「誕生日プレゼント?」

首を傾げて、聞き返していたコナンに、快斗はそうそう、と頷き返した。

「別に…」
「ってのはナシ!いやさー、オレだってサプライズ好きだし、家事に育児に頑張ってるコナンちゃんにあっと驚くプレゼント!って考えてたんだけどさー」

言いながら、快斗はポンとどこからとも無く一冊の大判の雑誌を出した。すっかり黒羽家でお馴染みになっている新米パパママの情報源雑誌『ひよたまくらぶ』だった。
快斗は目当ての頁を開いてコナンの前に差し出す。
特集!『ママの欲しいものベスト10』と大きな見出しが載っていた。

「新米お母さんの欲しいものが、結構「自分の時間が欲しい」とか「一人でカフェに出掛けたい」とか、そういうモノとかパーティーじゃないモンって書いてあったからさー」
「へー…」
「ゆっくり大好きな推理小説読む時間とか?図書館でも書斎でも、しばらく籠りたい、とか。そういうんだったら、オレの方の仕事の調節しないとだから。今回はコナンの希望を聞く事にしました!」
「ふーん…って、オメーこの時期に仕事しない気かよ」
「五日はこどもの日ってことで恒例の事務所主催のキッズ向けマジックショウ演るけど、今年はそれだけ。だからその前の三日間くらいなら何とかなる」
「巡業は?」
「近回りだけあるけど、新人がメインを張ることになってんだよ。素人さんやお子さんの眼は派手さがあれば技が荒くても喜んで貰えるからな。基本、オレは裏方だし、もしかしたら休むかもって打診してある」

根回しは十分してます、と胸を張る快斗に、コナンはううん、と唸った。その気持ちだけで十分だぜ?と言ってやっても納得しなさそうだ。だいたいこの男は、はっきり言ってコナンよりも余程家事も育児もこなしている。コナンがうっかり推理小説の新刊を読みふけって夕飯の支度を忘れていても手早く冷蔵庫から美味しい料理を作ってくれるし、うっかり双子と共に昼寝をして放置した洗濯物が真っ暗な外の物干竿に掛かっていても、さっさと取り込んだ上畳んで整理までしてくれる。せめて育児においてはヤツの手を借りまい、などと思っても、夜泣きが始まれば、そっと両腕に我が子を抱えて、外の散歩に出てコナンの安眠を守ってさえくれるのだ。
非の打ち所がない。
この『ひよたまくらぶ』の読者投稿欄に投稿してやりたいくらいの献身ぶりだ。世の奥様方がウチの旦那と交換してくれ!と言う事間違い無しだ、と妻の欲目でもなくコナンは思っている。

「なんならお出かけもいいけど…でも連休だからどこも混んでるのは覚悟だな。あ、ベビーシッターの頼めるホテルとかクルージング探そうか」
「…珍しいな、お出かけまで可なのか」
「あ、でも…事件に遭わない、って前提でお願いします」

コナンが、意外だなという顔をして快斗の顔を見ると、苦笑しながらも「オレだって行楽日和に家族でお出掛け、ってのしたいんだぜ」と返って来た。行楽時期のイベントを請け負う仕事をしている快斗の休暇は、一般的な休みの時期とはズレるのが大抵だ。

妊娠出産育児という女性の三大任務のお陰で、すっかり家に籠りがちになったコナンは、時折警察から難解な事件やメッセージについて電話やメールで相談を受ける事はあっても、自ら出向いて事件解決に乗り出す事は殆どなくなり、併せて事件引き寄せ体質は鳴りを潜めていた。

