【にゃんこにゃん】


最近マッドさに磨きのかかる灰原が「新しい解毒剤よ」と言って持ってきた薬を飲んだところ、おかしなことに猫耳と猫的尻尾が生えて来た。
どういうことかと詰め寄れば「身体伸縮は身体に負担がかかるでしょう?生命力の強い野生動物のエキスを調合してみたのよ」との返事。此度は「天然○念物の山猫のエキス」を使用したのだという。だが、残念ながら身体は江戸川コナンのまんまだった。

「呑み損じゃねーか!」
「そんな事もあるわよ。でも、身体は楽でしょう?」
「あー、確かに。何か調子イイ感じが…」

カァーと身体が熱くなって例のドクン!も来たのだが、結局は江戸川コナンの身体にオプションがついただけ−でも無い、ふわふわした感覚があった。
妙に身体が軽い。
試しにトン、とジャンプしてみる。

「!!!?」
「あら」

灰原の研究室の椅子や机が眼下に見えて―ゴチン!俺は頭を天井に打ちつけて急落下―「うわ!?」慌てて身体を丸めると、そのままクルリと回転が効いて、スタンと見事に着地していた。痛いのは打った頭だけだ。

「な、・・んだ、これ」
「さすが天然モノのエキスね」
「スゲーな!」
「・・・結果オーライかしら?」

とんでもないオプション付きとはいえ、単純に身体能力が上がるのは嬉しい事だ。それに今夜は探偵として外せない用事もある。むしろその為に有効ならばと薬を試飲したわけだ。
薬の効き目はしばらく保つということなので、俺は丈の長いシャツ(なにせ尻尾がズボンからはみ出すので)と、帽子を被って『予告状』に示された場所へと向かった。


***


ひらひら動く白いマントと鼻先をくすぐってくる良い匂いにつられ、俺の身体はあの神出鬼没な怪盗を上回る敏捷さで動き(自分でも吃驚だ)、ついにその爪先をヤツの身体に引っ掛けた。

「痛い、名探偵ー!顔は紳士の命だから勘弁してくれ」
「うるにゃい」
「…な、マジでおかしいぜ?今夜の名探偵。大丈夫か?」
「オメーの顔はどうでもいいかにゃ、そのシルクハットに隠してる獲物を寄越すんにゃ!」
「いや、宝石はンな所に隠してねぇ…って!うわっ」

白い帽子に爪を立てようとした瞬間、羽が舞い、バタバタ飛んでいく白い鳩。―逃がさない。奴等を捕まえるべく俺は高くジャンプした。
アレこそが俺の獲物であると全身の血が騒いでいた。


***


「ああ、お嬢さん!居た、良かった!なぁコイツどうしたんだ!?」
「あらあら、ここに貴方の獲物は無くてよ?帽子を忘れた怪盗さん・・・って、それ・・・」
「名探偵!これ!耳!尻尾!あともう言動と行動がヤバイ!」

ぶらんと怪盗の手に首根っこを掴まれ子猫宜しく捕まった状態の江戸川コナンという少年。彼は人間には存在しない獣の耳と尻尾を露わにし、その両手と鋭い小さな牙にも思える犬歯を覗かせて怪盗の物であるはずの白い帽子に齧り付いていた。
ふーふーっと荒い息を吐いて憎々しげに光沢のある帽子をガジガジと。

「・・・江戸川くん?」
「にゃんだ」
「にゃって・・・どうしたの、貴方」
「えものに逃げられたにゃ」
「探偵さんの獲物なら、貴方の後ろにいるじゃない」
「ちょ、お嬢さん!」
「こいつ、食えない。飛ぶの、獲物。この帽子いー匂い…」
「こいつ、俺の鳩に襲い掛かってきたんだぜ?!」
「・・・なるほどね」

仕種や行動、ついでに語尾。思考の低下まで確認できる。
見た目と同様、大分猫のような有り様になっているようだ。
灰原はそんなコナンの尋常ではない状態を暫く見つめた後(可愛いかも、なんて見ている場合じゃないわ)頭を少し振って、急いで検査の為の準備を始めた。

