか馬鹿さ加減への譏りは幾らでも、受けるんで、その、手、貸して下さい!」
 どうしようどうしよう、と本気で焦る快斗の懸念はただ一つ、コナンの身体の負担だった。
 勿論、高校卒業も大事だし、その先の進路も大事だ。だが、快斗としては彼女が元気に生きていてくれれば後はどうとでもしていくつもりだったから、何より彼女の身体を案じたのだ。

 女性だけが持ち得る生命の神秘は、全てその胎内で行われ―つまりは、「産む」も「産まない」も女性側の事情や意思一つで決まってしまう事がある。

「…どう『貸せ』ばいいのかしら?」
「コナンが、その、無事な方向で」
「……無かった事にするが、多分、一番無事に近いけれど…」
「っ、それ、は」

 主治医は堕胎も致し方無し、というスタンスだった。男性から女性化を遂げた江戸川コナンの身体が未知数過ぎる事を考えれば当然だった。正直、妊娠自体がイレギュラーといえたのだ。

「でもね、私はあくまでもサポートする側にすぎないの。一番問題になるのは、貴方達二人の意思よ」
「!サポート、お願い出来ますか」
「…貴方じゃなくて、工藤くんのならね」
「ありがとう…!」
「やめてちょうだい。鼻水さっさと拭いて。泣いてる暇なんてあると思ってるの?もし、堕胎を選ぶのなら少しでも早い方がいいの。貴方、ちゃんとあの人に聞ける?」

 というか、そもそも貴方はどうなの?と聞かれ、快斗は一瞬だけ、ぐっと口を噤んだ。それから、少しずつ息を吐いてー言葉を吐く。

「オレは…オレはさ。コナンからアレが遅いって聞いて、…それがもしかして、って思ったとき…嬉しかったんだ。でも、考えれば考えるほど、今は怖い。それを、望んで良いのか、って。オレはアイツさえいてくれればいいのに、身体に無理させて、アイツにもしもの事が起こったら、って」
「……」
「アイツが、どんな形でだって、誰かの命を奪える筈無いんだ。オレだって嫌だ。でも」
「…工藤くんの身体が、ああなった時に言ったでしょう。身体が、ちゃんと生き延びる形で変化しているって。嫌な言い方になってしまうけど…多分ね、本当に駄目なら勝手に流れるわ。生き物は、自然淘汰を繰り返して環境に適応できるモノが生き残るようになっているのよ」

―ならば、『淘汰』されなかったら?

 自身が貪欲であると自覚している快斗が望むそれは、本当に手に入るのかもしれない。
 己と、相手の生命から生まれる新たな生命。…家族。
 その存在は想像するだけでも、あまりに特異で異質で、…あり得ない、と考えて来ただけに『特別』すぎた。
 黒羽快斗は、生涯を捧げる相手に彼をー彼女を選んだ事を誇りに思っている。唯一無二のその手を取って歩ける人生に悔いは無い、とも。
 なのに、その上更に、『こども』が得られる?
 それは彼と(彼女になった)彼とが深く深く複雑に絡み合い遺伝子情報すら共有し、互いの一部が融合して叶う『繋がり』だ。
 快斗の一部を宿し、コナンの身体の中で形成される存在は、互いが互いを最愛だと謳う紙切れ一枚よりももっと明確な証に思えた。

―欲しくないわけが、ない。

 だが、快斗は慌てて首を横に振って、一番の恐れを口にする。
「次世代を残すのが遺伝子の最たる役割で、その為に母体を食いつぶす可能性があるなら、オレは、それも…いや、それが一番嫌だ」

 主治医は深く深く溜め息を吐いて、とにかく二人で話し合って頂戴、と言った。



 最近身体がおかしいー何より憂鬱だった女性特有のアレがこない。
 コナンが最初に気付いたのは、そんな違和感だった。実は、それ自体は大変嬉しかったりもしたのだが、それはあくまでも、いまだ男性的な意識が抜けないコナンにとって生理なんて事象が面倒だからであって、それなりに定期的に迎えていた月経が止まるのは、それがどういう意味を持つのかを考えれば、手放しで喜べる事態ではないのは嫌でも理解していた。そういうことになる行為を致していれば尚更だ。
 そしてコナンが気付くのと殆ど同時にコナンと同棲している快斗が気付くのは当然の事だった。(何しろコナンに生理用品を買い与える役割は彼の担当だったからである。生活用品のストックがある棚を覗いて「あれ?減ってねーなー」という快斗の言葉に(そーいや来てない?)と気付いたのである)
 即座に快斗はコナンを連れて阿笠家の門を叩いた。市販の検査薬では微妙な時期のような気もしたし、何より彼らは冷静な彼女の診断と見解を信頼していたのだ。
 結果は、まさか、の予想を裏切ってはくれなかった。