双子を連れての外出は結構骨が折れるから、というのが主な理由だったが、やはり自身とその血を引く我が子はちょっと世の中から外れた方がいいかも、と思わせる出来事があったりしたのだ。
例えば。
ー偶々寄った銀行で強盗に出くわし、その際双子の一人が人質に取られかけたり。もう一人がいつの間にか寝返りと拙いハイハイで動き回って、犯人が札束を入れさせる用の行員の前に広げたボストンバッグに入り込んでしまったり。(焦るコナンの前で、犯人に宙づりにされた方は小さな指先を拳銃の先に突っ込んで逆に犯人の気を引き、その間にコナンが自衛用のお馴染み麻酔銃で討ち取って事なきを得た。が、安心したのもつかの間、姿の無いもう一人に「おい!?」と叫べば「ばー!だぁあ!」と瞬間移動イリュージョンよろしく窓口に置かれたバッグから飛び出す我が子。呆気にとられたのは行員で、脱力したのはコナンだった。)
ーショッピングモールに通り魔が出た時は、何故か赤ん坊が二人揃ってジタバタ暴れ、犯人の逃走先通路に向かって持っていた哺乳瓶をポイと放り投げて、それに足を取られた(何せ二段構えで犯人の両足を見事掬い上げていた)犯人が親子の前で無様に転倒したり。
…赤子の無意識(と、両親は思いたい)突飛な行動は事件解決に大いに役立ったが、さすがの元祖事件体質のコナンでも赤子を抱えながら犯人達と対峙するのは非常に心臓に悪かった。
その上、よくもウチのヨメとコドモに手ェ出したな?と怒りに狂った元怪盗が、わざわざ警察に潜り込み私的に犯人に制裁に加えに行くものだから別の意味でもヒヤヒヤした。
挙げ句、「事件に巻き込まれてもあんなにご機嫌なんて、新ちゃんの赤ちゃんの時みたいね〜」と祖母というには若々しい有希子の言葉に戦々恐々とさせられ、結果、コナンは高校卒業後、主婦兼自宅浪人生兼自宅警備人として精を出す事を余儀なくされたのだった。(なにしろ高校卒業時点で妊娠四ヶ月目だったのである)

「五日は端午の節句だー、ってウチのお袋と、有希子さんと優作さんが来るだろ?」
「ああ。お前んトコのマジックショー見て、寺井さんのトコ貸し切らせて貰って食事するって言ってたな。そういや時間取れそうなのか?」
「大丈夫。もしかしたら、また事務所に戻るかもしれねーけど、手は足りるだろ?」
「まぁな。ウチのもだけど、オメーの母さんも赤ん坊の扱い上手いから助かるぜ」
「率先してオレたち二人きりにしてくれるしなー。あー、事務所戻らないで、そのままコナンとデートさせてもらうかなぁ」
「その間に、チビ達の衣装がまためちゃくちゃ増えるだろーけどな…」

今年のゴールデンウィークは、実に連休らしい連休を取って過ごす気でいる快斗は「だからさ、少し遠出も出来るし、何かご希望は?」と再度コナンに問いかけた。
コナンは、んーと小さく唸りつつ、手にした雑誌をパラパラめくる。
ーある頁で手が止まった。


***


早朝に都心から離れたこともあり、ゴールデンウィークの高速道路の渋滞に巻き込まれる事も無く、「行き先はオレが決めるから」という運転手任せに、一家を乗せた車は軽快に走っていく。

「次のサービスエリア、寄るか?」
「そうしてくれ。オムツ替えたい」

ハンドルを握るのはコナンだ。
「モノより思い出がいいな」とコナンからプレゼント代わりのお出かけの誘いを受けての家族旅行。
お父さんらしく運転席に座りたい、と主張した快斗だったが、諸々の事情を考慮して大人しく後部座席で子ども達の面倒を見ている。

「喉乾いたかー?」

聞きながら、両手で持つ取手と哺乳瓶の吸い口に似た飲み口が付いた容器を快斗が取り出すと、双子が揃って手を伸ばした。
そーかそーか、風が気持ち良くても、日光が結構暑いもんなー、と語りかけながら、快斗は手早く其々の手に専用容器を握らせる。
青いコップは双子の兄用で、ピンクのコップは妹用。
無心で喉を鳴らす我が子二人に眼を細めてから、ふっと背後からの気配を感じて、「コナンも要るだろ?」と運転席のドリンクホルダーに冷えた缶コーヒーの封を切って置いてやった。口元にストローを運んでやりたかったが、流石に高速道路では本人のタイミングに任せた方が安全だろう。

