■余となりのかいと■ *捏造と妄想をこじらせてます。 ―インアンブレラ― 『アンタが濡れちゃ、駄目』 そう言われ、ぐいと引き寄せられて、男の顔が新一の視界いっぱいになる。 コナンに、いや、自分のほうにより似ているのかもしれない顔の造作。 ただし彼が纏うのは、自分達兄弟よりももっとずっと柔らかな雰囲気で。そういえば、バスを待つ今までの間、彼は隣にいたんだっけ、と今更なことを新一は思った。 結構な長い時間をこの見知らぬ人物と、同一対象物を起点とした直線上の空間を共有していたのだ。最初のほんの少しだけの会話の後、ずっと。 コナンに注意が向きがちだった事もあるだろうけれど、嬉しそうに傘をさす彼は、ただ自然にそうしているという風で、新一に居心地の悪さなど微塵も感じさせるものではなかったのだ。 だからだろう。妙に近い距離に、しかし不思議と不快感は覚えなかった。 ―大丈夫みてーだな 新一は、どうやらコナンが白い「怪しい」紳士の背中で寝続けているようだ、と解り、ならば放っておいても大丈夫なのかもしれない、と考える。 子供ながらの直感か何なのか、危険や危機的状況には新一以上に敏感に反応する弟が、だらんと足を投げたまま。 新一は、コナンを視界に納めながら、夜と雨の帳が降りた空間を見た。 「・・・やまねーな」 「そうだねぇ」 なんでもない呟きに、思った以上に近い場所から返事が来た。 狭い狭い傘の中。 いくら男物の傘でも、野郎二人で一緒に入ろうとすれば、やはり肩が触れ合うくらいになってしまう。 なんとなく気恥ずかしさを感じつつ、新一は視線を隣に流した。 そういえば、さっきの豪雨で濡れはしなかったのかと、ふと彼の頭の上に視線を巡らせ―そこに、ソイツがいた。 ―に、んぎょう・・? 瞬間目が奪われ、とてもじゃないが、離せなくなった。 最初は頭に人形でも乗せているのか、と不思議に思った。 何故そんな真似を、とも。 しかし、動いている。 何かカードのような小さな小さな紙を、何枚も両手で左右にパラパラパラパラ移動させていた。 小さな指一本一本が、見事に。 まるで生きているかのように。 そして 「ん〜・・あのさ、そんな見られると、照れる」 ―喋った!? 「俺、トトロな。便宜上青いの、でもいいぜー?」 「と・・とと、」 「こないだ、アンタの弟が、青いの青いのって言ってたし」 「ッ、お、弟が?」 「俺らを追いかけて、アジトまで付いて来やがったんだぞ?あのボウズ」 こないだ・・・そういえば、優秀でリアリストで冷静沈着な弟が、家の中から姿を消し、近くの茂みの奥で発見される、という事があった。たしか、発見した時、オカシナことを口走っていたような気がする。夢でも見たのだろうと、おざなりに相手をして、その話はオシマイにしてしまったが。彼の弟らしくない、なにやら非常にふぁんたじぃ〜な話をしていた気が、する。 「生きてる、のか?お前」 「もちろん!こんなカッコイイ人形なんかあるわけないだろ」 ニヤっと片目に掛けたモノクルをクイッと上げて笑う人形―ならぬ青いのは、なかなかサマになっていた。つられて、若干の引きつりを感じつつも新一にも笑みが浮かんだ。 「・・・あのさ」 「へ?」 新一は、青いのの下方からの声に視線を下げる。 小人に乗られている人物が、険しい顔をしていた。 「俺、見て?」 「ええと?」 「こっちも見てよ、しんいち」 「・・・なんで、名前」 「コナンくんに聞いた。とても良いお兄さんって。話してみたかったんだ」 「へぇ、そっか。・・・えっとコナンを送ってくれた?」 「ん、俺ンちで寝ちゃってたから。俺が起きたらサ、突然居るから驚いた」 「世話になったんだな。