 うーん、と考えるポーズになって(その実脳内は真っ白だったりしたが)押し黙るコナンにお茶を淹れてくれた主治医は、「ちょっと聞きたい事があるから、黒羽くん、いいかしら?」と有無を言わさぬ威圧感で快斗だけを診察室兼研究室に外に連れ出しておよそ30分。
「ま、とにかくお暇しよーか」と言って部屋を出て来た快斗の額は真っ赤になっていた。

 帰宅して、とにかく二人向き合ってリビングのソファに腰掛けて。
 コナンは自身の意向は口にせず、まず快斗に聞いた。

「オメーどーする?」

 まるで今日の昼飯何食う?とでも言うような、実に気楽な聞き方だった。けれどもその眼が、いつもは真っすぐ青い瞳で真実を探ろうとするそれが、ふいと快斗の顔から逸らされていたから、快斗は己の回答次第で訪れる未来の形が決定的に変わるのだ、と正確に捉えていた。

「オレ、その…」

 快斗は正確に自分の気持ちが伝えられる言葉を使いたくて、暫し言い淀む。それをどう取ったのか、コナンはどこかすまなさそうに笑った。
 尿検査にエコー検査…灰原は、いつものような彼女を心配する友人としてではなく、あくまでも主治医として、淡々と診断結果をコナンに告げてくれた。
『妊娠していると思うわ』
『ただ、かなり初期にあたるから、妊娠状態が保てるかは不明ね。この先、自然流産が起きて、普通に生理がくる可能性もある』
『現状、胚芽も未熟過ぎて心音を確認できる状態にはないわ』
 その上で、いくつかの対処法の提示。それも、ただただ冷静な言葉での示唆。
 コナンは、彼女の徹頭徹尾のクールさを本当に有り難く思った。
『経過観察として様子をみても良いけれど、その間に『生育』する可能性もあるから、ーもし』
『胚芽の体外排出を希望するなら、早い方がいいわ。処置はここで可能よ』
 胚芽という原始生命を指す単語、処置とはどういうことなのか、など聞くまでもない。持って回った言い方は主治医の優しさだった。
 もっとも、単語の持つ意味は想像出来ても、実際のところのイメージは上手く出来なかった。考えられないうちに終わらせてもいいのだと、主治医の眼は言っていたような気がするが、コナンは即答を避け、快斗と共に帰宅したのだ。

「オレの身体の決定権はオレにある。ってのは分かってるけど、やっぱこれは共同責任じゃね?」
「!いや、オレが責任とる。取りたい。取らせて。ああでも、オレの選択をコナンに一方的に受け入れて欲しい、って事じゃないんだ。勿論、コナンの決めた事についてオレが責任だけ取る、とかじゃなくて、なんていうか、その」
「?おい、大丈夫か」

 あー、うー、と、とかく突然言葉に不自由になった快斗の様子に、これは珍しく、あの大層頭の良い男が本気で混乱をきたしていることに気付いたコナンは、内心かなり驚いた。いつものポーカーフェイスはどこへやら、忙しなく、頭に手をやったり、カレンダーを見たり、―コナンを見ては、思いつく言葉を片っ端から口に出し始める。

「とにかく、オレはとっくに覚悟決めてプロポーズしてるし、そうなった時の責任も取るって言ってある!二言はねぇ。それは大前提なんだ。でも、こんな時期に、って少しヤバい気はしてる。ああ、けど!すっげぇ、嬉しいと思ってるからな?!それは本当!でも、その…オメーの身体のこと考えると実は結構、怖いっていうの、が、」
 「怖い」という言葉の後、快斗はしまった、というように一瞬口を閉ざす。すぐにもう一度言葉を重ねようとしたのを、コナンが、「わかった。落ち着け」と遮った。