「…サンキュ」
「いえいえ」

ミラー越しに様子を伺っていたのも、(オレには?)と思っていたのもバレていたらしい。実に察しの良い旦那だぜ、とコナンはくすぐったい気持ちになり唇を緩める。前方後方車間距離を確認し、見通しのよい直線に入った所で、手早くコーヒーを口に運んだ。最近になって漸く再び飲めるようになった好物だ。
まさかまさかのてんやわんやの末、コナンが産み落とした二つの生命は、周りに暖かく迎え入れられ、元気にすくすく育っている。今は月齢八ヶ月に入るところで、ハイハイは日に日に速度を増し、よく運動するからか離乳食も順調に進んでいて、お陰で母乳を止めても体重はちゃんと増えている。長距離運転に、カフェイン摂取の制限があったら残念な行程になるところだった。



「あー、流石に肩こったな」

そこそこ混んでいるサービスエリアに駐車して、コナンは、まずは車外に出て身体を伸ばした。ぱきぽき、と身体のどこからか音がする。
ちょうど停めた車の後ろには、この近隣の地図ー可愛いイラストの添えられた観光名所案内の看板があった。休憩がてら見ている人間がまばらにいる。なんとなくそれに倣って、コナンもそれを眺める格好で首を回してみたりした。

「お疲れさん。んじゃ、オレ行って来るな」
「おー、よろしくー」
「ゆっくりしてろよ」

赤ん坊のお世話用品を詰めた鞄を肩から提げた快斗は、手早くチャイルドシートから降ろした双子を二人纏めて器用に抱いて、コナンに声をかけながら、多目的トイレに向かって駆けて行った。

「次の次のインターで降りて、…あと一時間ってトコか。…へぇ、ここ産直乳製品があるんだな。…つーか、アイツ、これに気付いたのか」

さっさと一人で行ってしまった快斗に、おや?と思っていたコナンだったが、一通り看板を見てなるほどと小さく笑う。なんとも目敏い男だ。やはり彼にとって出歩くにはどこも鬼門の時期らしい。
コーヒーの礼に、プリンか美味しい牛乳でも買っておいてやるか、と一通り身体を解してから、コナンも休憩所に向かうことにした。

コナンが背にした看板には、渓流釣りのポイントを示す部分には魚の絵が描いてあって、上の端の方には風に泳ぐ鯉のぼりが斜めに掲げられていた。

コナンが、予定通り購入した半解凍のプリンと無添加生乳ヨーグルトなるものをテーブルに置いて、サービスエリアの利用客用においてある冷水で喉を冷やしながら見るとはなしに休憩所にいる人間に目を遣っていると、まるで団子を二つ肩に抱えた状態の快斗がトイレのある方向の入り口から休憩所に入って来たのが視界に入った。
ジタジタと団子の先から伸びている足が動いている。車の固定席から脱出した開放感からか、はたまたオムツが軽くなったからか、とても元気そうである。

「少しは休めた?」
「おう。オメーも休憩入れろよ」

不特定多数の為にと置かれた休憩所の大きなテーブルの周りには、色々なグループが思い思いに固まって話をしたり、食事をとったり。
ほら、二人とも寄越せ、とコナンが手を伸ばすが、快斗は「平気、平気」と言って断った。

「?」

首を傾げるコナンの肩で髪が揺れる。てっぺんの癖毛は相変わらずだが、後ろは少し伸びて肩に掛かるくらいになっている。そろそろ暑くて鬱陶しいから切りたい、と言い出す頃か。初夏には早い五月の風は涼しいけれど、車内は気温が高くなるので予め上は薄手の白シャツだけにして、下は動き易さを重視した細身のジーンズ。シャツの胸ポケットには便利機能付きの伊達眼鏡が収まっている。少し底が厚く固めの皮製の布が足首まで覆う靴を履いている彼女は、どう見ても「母親」っぽくはない。ベビーカーを押して散歩していても、抱っこ紐で赤子を抱えていようとも、兄姉なり親戚あたりの子を預かってる少女にしか見えないものだ。

「腕、疲れてるだろ?」
「あー…。どっちかっていうと肩だな」
「やっぱり、運転代わろうか?」
「それはいいって言っただろ。街乗りじゃねーの久しぶりってだけだから、そんな疲れてねーよ」

