◆幽霊洞窟の怪 *前編◆


彼について思い出す時、浮かぶのは笑っている顔だ。
帽子の影から覗く口の端が、いつもつり上がって笑う形を作っていた。警察官にぐるりと周囲を取り囲まれての大胆不敵な態度。彼に出会う状況―その時に彼が行っている犯罪ごとを勘案すれば、その場において男が浮かべる笑いは質が良くない種類のモノだというのは容易に想像がついた。
目に映るすべてを面白がって眺めているような、馬鹿にしているような。
同じように、丁寧に優雅でさえある立ち居振る舞いと口上に、慇懃さよりも礼に礼を重ねた(まるで二重否定が強い肯定を示すかのような)酷い無礼さを感じたものである。

しかし、今現在の状況における丁寧な態度と言葉遣いは正直どう判断したものか悩ましいこと甚だしかった。

「♪この世であなたのあーいを」
「♪手にーいれるもーの」

手首に巻いたウオッチライトのか細い明かりを頼りに歩き進む洞窟に響くのは、なんとも明るい歌声だ。
揺れる子供の頭は三つ。
その前を先導するように歩くのはまさかまさかの白い怪盗。
彼らを一番後ろで見守るのは高校生となった東都の探偵―工藤新一だった。

「なんだかなぁ」

音の響きやすい場所では、小さな呟きも存外大きな音になる。様々な思惑を飲み込んでの一時協定を結んでから5分ほど経過していたが、どうしても探偵の目に、探偵団と己の組み合わせはともかく、そこに怪盗が混じるこの光景は異様に映って仕方なかった。

「なにがです?工藤探偵」

新一お兄さん、との呼び方から怪盗を真似てそんな風に呼んでくる順応力の高い子供には全く恐れ入る、と思う工藤だ。数ヶ月前まで彼らの中の一人だったはずなのに、視点が変われば思うものも変わるのだろうか。

「いや、探偵団と怪盗の組み合わせがスゲーな、って思っただけさ、光彦」
「それをいうなら、工藤探偵と怪盗キッドが一緒にいることのほうが、僕らにとってはすごいですよ!」
「・・・確かにな」

否定はできない。
だが、探偵からすれば、幼い彼らを保護する視点から、こうなることはやや予測済みだったような気もする。あの怪盗は実にハートフルなのだ。かつては変装した姿で先走った行動をする老婆に見せかけ、先走りやすい子供の行動を制止していたこともあったな、と思い出した。
しかし今は目に見えて怪盗である。加えて探偵の立場の己を思えば、捕まえなくてどうする、と非常に悩ましい。
もっとも、怪盗の方は一体何を考えているのか、実に気楽な様子だった。
一曲歌い上げた少年達に拍手までしてくれている。

「歌、お上手ですねぇ」
「えへへへ!」
「キッドも何か歌えよー!」
「ええ?・・・そういったことは後ろのお兄さんに頼んでください」
「は!?」
「わ!歩美聞きたい!」
「いや、俺は歌はあんまり」
「何だよ、コナンみてーだな!」

一体何を何処まで知っているのか謎な怪盗の話の振りに、探偵はぎょっとして慌てて手を横に振った。そこに元太の「コナン」という言葉が掛かってきて、更に肩を竦めた。
やはり、心臓に、良くない。
とんだ子守を押し付けられたものだと、引率者の任を命じてきた小さな主治医を少し恨めしく思った。

「・・・キッドキラーと言われていたあの眼鏡の子ですか。そういえば今日は姿が見えないようですね」
「外国に行っちゃったの。凄く頭が良くて、でも、歌は下手・・・だったの」

そっと顔を伏せたのか。声音を落す歩美の気配を敏感に察した光彦は、わざとらしく明るい声を上げた。

「今、コナンくんがここにいたら、大変でしたよ。『探偵団が怪盗に頼るな!』とか言われたりしてるかも!」
「だよなだよな!でもよ、閉じ込められたんだから仕方ねーよなー」
「でもコナンくんのことだから・・・」
「キッドさん、絶対コナンくんにサッカーボールあてられてたよ!」
「だな!」
「今度、手紙に書いてあげましょう!」
「うん!」

