【おぴんく警報】


昼前、大学最寄駅前で同じ大学に通う工藤新一を見かけた。同じ学部生で結構講義が被っている俺とアイツはそこそこ親しい関係を築きつつある友人だった。
声をかければ、隈の酷い不機嫌顔。よくよく見れば、コイツ昨日と同じ服を着ていやがった。昨日昼飯を一緒に食う約束をしていたにも関わらず、「悪い、事件だ」と一言放って去って行った姿のまんま。

「まーた、徹夜…つかもしかして警察から直帰か?朝まで事件追ってたのかよ」
「うっせ・・・事件は明け方に犯人確保でよ。さっきまで事情聴取だったんだ。仮眠室で二時間は寝た」
「仮眠室…風呂入ってないだろ、それ。一回家に帰ればいいのに」
「バーロ、必修のフランス語が午後イチにあんだろ。帰って寝たらまた欠席だ。前回休んじまったしさ」
「あ、そっか。お前昨日午後から自主休講してたから知らないかもしれねーけど、今日の講義無いぜ?」
「マジかよ!?昼告知か。くっそ、連絡寄越せよテメー」
「悪ィ悪ィ。昨日はバイトが詰まっててさ。俺も実は忘れてて早く来ちゃったんだよねー!」

頭を掻いてそう言うと、なんだよ、と工藤は笑った。
どうせなら一緒に時間潰そうぜ、と言うと「おう」との返事。意中の相手と素敵な時間を持てると、俺の胸は高鳴った。
どうにもこうにも、俺はこの工藤新一なる人物にべた惚れで、いつか親しい友人以上の関係を築きたいなと希望していた。

「工藤フラフラだし。少し休める場所がいいよな。腹は減ってる?」
「警察でパン貰って食ったから飯はいいや。今はちょっと人ごみはパスかな」
「…じゃ、カラオ」「はい却下ー」

子守唄歌ってやるぞ?と言ったが、ジットリした目に睨まれた。
俺はキョロキョロと辺りを見回す。まっすぐ大学に行くのではつまらない。
俺としては昼飯に多少未練はあるが、食欲の無い相手を付き合せるのは忍びなかった。
それに今の時間だとどこも混んでいるだろうし。
何かないかと探す俺の目に、とある看板が目に入った。
お疲れ野郎へのカンフル剤としては良さそうだ。
別に相手のノーマルさを確認して凹みたいわけではない。と、いうか俺だって工藤新一だけが唯一気になる相手で、そうでなければ至ってノーマル性向であり、女の方が好きなのだ。

「お、イイトコ発見。休めて元気になれそうな場所!多分今の時間ならやってる」
「へぇ?」

どこだ?と俺の視線を追うのを遮って、俺は工藤の腕を引いて歩き出した。




「おい、黒羽?!ここって、おい」
「二枚ー」

近づいたその建物の看板と、建物の中に張られているポスター見て、慌てて俺の腕を振りほどこうとするのを許さずに、暗く小さな窓口で適当なチケットを購入する。

「ほら、行こうぜー」
「てめ、なんて場所に」
「ここなら、暗いから寝てられるし。こんな時間ならガラ空きだろうから、諸々気にせず過ごせると思うぜ?寝てよし、楽しんでもよし!」
「気にせず、って!気になるに決まってるだろ!?」
「・・・友人の誼だ。もしもの時は見ないフリしてやるから。大丈夫!ティッシュならさっき駅前で配ってたの貰ったのあっから!」
「全然大丈夫じゃねぇ!」

俺は引き返そうとする工藤を巧みに誘導しつつ取っ手のついた扉を開ける。

「ほら、映画館ではお静かに?」

声を潜めると、流石に工藤も口を噤んだ。
扉に掛かった暗幕を避けて中に入れば、眼前にとてもおピンクな情景が広がり悩ましげなオンナの声が響いていた。

昼飯時間と講義一コマ分の余暇。
美味しい工藤が拝める事を期待して、俺は一番人の眼を引かない位置の座席に工藤を促した。




**********



隣に座らせた工藤は、暫く落ち着きなく、ちらっとスクリーンを見たり館内を見渡していた。それからボスンと座席に深く腰を掛け直し、席と席を区切る肘掛けに肘を付くと、片手を頬にあて、やや顔を傾け居眠りのポーズをとった。
暗い事は暗いから寝てしまおう、という事なのか。しかし、甲高い女の喘ぎが館内に響くとぴくりと肩を揺らすあたり、閉ざした視界の外への関心が捨てきれていない。可愛い。

(さぁって、目ェ瞑ってんならこっちとしちゃ見放題だけど…ん?)