可愛らしい外見を裏切るぞんざいな言葉使いに、チラチラと彼女を見る視線が増えたようだ。(なお、ここに彼女に女性らしい言葉使いと仕草を調教師の如く指導監督している友人がいたら二人纏めて正座せねばならないところだったが、旅先だし構わないだろうというのが二人の間の暗黙の了解だった。)
ほら、と再度手を伸ばしてくるコナンに、快斗はそれじゃあお言葉に甘えて、とピンクのウェアを着た赤ん坊を肩から降ろして渡す。
まぁ、自分が傍に付いていれば、「子守り?大変そうだねー」だの「可愛い子連れてるね、キミもすっごい可愛いけど」などと子どもを連れているのに、いやむしろそれをダシにして話しかけて来る手合いは来まい。来たら追い払えば良いだけだ、と快斗は考えた。

「お、よだれかけも替えてもらったか。良かったな」
「ダ!」
「も少しで着くからなー」
「アー・・?ン」
「もうちょっとだけ、とーちゃんと良い子で座ってろよ?」
「ンー」
「ねんねしてても良いからな。かーちゃんの運転好きだろー?」
「…(ニコー)」
「よーし、良い子だ」

可愛い少女と赤ん坊の組み合わせに微笑ましいモノを見る目で和んでいたらしい何人かが会話の端を耳に挟んだらしく(!?)という顔をしたが、そんな外野を気にする夫婦ではない。
もっとも、夫の方は、(まぁそういう顔になるよな!子持ちに見えないだろー!いーだろ、絶対手離さねーよ!オレの嫁最高ー!)…等々内心で叫びっぱなしだったが。表面上はあくまで微笑ましい会話をする妻と子にデレッとするに留める。
が、自分が抱いている方がーいまだに俵担ぎにしている赤ん坊が、思い切り良く足で顎の下を蹴って来たものだから、「ングッ」と呻くことになった。




サービスエリアのパーキングを後にし、快斗はコナンからの労りの品を確り味わってから、口を開いた。先ほどの休憩所で少し遊ばせたので、子ども達はウトウトしている。

「そーろそろ、目的地教えてくれね?ドライブにしちゃ、黙々どっかに向かってるよな」
「それじゃミステリードライブにならねーだろ、推理しろよ」
「え、いつの間にミステリーツアーみたいなことに!?」

背中が暑くなりすぎない様に冷感タオルを赤ん坊とシートの隙間に挟んでやってから、快斗は、助手席の背を倒して狭さを身のこなしで乗り越えて助手席に座り直した。コナンはいいのか?と快斗を見るが、「平気だろ」と軽い返事だ。民家もまばらな景色に、これなら大丈夫だろうと踏んだらしい。
カチンとシートベルトを締めたのを横目で確認しながら、コナンは「そうだな…」とヒントを与える。

「オメーが好きそうな所だよ」
「って言っても、…この先、更に山っぽいよな?」
「高いトコ好きだろ?よく白い翼で飛んでたじゃねーか」

まさか、ハンググライダーかパラグライダーで山間部を遊覧する系?と探ってみるが、コナンの首は横に揺れた。んじゃ、気球…だともっと開けた場所が必要だから違うだろ、と快斗は呟いて、そのまま幾つか候補を挙げていく。小型ジェット機で無重力体験?モーターで飛んで、風に乗って山から平野に降りるヤツ?しかしそれら全てにコナンは正解とは言わなかった。

「ま、空を飛ぶのはオメーじゃねーし。勿論オレでもない」
「…千尋の谷に、子どもを落としに行くなんてことは」
「有るわけねーだろ!」

高速を降りて、車は寂れた田舎道を抜け、大きな山間の道路を走って行く。更に行くと、右へ左へうねるカーブが続いて、片側がずっと山の斜面になり、山肌の曲線に沿って切り開かれた道に入ったと分かった。
一家を乗せた車は、緩やかなカーブを繰り返し上り、確実に標高を上げて行く。本当に高い場所へ行く様だ。しかも、意外と後続車もあるし、対向車も降りてくる。
コナンの運転は決して荒くはない。
だが、所々道が悪くなり、カーブが時折キツいものになってきた。標高が上がれば、更に車は荒い運転を強いられる筈だ。
快斗は後部座席を見る。案の定、赤ん坊を乗せているチャイルドシートが揺れていた。ーこれはマズイ。