コナンを引き渡したらさっさと立ち去るかと思っていた怪盗は、時折探偵が繰り出す猫パンチを器用に避けながら、灰原の仕事を手伝う。猫のようでいて、同時に人の意識や記憶もあるコナンが注射針を見て暴れたりするものだから、それを抑えてくれる男手があるのは助かった。
ハートフルな怪盗さんのフェミニズムか、それとも様子のおかしい好敵手の安否が気になりでもするのだろうか、まぁどちらにせよ役に立ってくれたわねと灰原は思った。

そうして幾つかのデータを取り、これまでの研究と予測していた事象と数値のデータを照らし合わせ、灰原は一つ溜息を吐いた。

「本当に、何万・・何億分に一つの可能性を引き寄せる人だわ」
「どういうことなんだ?」

怪盗の協力的な態度に敬意を表し、灰原はその問いに答える。

「ええと・・・彼は約六時間前に新薬を服用しているの。薬の効果は・・・」
「なんだっけ、子供化しちまったのを元に戻す薬の研究してるんだよな、お嬢さんは」
「そう。解ってるなら話は早いわね。つまり―」

一方的にこの神出鬼没かつ犯罪者に分類される相手に事情を知られている気持ち悪さはあったが、後ろ暗さでは引けを取らないだろうと自負する灰原としては怪盗相手というのはかえって気が楽であった。何しろ怪盗とは幻影であり、存在しないモノであるはずだからだ。灰原が怪盗を「ここに居る」などと通報でもしない限り、怪盗が灰原達の事情を誰かに洩らすようなこともないだろう。灰原もコナンも「本当は居ない」存在であるゆえに。おそらく。
それに怪盗と探偵が、追う者と追われる者の立場でありながら、時に怪盗が探偵の窮地に手を貸し時に探偵が怪盗の濡れ衣を晴らすような遣り取りがあった事を灰原は知っていた。
ならば現状のコナンの様子を踏まえ、灰原としてはこの『使える男手』を引き入れておきたいという胸算があった。

「天然的山猫エキス、ねぇ…」
「ここまで猫化するのは予測データの範囲外なの」
「解毒効果が無い分、猫成分にでもなってんのかね」
「それは全く別の作用だから、互換も相乗もしてないと思うのだけど・・・」
「ま、排毒されりゃ元に戻るんだろ?理論上」
「ええ。ただいつ戻るかは現在不明」
「・・・うーん。水飲ませてトイレ?」
「あのね、排泄されて済むようなレベルの解毒薬でいいのなら、そもそも私達はいつまでもこんな姿をしてない、とは思わないかしら?」
「・・・マジ?もう、俺引っ掛かれんのも鳩ちゃん襲われるのも勘弁なんだけど」

げげ、という顔をした怪盗に、ニッコリと灰原は笑いかけた。
少女の笑みに、怪盗は更に顔を引き攣らせる。
良くない悪寒が怪盗の背中を伝った。

「ところで、怪盗さんって猫はお好きかしら?」


**


黒羽快斗は自分の家の自分の部屋の片隅で、体育座りで頭を膝に埋めていた。

「俺の馬鹿…!」

いや仕方ないじゃないか、と何度も己を肯定しようと思うのだが、快斗が顔を上げればいろいろ思うところが一杯有りすぎるくらいある、かの名探偵が自分のベッドで身体を丸めてスヤスヤ眠っている光景があり、そのあどけない寝顔とか魅力的な肢体にはオプションでくっついている猫耳や尻尾だのの相乗効果もあって、もはや視覚の暴力というか致死量の毒を飲み込めと言わんばかりの窮地に少年を追いやってくれていた。



