□そんな夜□快新 深夜二時。 実質一人暮らしの家のちょっと重厚に出来ている玄関の扉を、殊更ゆっくり開いて中の様子を窺った後、音を立てぬよう出来るだけ静かに閉じた。 両親不在の我が家で工藤新一がそんな行動を取るのにはワケがある。 今日は新一の恋人が家に居るはずの予定なのだ。そして恋人が家に居れば自動ドアよろしく新一を出迎えるのが常なのだが、午前二時のこの時間、ドアを開けても人の動く気配はなかった。恐らく恋人は先に床についているのだ。 音を立てず気配を消して自室に滑り込む。 思った通り、新一のベッドを占領して寝息を立てている恋人―快斗の姿があった。 「…よく寝てる、か」 人の気配に聡いこの男も、流石に一度寝入れば簡単には目を覚まさないものらしい。もしかしたら、新一を待って直前まで起きていたのかもしれないが。 顔を近づければ、すよすよと安らかな寝息。 以前何かの折に、警戒しなさ過ぎじゃねーの?と言ったところ、「新一の気配には慣れちゃって、離れていくんならともかく、俺の無意識範囲内にいる時は安心はしても警戒して飛び起きるなんて事にはならねーんだよ」とボヤいていた。嬉しいような、気恥ずかしいような気持ちになって、無言で蹴ってしまったが。 「ただいま」 寝ている者の頭付近まで顔を寄せて、密やかな帰宅の挨拶。返る言葉は無い。代わりに、恋人の愛用するシャンプーの匂いがした。 くん、と甘いようなその匂いを嗅いで、新一は満足げに笑うと、一日走り回ってくたくたになっている身体に纏う、これまたくたくたの服を脱ごうとネクタイに指をかけた。 新一にはさっきまで、それこそ新一を送り届ける為のサイレンを消したパトカーが工藤家の前で車を止めるまで、追いかけていた事件があった。 警察に助言を求められ、刑事らと共に駆けずり回って、気がついたら日付が替わっていた。こんな時間まで民間人に協力させるわけにはいかない、いい加減帰りなさい、と刑事達に促されて渋々の一時退場。明日こそはもっと確実な証拠を探してやろうと、犯人候補達の行動や証言を正確に脳裏で再現して―そこで犯人ではありえない筈の人物の証言の矛盾に気が付いた。そして、確たる物証になるであろうモノの在り処にも。すぐさま警察無線で遣り取りをして―証拠確保の報を受けたのが、工藤家前にパトカー停車のおよそ5分後。 これで、明日は容疑者を落すだけ。 警察官ではない新一が関われるとしたら今日のココまでだろうが、新一としては大分満足いく結果だった。全ての不可能を潰して、犯行に至る道筋を見つけてやったのだから。 そんな、直前まで謎を前にして高揚していた気持ちのまま、服を脱いでいく。 本当なら祝杯をグラスで一つ…まではいかなくとも、気分良くお気に入りのコーヒーでも味わいたいところだった。ちなみに新一のお気に入りは恋人が淹れてくれるソレだ。しかし時間が時間だし、待たせた挙句に寝てしまった恋人をそんな新一の気持ち一つで叩き起こすのは流石に気が引ける。 むしろ明日は俺が朝食を作ってやろう、起きられたらの話だけど、とさえご機嫌な新一は思いつつ服を脱ぎ出して、―そして、あらぬ状態になっている自分自身の身体に気が付いた。 「へ?…ええ?!」 そんな馬鹿な、と思うが、シャツのボタンを外し、ズボンのベルトも外して、下から脱ごうと手を掛けて初めて―否、漸くに気がついたのだ。 思い切り興奮状態にある脚の間の一物に。 「な、んで…え?!」 思わず下着の上から押さえてみる。硬い。とても放っといて収まる感じではない。 更に、着ていたシャツを脱ごうとしたら、スルッと胸元を擦る布地にビクッと身体が震えて、乳首すら興奮してツンと硬くなっている事に気がついた。 一体いつからだ!?と新一は己の状態を顧みる。 まさかこんな有り様で警察を出てきたわけではあるまい。 そうだ、パトカーの中で延々推理していた最中はこんな身体ではなかったと確認する。あの時、新一の血流は全て頭脳に集中していたはずだ。 では、謎が解けた瞬間か?確かに、全ての推理が繋がった興奮に頭も身体も沸き立っていた気はする。 いやしかし、新一を送ってくれたパトカーの運転手は感謝と敬意とを込めて「お疲れ様でした!」と敬礼し、その視線の中に新一に対する不信感だのはなかった筈だ。 では帰宅してから? 逡巡した後、残った一つの可能性に新一は目を向けた。 「…オメーか、快斗」 正確には、その身の香りか。 男の身体はあまりに疲れていると、生存本能が種を残そうとして疲弊している状態に関わらず生殖器を元気にさせる妙な働きがある―のに、加えて、恋人の甘やかな匂い。 その香りに刺激されて、高揚したままの心は、その時点で性的な興奮に摩り替わっていたのではないだろうか、と新一は推理した。 が、しかし。 原因が判った所で、一体どうしたものか?と今度は懊悩する。 はっきり言って収まりそうに無い。 しかも、ついつい快斗を見てしまったのがいけなかった。 上半身も露わに毛布もかけずにボクサーパンツだけを穿いて寝ている快斗の―つまりは恋人の姿。グッとこない訳がない。それどころか、明らかにゴクッと喉を鳴らしてしまった。 あの肌に触れるのは非常に気持ち良いことだと、新一は知っている。 「かいと…?」 そうっとベッドに寄って、再び囁きかけてみる。