「コナン、次の避難帯で一旦停めてくれ。オレ、後ろに戻るわ」
「…いや、大丈夫だ。そろそろ展望台に着く」

助手席に身を納めた時のように後ろに戻るのも不可能ではないが、万一にも運転手の邪魔になるのは避けたいと考えて、快斗が言う。
しかし、コナンは前方に小さな看板を見つけ、そのまま目的地ーのおそらく手前ーまで、走りきる事にした。

数分後、道路脇の避難帯よりも大きな駐車スペースと小さな簡易トイレも備えられた場所に出た。視界の開けた山際は木の柵で囲われていて、そこから下界が覗けるようになっているようだった。
快斗は、そんな周囲の情報を探るより先に、停車と同時に双子の方へ助手席から身を乗り出して、カーブに揺られてどこかぶつけたりしてないか確認する。
しかし、至って二人は平和そうにスヤスヤ寝息を立てていた。

「あー、酔いはしないけど、結構カーブの連続って身体にくるな」
「ここが目的地か?」
「いや、もう少し先だな多分」
「山で何かイベントしてんのか?これ。結構他にも車あるしなぁ。しかもやっぱ連休中だから子どもも多いし」
「…そーだな」

山際ではなく、道路側に停めた車は丁度良く木の陰に入り、窓を少し開けると程よい風が入って来た。これならば車内の気温が上がりすぎる事も無いだろう。
快斗は、そんじゃー推理の材料でも探しますか、と車を降りた。
『展望台』と書かれているからには、人の集まっている場所から何かしら見えて来るものがあるだろうと、青い空がよく見える方へ向かう。
その様子を、ジッとコナンは車内から眺めていた。


ー数分後、男の悲鳴が聞こえて来た。

ー更に数十秒後、男は言葉にならぬ叫びを発しながら、車に戻って来たのだった。


***


「見えたか?」

冷静な妻の言葉に、快斗は彼女がアレが目的で此処まで来たのだと察した。
なんで、どうして。
涙目で快斗は疑問を訴えかける。
しかし、コナンはそれに答える事無く、「ホラ、乗れよ」と後部座席を示した。

ー快斗が今日のお出掛けの殆どを、双子の間の狭いシートで過ごして来たにはワケがある。

仕事場までは公的移動機関を使い、仕事先へは事務所の人間が運転する車に乗る快斗よりも、最近ではコナンの方がちょこちょこと車を使っていた。ベビーカーでの散歩も悪くはないのだが、途中でだっこをせがまれてしまうとーそれは大抵二人同時に要求されることになるのでー身動きが取れなくなる。それが車だと、走る振動が心地よいのかスヤスヤ寝始めてくれるのだ。これはすごい!とコナンは自家用車の素晴らしさをこの時再認識したものだ。
つまりは、車に乗せてしまえば、子ども達は案外大人しい。ずっと傍に張り付いていてやる事も無い。
それが、何故、いつでも妻の近くにいたい夫がずっと後部座席にいたかといえば。

「なんで、あんなにアレがいるトコに向かってんだよおおおおお!!」
「バーロ、アレがあるから此所まできたんだろーが!」
「いいいいい行かねーって!帰る!」
「っざっけんな!オレのお誕生日なんだろ?大人しく座ってろ!」
「いーやーだあああああああ!!」

山を登るにつれ、一定の方向のカーブの先に見える色彩が視界に鮮やかに映って来る。

山肌を風に乗って泳ぐのは、色とりどりの美しい、数えきれないくらい沢山の『鯉のぼり』だった。





「酷い、コナンちゃんの鬼…、でも愛してる!でも、でも…!」

ぐしぐしと湿った鳴き声に混じる恨み節。チラリとフロントミラーで後ろを見れば、膝を抱え思い切り眼に手を当てて、視界を塞いでいる快斗の姿がある。
精神年齢(というか生きた年数)は同じでも、見た目の年齢は10も離れている大人の男の泣く姿はーいつもは、冷静沈着ポーカーフェイスを忘れるな!と年齢に相応した態度でコナンをー工藤新一を子ども扱いすることさえある男のそんな様は、結構コナンにとって胸にくるものがあった。

(くっそ可愛いな…)