ソワソワ落ち着かない様子の工藤を盗み見つつ内心でだけニヤニヤしている俺の視界に、ゆっくり数人分の人影が動いている影が映った。―こちらの様子を窺って、近寄ろうとしている気配。

(なんだぁ?)

内容が内容、ある意味人によっては目的が目的の映画館だから、館内には基本通路の段差を照らす程度のかなり絞られた照明しかない。不穏な動きをする人物達を探っても顔の判別はスクリーンの明るさが当たった瞬間に窺える程度だ。―が、特に見覚えのある顔はそこには無い。ついでに殺気立っているワケでもなく、妙に纏わりつく視線が向けられている。

常ならば俺と同じかそれ以上に周りの不穏な動きには敏いはずの工藤は、寝不足と慣れない場所に気が散っているのか気付いてはいないようだった。

(―あ、もしかして)

工藤の手を引いて入った館内。
俺と工藤は同じような体格だが、若干工藤が細身(おそらく事件に忙しくてロクに飯を食ってないせいだ)かつ、腰を引き気味に引っ張られてイヤイヤ席に着いた姿は、「そう」とられてもおかしくは無いのかもしれない。
このテの映画館は、昼間は時間潰し目的の客が多いが夜は痴漢の巣窟だ。曜日によっては映画館の企画上映やサービス(カップルデーや女性優待デー)に併せてソレ目的の人間が集まってハッテン場と等しい場所になる。そして中には衆人環視の前で露出プレイを好んで行う人種も現れ、不特定多数に見られて淫行に走る輩も。
―しかし今はまだ日の高い時間帯。
ただ、大学で冒険心旺盛な友人から聞いた話では、この駅の此処は、曜日によっては昼間から社会的にはマイノリティの属する性癖の人間がパートナーを求め、あるいはパートナーに「混ざり」に近づいてくると言っていたのを思い出した。

(週半ばにそんな日があるって言ってたもんな。よく見りゃ野郎・・・しかも若いのが多い)

暗闇に慣れたとりわけ夜目の利く己の目を凝らしてみれば、館内の一端で怪しげに動いている人影もあった。いま俺達に近づいてくるのはソレに溢れたか、もしくは新たな来訪者のプレイを覗き見にきたものか。
とはいえ、一人で気楽にスクリーンを見ているか、寝ている人影もあるにはある。完全にそんな場になっているわけでもないようだ。試しに俺の座った席の三列ほど前に座る人影を見てみれば、寝ていると思われるソイツは、自分の座席の右座席に上着を、左座席に鞄を置いていた。―隣に座るな、というサインらしい。

(なるほど)

そうして置けば良かったのか。
今からでも先人を真似て荷物を座席に置くべきだな、と。とりあえず、俺は手持ちの講義のノートと文具を入れていたバッグを己の隣の座席に乗せた。俺は羞恥と興奮を押し隠して寝たフリをきめる工藤を堪能したいのであって、俺以外に触られたり視姦されたりする工藤を楽しみたいわけでは無い。つぅかそんなモン楽しめるわけが無い。勿体無さすぎる。
なるべく工籐に気付かれずに対策を立てるべく、静かに上着を脱いで、工藤の隣にも置いてやろうとした、その時だった。

シャツに指をかけようと視線を下げていた隙に、工藤の隣に誰かが腰を下ろしていた。

俺が、え、と目を向けると、黒いキャップ帽を被った男は、座席が揺れた振動に思わず目を開けた工藤を見てにっこりと笑ったようだ。体躯の良いカジュアルな風体のゴツめの男。
首を傾げ少し斜めになる工藤の頭。おそらく知り合いなのかと脳内検索をかけている。俺は素早く工藤の肩を抱いて引き寄せた。今度は工藤が俺を見て首を傾げた。唇が小さく(何だ?)と動いた。
俺は応えずに、じっと座席一つ分向こうにいる相手を睨んだ。男はチラリと自分の斜め後ろ―男の隣に目を向ける。男の隣に誰かが座っていた。それから、その隣の誰か−次いで男自身を指差した後、俺と工藤を見て片手の四本指を立てた。それから(どう?)と唇を動かす。

(なんじゃそりゃ、四?俺と工藤とテメーと連れ?で…よ…4Pのお誘いかコレ!?)