ありがとう」 会話を重ねると、次第に相手の顔から険が抜けていく。 「こっちこそ、コレとか、お供えとか、アリガト」 「お供え・・・」 お供えとは―故人の霊前に供える食べ物(新一はコチラに、そんな義理や縁ある人物はいない)もしくは、神仏への捧げもの。だったはずだ。 「美味しかったよー!オニギリ」 「おにぎり・・・っつーと」 それは、まさか。 引っ越してきた日に、不可思議な守り主云々はともかく、一応お隣さんにあたる土地主にも挨拶すべきだと、神社にお供えした・・・引越し作業の合間に適当に作って、適当に不味くて、家族に不評で残ってしまったアレか。 新一がコッチに来て捧げた『供物』に当たるモノは、確かにその一つしかなかった。 「アレ、食べたのか?!あー塩っ辛かったろ?俺、あんまりあーゆーの上手じゃなくてっつーか!あの、夏場だし、供えたの夕方だったけど、悪くなってなかったか?!!」 カラスあたりが処分してくれるだろうと、思っていた。が、ヒトが食べたのなら話は別だ。 というか、食中毒でも起こしやしなかったかと、新一は冷や汗をかいた。 「!ううん、美味しかった。別に信仰も敬意も親愛もなくて、凄く挨拶って感じだったけど、嬉しかったし」 言ってることが微妙におかしい。 これは本格的に人外であるのかもしれない、と。ここに至って新一は真剣に考え始めた。小人を見て、会話までした後にである。 まずは、じっくりと相手を見る。 ―普通に見えるんだけどな?多少浮世離れしてる雰囲気はある、かもなぁ・・・でも 服装だって、この年頃の普通の男子の格好だろう。むしろ、格好で問題なのは、弟を背負っているアイツ。そして、一番おかしいのは明らかにサイズが人として不自然な青いヤツ。しかし、その両方と一緒にいるのだから間違いなく、この男も・・・ 視点を相手の顔に固定し、思考をめぐらせていると、だんだんと彼の顔に赤味が差してきた。 『ケケ・・・オメーも照れてる』 『うっさい!』 小人と彼との小さな会話は新一の耳には届かない。 言葉よりも思念での会話だからなのだが。 『綺麗だな』 『うん。近くで見たら、もっと綺麗だ』 『―欲しい、のか?』 『あー・・・うん』 『にんげんは難しいぞー』 『そ、か?』 『心があるからな。お前だって、義理より真心のほうがいいだろ?そーいうのって、相手がコッチに向けてくれないと、手に入らないんだぜ』 『そりゃ、難しそうな』 『まぁ、反応は悪くなさそうだし。も少しお近づきくらいになれるんじゃね?』 『警戒・好奇心・途惑い・心配・ってとこか。ん、悪くない』 『お供えくれるし、傘かしてくれるし、身体の心配してくれんもんな』 『嬉しいな』 『そう伝えりゃいいさ』 『喜んでくれるかな』 『ちゃんと伝えれば、ちゃんと返ってくるだろうよ』 それが世の理だ。 傘という不思議な空間の中。 彼は、最初、 ボツボツ・・タタタン・・・ 頭上に落ちる耳慣れない音に夢中になった。 しかし、こちらに向けられた顔、大きく見開かれた青い綺麗な瞳に気づいて。 ―あ、やっぱり綺麗、綺麗すごく、纏う空気も心地いい、すごいすごい!こんなヒトがいるなんて― 見ているだけで、歓喜が染み渡った。 捕らわれた、と明確な思考があったかどうか定かではなかったが、夢中になって、その存在を見つめていた。 彼の視線が、己でないところに飛ばされていることにナカナカ気がつけなかったくらい。 ようやく瞳が真っ直ぐに己を向いて。 もう、その時は、ただただ嬉しくて。 「あ、起きる・・」 不意に、頭上から青いのの声が上がった。 視線を追えば、傘越しに弟達の方を見ているようだった。