口元が歪みそうになるのを、なんとか抑えるコナンである。本当に笑ってしまっては、性悪もいい所だ。それに、わざわざ長時間運転してまで、可愛く泣く夫の姿が見たかったわけではない。…多分。いや予想外にご褒美だったけど、とジッと見てしまいそうになるのを堪える。道は増々険しいし、余り暢気にもしていられない。

「もう少ししたら、『アレ』は下になるから、見えなくなるって」
「…で、上からみるんだろ?!オレ、車から降りないからな!」
「あー、もう、別にそれで構いやしねーから!あんまり喚くな、チビ達が起きちまうだろ」

オメーここでお外見ながら子どもあやしたいのか?とコナンが言えば、ピタリと快斗は口を閉ざした。大変お行儀が良い。

「…この先に、神社があるんだよ。目的地はそこだ」

ぐっと眼に続いて口を閉ざした快斗に、コナンはミステリードライブの到着点を教えてやったが、返事は無かった。


ガチャガチャとタイヤが玉砂利を踏んで、車が止まった。
山頂に向かう道の途中で、山間に降りるー先ほどの展望台から見えたアレが連なる場所に向かう道と、もっと上に登る道に別れてから、対向車も後続車も減ったので、カーブは急でも気持ち的には楽になったな、とコナンは思いながら、運転席のドアを開けた。
見晴らしがとても良い場所だ。
先ほど通り過ぎたアレが連なってる場所は遠くなってしまったが、田舎町の先の都会とさらに先にある海も見える。

暫し、息を吸ってー吐いてー、…もう一度、車のドアを開けた。

「おーい、着いてるぞ?」
「オレは出ないからな!言っただろ!」
「そうかよ。んじゃ、ベビーカー出すな」

意固地な大人の男の姿も、長引けば可愛いより鬱陶しくなる不思議である。赤ん坊たちはいつの間にか起きていて、チャイルドシートの隙間で小さくなっている父親の髪の毛を引っ張って遊んでいた。
コナンは溜め息を吐いて、ハッチバックを開いて双子用の横並び型ベビーカーと、もう一つ、大きな包みを取り出す。
手早く準備した赤子の移動車に、左右のドアからそれぞれ一人ずつ取り出して乗せていく。最後に車の屋根に置いた大きな包みを持って、ベビーカーの押し手を掴みつつ、その上に載せて運ぶことにする。

「ちょっと行って来るから」
「……」
「大人しく留守番しとけ」

コナンはそう言って後部座席を閉めた。途端、バランスがイマイチ悪い大きな包みがズリ落ちそうになったので、慌てて抑える。これでは境内に入る時に落としてしまいそうだ。一旦荷物だけ社に運んで、子ども達は後から移動させたほうがいいか?と思案する。
すると、車のドアが開いた。

「快斗?」

出て来た男は無言でベビーカーの上に不安定に載っている荷物を持つと、「先、歩いてくれよ?」と言ってコナンの腰に手を回した。

「…助かる」
「ん」

短い返事に、快斗のダメージの大きさを感じて、コナンはコイツを連れてくるのはやっぱり辞めておくべきだったかもしれない、と少しばかり後悔した。

「なんで、ここに来たんだ?あと、この包みって…」
「…とりあえず、行けば分かるさ」

「ア!」
「ア!」

双子が何かを見つけてキャーと嬉しげな声を上げた。
境内を羽をパタパタさせながら首を振って歩いている茶色の塊。

「鳩か」
「鳩だな。色からしてこの山の山鳩だなー」
「白くないけど、やっぱ鳩ってわかってんのかな」
「いやいや、オレの鳩をそんじょそこらの山鳩と一緒にしないで」
「鳩は鳩じゃねーの?」

幸いにも、境内に快斗の苦手なモノの姿はないようだ、とコナンが言ったので、漸く、快斗は一体ここに鳩以外の何が在るのかと視界を巡らせた。
お社、社務所、…もう一つ、小さな社屋がある。障子の無い板格子から見えるものに、快斗は足を止めた。

「ここって…人形供養?」
「そう。玩具から、小芥子から、色々子どもの思い入れが詰まったモンを供養してくれるんだってよ」
「…なんだって、こんな所に」
「本当は、もっと早く来るつもりだったんだ。でも、やっぱり遠いし。いくら車なら寝てくれて大人しいって言っても、チビ二人連れは大変だと思ったからさ」