「パス」

一瞬で諸々の状況とサインを判断した俺は、素早くしかしキッパリと拒絶した。
冗談じゃねぇ。
工藤とマンツーマンプレイすら未経験なのに!
更に強く眼力を込めて睨む俺を見て、男は肩を竦めると「だったら、早めにそうしとけっつの」と小さく吐き捨てた。拒否の目印を置いておかなかった事を責めているのだろう。うるせぇ、俺だってこんな昼間っから誘いをかけてくる手合いが居るなんて予想外だ。

「…ね、キミら双子くん?」

チッと舌打ちして不機嫌になった男の向こうから、もう一人男が顔を覗かせて聞いてきた。こちらはスーツ姿の優男風のサラリーマン。仕事の時間じゃないのか、おい…と野暮なツッコミは更に空気を悪くすると流石に読んだ俺は、小さく首を振った。

「兄弟じゃないんだー。同じ顔してるから、ちょっと面白そうって思ったんだけど」
「あの、時間潰し、みたいなもんで…」

謎の遣り取りの謎を解こうとしていた工藤は、似たような顔でこんな場所にくる俺達が珍しくて声をかけてきた―と判断したようだ。

「そかそっか、学生さん?」
「まぁ…はい」

曖昧に肯く。
ふぅん、と気の良さそうなリーマン優男は俺と工藤を交互に見て、何故か俺の方を見て目を細くした後、ムスッとしたままの男に何かを耳打ちした。



***********


暗がりで輪郭が浮かぶ白い生地のシャツの下で両手を蠢かせる。胸の辺りを幾度か感触を楽しむように撫ぜ、それから両の手各々がある位置で止まって、その部分へ集中的に刺激を与え始めた。スクリーンから発される喘ぎ声よりも色付いている聞こえるリップ音と水音の合間から、「ぁ・・・ん、ん、」と抑え気味の―いや抑えているが故の艶やかな声が漏れた。
感じている事に気を良くして、更にシャツの下では指先の動きが激しくなる。合わせて声も少しずつ音量を増すが、それを「・・・駄目だろ」と咎めて、そっとスラックスから引き出されているシャツの端を持ち上げて口元へ持っていった。意図を察した濡れた唇がそれを噛んだ。
白いベッドが映ってスクリーンが白く明るくなった瞬間に、シャツをたくし上げられた事で露出し照らされた肌はとても白く見えた。ならばきっと、対比するように嬲られている胸の先は赤くなってしまっているだろう。じっくり観察する前に、そこをぱくりと咥えてしまう。そこから舌を伸ばすようにするのではなく、唇全体をスライドさせて肌全体を擽るように―見せ付けるように。
殺し切れていない、吐息と共に零れる嬌声は、片手が脚の間に潜り込むと一層高くなった。


***********


「えーと、工藤、…何か食う?」
「無理」

俺と工藤は大学へ向かう道とは正反対の―帰宅路になる駅構内へ向かって歩いていた。折角寝ずに事件から学校へ向かってやってきたのに、結局講義には出れなかった。自主休講率の高い工藤にしてみれば、一体何しにここまで出てきたのか、なんとも無駄な一日になってしまったことだろう。
俺としては、離れ離れの講義室に向かってサヨナラするよりも長い時間を工藤と過ごせたわけだが、いやそれにしても最高と評するにはなんとも微妙な半日だった。

工藤は可愛かった。
それは確かだ。
ならばそれだけで十分と言えれば良かったが、生憎と嫉妬や焦りや今後の工藤との空気が心配になったことを考えると、やっぱりカラオケボックスに連れこむ程度にしておくべきだったと数時間前の己の判断ミスを認めねばならなかった。

「なぁ、一つ確認してぇんだが」
「!はい」

低い声。
恐る恐る俺は工藤を見る。映画館からずっと俯いて細切れの言葉しか発さなかった工藤との念願且つ緊張感半端ない会話―いや尋問の始まりだな、と怒りの炎が垣間見える青い瞳の前に、俺は一つ生唾を飲みこんだ。

―本日、同性を好む性癖のメンズの集まるdayだったらしい映画館にて、真昼間っから俺も工藤も、男同士の露出プレイを見せ付けられたのだった。

俺としては、いろいろ参考になったような、いやいや今後の事を考えると余計なモンを想い人に見せてしまったような。何とも座り心地の悪さ。

「アレ、知り合いじゃないんだな?」
「違う!初対面!」
「両方とも?」
「両方とも!」
「んで、俺は全く休めなかった上に講義も休んじまったんだが、これはテメェのせいだよな?」
「・・・はい。迂闊でした。ごめんなさい!」