どう口を挟めばいいのか分からないまま言葉を彷徨わせた工藤の様子を知ることなく、子供達は子供達で元気を分け合って再び明るく歌いだす。
ふっと笑うような溜息を吐いた怪盗が、一瞬だけ子供たちの頭上を越して工藤に視線を向けたが、結局何も言わず、再び暗闇の中を進みだした。その一瞬の視線を感じ取ったが、工藤もまた何も言わずに、子供達を前にして白い姿を見失わないよう歩き出した。


***


得体の知れない謎の組織と繋がっていたとされる某製薬会社が炎上した記事が新聞の片隅に載った数週間後のことだった。江戸川コナンが両親の都合で海外に引っ越すことになり帝丹小学校から転校して行き、そして時同じくして、行方不明とされていたかの高校生探偵が米花町の幽霊屋敷にこっそりと戻ってきたのは。
ただし、彼は全く周囲に姿を見せないまま、「戻って」そして「去った」事になっていた。
学校には長いこと巻き込まれていた事件における負傷による後遺症の為、療養が必要であると休学届けを出して。弟のように可愛がっていた居候の子供とのサヨナラに心沈ませる幼馴染の女の子にも帰還を知らせずにまた留守にするとだけ告げて。
安否を気遣いつつ会わせて欲しいと望む声は多かったが、彼の両親が揃って申し訳無さそうに「療養先へ移送させました」と言えば、面会の機会は誰にも与えられなかった。幼馴染みの少女でさえ、「まだ会える状態じゃないの。きっとあの子、弱ってる所なんか、蘭ちゃんには見せたくないと思うから」と言われてしまえば、諦めるより他は無い。
更には、両親もまた息子の元へ暫し旅立つからと、工藤邸の門扉には以前よりも重厚な鍵が掛けられてしまったのだった。

―実際は、その閉ざされた屋敷の奥で、身体を退行させるという猛毒の解毒による副作用と闘病していたのだが、その真実を知るのは、猛毒と解毒剤とを作り出した隣家の少女とごく一部の者達だけだった。


「まーだ、外には出られないのかぁ?」
「そうね。だいぶ体力は戻ってきたみたいだけれど・・・」
「そうじゃのう。運動後の身体の状態も悪くはないが」
「目眩もしねーし、立ちくらみもなくなった。そろそろ学校ぐれー通える」
「学校だけ、なら別に構わないけど。どうせ貴方ときたら、すぐ事件だ何だで飛び回り出す気でしょう?」
「・・・そりゃ、まぁ」
「ランニングが二キロ程度でいっぱいいっぱいでは、まだ体力的には不安じゃないかしら」
「う・・・」

江戸川コナンが工藤新一に戻って三ヶ月。
ここにきて、ようやく、「工藤新一」は元の調子に戻りつつあった。

採血、バイタルチェック、時間経過ごとの全身状態の確認と検査に次ぐ検査に終始した解毒剤服用後の一月。最初は、またあの激しい痛みや衝動が身の内に起こったらと恐れていた工藤も、日いちにち毎に元の姿に戻ったのだという実感と体感を取り戻していった。
着る服、目線の高さ、手の届く距離、歩く速さ、声変わり済みの地声。
段々と鏡を見て、顔色の悪さに驚く事も無くなっていったのは二月を過ぎた頃。その頃には、ベッドとその周りで過ごすだけの厳重安静状態から、自宅と隣家との行き来をし始め、博士が地下に作ったトレーニングルームで回復運動を行えるようになっていた。
そして三月が過ぎ、体力回復に応じた負荷を加えてのトレーニングを主治医に許可された工藤は、そろそろ外へ出たい、と強く望むようになっていた。
尤も、そうするには主治医の同意を得て「工藤新一」の不在を作り出している両親や博士の協力が必須である。黒の組織の脅威を破壊した上で解毒剤の服用に至ったのだとしても、残存している火の粉はまだある。無謀な行動は避けるべきだろう。ーと、工藤自身理解はしていた。
だが、彼は根っからの探偵だった。組織の残党叩きや日常に紛れ込む殺人事件や謎の解明をしたくて警察とコンタクトを取りこっそりと出かけようとしていた事もある。
すぐに隣人に見咎められて、博士と実父が「現在まだ療養中」と宣言してしまったお陰で現場へはお呼びがかからなくなってしまったが。
せめて電話やネットあたりから助言をするならいいんじゃないか?と提案してみたが、そんな暇があるなら、待たせっぱなしの誰かさんに謝罪のメールでも送りなさい、と痛い所を突かれ押し黙るしかなかった。