「オレ、全然実感も何も無くて、ホント適当にオメーに聞いちまったんだ。悪ぃ…」
「悪くねーよ!ちっと待て、30秒でいい」

 コナンは静かに、目の前の男が三回ゆっくり呼吸を繰り返すのを見ていた。
 そして、三回目の息を確り吐いて、それから快斗は顔を上げた。

「えーと、なんつーか…オレは、お前と一緒に、考えたい」
「……」
「オレが、産んで、って言ったから産む。駄目なら諦める、とか。コナンが産みたいから、オレがそれを呑む、とか。そういうかたっぽだけが結局責任を負う、みたいなのは嫌だ。それに、オメー『産む』っての、どういう事か考えた事あるか?実感ない、ってさっき言ったよな」
「…ねぇよ。あるわけねーだろ!」
「なら、考えようぜ?オレに『共同責任』って言ってくれるなら、さ。本気で二人で考えたい。考えて、その上で、お互いに納得して一つ選ぶんだ。んで、その先に起こる事全部、嬉しい事も後悔も、全部オレとコナンで受け止めて、二人で乗り越えたい」

 そっとコナンの手をとって、確りと眼を合わせてそんな事を言う男に、まるで二回目のプロポーズだな、とコナンは思った。


 話し合いは主治医を交え、出来るだけ手早く、でも互いに言い零しが無い様に丸三日ほどかかった。
 快斗が優先したいのは、コナンの身体。コナンが一番に考えたのは、この気障で優しくて…寂しがりな男を一人にしないこと。
―似て非なる意見が互いから出れば、各々の譲れない条件を主張し合い、時には喧嘩腰で言い合うことにもなった。産むか否かの選択については、互いに迷いは殆どなかったけれど、それに付随する未知の世界や、命に関わるもしもの事態を想定した場合の対処や選択については、話し合いは難航した。
―それから、特異な経歴をもつ江戸川コナンに限らず、出産はどんな健康な人間にとっても命に関わる大仕事だ、という事を様々な情報から得心した二人は一つの結論を出した。
 主治医が「で?二人の気持ちは?」と聞けば、快斗が「いざとなったらオレは絶対子どもよりコナンを取るけど、それでもいいなら産んで欲しい」と言い、「堕胎なんざ御免だ。でも、産むってのもはっきり言ってよくわかんねぇ。…たださ、この腹ン中で命が出来てるなら、生かしてやりたい、と思う」とコナンは言ったのだった。

「後からコナンに恨まれたって構わない。コイツが居なかったらオレ間違いなく死ぬし。いくらコナンそっくりの可愛い赤ん坊が遺ってても、無理。赤ん坊以上にオレがコナン恋しくて死ぬ自信しかない」
「っつーコイツのこの意思がある以上、オレが死んだら、その時点で両親不在なんだよ。だからもしもの場合は養子先を探して欲しい。いっくらウチの父さんと母さんが若作りでもキツいだろ。生まれてくる子がかわいそうだからな」
「あれ?もしもの場合の想定が違うよ、コナンちゃん!」
「うっせーな。勿論、オメーの考えてるもしもの判断が必要な時は、それで構わねぇよ。もっともオレに恨まれることは覚悟しとけ」
「勿論。コナンがオレを憎んでても愛してくれてるのも知ってるから全然平気。…オレに一番気持ちが向いてるなら、なんでもいいや」

 互いの判断が相手を深く傷つける事になったとしても。互いの意思を尊じ合う、と彼らは決めたようだった。

 そうと決めてからは、時間はあっという間に過ぎて行った。

 快斗は、コナンの通う高校の校則をしっかり読み込んでおり、「奥様は女子高生・リアル」が成功しない事を認識していた。つまり、入籍は勿論妊娠がバレれば一発退学。だが、幸いにも卒業は目前で、しかも殆ど自由登校の期間だったので、更に何くれと理由をつけてはコナンの在学時間を減らし、彼女の身体の変調に気を配った。
 妊娠が発覚する前の1月のセンター試験において、コナンは全国どこの二次試験も受けられる余裕の得点を叩き出していたので、ひとまず国内最高水準の頭脳が求められる大学の学部を形だけ受験し体裁を整えた。合格通知の証明さえ高校に届けておけば、その後休学しようが退学しようが、それは一身上の都合だろう。
 なお、二次試験を受ける際、試験の緊張とかストレスが良くないなら、代わりにオレが受けて来る!と快斗は主張したが、コナンは呆れて「その歳で女子高生に変装とか、怪盗以上の犯罪行為じゃねぇか、バーロ!」と一蹴した。
 卒業式の予行練習だの、時折やはり学校に行く必要はあったが、幸いにも酷い悪阻の症状もなかったコナンは、ごく普通に灰原と共に登校して行った。

