■夏終■ □快新□ ―結局、この夏も何も進展しなかったなぁ 別に一夏の恋なんてつもりは全くないから、ただ彼を想っていたらまた一つの季節が終わろうとしている、というだけの事にすぎない。 不満が無いワケではない。でも仕方ないのだろう。 彼が彼である限り。 ―もういい、回りくどいの、止そう・・・ 偶然を装うとか、無駄な行為で無駄に気を使うとか。 そう強く思えたことが、唯一の収穫かもしれない。 暮れゆく夕日を見ながら、ぼんやりと、思った。 「・・・よぉ?」 「あ、工藤だ」 「珍しいな、こんな所で」 「お前こそ」 「何を言う、俺はここの常連だ。親の七光り的な意味でな」 「ナイトバロン展な意味か、それは。新刊発売間近になると、大小チョコチョコしてるよなーココ。やっぱ癒着してやがったか」 9月に入ったばかりで、まだまだ残暑は厳しい。 新一はハッキリ言って外など出たくはなかった。しかし大事な打ち合わせの日だったので渋々ココ東都国際美術館にやってきたのだ。出入り口のインフォメーションで来訪の旨を受付嬢に伝え、ぐるりとなんとなしにロビーを見れば、窓際のソファに座って薄い紙を眺める黒羽を見つけた。 こんな所で偶然に?と首をかしげつつも、ちょっとラッキーかな、と思った。 折角の休みの日に、各々ひとりで向かったところで会うなんて。 「で、黒羽は何しに来てんだ?」 「母親にさ、今やってる絵本展のポスカ買ってこいって言われたんだ。こないだ来たクセに知り合いの分とかもっと欲しいってよ」 「お遣いか、偉いぞボーズ」 「うっせぇ」 週末だが、特に目立った展示は無い。とはいえ、常設展のほかに黒羽の言う『世界絵本展』や『近代美術の彫刻展』など、それなりに好事家な人々が集まる展示はしているし、涼を求めてかカップルで訪れるお客さんの姿が結構あった。 ―けれど、先週のテレビ中継までもが行われ深夜の時間帯まで人がわんさかいた時のことを思えば、微々たるものだろう。 そう、東都国際美術館では、8月末まで世界宝石展覧会なるものが開催されていた。展覧会最終週に、企画の目玉として展示されたビッグジュエルに怪盗キッドから予告状が贈られ、一悶着あった事はまったく記憶に新しい。 そんな所でよくも、ゆったり座ってられるものだと感心する。 「で、ポスカ買うついでに芸術の秋先取りしてみっかなーなんて思ってたトコ」 「らしくねーありえねー」 「工藤は?・・・まさか、またKIDが予告でも出したのか?」 だったら教えてくれよー、俺ファンだしぃと続けてケケケと黒羽は笑った。 どんだけ白々しい台詞なんだろなコレは、と工藤は内緒話をするかのように顔を寄せて小声で話しかける黒羽に呆れ顔を返す。ふぅと息をついて、手に持ったチラシのゲラ刷りを黒羽の顔の前で閃かせた。 黒羽が工藤の手のソレをジッと見て、うわぁという表情をした。 「ここの企画局と親父が懇意でな。面白そうだから、俺も手伝ったんだぜ?」 「・・・お前が噛んでるとか何ソレ怖いんですけど」 「苛々してたからかな。あと暇だったし」 「・・・暇?だっただと?!ちょっと待て」 「暑いばっかでさ。外出るの嫌だったし」 「え、もしかして、そんな理由で、俺のデートは20回ほど流れたの?」 「オメーのデートなんぞ知らねぇな」 「だって!!」 静かにすべき場所に黒羽の悲鳴のような声が響いて、瞬間、工藤は黒羽の頭にコブシを落とす。いつもならケケケと笑って避けそうなものを、黒羽は無防備に全ダメージを受けたようだった。頭を抑えてソファーに沈む。 