オメーの申し出に甘えさせてもらったんだ、とコナンは呟く。快斗は自分が持つ大きな包みを見た。運んでいても、中でモノが転がるような音はしなかったが、他に「供養」が必要そうな物は無いから、コレを納めに来たので間違いは無いだろう。
包みの大きさの割に、そんなに重さもない。一体何が入っているのか、と快斗は疑問に思ったが、コナンは「交換だ」と言って、快斗にベビーカーを渡し、代わりに包みを持って社務所へと向かった。何がしか話をして、そのまま拝殿へ進んで行く。快斗もその後に続いた。

包みの紐が解かれ、大きな白い箱が現れる。神主が丁寧に箱の蓋を開けるが、中身は更に紫の風呂敷に包まれていた。その結び目に神主が触れようとしたが、コナンが「出来たら、そのままお願いします」と言うと、一つ頷いて、そっと榊を振り始めた。
ーそうして、何がしかの詠唱が終わると、包みは元に戻された。

「なぁ、それって…?」
「…本当は、家に飾って欲しかったんだと思う。でも無理だろうし。供養してもらって、寄付する。んで、写真撮る、家族写真な」
「それが目的…?」
「写真はオレへのプレゼントだと思え。オレはそれが欲しい。」

コナンが青い眼に強い意志を宿して快斗を見る。その真っすぐな眼の美しさに、快斗はただ頷いた。どんな無理難題がこの後彼女の口から出てこようとも、叶える他に快斗が取るべき道はない。
コナンは少し休もうと促し、快斗と共に参道の脇に置いてあるベンチに座って話し始めた。

「三月のさ…桃の節句は、ウチから雛飾りが来たろ」
「ああ。豪華七段飾りだったなー」

産まれて来た双子の女の子の為に、女親側になるコナンのー工藤新一の両親が贈ってくれた節句飾り。勿論お祝いの席もその雛壇の前で行った。

「で、端午の節句に、ってこないだ千影さんから兜飾り…」
「ああ」

そして双子の男の子の為にと、男親の側からの贈り物。祝いの席は快斗とその父と二代に渡り世話をしてくれたブルー・パロットの店主が開いてくれる事になっている。

「と、もう一つ、貰ってたんだ」

軽く眉を上げて驚く快斗に、コナンは苦笑する。そんなのあったか?と快斗が問えば、オメーには内緒に、って貰ったんだとコナンは言った。

「オメーの父さんの付き人…で、怪盗キッドの付き人してた寺井さんから、贈られた物なんだってさ。二世誕生に大奮発したらしい。結構名の在る絵師の手描き一点もの。…でも、肝心のオメーはそれ見ただけで泣き出しちまって」
「え」
「結局、肝心の息子が寝静まった夜にだけ飾ったりしてたって」
「…それって…」
「見たら、スゲー綺麗なまま取って置いてあんだよ。虫もついてなかったし、色あせもしてなくて。大事な人を大事にしてくれた人からの贈り物ってことで、ホント大切にしてたんだろうな」
「……」
「だから、オレもお義母さんに倣って、大事にすべきなのかもしれないんだけど」

石で出来たベンチに腰をかけ、コナンは、鳩に手を伸ばそうとしてベビーカーを揺らす赤ん坊達を見る。

「どうせなら、コイツらに元気に空を泳いでる所を見せてやりたくて。そんで、それをオメーの子どもが出来たって泣いて喜んでた寺井さんにも見て欲しいと思ったんだ」

快斗は、言葉を無くして、コナンが膝に乗せている包みを見つめた。

「さっき通って来た場所に大量のアレがいたのは、「供養」を兼ねてるからだ。子どもが大きくなったりしてもう飾らなくなった物を集めて、あんな風に山の間で泳がせる。結構、田舎の渓谷とかでもやってる観光行事みたいなモンだけど」

「オメーは直前まで眼を瞑ってて構わない。悪いが、やっぱここまで来て諦められねーからな。ここから少し降りた所に、受付所がある。そこで供養を受けたものは追加で泳がせてくれるって話だから、コレを預けたら、よく見えるっていう河原に降りて写真撮影だ」

