■お年頃A■
−お○○○は女子高生−



コナンの身体は生来の姿から変化し、以前とは違う形態になっている。
時折、こんなものは自分の身体ではない、気持ちが悪いとすら思うことがある。
女性特有の生理事情が起こったときなど現実から逃避して頭痛に寝込むことも多い。それ以上に、男だった己を知っている人間の前には絶対に見せたくない肉体になった頃は、何度米花から―東都から―日本から姿を消そうか思ったか知れない。

当時(今も)最もコナンの傍らにいた人物は当然のようにコナンのその意思を感じ、いっそ渡米なり渡欧なりしようか?勿論俺だって日本じゃできない仕事に興味あるし、何処へだって一緒に行くぜ?とコナンの負担にならないような話の持って行き方で誘いを掛けてくれた。
世界に二人だけ、みたいなのって究極のロマンだし俺としちゃ大歓迎、と笑っていた彼は当時まだ駆け出しのマジシャンだった。いや、その中身は世界に轟く大怪盗であり住処をどこに置いたとしても、確かに問題は無かっただろう。コナンの気持ちに任せるよ、哀ちゃんを国外に連れて行くのはちょっと骨が折れるかもしれないけど、と不可能犯罪を作り出す手腕を覗かす笑いを見せて囁いた。

少しだけその言葉に甘えてしまおうかとも思ったが、そこでハタとコナンは気が付いたのだ。自身の変化を全て承知している相手が、いつだって手を広げて全てを受け容れているのなら、あとは周囲の声など雑音だ。そんなものに左右される人間ではない。

だいたい、彼はともかく、ただでさえ歳若い身で女となれば、未開の土地で探偵業をするのに支障がでそうだ、と計算高く考えたのだ。
日本で、警察関係者や探偵業界に顔見知りの居る東都ならではの探偵『江戸川コナン』としての活動をヒッソリ始めていたから、その足場を無くすのは結構惜しいな、と思えたのだ。

―これまでの姿とは変化した己を見せるのは苦痛だが、それを超えてでもコナンは探偵として在りたかった。

新一に戻る為に幼馴染の少女の父親を有名にしてやろうと色々苦労もしたし、少年探偵団のブレインとして数々の事件を解決した活躍は新聞にも幾度か載ったから、中学生になる頃には『毛利探偵と、かの高校生探偵に仕込まれた探偵少年』はそれなりに事件現場に受け容れてもらいやすい環境に置かれていた。顔見知りの刑事が複数いることは大きい。
これを捨てるのは大変に惜しい。
そんなこともあって、コナンは身内と呼べる関係者には実は女子であったことを明らかにして―勿論その事で事件から遠ざけられることもあったが、それまで男児だったのだからと周囲を半ば無理矢理納得させて、以前と変わらぬ生活環境を選んだのだった。


とはいえ、そんな事情を知らぬ人間も勿論いる。
どう人の口の経たのか、時々その真偽を訊ねてくる人間も居た。
もしそれが過去の何らかの事件で江戸川コナンに関わった裏表のない人物であれば、「一種の病気で」と以前の姿とは多少違っているけれど中身は変わってませんよ、と説明する。噂だけを頼りに、からかいの種として問いかけてくる相手には適当に誤魔化すなりして距離を開けることにしていた。
基本的には、つかず離れずコナンの傍には事情を知る誰か―殆どは快斗であり灰原―がいたから、何かと盾になってコナンの舌鋒が飛び出る前に相手を追い払うのが常だった。



「なぁ…江戸川コナンって、男だったって聞いたんだけどー?」
「……」

コナンはちらり、と相手に眼をやって、直ぐに視線を本に戻した。
せっかく昨日出たばかりの新刊だ。口を開く時間も惜しい。

何かと気の利く恋人が、今朝になって昨日渡すの忘れてたーとわざとらしく笑って差し出してきた本である。
何が忘れてただ、この野郎!と思ったが、快斗にはそういう所があった。
自宅や一緒に居る時に本に恋人を取られるのは嫌で、でも外で恋人が危険な事件だの恋人以外の誰かに眼を向けるのも嫌だから、コナンの興味を引くものを渡すときは恋人の傍を離れる時、と。
時間が丁度合ったから来たよー、と昨日校門まで迎えに来たのは本屋に寄らせない為だったんだな…と知ったのはその本を差し出されて気付いたことだ。とはいえ最近新刊チェックを怠っていたから、半日遅れでも素早く新刊にありつけるのは嬉しいことだった。本当は授業中にも読んでいたいのだが、先日の席替えで何かと口うるさい隣人が近くの席になったものだから、我慢していたのだ。
だから、休み時間は貴重である。