「つってもよぉ…。今までの延長不在みたいなモンだし」
「今までと全然違うじゃない。これまでなら貴方が居なくても、江戸川くんが彼女の近くに居たんだから」
「それは、」
「…貴方の親戚ってことになっているのよね?彼女から江戸川くんについて聞かれたりしてないの?」

彼女に会いたい気持ちは当然あった。その為にもとの姿に戻ったと言っても良い。ただ、江戸川コナンとして彼女の傍に居た時間は思いの外長く、コナンが居なくなってしまった事で更なる寂しさを彼女に与えたのだと思うと、一体どう接するのが正しいのかを、工藤はまだ決めかねていたのだった。
きっと真実を告げる事はない。ーいや、出来ない。あんなに寂しそうな顔で待ち続けていた彼女を、真実を隠したまま誰よりも傍で見ていたなどと、どうして言うことが出来るだろう。それに彼女が真実を知る事により危険が降り掛かるような事は、決してあってはならないのだ。
ーコナンの前で「新一ったらね」と己の話をしていた彼女は、きっと今度は工藤の前で「コナンくんってね」と話しだすだろう。
果たして、その時、自分はどんな顔をしていればいいのだろうか。

「ご飯また作り過ぎたとか。新一(俺)がいればお裾分けしてあげるのに、とか。くるな」
「そう…。健気ね」

彼女が抱えているだろう寂しさには触れてこないメールは、かえって隠そうとしている感情を浮き彫りにしている。それに、「もったいねー」だの「こっちは経口食の量が増えてきたぜ」と曖昧な表面上の言葉しか返せないでいる工藤は、元の姿に戻れれば、きっと全てが元に戻る、と思っていた事が実に甘いものだったと漸くに気がつく。
人を欺いて過ごしてきた代償を払わずに『元通り』などと。
そんなのは、只の身勝手な幻想に過ぎなかったのだ、と思い知ったのだった。


ーそれから更に一ヶ月。

徐々に外出する機会を増やし、元の生活に戻る段取りをつけー幼馴染みの少女とも話をして。ようやく工藤は「工藤新一」として、学校や事件現場へと復帰した。
復帰直前の東都新聞の紙面の端に、不可思議な銃撃戦跡やらの不審記事が掲載されたが、それは、一面を飾る「あの高校生探偵、再び!」と、とある難事件を見事に解いた少年の話題により注目されることはなく、また続報が載る事も無かった。
病み上がりの顔を学校ではなく、新聞で見る事になったクラスメイト達は、まずその事を詰りながらも懲りないヤツ!と笑い、工藤の周りの取り囲んだものだ。
ーしかし、そこに、いつも彼と登下校を一緒にしていた幼馴染みの少女の姿は無かった。
工藤を中心にして騒ぐクラスメイトの何人かはその不自然さに気づいたが、工藤を遠巻きに見守る彼女は穏やかそうで、また少年探偵の方も、ちらちらと彼と彼女に向け視線を投げてくるクラスメイトに肩をすくめてそっと笑う仕草をしたから、少年が不在であった間に二人の間でなにがしかの変化があり、しかし二人ともがその変化を受け入れたのだろう、と思ったのだった。

そんな風に、ようやく工藤新一が緩やかに日常を取り戻しつつあったある日のこと。

丁度工藤が検査の為に阿笠邸を訪れていた時に、妙に懐かしく、同時に遠く感じる少年探偵団の面々がやってきた。
用事のない休日に、以前なら様子を見に来て「掃除するよ!」とか「出掛けようよ」と誘ってくれた幼馴染みの姿は今は無い。そう仕向けたのは己であるのに、一人きりの広い家で推理小説に没頭することも出来ず、工藤は頻繁に隣の家で過ごすようになっていた。
この日もそうだった。
なんとなしに目を通していた新聞の向こうから聞こえてきた来訪の声に、最初工藤はすぐにその場から離れようとした。
だが、工藤が立ち去るよりも早く、博士の家の玄関から飛び込んできた子供達は、見慣れない高校生を発見しーそれが隣に住む「幽霊屋敷」の住人で、しかもそれが有名な高校生探偵と知ると、工藤を引き止めたのだ。
曰く、少年探偵団を結成している彼等にとって探偵の先輩だから、と。