そして、三月。

 無事卒業式を終えて、校舎を背に校門をくぐろうとしたコナンの前に立っていたのは、二つの花束を抱えた黒羽快斗だった。

「卒業おめでとう!」
「おお…サンキュ」
「あら、ありがとう」

 大輪のバラの花束を捧げられて、コナンは相変わらず気障だな、と呆れつつも頬を染めた。「まるで、愛の告白ね。それとも公衆の面前でプロポーズかしら」と、こちらは完全な呆れ顔で灰原が呟く。彼女の手にはゼラニウムとスイートピーの可憐さが際立つ花束。こちらは友愛と門出を祝うもの。
 明確に差異のある花に、いっそ清々しいほどの意図を感じ、そっと灰原は彼らから距離を取る。この後は、卒業祝いとしてコナンと灰原、そして灰原の養父となっている阿笠博士と、海外から来日している工藤夫妻と当然快斗を加えての食事会の予定なのだが、…とりあえずこの二人とは別ルートで合流した方がいいかもしれない、と灰原は思った。

 じっとコナンを見つめる快斗の眼が甘過ぎだった。
―いっそ作為的なほどに。

 不意に背後で、キャッキャと女子生徒の囁きというには大きい声が聞こえて来た。校門前でパシャパシャと記念撮影をしていたコナンの同級生達だ。在校生に見送られ体育館を出た後、クラス毎に、あるいは部活や委員会、個人や家族で最後の記念撮影をしていた集団が、コナンと快斗に気付いて足を止めていた。「わ、いいなー。綺麗な花束」「あれって、コナンちゃんの…」「やっぱ今日もお迎えに来たんだねー」「すごい花…っていうか、薔薇ー?!」「うわあ、何か凄くない?」
 彼女達は、以前、彼ー黒羽快斗が江戸川コナンの兄代わりで、彼が「弟みたいなヤツだけど」とコナンについて言っていたことも知っていたが、どうした事か、その時の男の顔はとても「兄」には見えなかった。
 彼に対峙しているコナンよりも顔を赤くして二人をーコナンの前にいる彼を見つめてしまう。
 何せバラを抱えた彼女を見る男の眼は、大切な、大切な、愛しいものを見るソレだと傍目にも明らかだったのである。
 快斗は、彼女の背後に人の群れが出来るのを承知しながら、ゆっくりと口を開いた。

「本当に、おめでとう。…良かったな」
「ああ」
「少し、長かったけど」

 高校二年生から一転、小学一年生になって、再びやり直した時間について言っているのかとコナンは思ったが、違った。
 快斗は、両手で花束を抱えるコナンに近づくと、そのままコナンの肩を抱き、顔を傾け囁いた。

「オレ、待ってた」
「…は?」
「卒業したし、もう我慢しねーから」
「へ?」
「やっぱり、弟にも妹にも思えない。…愛してる」

 そう言って、そのまま快斗はコナンに口づけた。
―きゃああああーと盛大な黄色の悲鳴が二人の背後で上がった。

 工藤新一の両親としては卒業式に出席出来なかったものの、こっそり変装して江戸川コナンの縁者として学校に潜り込み、二人の様子を見つめていた(なお、母親の方は片手にムービーカメラを抱えていた)夫妻は、グッと親指を立てて、その光景を絶賛した。

「さすが、大舞台慣れしてるマジシャンね!女心をくすぐる展開をもってくるの、上手いわぁ。新ちゃんってば照れちゃって、かーわいいー」
「フム…ここで私が『うちの娘になにを!』と殴り込んだら更に面白い事になるかもしれないかな?」
「そうなったら、駆け落ち展開かしら!」
「彼が土下座する展開もあるが、なかなか、最高の演出になるだろうね」
「行っちゃう?優作」

 ニヤニヤしながらヒソヒソとそんな会話をしていた二人に、コナンと快斗から距離を取っていた灰原が近づいた。

「…なにしてらっしゃるの?おばさま、おじさま」

「あ、哀ちゃーん!バレたぁ?」
「さっき、博士からメールが来ていて、こっちにお二人が来てる筈だから、って教えてもらったんですが…、あの、博士は…?」
「あのね、博士には先に予約してあるレストランに行ってもらってるの。一緒に写真取らないの?って聞いたら、眼が真っ赤になってしまって、いい歳して恥ずかしいんじゃ、って逃げちゃって。…新ちゃんは快斗くんが連れて来てくれるから、哀ちゃんは、先に私達と一緒に行って記念撮影しましょー!」