「聞こえてますー?」

苛立った声と一緒にトントンと机の端を叩く行為。
非常に耳障りな上目障りだな、と眉を顰めて、しかしコナンは視線を本から外さない。

「おい!」

トントン、がバンッとなり、一瞬机が揺れた。

「うぜぇ」

言ってから、しまった!という顔をしたのはコナンの方だ。
相手は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔を一瞬だけした後、怒気も露わに睨んでいる。
しかし、更にそんな相手に構うことなく、コナンは辺りを見回した。

「なんですって?」
「げ」

果たして、まだ居てくれるな、という願いは叶わずコナンの背後から冷えた声。
先ほど「お手洗いに行ってくるけど、貴女はどうする?」と律儀に声を掛けてくれたクラスメイト兼主治医である彼女が腕を組んで立っていた。

「『江戸川さん』?」
「だ、だってよ、コイツがうるさいから。折角本読んでるのに」
「膨れたって駄目よ?ぺけ一つよ。それと、貴方」

「…おい、灰原もコイツと同中だって聞いてるぜ?マジなのかよ、コイツが男だったって!」

大声だ。
思い思い勝手にすごしていたクラスメイトが俄かにその声に反応して眼を向けてくる。

「何を言ってるのかしら?真実がどうあれ、それが貴方に何か関係があって?」
「おいおい、男だったらそのカッコも体育の着替えだってヤベーじゃん!なぁ!!」

最後には周りで成り行きを窺っているクラスメイトへ賛同を求める言葉。
しかし、眼を険しくしたりヒソヒソと話し出したのは男子ばかりで、女子は呆れた視線をコナンに絡んでいる相手に、気遣わしげな視線をコナンに投げかけていた。
男女で温度差のある視線にまでは気付かないのか、シン…とした周囲の反応に気を良くした男子学生はニヤつきながらコナンを見る。コナンが口を開く前に、灰原が自然な動きで彼と彼女の間に割って入った。

「江戸川さんは女の子よ」
「知ってるんだぜ?俺、米花小だったしさぁ」
「…あら、奇遇ね。私もよ。…もっとも私の記憶に貴方はいないけど。誰だったかしら?」

「…今頃」

ボソッと呟いたコナンに、相手は慌てたようにまくし立てる。

「隣のクラスに、昔同じ小学校で同じ便所使ってた奴がそんなカッコでいるってこないだ気がついたんだよ!」
「あら?私、貴方の名前は知らないけど、時々ここの教室の前を通りがかるときに江戸川さんを見ていたことなら知ってるわ。とっくに名前も何も気付いていると思ってたけど…。そうね、小学校時代も江戸川さんの傍に居た私を覚えていないのなら、今更彼女にそんな言葉で気を引こうとするのも判るわね」
「な?!見てねぇ!!」

「見てただろ?」

コナンは、ん?とそれは虚偽だと漸くに相手を見返せば、何故か相手は顔を真っ赤にした。

「見てねーよ!大体、何でそんな、ンな格好になってんだ」

「貴方には関係ないわね」
「お前には関係ない」

見事にハモった台詞に、男子学生は瞠目し、ついで拳をぶるぶる震わせた。

「ふっざけんなよ!しゃあしゃあとした顔で男だったくせに、おかしいとおもわねーのかよ!」
「人には人の事情があるのに、それを何の関係も無い貴方に説明する必要があって?」
「で?…オメーさ、何が言いてぇ…たいのかしら?」

とんでもない秘密を衆目の前で暴き立ててやっているというのに、一切乱れの無い冷静な二人の対応に、相手は助けを求めるように周囲を見渡した。
ところがだ。

「知ってるわよー。私は同中だったもん。三年生のとき療養するっていって休学してたの。引越し先でまさかスカート姿の江戸川さんに会えるなんて、ちょっとビックリしたけど。ラッキーだなって思ったわー。あの頃から男の子なのが勿体無いぐらい可愛かったんだもん。全然可愛くて変な気もしないし」
(おいおい)
「あのね、アンタ。入学してすぐ、クラスの女子や以前同じ学区だった子とかには、ちゃんと江戸川さんは説明してくれたの!どうしても元男っていうのが気になるならお医者さんの診断書や、なんなら脱いでも構わないって言って。少なくともクラスの女子は皆知ってる話よ?それ」
(実際脱いだものねぇ…)
(バーロ穿り返すな!)
「着替えのときとか、最初は気を使ってトイレとか保健室にわざわざ行っちゃうし。今は違うけど。でも誰も気にしてないよ、ねぇ?」

