人死が相次いでいるというその村は、道祖神の境を越え足を踏み入れただけでそれまでの道中とは全く別の様相を呈していた。
道端に蹲る犬は力なくクゥクゥと鳴きしかし誰もそれに構うこともなく、墜ちた鳥の亡骸は食い荒らされた無残な姿のままで放って置かれている。村人は生気薄く落ち窪んだ目を濁らせて、田畑を耕す日の高い時間でも億劫そうにただぼんやりと木の株に座っている者がそこかしこに。
退廃と荒涼と―死、が蔓延している空気を、【彼】に伝えていた。
疫病が流行ったのだ―と、誰かが口にする。
そうでなくて、何の前触れも無く次々と人が死んでいくなどあろうはずがない。原因はわからない。ただ、死が続く。村が丸ごと疫の気に呑まれてしまったかのようだ、と。
早くここを出て行きなさい、と幾分まだ気丈に振舞っている女性が言った。
疫が移るわ。旅をする者がそんなモノを背負っては先へ行かれないでしょう。
人の死んだ順番?場所?疫が移った経路?・・・わからないわ、ただ、段々と身体を悪くし気力を無くしある日狂ったように突然笑ったり踊ったりして、それから身体を震わせて絶命するの。悪いモノが村を徘徊しているのよ。
だが、それはおかしいですよ―と、【彼】は旅笠の奥で稀なる蒼き双眸に沈思の色を浮かべて数度瞬きを繰り返し、【おかしな点】を並べ上げた。
思っていたよりもずっと若い声と、その内容に呆気にとられた女性は、【彼】をただ見送った。【彼】は、それから思考を放棄している村人へ根気よく質問と確認を繰り返し、行き当たる者らへ出来る限りの治療を施しながら村の中を歩き回った。

そして、疫の正体を白日の下へ晒しあげる。

井戸へ撒かれた中毒性のある蔓花。種まきを行った者とその真意―犯行動機。【彼】は、瓦解し死に絶えていく村の姿を嗤って見ていた犯人を引き摺りだした。
 ―マレビトきたり。
凶手を逃れた村人らは【彼】にいたく感謝した。明晰な頭脳と怜悧な理性と、命を救わんとするその優しさに、彼らの導き手となってくれないものかと、村への在留を懇願する。【彼】は謎を求め不可解な噂を聞きつけてはあちこちへ歩き渡る者だからと村人の願いに幼さを残した美しい顔を曇らせた。本当なれば、【彼】はとある不可思議な人物を追ってこの村を通り過ぎる者だったから。
しかし。
縄をかけた犯人の上げた悲鳴に―罪人に石を打つ者たちの姿に、ついにその願いに肯いた。
家族を、友人を、犯人の愚行により亡くした者たちの嘆きと怒りの凄まじさに、【彼】は犯人の追放と引き換えに、その村に残ることを由としたのだった。


【彼】は村里から山を半分ほど登ったところにあった庵を借り受けて、それを居とした。
元は廃寺の一部であり、朽ちかけた頼りない茅葺きの小さな小屋。
そこに住み着くことにした【彼】は、手を加え改修を重ねて一応人が暮らせるような状態に快復させた。
それから。
【彼】は疫死だと思われていたことで埋葬も供養もされず野晒しになっていた者らのされこうべを拾っては、昔見たことのある寺の真似事を始めた。見よう見真似でお経をあげて、香りのよい潅木を粉にし、それを糊で練りこんで線香をあげてやったのだ。―これが、意外にも村の外ではよく売れた。香木も糊の取れる樹木も村の特産品であったから、これは人が減り働き手も生きる糧も減った村を救う手立てになった。
村人はますます【彼】へ感謝をし、廃寺を建て直し経を諳んじる姿から「住職さま」と【彼】を呼ぶようになった。


*** ***


【彼】が住まうようになってから、麓の村は俄かに活気付き、物資を運ぶ流れや仕事を求めて流れてくる者たちが増え、死の蔓延により廃れていく村は持ち直し、それは同時に【彼】の願いをも叶えていった。【彼】は世の不可思議ごとを知りたいと願いソレを追い求める性質を生まれながらに持つ者であった。点在する村と村の行き来が頻繁になれば、流れができる。それにより生じる情報収集のしやすさ。また、行き倒れる者に手を差し伸べることも、あらゆる種類の人間に声を描ける事も、「住職」と呼ばれる身であれば、誰も不審がることはない。
時折、貴方の様な人がこんな山奥で…一人では夜盗や獣の被害が心配では、と言う人もあったが、取られるモノなど何もありまえせんよと返していた。いや実際は物騒な獣や者らも現れる事はあった。しかし不思議と住職の声を聞き入れ、改心し山を去る者が殆どで、獣はといえば、鋭い叱責と獣笛に逃げ出し救われる旅人もあった。
―そうして山を後にした者は口々に「蒼き眼をした菩薩に出会った」と囁き、住職の住む庵は神域なのではと密やかな噂になった。そうなると、寄進も増えていく案配だった。

だが、良いことばかりでもなく、時にその噂は災いをよんだ。



在る夜のこと、灰寺の倉庫に賊が侵入した。そこそこに豊かな村の寺を狙ってくる窃盗団。無頼の集団には説法も利きはしない。
村は立ち直り寄進が多少増えても、ここはいまだ貧しい寺ですよ、と新一は彼らに告げたが、納得するはずもない。だが、実際に伽藍堂の倉庫を見ればそれが真実だと漸く伝わる。では、金も仏像もないのなら、お前を売り払おうか慰みモノにしようかと取り囲まれた。
人里から離れた場所である。
命さえとられなければ、と覚悟をした新一だったが、そこに、助けが顕れた。

持ち直した村の寺―の視察に来たその寺の親寺にあたる本寺に属する者。
正確には、彼らも灰寺の資産を調査に来たのだった。しかし価値ある金品など何もない。そうすると、今度は彼らは住職自身を取り調べ始めた。
【彼】が正式な住職でも、修行を受けた僧侶ですらないと知った本寺の者達は、見目麗しき青年に取引を持ちかけた。

―取り囲んだのが、野蛮な窃盗犯から、知恵の回る上役に代わっただけともいう事態。

さて、ではどうしたものかと彼は悩んだが、ちょうどそのころ寺を―家を必要とする相手を拾ったこともあり、修行へ出ることにしたのである。









必修科目に夜伽があります





…てな感じに新一が修行中に沖矢さん始め色々なオジサマに調教されてました的な経緯からの快新に…なったら良かったなのになぁとそこはかとなく思うばかり。


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