「ってぇ・・・」 「騒ぐオメーが悪ィんだろーが」 「そ、れはそうだけど、でも!」 黒羽は工藤にほとんど毎日メールを送っていた。大概、その日のどうでも良いことや、反応の薄い工藤の興味を誘えるように暇つぶしの暗号も添えたりして。 そして、それから。 『明日、図書館行かない?』 『なー、暑くて干からびそうだからプールなんかどうよ』 『避暑地に逃避行しないか』 『江古田の隣町で夏祭りあるから行こうぜ』 『うーみ、やーま、うーみよりやーま!で』 『BBQ企画・要参加』 『・・・・・』 『・・・』 どうにか会えないかと、暑さにうだる頭を何とか回転させて、この勇気が大事な一歩ー!とデートの誘いを送りまくったのだ。 しかし。夏休みの前半は『補習』『課題』の返事が多くて、そりゃ事件になれば授業そっちのけで出て行く高校生探偵は、こんな時でもないと一気に挽回とか無理だもんな、と諦めた。・・・いや、諦め悪く、夕方工藤邸に立ち寄ったりもしたが。だが目ざとい隣人に高校生の責務を果たすまで事件依頼も断らせているのよ、と言われてしまえば、課題中の探偵に茶々を入れるのは躊躇われた。 そして、お盆も過ぎた頃。 もはや、学校だって教師陣だとて休みを取る時期ならば、きっと!と思っていたのに。 誘いに対する返事は大抵一つか二つだった。 『行かない』 『遠慮する』 黒羽はその素っ気無い文面を見るたびに泣きそうだったのだ。 会ってくれないのかと、会いたいと思ってもらえてないのかと。 「事件かなーとか、忙しいのかなーって我慢してたのに・・・!」 どのみち夏の最後には怪盗の現場で会えるはずだと己を慰めまくっていたりした。 「・・・んだよ、その恨みがましい目は。大体なぁ」 「会いたかったんだよ」 「来れば良かっただろ」 しまった!とお互いが思った。 (そうだよ、なんでその一番確実な選択肢を俺は外して・・!いや、だって夏だぜ?いつもみたいな工藤ンちでダラダラしてても、こう刺激とか、前進とか望めないと思って。・・・ッ思ってしまった俺の馬鹿!でもでも、こっそり鳩ちゃん映像みたり、お隣さんに聞いてみても、いっつも何か事件資料みたいの見てたし・・・あ!?もしかして。資料は資料でも・・・?!) (これじゃ、待ってたみてーだろーが。いや、待ってたけど!大体、なんでワザワザいっつも外の誘いばっかりだったんだ。山だの避暑地だのって、どこ行っても特に夏なんか、事件にあわねぇ日なんかねーの知ってるだろうによ。しかも夏の死体は傷むの早ぇーし、ニオイがついたら、なんか台無しだろうが) 「・・・今から行ってもイイ?工藤さんち」 「まぁ、コレの打ち合わせが終わったらな」 工藤がヒラヒラさせたのは、赤いR指定の文字も鮮やかな、世界犯罪大全と世界の拷問歴史展と銘打ったチラシだった。(東都国際美術館が不況のさなか生き残りをかけて行っていると巷で噂される、いわゆる主にアダルトの特定層の集客を見込んだイロモノ展!) ―暑さのせいだ、暑いのが悪いんだ! 一体何にどう苛々して、あんな企画を練っていたのか。 黒羽は、(特集怪盗1412号って!)(なんで、犯罪録と拷問でコラボ?!)イヤイヤ考えちゃダメだ絶対ダメだ!と頭を振った。 そして、工藤新一が、打ち合わせにと通された美術館館長の部屋で、サンプルとして持ち込まれた拷問具にアヤシイ白い粉が付着しているのを見つけてしまうのは偶然のような運命で、運命的必然的職業・探偵の新一が捜査を開始するのはいわずもながであり、よって黒羽がまちぼうけを食らって夕日の中で黄昏れているのは予定調和なのであった。 |