肯く周囲の女子に、頭を掻いてぺこっとコナンは頭を下げた。

「あんまり騒がれたくないってコナンちゃん言うから、私たちを信用するって言ってくれたから、皆で黙ってようねーって決めてたのに。他にアレ?って言ってくる子には、ちゃんとコナンちゃんが説明してたんだよ…」

公然の秘密をわざわざ大声で騒いだ男子学生へ明らかに嫌悪を向ける女子の証言に、同じクラスの男子は、コレは彼の劣勢だと加担はしないで眺めるばかりだ。
勿論中には初めてその事実―性転換―を知った者もいて、少なからぬ衝撃を受けていたりもしたのだが、現在晒されている彼のようにクラスの女子を相手に回す事や、「関係のない人間」としてあしらわれる事を恐れて口には出さない。

「脱いでって…本当に女なのかよ?!」
「…ああ。病気の一種だ。性別がわかりにくい状態で生まれ、結果性別を間違えて認識され育ち、後になって正確な性別が判明した、ってだけのな」
「じゃ、じゃあ…本当に」
「そうよ。で?貴方はそれを確認したかったの?違うわよね。確認だけなら先生にでも聞けば後で江戸川さんが教えたはずよ。入学時に診断書を提出して、デリケートな個人情報だから必ず本人を通して話をしてもらうようにって約束していたもの。それは同じクラスの女子でも同じことだわ。男子には…貴方のように騒ぐ馬鹿な人間が出ないとも限らないから、殆ど情報公開はしなかったけど」

チラリと灰原が眼を向けた男子数名がぎょっとして眼を逸らす。

「俺は…!」
「野郎のクセに女子に紛れて痴漢や窃視、挙句の果ては女子更衣室に仕掛けでもしてる…とでも思ったのか?真偽も確かめもせずに?とんだ正義感だな」
「……ッ」
「…江戸川さん…ちょっと違うと思うけど、ま、そういう理由なら、誤解も解けただろうし、ここから去ったらどうかしら?もうすぐ予鈴だわ」

顔を真っ赤にし、どう考えても的外れな難癖で終ってしまうかに見えた一幕だったが、相手は往生際悪く―いや、彼にとって一番に確かめたかったことを口に出した。

「じゃ、じゃあ、昨日のあの男は、…彼氏なのか?!お前が元男ってのも知ってるっていうのかよ!」

コナンはゲッと顔をゆがめた。
そして、同時に脳内だけで『快斗の馬鹿野郎!』と素早く罵った。
灰原が少しだけ眉を上げて、そんなコナンの様子を窺い見る。確かに昨日、校門の所でこの二人が一緒に居た姿を教室の窓から見ていたが―、大抵、彼と彼女の相似した顔の作りと雰囲気で二人を兄妹だと誤解する人間が多いから、正しく二人の関係を示す言葉がさて一体どこから出てきたものかと興味が沸く。

「元男だってのに、男とキ、キスできンのかよ!」

「あら」
「あー、お前か!なんっか信号のトコで制服みた気がしたんだよ!だからヤメロって言ったのに、あのバ快斗!」

「え」
「うそ」
「昨日のって」
「あの人でしょ、よく迎えに来る」
「マジシャンの」
「お兄さん…じゃなかったのぉおおおー?!」
「コナンちゃん!?」

(なるほどね…気になる女の子が、他の男とキスしてて、しかも女の子については変な噂があって)

灰原はこの少年が、時折江戸川コナンに注視していたのに気付いていた。よくよく恋多き男子が彼女に向けるものに似ていながら、疑惑を含んだ視線。コナンは疑惑の視線には気付いていたのだろう。だが、わざわざ騒ぎ立てて来たことについての真相には、こと己に関しては鈍感な彼女は気付かないに違いない。
端から見ていれば、淡い想いの散った失意と理不尽な怒りでもって疑惑をぶつけて、とにかく気を引きたかったのがバレバレだ。
まぁ、こっそりと彼女に近づいて、俺は秘密を握ってるんだから言う事を聞かないとどうなるか―と言い寄る手合いに比べればマシかもしれないが。しかし幼稚すぎるやり方は、周りの要らぬ興味を引くから厄介だった。