 恰幅の良い少々厚化粧の「おばさん」と、背がひょろ長い頼りなげな風体の老いた「おっさん」という2人組は、卒業生の保護者の中においては特に浮いた存在ではなかった。だが、皆が校門や校舎の周りでわいわいしている中、そっと木陰に佇んで、明らかに一組の男女を注視している姿は少しばかり不審げで、そして漏れ聞こえるおばさんとおっさんの風体には全く似つかわしくない会話は、灰原に脱力の溜め息を吐かせるには十分だったりした。

「それで、…アレは何の茶番なのかしら?」

 灰原の視線の先には、彼女の肩を抱き寄せながら、奇術師らしく何処からか白い鳩と花を飛ばして、観衆を沸かせている男の姿。

「『弟みたいなモノ』って断言していたのを翻して、オレのモノ宣言をしておきたい、…だったかしら?」
「今後を考えて、あの子が外を出歩きにくくなる事がないように、と言っていたかな?世間公認なら騒がれても望む所のようだよ」
「別れのシーズンに、思い切って告白してくる子って多いもの。それに後々同窓会とかもあるし。さっさと『お手つき』ってしたかったのよねー、きっと」
「大学も、授業料が勿体ないからと休学ではなく退学して受け直すと決めたようだからね。今後その旨について説明するのに『結婚』したから、というのは便利なのだろう」

 夫妻は、明らかなる男の建前と本音とを正しく灰原に教えてくれたのだった。

 とにかく、江戸川コナンは無事に高校卒業に漕ぎ着けた。
 卒業証書を手にしたコナンを見て、心底から喜び同時に安堵した快斗だった。


**

「コナン、チビたち寝たよ」
「おー、助かった…」


 快斗が洗面所から自室に寄って身支度をして妻子のところへ戻ると、双子は口元をむにむにさせながら眠りの間際で踏ん張っていた。これならもう大丈夫だろうと、快斗は二つとも人間椅子になっていたコナンの手から取り上げて、ころころ一緒に布団に転がって、子守唄を奏でながらとんとん・ぽんぽん、背中やお腹を撫でてやる。もぞもぞしていた双子は暫くしてくぅくぅと本格的な眠りの国へ。柔らかな頬や髪をフニフニふわふわ弄んで、それから上掛けをかけてやった。
 そうしてからキッチンへ戻ると、食卓の椅子に腰をかけテーブルの上に伸ばした腕を揉んでいるコナンの姿。なかなか痺れは取れないようだ。それでも、快斗に気付くと直ぐにご飯の支度をし始めた。

「あ、オレ勝手にやるから休んでていいよ」
「いんや、オレもまだだから」
「ああ…そりゃまた」

 チラリと快斗は部屋の時計を見る。快斗が帰宅したのは6時過ぎ。今は7時を過ぎていた。朝と夕に、日に二回ほど与えている離乳食はいつも通りならば5時前後にあげていたはず。
 結局二人で台所に立って、手を動かす。
 お粥を炊いたのと同時に調理していたであろうポトフの鍋に火を入れて、冷蔵庫からとりあえず千切っておいておきました的なボウルに入ったレタスを出して、他の野菜と併せて手早くサラダにしてしまう。手の込んだモンが無くて悪いな、とコナンは言うが、快斗はとんでもない十分だよと笑いながら、どうせならもう一品、と卵を割って手早くオムレツを作り出した。
 コナンはその手際の良さにいつものように感心しながら、温まった鍋から料理をよそい、それから平皿を出し、その皿の半分ほどにサラダを盛る。すぐに快斗が、空いている平皿のスペースに黄色いオムレツを乗せた。するとコナンが食卓へと運んでくれる。互いに声をかけずともスムーズに進む準備に、自然、快斗は口元が緩む。日常の中でこんな風に行う何気ない共同作業。―それをコナンと共に行っていると思うだけで、快斗は自分がとんでもなく幸せになれるのだと知っていた。

「チビたちさ、お風呂、一眠りさせたら起こして入れよっか?」
「いや、昼過ぎに、二人とも身体は流してやってるから、今日は風呂はいらねーよ」
「でも、今の時間からずっと寝させてたら、深夜か早朝に泣き出すんじゃねぇかな」
「昼寝少なかったから、いつもよりかは長く寝てくれるとは思うんだが」
「夜泣きされんぞー。どーするコナンちゃん?」
「う」

 食べながら話す事は、互いの今日の出来事と、今日のあとの過ごし方だ。
 子どもがいると、どうしたって生活時間は彼らのペースに会わせるしか無くなる。もっと夫婦の時間が欲しいというのが快斗の偽らざる本音だったりするのだが、大人の都合など、彼らは知った事ではない。
 そして大人にとっても、言葉の通じない赤子の主張はなかなかどうして知ろうとしても困難だ。