怪盗は―黒羽快斗は、青い目を鋭く光らせ小さな身体で彼を追いかけてくる名探偵のことがそりゃもう大好きだった。
強烈な印象に目を引かれ、いつしか心惹かれる存在になった『江戸川コナン』―『工藤新一』。小さな身体に隠されたその正体を知ってなお、むしろいずれその正体である少年に会えたら、友情とか育みながら恋情も育てて愛情が芽生えるような間柄になりたいと望むほどに。
別に彼が小さい姿のままだって構わないことは構わないのだが、やはり見た目の年齢差や体格差はなかなか手が出すには勇気―怪盗以外の犯罪名で呼ばれる可能性を受け容れる覚悟―が要るので。それに現状怪盗には怪盗の事情があり、それは仮初の姿を取らねばならない探偵にしても同様だった。
ひとまず彼がコナンを名乗るうちは、追いかけっこをしながら、親しくなっていければなぁ、とか。あわよくば彼の事情に立ち入れる立場になりたい、と思っていたくらいのことだ。だからこそ、あの少女の要求を呑んだのだが、これはあまりに軽率な判断だったと思わずにはいられなかった。

―『あら、そう。猫の好物は駄目だけど猫は平気なのね。良かった』

非常に友好的な笑顔でそう確認をとってきた見た目は少女、中身は果たして。

―『こんな状態の江戸川くん、私や博士では手に負えそうにないわ』

最初の申し出は、興味が引かれるものに飛びつき、好きに暴れ、その辺でゴロゴロ寝転がるといった子猫のような行動を取る子供の世話は少女と老人には難しいという相談(?)。研究対象としては大変興味深いのだが、何しろ活動的な様子に、少女は手飼いで面倒を見る困難さを感じたようだ。と、いうか採血を嫌がり暴れるものだから、怪盗が手伝ってさえ、幾つかの器具を壊される有様に大層腹を立てている様子だった。

―『良かったら怪盗さん飼ってみない?冗談?まさか。毛利さんのお宅には博士から上手く言ってもらっておくし、データ採取の用具と彼の着替えくらいなら準備させて頂くわ』

流石に猫化したコナンを居候先には帰せない。かといって、少女の家の隣にある探偵の本当の家である工藤邸には現在下宿人がいて連れて行けない。また少女の家には、彼女やコナンの学友も遊びに来るから(というのは建前で、家具や研究器具を壊されたくないに違いないと怪盗は思った・・・が、その辺についてはあえて突っ込みはしなかった)匿うのは難しいという事情を聞いて。

―『それに、結構貴方に懐いているみたいなんだもの』

怪盗に素直にブランと吊られ、すっかり怪盗のシルクハットを気に入ってじゃれつく姿に心ほだされ。

―『まぁ貴方が駄目なら、あとは工藤くんのご両親ね。きっと大喜びでロスに連れて行ってしまうでしょうね・・・もし、そのまま元に戻らなければ、彼とは今生の別れになるかもしれないわ・・・』

最終的には脅しに近い台詞で、怪盗宅への猫化したコナン少年の持ち帰りとお世話を言い渡されたのだった。




「元に戻るまでって、さぁ!いつ!?いつまで?!つーか、これって戻ってるの?!」

怪盗―快斗の家へ一緒に連れ帰ったコナンは、しばらく部屋の中をキョロキョロと見回っていたが、やがてコテンと柔らかい場所―快斗のベッドに寝転がって、そのうち本格的に寝始めた。
(帰って直ぐは、親父のパネル写真に爪を立てたりはしないか、色々嗅ぎ回って快斗の秘密なアレコレに勘づかれやしないか、いや鳩ちゃん達どうしようとか気が気ではなかったが、まぁ何とか諸々手早く片付けて・・・足元にじゃれつくコナンの相手をしながら、そこそこ面白く過ごしたりしたのだ。だが。)
だが、しかし。
その数分後、大変な事態が起こったのだ。

「やべーよ、ホントどういうことなんだ・・・!」

すぅと眠りに落ちていったコナンが、突然唸り声を上げて。

「コナンだったら、俺だって、まだ猫みたいなもんって思えるけど!」

身体を痙攣させたかと思ったら―

「けど!けど!これ、工藤新一じゃねぇか!!」

身体の輪郭がぶれ、服が引っ張られ苦しそうな声を出すから、慌ててコナンの服を脱がせた。途中で、裂いた様になった布地もある。
そして、小さな服の殻を文字通り破って現れたのは、コナンの正体である工藤新一だったのである。