そこで探偵団からある事について相談を受けることになった。


「幽霊洞窟?」

奇妙な単語を、工藤と哀と阿笠博士が復唱した。

「そう!一年生の子のお父さんが見たんだって!」
「なんでもよ、米花山の洞窟で見たんだってよ」
「・・・洞窟なんてあったかしら?」
「正確には、昔採掘場だったらしいんですけど、その後別の工事で使われてて、今は放置されてるんです」

「そこ、立ち入り禁止になってなかったか?」

オヤツとジュースを前に、居間のソファでわいわい騒ぐ子供達と少し距離を置いて、阿笠博士のパソコンデスクの椅子に座っていた工藤は、おや?と首をかしげて問いかける。ちょうど開いていた画面の中にその山周辺の地図が出ている。
話しかけられた光彦は、一瞬背筋を正して工藤を見て、それから、困ったような顔で笑って頭をかいた。思わず、工藤はジットリとした目で少年探偵団の顔を見渡す。

「勝手に入ったんだな?」
「ご、ごめんなさい!でもねでもね」
「でも、その、入口までです!」
「真っ暗でさー、歩美も光彦も怖がってよぉ」
「元太くんだって!」
「ねー!」
「・・・賢明な判断よ。子供達だけで入っていい場所じゃないわ」
「ったく、危ない真似するんじゃねぇよ」

お互いをつつき合う子供達に、何事も無くて良かったのうと博士が苦笑を零す。

「で?探偵団に正体を調べてくれって依頼が来たのか?」
「うーん、その子のお父さんはもう其処には行かないって言ってたって言うから、別に誰か困ってるわけじゃないと思う。でも、謎があったら調べるのが探偵団だもん!」
「だな!それによ、もしかしたら幽霊に操られてウソ言ってるかもしれねぇよな。最初そいつが親父に聞いたら、何のことか解らないって誤魔化そうとしたらしーしな!」
「洞窟の奥が何か犯罪の温床になったらマズイですからね!欠員が出来たって、僕達の力は変わらないってことを証明するんです!」

「…欠員、か」

それが誰を指しているのか、嫌でも解ってしまう工藤は呟いて、そっと目を伏せた。
ざわり、と胸の奥が騒ぐ。
灰原は、静かにストローでオレンジジュースを啜った。チラリと工藤を見て、それから探偵団の顔を見渡して肩をすくめる。やる気に満ち溢れている子供達を制止する言葉を探しているのか、放置を決め込んだのか。
阿笠博士は苦笑いをしながら「しかしのう、危ないと思うんだが…」と勢い込む彼らを止める側へ回ったが、基本的にやんわりとした老人の言い方は、勢いを止めるには弱い。
「えー?行こうよ!」と歩美が声をあげたのにハッとして、これは俺が止めるべきか、と顔をあげた。探偵団の司令塔でありストッパーでもあった記憶はまだ新しく、習性のようにかつての役割を果たそうとしてた。
彼らに目を向けると、ふと光彦と眼が合う。
光彦は一瞬瞠目して―それから、あの!と大きな声で話しかけてきた。おそらく、話す機会を窺っていたのだな、と工藤は察した。

「あの、新一お兄さんとコナンくんって親戚なんですよね?!」
「あ、ああ。遠縁になるけどな」
「その・・・コナンくん、突然、転校しちゃって。ちゃんと最後のお別れが出来なかったんです。・・・元気でしょうか?」

光彦と工藤の会話に、他のメンバーも視線を向けてくるのが分かった。

「ああ。挨拶する暇が無くて、アイツらに・・・君たちに悪いことしたな、って。この間、電話で」
「なんだよ!俺らには電話してこねーのにー」
「国際通話だったしなぁ。しばらく、親の移動に付き合わされるから連絡が取り難いらしい」
「そうですか・・・」
「そっかぁ。忙しいんだね、コナンくん」

「・・・調査するの?」

江戸川コナンを思ってか、静かになる子供らに、灰原は静かに問う。わざわざ灰原を訊ねてきたのは、灰原もそして出来れば博士も一緒にその洞窟幽霊について調べて欲しいのだろう。

