□なんで□ ■K新■ 威嚇に使われたトランプ銃は無事手の中に戻ってきた。 正確には、傍にカランと落ちてきたのを拾ったわけだが。動かすと腕に痺れが走ったが、かろうじて懐に入れる。 足癖どころか手癖も悪い、このヒト。 ホント、怖い。 しかしとっさの判断はやはり一級品。 ―闇に隠れる者へ、狙いを正確に据えての射撃と、通信機の見せつけ。 狙撃手はどうやら姿を消してくれたようだった。 「馬鹿だな」 そういった君の眼には涙。 馬鹿者のために、もったいない。 敵に向けていた殺気は消えて、膝を突いて辛うじて上体を起こしている俺の顔を睨みつけた。 ホント、怖いな。綺麗なだけに。 「っの、オオバカ野郎」 「・・・はは」 「何で、」 どうして、なんて。 そう言うことぐらい、何回も何十回も想定していた。 なんで、の後に続くのは、お前は誰だとか「怪盗」なんてもんの存在についてとか大袈裟な窃盗行為の挙句盗んだ獲物を返却したりすることについてとか、あとレトロな衣装の製造元とか?色々あるだろうな、とは思ってて。当然、俺がついついコイツの手助けなんかしちまうことについても、彼が納得できる理由でもなければ問われることもあるかもなぁ、とも。 ああ、でも、やっぱり答えなんかない。 「だって、」 「なんで」 ありふれた怪盗と探偵の対峙の場にて、銃声。 肌を刺す緊張感が刹那、途切れて、発された風を貫く銃弾が向かった場所は己の前方。 俺、動体視力、半端ねーな!とか思う間もなく、身体が動いて君を場から弾いた。間に合って、届いて良かった、と心底思った。 「なん、となれば・・はーとふる、が、売りなの、で」 「バカがッ」 ニヤリと笑ってみせて、ようやく凍えていた青い瞳が動いた。 違った、名探偵泣いてねぇ。 なんだよ、滲んでんのは自分の視界だ。 カッコ悪い。しかしコレは肉体の反射反応のようなものだから仕方ない。 「頭ンわき、さ、掠っただけですよー」 「イカレタ頭がもっと馬鹿になるじゃねぇか!」 「ひっど!」 痛いんだか熱いんだか。 こめかみより上、シルクハットのギリギリ下を通り抜けた一発目。耳や側頭部を打ち抜かれなかったのは本当に運が良い。けれど、いくらか皮膚を抉ってくれていて、ココ剥げんのかしら、と不安がよぎる。 身体は二箇所ほど、内臓は平気。 腕のは貫通してるし、これならなんとか。 問題はふくらはぎあたりか。めり込み系?嫌だなー・・摘出メンドクセェ。 頭は場所が場所だけに出血多量気味。まぁ元々そういう場所だ。内部が無事なら良い。ただ血が落ちるのは良くないので、手袋で拭った。 「動くなよ、医者、」 「呼ぶなよ、医者、」 「なんで」 「KIDだし。警察病院とか、ね、マジ勘弁」 動けないほどじゃぁないはずだが、さすがに頭部からの出血には慎重にならざるをえない。しかし動かないと、不味いっぽい。 名探偵の手には素敵な現代っ子の通信機―携帯電話だ。お揃いにしてみたい。したからなんだというワケでも、メモリに名探偵の情報が増えるワケでもないけど。 通報なんて短縮一本に違いない。 ちぇッ!こんな時ぐらい見逃して欲しいなぁ、・・・というのは甘えか。 思考が散乱しそうなのはまだ少々脳が揺れているのかもしれない。 「じゃ、警察じゃない医者でいいだろ!」 「・・・ん〜変装ちょっとシンドイなぁ」 おおお、譲歩してくれた! ちょっと気分が浮上したので、ついでに身体も動かしてみた。 ―よしよし。動く。 丈夫に産んでくれた両親に感謝だ。 「素顔くらいにしかなれねーし、名探偵の前でソレ晒すのは、な?」 「見ない、俺は見ない。だから動くな!!」 「絶好のチャンス、フイにしてどうすんのさ」 「無茶だ、キッド・・・ッ」 あれ、なんでこのヒト・・・。やっぱ泣いてる?いや、怒ってるのか、涙目で。 そんなに怒らなくてもなぁ、とかぼんやり思った。 少しヤバイので、サクサク周囲に注意を向ける。風は西が向かい風、協力者の待機する場所まで飛行すれば数分。 あとは、・・・ 「名探偵さ、ハンカチとか持ってねぇ?」 「・・・駄目だ、血ぃ出すぎだ馬鹿、動くなっていってんじゃねぇか!!」 近距離に乗じて、抱き寄せてみた。 途端に強張る高校生探偵の身体。・・・同じ高校生のはずなのに、細いなぁ。 ついでに、まさぐる。 うおお、いい反応が。 ドキドキしたら、血の巡りが一瞬で良くなって傷口から噴出しそうだったので、慌てて離した。 「あ、っぶね」 ・・・名探偵、今俺にその脚は致命傷すぎる! 離れて良かった!射程距離外で一息。 「ッな、にしやがる!!?」 「拝借」 ちょっと借ります!ってことで、品の良い淡いオレンジ色の布切れをふくらはぎに巻く。腕は自前のモノで処置。頭は・・・まぁ、シルクハットを深く被っておけば少しは保つか。血痕が落ちるのは、好ましくないのだ。今こそこの場にはいないが、髪の毛一本ごときでDNAがドーノコーノ疑ってくる馬鹿もいる。つまり名探偵の服につけた血糊も実は非常に不味いなぁ、と思う。しかし、彼用の着替えはないし、まさか脱がして持って行くなど怪盗紳士の名には相応しくない。 というか脱がすとか自殺行為過ぎるだろ。 ここは、彼が色々大目に見てくれることに掛けるしかないようだ。 ・・・超、分が悪いな! でも、なんとなく、コイツは大丈夫という気もしてる。 むしろ、血痕の後始末くらいしてくれそうな。 後で工藤さんちに色々お伺いに行きたいな、とか思った。 大概危機感が無い。なんだ、ヤバいのか。 「じゃ、そゆことで」 「やめろ、行くな」 「行くよ、怪盗なんでね」 「・・・ったら!行かせねぇぞ、俺は探偵だ」 「だったら、とっくに捕まってるだろ。こんの職務放棄の探偵が」 時が長引けば、其の分だけ命・・それはもう怪盗生命的なものが危うくなるので、話はここでオシマイよ、と俺は煙幕弾をコンクリートに叩き付けた。 「んで、お前はッ・・・!」 煙の向こうから悔しすぎるのか悲鳴じみた声。 ゴホゴホッと咳き込む音。 あーあー吸い込んでやがんの、と肩をすくめてグライダーの翼を広げる。 「まぁ、俺の客の無礼だろーしな、大切な観客に怪我なんて、とても」 ―許せない。 「・・・・そっか、なるほど?」 呟いて俺はネオン煌めく夜空に落ちた。 |