「つくづく…何でアイツら眠い時に泣くのか意味がわかんねー」
「…名探偵でも解けない謎ってヤツか」
「謎の塊だなアレは。眠れない、あるいは、何か気になって寝たくない、それがシンドイってのなら分かるぜ?でも、何でだ?った聞いたって、ウチの母さんもオメーの母さんも揃って曰く『眠いと泣くのよ』ってさー。眠いなら泣いてないで寝てくれりゃいいのに」

 テーブルの上の皿はどれも綺麗に二人の胃袋に収まって、食後のお茶にふぅと一息。

「車だとよく寝るけど、夜中に連れ出すのもな」
「それは却下って言ってるだろ、コナン?」
「…わかってるから、尖るな。行かねぇって」
「絶対だからな」

 教習所を経ての免許取得ではなく、いわゆる一発免許をコナンが取ったのは、高三の夏休みだった。高校の校則は事前許可と取得後の免許を学校に預ける事を条件に、取得に関しては制限はしていなかったので、戸籍上の18歳が過ぎるのと、暇な時間が出来る長期休業期間を待っての受験になった。技能試験も学科試験も即日合格で仮免取得。また特定講習を終えた後は、快斗が付き合って「仮免路上教習」という名のドライブ・デートをして、本免試験も一日でパスしたのだ。同乗教習が課せられた五日間を除けば、実質免許取得まではほんの数日で事足りた。一発試験の試験管はその殆どが警察官なのだが、何故こんな現役女子高生が、とても滑らかで的確な判断を兼ねた運転が出来るのか、大変不思議がって―不審がっていたものだ。
 ゲームセンターで鍛えたんですぅ。なんなら電車の運転にも自信あります!あ、あと最近はガン●ムの運転?操縦かな、それもいけそうだなって思ってまーす。と実に白々しいにも程がある台詞を盗聴器ごしに聞いていた快斗は、彼女を送迎する車の中で堪らず大声で笑ってしまった。「ハワイで親父に」というのは、どうにも世間一般には通用しないものである。
 双子を連れての外出を一人で行うには手が足りないことがあるので、車を使う事自体には反対しないが、なにしろドライバーが江戸川コナン=工藤新一であることを考えると、積極的には推奨したくない快斗である。いつどこで違反車や不審者を乗せた車だのを追ってカーチェイスが始まるか分かったもんではない。それが深夜なら尚更に、不埒者の出没度は跳ね上がろうというものだ。

「夜の散歩なら、オレが一緒に行くしさ」
「歩いて?」
「…飛んでみるものいいかもな」

 ようやく深夜の授乳が減ったものの、育児疲れで時に気絶するように眠るコナンを起こさぬ様に、快斗が双子を連れて夜の散歩に出掛けるときがある。
 先日の夜は、満月が煌々と夜空にぽっかり浮いていて、その大きな黄色の球体に、アレは何だと赤子達は手を伸ばしてたようだった。もっと近くでみせてやりたいな、と快斗は思ったのだ。

「一人ならともかく二人は無理じゃねーか?」
「ハンググライダー改造してみっかなぁ。ほら、逆に同じ重量の塊がちょうど二つあるって事を利用すればさ、」
「いい感じにバランスが取れそーだ、っつか、それこそ却下だろーが!やるなよ!?」

 小さくケケケと笑う男が、様々な不可能をまるで魔法のように叶えて来た過去を持っている事を知るコナンは、コイツならやりかねねーな、と内心で冷や汗をかいた。



―その晩。
 深夜目覚めた窓の向こうに、器用に赤子二人をハンググライダーに括り付け、月の下を飛び回って高笑いする白い怪盗の姿を見たー『夢』を見て飛び起きたコナンだった。







しあわせな、しあわせを ゆめにみる日々











・出産日は9月10日と想定(くどーの日ー!。
・卒業後ぱーちーで妊娠報告を受けた工藤夫妻がお祝いに工藤邸を格安で譲ってくれる(今までは基本快斗くん居候扱い)ことになるが、格安で億越えだったため、快斗さん仕事大変になる→工藤さんちと黒羽さんちが妻子の世話焼きまくり孫可愛がりまくり→ズルイ!オレの!ってなって多分もの凄い勢いでドル箱スターに上り詰める。
・とかなんとか色々だらだら更に考えてみたり。
…失礼しました!


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