現在、快斗のベッドの上には千々に乱れる衣服を引っ掛けただけの裸同然の想い人が猫耳や尻尾をつけてころんと丸まって無防備に可愛い寝顔を晒しているのだった。

「モノホンがこんな可愛いとか、嘘だろーちきしょー!」

―『おそらく、今以上に獣化の傾向が強まった場合、人の意識や記憶はあやふやになると思うけど、大きな猫だと思って相手をしてやってちょうだい』
寒いのか、身じろぎした後ぎゅうと身体を縮めた気配に、慌てて快斗は毛布を掛けてやろうと立ち上がる。
しかし、ベッド上の非常に素晴らしい光景に別な所も立ち上がりかけるのを感じて、眩暈を起こしそうになった。

「世話って、相手って…っ!」



*** ***


(頑張れ俺、理性だ俺、ポーカーフェイスを忘れるなぁアアア俺ぇえええッ!)

そう例えば、ここで迂闊にこの名探偵に手を出したとしよう。あの幼い外見を裏切って天才的かつ物騒なる主治医の言った通りに記憶があやふやに―上手いこと記憶が無い状態になってくれればいいだろう。痕をつけないとか、後始末や体臭等の移り香に細心の注意を払い、身体に可能な限り負担を残さないようなヤリ方でアレコレ楽しむ事が出来る。
だが、だ。
しかしだ。
万が一だ。
もしも正気に戻った時に記憶に残っていたら―?
一体己はどんな報復を受けるのか。
はっきり言って、快斗には想像不可能だった。
殺人的サッカーボールの的になるのはまだ可愛いもの。ボールを介さない殺人キックの餌食ですら生温いと思われた。とかく殺人を許さないあの名探偵による肉体への攻撃は、少なくとも死にはしないと思えば、いくらでも甘んじて受けられる。
もっと問題なのは、徹底的に軽蔑され、嫌われ、名探偵の中で怪盗ひいては黒羽快斗という存在が抹消されてしまう事なのだった。相手の意思が伴わない性行為の強要=強姦とはある種の―精神の―殺人とも言われている。そんな真似を行った犯人は、間違いなく史上最悪にして最低の犯罪者の烙印を押され、被害者から許される日は永遠に来なくなるだろう。
・・・好敵手と言う位置も、密かに望んでいる仮初の姿を脱いだ後の関係も、何より自身の存在自体が否定されるのは耐えられない。嫌われて、憎まれて、―いや負の感情すら向けられなくなるのは、と考えるだけでゾッとした。

(だからな、これは、この我慢は、未来への保険っつーか!不安要素の発生防止っつーか!一時の快楽に流されて痛い目をみるのは、ホント勘弁つーか、だから!)

「頼むから、勘弁してくれー!」

快斗はなけなしの理性を総動員して、ぺろぺろと人の頬を舐めまわしていた名探偵―現状、工藤新一の身体を、両腕を突っ張って引き離そうとした。
しかし、工藤は不満げにつんっと唇を尖らさせた後、にぁ…ん、と鳴いて尻尾を快斗の腕に巻きつけてきた。一体どういう風に神経が繋がって動いているのだろうか。人体に存在しなかった部位を器用に動かす様に感心しそうになる快斗だ。いや、している場合じゃない。尻尾は腕からするると動いて快斗の首筋を擽ってきた。

「ば、うひゃひゃ・・・コラ!」

柔らかくフワフワフサフサとした感触に肌の表面をなぞられて、くすぐったさに快斗の腕からからふにゃりと力が抜ける。すると再び工藤の顔が快斗に近づきフンフンと鼻を鳴らした後、またも舌を伸ばしてくる。

