□逢瀬の夜□Kコ 「おはようございます!」 「あ!おはようございますー。ご苦労様ですー」 近く部活で試合があるからとトレーニングの一環として最近朝のランニングに励んでいる蘭の声が窓の外から聞こえてきた。 枕元の目覚まし時計を見れば6時半。 暗いうちから家を出て行ったようだから、丁度今帰ってきたところだろう。 寝起きの頭でそんな会話とタッタッタッタ…と誰かが走り去る靴音を聞いていた。 「ふぁ…」 二度寝もしたいが、一度起きると隣で寝ているおっちゃんのイビキが気になって駄目だった。 しばらく布団でモゾモゾしていたが、玄関扉の開く音を契機に身体を起こして目を擦ってふわぁと欠伸一つ。 顔を洗ってから居間へ行くと、すでに着替えもして朝ごはんやおっちゃんの昼の用意をしている蘭がいた。 「おはよう、蘭ねぇちゃん」 「おっはよー、コナンくん」 何だか機嫌が良い。 どうしたのかと思って首を傾げると、「そうだ!ねぇねぇコナンくん」と言って、蘭は新聞の上に置いてあったチラシを持って俺の所へやってきた。 *** 「♪さーさのは、さーらさーらぁ」 「♪のーきーばにゆーれるぅ…」 「朝から元気だなーおめーら、天気悪いってのに」 登校途中で一緒になる探偵団の面々は、今日も今日とて元気である。 「七夕会楽しみだもん。夜に雨っぽいのは残念だけど」 「確かに朝から曇っていて天気は悪いですが、雲の上はいつだって晴れてますからね。牽牛と織姫のデートには支障ありませんよ」 「体育館で劇が見れるんだよな!しかも給食に七夕ゼリー!」 「そっか…はははー。楽しみ」 「棒読みね、江戸川君。まぁいいけど」 「ねぇねぇ、コナンくん、元太くん、光彦くん!今日は放課後、博士の家でも七夕会しようって哀ちゃんと話したんだけど、皆行くよね?!」 「ご馳走出るのか!?」 「行きます!行きます!」 学校行事にも献立表にも俺と同じく今更興味を持っていなさそうな灰原が、今日のイベント事には関わっている事に、へぇっと少しだけ笑って見遣って(そして灰原に軽く睨んで返されて)から、俺は頭を掻きつつ、悪い、と謝罪を口にした。 「あーっと、俺パス」 「えー!」 「あら?どこかの織姫様にでも会いに行くのかしら?」 「えー!?」 「違っげぇよ、バーロ。おっちゃんの付き添いだ」 「何だよ、コナン、事件か?!」 「また抜け駆けですか!」 「違う違う。蘭…ねぇちゃんがさ、おじさんの織姫を呼び出して、おじさんと引き合わせたいってゆーから、その計画の手伝いすんだよ」 「それって…、あ!あの美人の弁護士さんかー」 「まぁ、大変ね。居候さんも」 「そっかぁ…残念。でも、もし来れたら来てね!」 皮肉気な台詞には肩を竦めて、眉根を寄せて本当に残念そうな顔をする女の子にはもう一度、ゴメンな、と謝った。 *** 小洒落たシティホテル内の店舗には珍しい、本日限定ディナーの格安料金プランがあるから連れて行ってよ!と娘が頼めば普段不義理と苦労をかけている父親は逆らえない。 たとえ入口で、別居中の妻の顔を見て回れ右をしたくなっても。 蘭〜〜っと両親に唸られたって、ニコッと笑って取り出したるは「米花ホテル内レストラン…―割引券の適用は男女のカップル限定」のチラシ。 こんな高そうな店、高校生と小学生じゃ入れないし、お父さんだってお母さんがいないと入れないんだから付き合ってよね!と問答無用だ。 コナンくんは私と一緒よーと腕を取られて、はははっと笑いながら、七夕限定の仕様になっているレストランに入った。 絶対に混んでいるだろうな、という予想に反して、それなりに人は入っているが落ち着いた雰囲気の店内。 入店して直ぐの受付傍にいた従業員にチラシを提示して「では、こちらへどうぞ」と促されるまま前払いの料金を支払うと、領収書と一緒に「お子様連れの方へのサービスです」と言われ縦長の画用紙を切った用紙を渡された。 「短冊のサービスかぁ。良かったね、コナンくん!」 なるほど、レストランの中央に飾ってある天井に届く程の大きな笹竹。近くにテーブルとペンとが置いてある。 4人で一つのテーブルを陣取った後、「書いておいでよー」と蘭に促されて、俺は笹を眺めながらペンを手に取った。 「書けたかい?ぼうや」 キュッとペンのキャップを閉めたところで声を掛けられた。 上から覗き込むようにしてくる相手を見上げれば、受付で短冊を渡してくれたホテルの従業員だった。 「あ…うん、一応」 「高い所に結んであげるよ。それとも自分で結ぶかい?」 従業員が用意していた脚立を、よいしょっと枝葉の多そうな場所に設置する。 俺は「自分でやるから」と言って、その上に駆け上がった。 それならばと、従業員は脚立の脚を支えてくれる。 「足を踏み外さないように、気をつけてね」 「はーい」 「この辺でいっかな…」 わさわさと葉の伸びる笹の枝の一つに触れて、―ふと、そこに吊るされた一枚の短冊が眼に入った。 