しかし相手は余程深く寝入っているのか、ベッドが軋んでも、ん…っと首を緩く動かしただけだった。振った拍子に、ふわりとまたも鼻先を擽る匂い、柔らかそうな髪、無防備な寝顔、薄く開いた唇を窓に入り込む月明かりでシッカリ見てしまった新一は、湧き上がる劣情に腰辺りが激しく疼くのを感じる羽目になった。―これは臨戦態勢と言うべき状態だ。 (ちくしょ…) 新一はストンとズボンだけを脱ぎ捨ててから、そうっと、横向きに寝ている快斗の背中側に寄り添うようにしてベッドに入る。 快斗の背中の、両方の肩甲骨との真ん中あたりにコンと額を宛てた。 それから、そろそろと新一は自らの股間に手を伸ばした。 時折、快斗が疲れている新一に身体を強請る時があるが、そういう時、すげない対応をしてきた自覚がある新一である。まさか自分が盛ってるからヤらせろと言って起こす事など出来ようはずもなかった。 それに、したがる快斗が新一にするように、『その気』にさせるための丹念な愛撫だの、快楽の波に落そうとする手腕だのを真似るのも無理―というか、面倒だった。身体は興奮していても、酷く疲れているのも事実なのだ。 ここはもう、抜いて終わりにするのが得策だろう。大体、こんな反応を齎したのは無意識とはいえ快斗なのだし。少しばかり触ったり嗅いだりしても良い筈だ、と新一は考えたのだった。 「っ…、んぅ」 出来るだけ声は抑えようと片手で口を覆い、もう片方は猛る部位へと。 一人だけ全裸になるのは憚られて、どうせ済んだらシャワー浴びるし、と新一は下着の中に手を入れる。すでに幾分布地を濡らしていたソレは硬く、熱い。 数度軽く擦るだけで、新一の腰は震えた。 快感に逆らうことなく、更に手を動かしていった。 「は、ぁ… …ぅ」 小さく息を逃してから、すぅと息を吸い込むと、鼻腔に侵入してくる人工香料とは違う仄かな相手の匂い。 今の新一は、それを汗臭いと笑うことが出来ない。額だけホンの少しだけ触れている皮膚の部分と、微かな匂いと、それだけで十分性欲を刺激する興奮材料だった。 シュッシュと乾いた音から、ヌチュヌチュとした汗と精が混ざっていく音が暗い部屋でし始める。 下着を穿いたままだから、少しばかり動かし難さはあったが、先端が布地で擦られるのは悪くなかった。 「ぁ、は…んぅ」 (そーいえば、久しぶり…だよな) この恋人が出来てから、自慰など殆どしていなかったなぁ、と新一は快感による熱に浮かされながら考える。すこしでも溜まってくれば、そのサインを鋭敏に読み取って誘いをかけてくる相手がいるのだ。する暇なんて無い。あったとすれば、互いが傍に居ない期間が長くなった時くらいのもの。それだって、余計なムラッ気を放出させる為の一つの手段として出す程度の処理行為だ。 ―なのに、今は目の前に、鼻先が触れる場所に、相手がいるのに。相手に興奮だってしているのに、自分でしてしまっている。妙な滑稽さ。 そんな今の状態と、下半身から来る気持ちよさに新一は目を細めて、そっと口を押さえていた手を退け、額の代わりに頬を寄せる。唇でそっと背骨の小さな出っ張りに触れた。 (今すぐ、起きて。欲しがるなら) 「ぁ、か…いとぉ…っ」 ワザと名を呼んでみる。先ほど感じた微かな背中の震えなど気のせいだったかのように、背中向こうからの寝息は続いている。 (そーかよ。だったら、俺は…出したら、終わり) 「ぅん…ぁ ッ」 物足りなさはあるが、このまま頂点まで駆け上ってしまいたくもあった。手の動きに合わせて、微かに腰を恋人に突き出すように動かして更に性感を高めて行く。 快斗の穿いているボクサーパンツは身体のラインに沿うぴっちりとした作りだから、相手の形の良い臀部が判り易い。いっそいつも新一がされているように、その尻の谷間に突っ込んでやろうか、とそんな欲慟すら沸いてきた。 それに、快斗が新一の中に入って来る時の顔はいつも―あらぬ記憶と妄想に、己の手が与える以上の快感を覚えた新一は、ビクビクと腰を震わせて手の中に熱を吐き出していた。 「はっ…ぁは、は、」 吐精後の激しい脱力感。快楽の頂点目がけて浮いていた思考が、一気に現実に引き落とされる。 (結構、出た…) 面倒だったので、ネチョリとした白い液体は下着に擦り付けて拭いてしまう。 出した後の倦怠する身体を叱咤して、さっさとシャワーを浴びようとベッドから脚を下ろしたところで、背後から腕が伸びてきた。 「なぁに、一人で楽しんでんだよ…」 「残念だが、俺は済んだ。寝ろ」 新一は振り返らず、すげなく絡み付く腕をどかす。 マジかよ!?と不満げな声など聞いてやらない。 あの時に、新一が欲しがったのと同じに快斗が強請ってくれば、幾らだって応えてやれたのだが、熱が抜けてしまった頭にあるのは、さっさとシャワーを浴びて眠りたいという実に健全な欲求だけだった。 「オメーの良い匂い嗅いでたら、かなりキタぜ?」 「えー…俺も、新一が後ろではぁはぁ言ってたのに、滅茶苦茶キテんだけど」 「すっげ挿れたくなって、ヤッちまおうかと思った」 「え」 「俺がヤッてもいいなら、付き合ってやってもいいな」 振り返ってニヤッと笑えば、笑顔の端が引き攣っている恋人の顔があった。 タイミングが大事 とある絵茶室にて神絵に沸いた妄想文。 めもめもより再掲。 |