「ああああ、ちょ、何で」

執拗な攻撃に、快斗はひとまず相手の―猫と化している工藤の行動理由を探ろうと、じっとしてみる。片腕を柔らかく尻尾に拘束されているのもあるし、可愛いなぁと思っている相手からの行為が嬉しくないわけがない。頬に猫髭がぴょんと生えてるんじゃないのか、目は青いまんまで縦長の光彩は見えないな、と至近距離で観察してみたりする。
その間に、工藤は快斗の顎近くの頬から口元に唇を滑らせる。ぴくりと鼻を動かし、それから快斗の唇ギリギリの端をひと舐め。ちろりと舐めた後の舌を工藤自身の口の中へ戻し何かモゴモゴとさせてから、もう一度その近くをぺろぺろと。

「・・・?あ、腹減ってる…のか?」

そういえば、先ほどコナンを持て成すのに牛乳を出して飲ませた後、変化した工藤新一を前に平静を保つため、快斗は残っていた牛乳を一気飲みしていた。かなり適当に口に流し込んだから、口の周りに残滓が付いているだろう。おそらく、この『猫』は、その牛乳を狙って舐めているのだ、と気が付いた。
試しに腕を伸ばして床に置き放しにしていたコップを与えてみる。すると工藤は、ピンっと猫の耳を立てて目を輝かせ、今度はコップの縁に舌を伸ばした。

「あー、わかった。ちょっと待てよ。牛乳・・・ミルク、な。ミルク!」

持ってくるから!と快斗は慌てて立ち上がった。快斗の言葉を理解したのか工藤は不満げにしながらも大人しく腕と尻尾を解く。代わりにコップを抱えこんだ。
起き抜けの工藤が不安げに鳴いて、その様子を窺おうとした際に、首に腕を回されてバランスを崩してベッドの上に縺れ倒れて五分後―理性が勝った、と快斗は思った。

その時は。


*** ***


こくこく、と白い喉が白い液体を嚥下をするのに蠢く。
ちゃんとコップは手で掴み、獣のように犬食い(猫舐め?)する訳ではないのが不思議だ、と快斗はその様子を見ながらふと思う。獣に近くとも、人間的行動が基礎になっているのか。いや彼の知能の高さによって、人と猫の特性を上手く使い分けているという事なのかもしれない。鳥を襲ったり、舌先で気になる事を確かめたり、咄嗟にでる行動は動物的で、人語を解し自分の欲求を叶える為に器用に手や尻尾を使うのはとても人的だ。

「美味い?」

ちろりと視線だけが、快斗に投げられる。快斗は向けられた細められた目の意図を正確に察してコップにお代わりを注いでやった。

「ん・・・それで一旦お終い、な。腹壊されたら困るし」

一リットルの紙パック牛乳は残り三分の一程度。猫的コナンに与えたときに開封したもので、快斗は一杯分しか呑んでないからその殆どは彼一人のお腹の中だ。工藤にしろ探偵君にしろ、胃腸が弱いという話を聞いた事は無いが、色々異常が起こったら只でさえ異常事態に輪をかけて困った事になるに違いない無いので用心するに越したことは無い。
これでも腹が空いているようなら、もっと喰いでのあるモノを持ってきてやろうと快斗は考えた。
しかし、動物的本能―食欲が強くなっている様子の『猫』は快斗が牛乳パックの蓋を閉めて遠ざける行動がいたくお気に召さなかったようだ。
慌ててコップの残りを飲み干して、「にゃ」と言って(鳴いて?)くいくちいとコップを快斗に押し付ける。お代わりの要求だ。

「だぁめだって!」

くいくいがグイグイになる。それでも要求が満たされないと見た工藤は、コロッと中身の無いコップを手放して、今度は手を伸ばしてきた。
無理矢理紙パックごと奪って飲み干しそうに思えたから、快斗は一旦牛乳を仕舞って来ようとベッドサイドから離れようとした。それを工藤が追う。ぐいっと背中を引かれ快斗は踏ん張る。が、あろうことか工藤は尻尾を使ってきた。牛乳を持つ腕に巻こうとしたソレは、不意に快斗の脇の下を擽ってきたから、その刺激に牛乳が傾く。零れたらマズイと腕を高く上げて水平にしようとしたが、勢い余って、何故かその中身は快斗の頭上から降ってくる事態になった。