「うん!ね、哀ちゃんも行こうよ!」
「博士も一緒に探検しましょう!」
「探検道具貸してくれるだけでもいいけどよ!」

ニコニコと笑って素直に欲求してくる探偵団に、肩を竦めて溜息を洩らした灰原は、パソコン画面に顔を向けている工藤を見てから口を開いた。

「洞窟なんて、どんな深さがあるか解らないから、異常に備えて外で待機する大人が必要よ。勿論、子供だけで中に入るのは危険だから、同行する大人も必要ね」
「じゃぁ、大人が最低でも二人は必要ってこと?哀ちゃん」
「うーん一人は博士にお願いするとして・・・あ、小林先生に頼んでみますか?」
「探偵団の顧問だしな!」
「でも、駄目って言われそう・・・」
「・・・立ち入り禁止ってありましたもんね」

「丁度良い人がそこに居るじゃない。博士ともう一人」

「へ?」

「え?」
「あ!」
「おお!」
「なるほどのう」

「お、おい」

歓声を上げ盛り上がる子供達は、制止の言葉など聞いてはくれない。江戸川コナンや探偵団の少年達が、ずっとそんな風に博士や刑事を振り回してきたのを身を持って知っている。
だから、最終的には「仕方ねーなぁ」とそっと呟くしかなかった。

それじゃ、今度の日曜日にね!と笑って手を振り帰っていく子供達が見えなくなってから、工藤は溜息を吐いた。

「なーんのつもりだ、灰原」
「丁度良かったじゃない。ここの所お暇なようだし?」
「だからって、なぁ」

華々しく復帰の花火を上げた工藤だったが、かねてより警察が頼りにしている現在ロス在住の世界的小説家が、保護者の顔で「彼は未成年ですよ。決して無理はさせないように」と関係者へ釘を刺していた為、実際のところ小さな頼み事はあっても大きな捜査に関わる事は無く、つまり暇ではあった。

「あの子たちだって、『江戸川くん』が居なくなって寂しいのよ。本当に不義理な真似してみんなの前から消えるから」
「・・・それは、」
「私は、多分これからも博士の家のお世話になるし。貴方だって、そう。彼等と顔を合わせる機会なんてこれからだって山ほどあるわ。それとも、もうあの子達とは付き合うな、なんて博士に言うつもり?」
「まさか!」
「小学生と高校生なんだし、話題や感覚が合わなくても問題は無いでしょうね。でも・・・江戸川コナンが知っていて、工藤新一が知らないこと・・・その差は少ないほうが良いんじゃないのかしら」

そう言って工藤を見つめる灰原に、逆らう言葉も拒否する理由も出てこなかった工藤は、探偵団と共に洞窟探検へと赴くことになったのだった。

そして、次の休みの日。
博士の家の前で集合して山へと向かうと、そこには探偵団の情報どおりの『立ち入り禁止』の紙が貼られたロープがゆれる洞穴があった。計画通りに、博士と灰原は外で待機。工藤と子供達三人は、諸々の荷物を各自が持ち、探偵団バッチの無線を確認した上で、中へと探検する運びになり―そうして、外の光の届かなくなった辺りで、異変が起こったのだ。


***


「さぁ、分かれ道だ・・・どうしますか?」

ピタリ、と先頭の者が振り返って「探偵」を称する者たちに問いかけた。
暗がりの道が二手に分かれていた。
だが暗いながら「通路」は人の手の入った道であったし、未開の洞窟ではないから、何となく進路の予測は付く。だからこそ、入口が封鎖されても奥へ進む事を選んだのだ。
工藤は、光度の落ちてきたハンドライトを二つの進行方向に向けて確認する。

「片方は、採掘したモンを運ぶ用の線路があるな・・・どっかにトロッコでも止まってるか」
「こっちは、あ!事務所っぽい扉が見えます。うまくすれば非常用の通路があるかもしれませんね」
「だったら、事務所だろ!」

元太が主張すれば他の二人も大きく肯く。
その様子に唇を少し吊り上げた後、怪盗は、では、と一礼した。

「それでは、私はここまでで」
「え、キッドさん行っちゃうの?!」
「探偵の方々と先々までご一緒しますのは、怪盗たる者としては冷静ではいられません。何より、私には私の用がありまして」
「うーん、今回は捕まえないでやるしかねーなぁ!」
「そうして下さい」
「元太くん!ここは、一緒に外まで!ってせがんで、出たところで確保すべきでしょう」
「聞こえてますよー。では、こちらはお返ししますので、そちらをお返し頂けますか」