「下見ないようにして、あと上見ないようにすりゃイケんだろ?」

手は引いてやるぞ、と笑うコナンに、快斗は再びこくりと頷くしかなった。
今日の席を楽しみしております、と笑っていた老人の皺は、快斗が高校生の時に怪盗の姿で顕われた時よりもずっと深くなっている。ここの所脚が上手く動きませんので、と余り外出もしなくなった。店だって、経営者とは名ばかりになっていて、店に出る事は稀だ。
それでも、快斗や、その家族に何か有れば沢山の助言と「坊っちゃまなら、きっと大丈夫でございますよ」と温かな言葉と笑顔をくれるのだ。
ー本当に、優しい人たちに囲まれている。
『オレが欲しい』とコナンがいう家族写真のプレゼントは、きっとそのまま寺井の手に渡るだろう。そして、それを見た老人はきっと笑ってくれる。
ーそれこそが、コナンが欲しいと望むもの。
大事な人を、同じく大事に思ってくれている人を大切にしたいという気持ちをどうすれば伝えられるのか、彼女は考えてくれたのだ。
海だろうが川だろうが空だろうが、泳ぐアレが怖くて堪らない快斗に贈られた成長を願う気持ちの形。確かに快斗が受け取っても、あるいはコナンが受け取った事を知っただけでも、どうして良いのかわからなかっただろう。嬉しくても傍には置きたくはないし飾るなど以ての外だ。かといって、無下にはしたくないし、仕舞いっぱなしにしておくにも罪悪感が伴ったに違いない。そもそも寺井から貰ったというそれの存在はすっかり記憶から抹消されていたと言うのも、申し訳ない限りだった。

(本当に、おれ)

「最高の嫁さん貰ったよなぁ…」

胸の内から溢れる愛しい想いのままにポツリと言葉が漏れて、その恥ずかしい台詞にコナンが快斗を軽く睨むようにして見たが、男が目頭を抑えてとても幸せそうに笑っていたので、何も言わずに吹き抜けて行く風に眼を閉じた。



***


「あら。快斗頑張ったじゃなーい!」
「ほう、これはこれは。キミの父上が見たら、さぞ驚いただろうねぇ」
「ね、ね、これってまだやってるの?私たちも見に行きましょうよー!」

いつもは大人向けの落ち着いた雰囲気の店は、今日の主賓の為に可愛い飾り付けがされている。照明は明るく、ビリヤード台は店の隅に追いやられ、空いたスペースに柔らかなクッションを敷き詰めて作られた赤ん坊たちの為の場所がある。
二人とも新聞紙で折った兜飾りを頭にのせて、ついでに紙の刀を持たせてもらったりして喜んで遊んでいた。

「いいなぁ、焼き増ししてよ、快斗」
「ポラロイドだし無理。悪いけど、それはジイちゃんのだからな!」
「こちらに来て頂ければ、いつでも見て頂けますので…」

困った様に、けれどもとても嬉しそうに笑う老人の店のカウンターには、大きな鯉のぼりを背景にして笑う一家の写真が飾られている。
どうしたことか、写真に映っている父親も泣き顔ではなくちゃんと笑顔だった。
とうとう魚を克服したのか、とこっそり千影がコナンに聞くが、「まだまだですね」と肩を竦めての返答。けれども、多少は昨日の遠出で緩和されたらしい。一体何があったものやら。
嫁と姑のヒソヒソ話しに、そっと有希子が近づいた。

「…で、新ちゃーん?昨日はどんな誕生日してもらったのよーぅ?」

まさか、お出掛けで終わりってことはないわよねー?とニヤニヤ笑って聞いて来る有希子に、コナンはニヤリと笑い返して教えてやる。

「離乳食に魚を取り入れる約束」
「あら、まあ」
「ま、よくイエスって言わせたわねー!」
「切り身からだけどな」

立派に夫を操縦する奥様の道を歩いているコナンに、小さな拍手が向けられたのだった。






名探偵おめでとう!







お年頃事情の二人withベイビー!というリクエストでした。
コレで良かったのか全く自信はありませんが!しかも勝手に名探偵祝いまでさせて頂いてますが!
楽しく書かせて頂きましたー!

どうぞ双子のお名前は脳内で自由に補完してくださいませませ。

ありがとうございました!



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