「うわ!冷てっ、くそオメェなぁ!」

さすがに酷い。
快斗は振り返って、背中を引っ張る相手を怒ろうとした。―が、更に引っ張ってくる力に逆らえず、ぼすっとベッドに腰を落す。
すかさず、工藤が快斗の正面に回り圧し掛かってきた。

ぺろ

「え、待て、それは待てって、頼む・・・ぅ!?」

ちゅぅ・・・ち、ちゅっ


先ほどと同じ頬から唇の近くをまず舌で。
それから、髪の辺りはフンフンと嗅いだ後、ムッと顔を顰めて舐めずに鼻先が移動して耳元へ。そして、耳朶に掛かっているらしい液体を吸われた。

「待・・・ちょ、っ」

はむはむとそのまま柔らかな耳たぶを甘く噛まれる。吐息が耳の中に入ってくる。
快斗は初めて、そこが性感帯に入るのだと知った。―体感した。

それから、ちょっとキレた。

「テメェは!猫だかなんだかしらねーけど!ホント我慢ならねーカッコしてる上、工藤新一だって自覚しろ頼むから!」

くるっと体勢を逆転させて、両手を両手で拘束して、快斗は叫んだ。
身体に巻いてやった大判のタオルは殆ど肌蹴ている。
全裸。
快斗の大きな声にピクピクする黒い人外的耳。大きな青い眼は少し驚きに見開かれた後、抑え付けられている不満に細くなった。

「ンな顔しても駄目!」

可愛いから。
とは流石に続けずに、同じ目に遭わせてやろうと快斗は工藤の耳を噛んだ。
―人外的部位の方をだ。
なるべく視線が顔から下へ行かないほうに顔を寄せたとも言う。
全裸の思い人を押し倒してるしかもベッド!などという絶好のシチュエーションなのに、シチュエーションに対して正しい行動を取ったが最後、恋が終わる未来も何パーセントかの確率で発生するというのだから酷い。

「にゃ、!?」

(あ、こっちも神経通ってるのか)

短い体毛に包まれた薄く柔らかな猫の耳。片方を噛むと、もう片方がヒクヒク震える。唇からそこに体温がかよっているのを感じて不覚にも動物虐待駄目絶対!という標語が脳内に掲げられ、慌てて噛んだ箇所を舐めてやることにした。傷付けるなんてしたくない。
舌に刺さることはない柔らかな毛並みは、口にしても思いの他気持ちよかった。

「なぁ・・・にぃ・・・ふ・・・っ」

快斗の身体を押し返そうとしていた力が弱まって、か細い声が聞こえてくる。快斗は段々と楽しくなってきてしまった。

「な、オメェも・・・まだ舐めたいんだよな…?」

ポタポタ身体を伝っている白い液体を指先で拭い、そっと工藤の口元へ持っていく。直ぐに赤い唇が開いてその指を咥えた。温かな口内。ちろちろ動く舌先を指先に感じる。もし、この舌がさっきのように身体を舐めてきたら―逆に面白い反応をしてくる工藤の身体を嘗め回してやったら。

(舐めるだけなら傷もつかない。気持ちイイコトだけなら、きっと嫌な記憶とかには残らない。いつ元に戻るか解らないなら、少し疲れさせて寝かしたほうがマシ。猫だ。寝子ともいうくらいよく寝る生き物だ。寝ちまえば大抵夢オチでしたで済む、多分・・・多分!)

IQの高い頭脳が己にとって都合の良い理屈を展開し出す。よく考えれば色々可笑しいのだが、冷静になんてなれないから仕方ない。

工藤の舌先が触れるごとに、快斗の理性は少しずつ、溶かされていた。











**オチないまま終了!




ログより加筆再掲。
・・・文は加えたのに、結局アレソレ咥えなかった加筆無意味の仕上がりに。
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