まずは素直に己の非を認めた。
もしもの時の痴漢撃退程度は頭にあったが、あの場に独特なOKやNGのサインやまさかのお誘い―しかも工藤も一緒!の場合の想定をしていなかったのは確かに甘かった。
もしも把握していたら、巨大スクリーンではなく、生の濡れ場を視る側に上手いこと加わって、工藤をもっと煽れたんじゃないかと思うと大変に惜しい。きっと今後、ああいった場所へ工藤を連れ込むのは不可能に近いだろうな、と思えば更に。

「くっそ、あんなん軽犯罪法違反じゃねぇか!」
「あー、うん。まぁ取り締まるほうも嫌だろうけどなぁ」

映画館から何とか逃げ出しながら、俺にはとてもとても気がかりな事があった。
チラチラ視ていた工藤のある部位を、電車こねーな、と視線を彷徨わせるついでに見遣る。

(うーん…ソフトじゃない素材なのか?あんま、変化無い感じ)

俺は割りと硬めなジーンズを履いていたお陰で表面的には変化してない。もとい、そもそも工藤じゃない野郎に欲情するようには出来ていないので、内部的にも変化していなかった。
ただ、工藤は俺よりも彼らに近い場所にいて、きっとナマナマしい声や、あんなそんな部分も結構見えていたんじゃないかと思う。工藤の身体一つ分離れていた俺にも、指二本が出入りしていた音は聞こえたし。工藤に同じような事をしてやりてぇ、などと考えた一瞬だけ、ちょっとヤバかったな、と記憶を反芻する。
スクリーンの明りに照らされた工藤の頬が彼らのプレイが進むにつれて赤みを増していたのは気付いていた。その場で怒り出したり、付き合いの良い警察関係者に即刻通報するんじゃにかと冷や冷やしつつ注視していたから、変化は手に取るように見えていた。
―嫌悪や軽蔑よりも驚愕と羞恥のほうがきっと大きかった筈。

「まぁ、ハプニングはあったけど、工藤的にどうだった?」
「・・・なにが」
「成人映画ーとか、あと、まぁ男同士のナニとかさ」

流石に指入れ程度で彼らのプレイは一旦終了したが、その後、再び誘いをかけてきたのを振り切るのは大変だった。何せ、周りには人垣ができていた。しかもプレイしている彼らよりも秀麗な工藤の困り顔を楽しんでいる視線もあった気がする。念を入れて、俺は割りと大き目の声を出し「友人と暇つぶしに来ただけ。そっち目的は無い」と主張して、工藤を引っ張ってきたが、かなり異様な空気だったのは間違いない。俺達に付いてこようと動く影には、ちょっとした悪戯を仕掛けて撒いてきたくらいだ。

「探偵的好奇心つーか、知的好奇心にはイイ刺激になったかなーと」
「てめ、それでフォロー出来ると思ってんのか!それに知性じゃねぇだろ、あんなの」
「あー、恥ずかしい性的な、の恥性?」
「上手いこと言ってんじゃねよ!」

足癖の悪い友人の蹴りは思ったよりも威力があった。
甘んじてその罰を受けた俺は、ケツから蹴り出される形でプラットホームの黄色い線を踏み越えて、うおっと!とポーズを取る。本当にバランスを崩すようなヘマはしないが、タイミング悪く通過列車が近い付いてくる音に、工藤は慌てて、俺の身体を引き寄せた。

「あっぶね」
「へーきだって・・・?」

半分身体が重なるように俺の背中に工藤の半身―突き出していたケツから戻すように俺が腰を引くと、ちょうど同じ位置に工藤の腰。に、硬い感触?

これは気付かないフリをすべきか、否か、と迷う暇も無く、俺の手はずっと気になっていたソコへと触れていた。

「!!?」
「?!!」








完全に貨物列車が通過していたお陰で、俺は辛うじて命は取り留めた。しかし、線路鉄線の摩擦熱で出来た火傷は全治に一月かかり、それと同じ期間、工藤に存在ごと無視される恐ろしい刑に処せられたのだった。







>>> 終



危険ですから
 安全ラインの内側まで
  お下がりください





ログから加筆再掲。
・・・あの、成人映画館入ったことないので色々適当になってます。
スイマセン!
前進しない悪友快(→)新。


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