思わず手にとってマジマジと見てしまう。 「…結べたかい?」 下からかけられた声に、一瞬だけ瞠目した。 「う、うん、もうちょっと〜」 俺は暫くその場で手にしたモノを見ていた。 従業員は文句を言わずに待っていてくれた。 *** 元夫婦、いや現夫婦で別居中の二人も、同じテーブルに座り同じ夜景を眺めたり、レストラン内が星空をイメージした照明に切り替わったりする空間を共にしているうちに、何となく良いムードになってきた。 蘭も嬉しそうに笑っている。 緩んだ雰囲気に、俺はそっと席を立った。 それから、食事中の蘭の服の端をひっぱって耳元で告げる。 「蘭ねぇちゃん、ボクちょっとトイレに行ってくるね」 「え?一人で大丈夫?ねぇ」 お父さん、と言いかけるのを俺は駄目駄目と止める。 「しー!大丈夫だよ。エレベーターの近くに有った所でしょ。おじさん達いい感じだし、コッソリ行ってくるよ。食べ過ぎちゃったみたいで、その…ちょっと時間かかるかも…だから」 チラっと両親を盗み見た蘭も、ここで彼らを席から離さない方がいいかもしれない、と思ったらしく、わかったわと肯いた。 レストランの出入り口から彼らが和やかに食事をしているのを一瞥してから、俺は駆け出した。 *** ギィー…っとやや重い扉を開ける。 外は小雨。 結局一日中曇天のまま、ついに雨粒が零れ始めていた。 扉の取っ手に引っ掛かっていた子供傘を遠慮なく開いて、ホテルの屋上への外階段を登りだす。 「ったく、何だってんだ」 ゴソッとズボンのポケットに入れた手が、その中にある紙切れをついつい触ってしまう。 先ほどレストランに飾られた笹の葉に吊るされていた短冊の一つに、一見してホームズフリークなら気がつく暗号文が書かれたものがあった。 一体どこの同好の士が? いや、子供向けのサービスと言っていた。 では従業員が飾りの一つとして? ―疑問は、暗号文を解けば直ぐにわかった。 階段を登りきったところにある金網フェンスの扉を押す。 普通なら施錠されて然るべきところが、先ほどの扉と同じく簡単に開いた。 「ご丁寧に、こっちも開けてたのか」 「そりゃまぁ、折角星空の恋人達の日だし。地上の恋人達にだって、障害は不要さ」 「誰が恋人だ、バーロー」 しとしと降る雨に濡れた白い怪盗が立っていた。 本当なら星空でも眺めてさ、血生臭い事件ばっかり追ってるリアリストに星と男のロマンを語ろうと思ってたのにさぁ、天気に負けるとかマジ悔しいわ、だの。 なーなー、名探偵は短冊に何て願ったの?、だの。 突然の誘いをかけてきた相手の頭に一応傘を差し掛けてやりながら、その腕に乗せられて、ぼやきのような囁きを聞き流す。 「で?」 「え?」 「何が目的だよ」 「え!?」 心底驚いているらしい顔をじぃっと見つめてやる。 「…頬を染めんな!」 「えー無理。目的ってさぁ、わかんねーの?」 「何が」 「恋人の逢瀬の日に、恋人に逢いたい気持ち」 「だから誰が!」 「願い事をする日でもあるわけだし」 ほれほれ、と。 白い手袋が差し出してきた画用紙で出来た短冊。 「あー?」 さっと眼を走らせて、ガクリと俺は肩を落とした。 わざわざ呼び出すから何かと思えば。 「デートがしたい、ね」 「『名探偵と!デートがしたい』さ。いや、俺も色々悩んだけど、まずは、ね」 「ふぅん」 「少しでもさ、逢えればいいやと思って」 「その為に、わざわざあんなチラシまで作ったのかよ」 「おや、バレてましたか」 「当たり前だろ。有名ホテルのあーんなお得情報があって、当日イキナリ来て席が取れるかよ。どう考えたって、予約のみの客だけだろ。チラシ持ってる奴なんか他に居なかったし。…つぅか、今朝―」 「ある時は新聞配達人、またある時はレストランの従業員、そしてその正体は」 「ただの変態」 ありゃりゃ、と肩を竦めた白い怪盗の顔に、コッソリ持ち出した呼び出し文句が隠されていた暗号文短冊をぺしっと貼り付ける。 「ん?」 「俺の願い事だ」 拝借してきたその紙の裏に、ここに来る途中で書いておいた事。 ハイハイ、とぺラリとそれを手に取った怪盗が、何とも微妙な顔をした。 「え…ええー」 「分割でもいいぞ」 「…じゃ、毎日お届けにあがっても?」 「それもいいな」 「全部叶えたら、何かくれる?」 「見返り求めるなよ。それじゃ願い事じゃなくて契約じゃねーか」 あ、良い事思いついた、と怪盗は呟いた。 「デートの時に渡したら、俺の願い事も叶って二人とも幸せじゃん」 「…まぁ、暗号が手に入るなら、それでもいいぞ」 「100回目のデートの時には恋人になってるといいなぁ」 「…どーかな」 願い事を叶えるのは 何だか仲良し。 あえて怪盗の暗号と探偵の願い事は書かないでみたり。 大体ご想像通り。 米花ホテルと杯戸ホテルの区別がイマイチついてない(笑。 妄想作文めもより再掲 |