防水製の布地に遮られている筈なのに、何故か青いのは慌てて、頭の上から飛び降り― ―え! (落ちる?!) 降り立った時には、スラリと新一と同じくらいの背丈の姿になっていた。 ―ぇええええええ!!!!? 「・・!っあ、え、お、な、お」 さっきまで居なかったはずの―いや、居たことは居たのだろうけれど人としてカウントしていなかった―三人目の出現。 声にならない声しかだせず、新一は手近にいた人間に思わず身を寄せた。 青いシャツを着た男は、タタッと白いのとコナンへ向かう。 どうやら、目を覚ましたコナンが、白い背中から落ちそうになっていたようで、すんでのところで、青いシャツから伸びた手がコナンの身体を後ろから支えてくれたのだった。 ―暖かい・・・ 驚愕の心が伝わってきたが、それ以上に、彼に触れられた喜び、狂喜にちかい叫びが、彼の全身を覆っていた。 「あれ、さっきの、何でデカクなってん、だ?!」 彼の手のひらが、きゅうと己の腕を掴んでいる。 「小さかったよな!?」 鼻先で彼の髪の毛が揺れる。 ほのかに立ち上るニオイは甘く眩暈がしそうだ。 「なぁ、トトロって、一体」 惜しむらくは―全く納得がいかないのは、彼の青い瞳が己を見ていないこと。 けれど 「なぁ、って!おい」 振り向いて、くれた。 さっきよりも、もっとずっと近く。 触れた部分が熱い。熱は柔らかく全身へ伝播していく。少し、触れているだけでコレならば。 「聞いてンのかよ?」 ―嗚呼、この人にもっと触れたら、きっともっともっと嬉しい 顔を覗き込まれ、視界が彼だけになった時、勝手に身体が動いていた。 「?なに・・・・!?」 己と大差のない体躯をぎゅうと抱き締める。息が掛かると脳天から背筋をざわざわと何かが伝わっていく。(―何だ?)不思議に思い、彼を拘束した両腕はそのままに、顔を合わせれば見開かれた大きな瞳、綺麗綺麗キレイきれい。スッと通った鼻筋、その下には薄そうな赤い唇。そこから漏れる吐息。先ほど己に何がしかの衝撃を起こしたソレが何なのか知りたくなって、―触れたくなった。呼気をもらおうと、己のソレを合わせた。 「!・・・ン、ふっ、離せ!」 おそらく、ほんの一瞬の出来事。 傘が地面に落ちるまでの間の。 両の手で、彼が彼の身体を掴んだから傘が落ちた。 小さな密室は詳らかになり、明らかにされる行為。 彼の脳裏に青と白の声が響いた。 『馬鹿!!何してやがる?!!』 『鳩を呼びます!彼らは驚愕している、私達は去るべきだ』 ―嫌 『離れろって!そーゆーの、ニンゲンは困るだけだって!』 ―・・困る?困らせてしまうのか。それは、嫌だ。彼に嫌がられてしまうのは。 仕方なく、顔を離して、両腕の力を抜く。すぐに彼は飛びのいて、離れてしまった。空いた空間が、ひどく虚しい。彼を離した事を後悔する。 『新一兄ちゃん!』 『・・・ッは、』 小さな、彼に良く似た弟が彼に駆け寄ると同時に、林の間を低空飛行で通り抜けて向かってくる彼らのノリモノの気配がした。翼がはためく音ではなく、風が強く駆け抜ける音がする。 そして、「ソレ」は、古びた停留所の前で翼を降ろした。 バス停前に到着したソレが、目の前で扉を開ける。 ハイ、乗って!と白に手を引かれ、オラオラ!歩け!!と青に小突かれて、乗せられる。 乗って、振り返れば、 ・・・・二人とも、とても面白い顔をしていた。 笑いをこらえて、拾い上げて持ってきてしまった傘をチラリと彼らに向ける。 「またね」 「悪いな、コイツ、馬鹿なんだ」 「驚かせてすみませんでした・・後日、傘はお返しに上がります」 三者三様の言葉を残したところで、白い翼が閃いた。 |