こちら、と言って、怪盗は手にしていた工藤の麻酔針の仕込まれている時計を示した。そちら、と言って見ている視線の先は、工藤が持っている光が点いたり消えたりしているハンドライトだ。
出口が見つかるまでの協定の証として、各々の持ち物―得物になりそうなモノを交換しあったのである。暗いので分解こそ出来なかったが、ハンドライトにしては妙な重みと音がしたから、中には何かが仕込まれていると思われるモノ。返すのは惜しいが、工藤としても、身体が少々惰弱になっている今の状態で攻撃方法として使い慣れた例の時計を手放すのは出来ない相談だった。なので、怪盗の言葉に応じ探偵と怪盗の間に立つ子供達の足元にハンドライトを置いた。数歩分下がる。
意を察した怪盗もまた、時計を置いた。
電池が少ないので、出来る限り交代で点けて照らしていたが、そろそろどちらの光も弱い。

「元太、オメーのライトを点けてくれ」
「お、おお!」

「光彦、俺の時計を」
「はい!」

「お嬢さん、私のライトを取っていただいても?」
「うん!」

受取った時計を再び手首に巻く。
カチカチ、と怪盗もライトを弄った後、ポンと手の中から消していた。
ここで白い怪盗を見逃す事になるのは少々どころでなくかなり腹立たしいことだ。とはいえ、今ここで最も重要なのは、幼い者たちの安全の確保であることは間違いない。今は、中身も、そして見た目からしても完全に保護者の立場なのだ。

「さぁ、オメーら、向こうの道の奥の扉へ行ってみよう」
「え!僕達が先頭ですか」
「探偵団なんだろ?」

促すと、何とかなりそうな予感に不安が飛んだ子供らがたったかたーと駆けて行く。もしもの事を考え、光源を出来るだけ減らしてきたので、元太の持っているライトの光にはまだ余裕があり、少し離れていても様子が解った。博士による事前の調べでは、奥にあるのはこの米花銅山採掘事務所だ。そして探偵団に依頼してきた子供の親御さんが幽霊を目撃した場所。―いや、その子が幽霊がいたと教えられた場所。工藤の予想を裏切らず、洞窟の内部には真新しい靴跡が複数あった。突然の落盤に崩れたのが入口付近だけで済んだのは、内部の天井に補強用の梁が入っていたから。山の中腹にあり鬱蒼と茂る森林で見つけ難い洞窟周辺について、詳しく教えてくれたという子供。きっとその子は親の後を着いて行ったのだ。個人で電気関係の仕事を請け負う仕事をしている父親の後を。

「探偵団の調査だもん、頑張る!」
「非常口探しだな!」
「外部との連絡線とか無線とかも探しましょう!」

幽霊はどうした?とツッコミたかったが、わざわざ怖がらせるような言葉を思い出させなくても別にいいかと、分かれ道の中央から動かず、工藤は前方を窺いながら、横にいる者へ問うた。

「で、オメーはどうすんだ?」
「それを怪盗(私)に聞かれても・・・お答え致しかねます」

―闇の中でぼんやりとした白い姿。辛うじて気配だけがしている。暗闇から声だけ返ってくる。

先ほどの言葉どおり、探偵団が向かった方とは別の通路へさっさと消えるかと思ったが、意外にも怪盗は探偵の傍に佇んでいた。これは、怪盗にとっても入口が突然の崩落で潰されたのは痛手だったのかもしれないな、と工藤は思う。おそらく、探偵の一団と離れて逃げ場を用意しながらも、非常通路があれば把握しておきたいのだ。人里離れた山でもない。本当なら入口付近で救助を持っても良かった。けれど、工藤が探偵団と共にこの洞窟にきた目的もあったし、ジッとしていられる性分でもない。それに、あの場で突然落下してきた瓦礫から子供らを庇った怪盗が出現した理由を知りたかった。ついでに、どうにか最終的に怪盗を捕獲できないかとも考えていたわけだが。
―だが、この思わぬ不審者と共に歩いているうちに、工藤は妙な違和感を覚えていた。








続!






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