「どういうことよー」
「実のお兄さんじゃなくて、従兄弟とか?!」
「従兄弟って結婚できるんだっけ?」

現に彼女はすっかりと女子陣に取り囲まれている。
コナンの気を引きたかった彼は、すっかり蚊帳の外だ。

―予鈴が鳴った。

「はい、散って散って。詳しく聞きだしたい人は放課後にでもなさい」

群がられていては、灰原は席につけない。パンパンと手を叩きながら、級友達を散らして、頭を抱えているコナンに囁いた。

「泥棒の二枚舌でも使いなさい」

意図を察したコナンはすぐさま携帯を取り出し、予鈴から本鈴までの短い間にメールを打ったのだった。






「えーっと、今日はやっぱり友達と帰るの…かな?」

『迎えに来い』と端的で強引な意思を感じさせるメールを受取り、何か良くない予感を抱えながら快斗が彼女の通う学校へと訪れて見れば、クラスメイトと思しき女子達に囲まれているコナンの姿。

コナンから送迎を依頼されることは滅多にないし、頼むときも快斗の仕事がどんな状態であるか(不定期な仕事が多いからだ)気にして、もし大丈夫なら、と一応下手に出るのが常だったから、きっと何かあるな、とは思っていたが、一体これはどうしたことか。

眼を爛々とさせた女子達。一定の距離をとって素知らぬ顔をしながらも、キッチリと快斗やコナンの動向を気にしている男子学生の姿もある。

「お前の不用意な行為のせいだからな…何とかしろ」
「へ?何が―」

「あの!コナンちゃんの彼氏って本当ですか!?」

ボソッと呟いた声に疑問を投げようとしたら、別方向から問いを投げられて、快斗は瞬時に状況を察した。

「お兄さんかなって思ってたんですけどぉ」
「てっきり事情のあるご兄妹かご親戚かって思ってたんですよー。苗字違うし」
「どおりでコナンちゃんに聞いてもいっつも誤魔化すだけで紹介してくれないはずよね。あの、マジシャンの黒羽さんですよね!?」
「あ、やっぱり?そうなんだ。知ってるー!時々東都芸術館でやってるマジック定演にも出てる人だよね!」
「うう、まさかコナンちゃんの彼氏とか、まさかまさかだよねー」

「えーっと」

『彼氏』という響きにちょっと嬉しくなるが、じとっと見てくる『彼女』の視線が少々痛い。
―この状況はコナンにとって不本意な状態ということだ。
しかし、原因は快斗にある、と彼女の態度は言っているわけで、昨日の今日で一体何が?と慌ただしく快斗は頭を働かせる。

学校や、時にはコナンに捜査協力を依頼する警察関係者に、自分が『親戚』や『兄』やらと思われていたのは重々承知していた快斗である。
コナンがわざわざ自分たちの関係を大っぴらにしたいはずもないだろうと思っていたし、血の繋がりの無い未成年者との同居が世間の眼にはどう映るのか―傍目には下手をしたら淫行扱いである、とも理解していたから、誤解を甘んじて…いや寧ろ格好の隠れ蓑として有用させて貰っていた。

(おー、睨んでる睨んでる。さぁて、どーすっかね)

学校内だけなら別に構わない。
上手くすれば、快斗の目の届かない場所で彼女に言い寄る不届き者を減らせるし。(学内で同じく彼女を守ってくれる灰原から不埒者の情報が入ればそれなりの対応はしていたが、秘密裏にするのはソコソコ骨が折れ、まして彼女に懸想し近づきたいが為に『お兄さん』などと呼んでくる相手には虫唾が走ったものだ)。
遊びに行こうよと健全さを装った合コンの誘いだってなくなるだろう。(当然合コンには興味がないコナンであるが、カラオケやちょっとしたショッピングや遊びには、女子としての試練を受けなさいと灰原が送り出すこともあって、中にはその遊びの流れでいつの間にか人数の合った野郎どもと合流、なんて事があったのだ。後で話を聞いてヤキモキさせられた事だってある)。

「あのぉ、一緒に帰ってるって事はもしかして一緒に暮らしてるんですか?!」
「コナンちゃんのご両親って海外にいるって言ってたもんね!」
「でも『家の人』って言うから、てっきりお兄さんの事って思ってたけど」
「わ、それってもう同棲までってこと!?」

しかし正確な関係が―それが学校教師陣の知る所になった場合、不味いかもしれねーな、と快斗は考えた。
一応保護者として、コナンの特殊事情と未成年でありながら一人暮らしをする身を預かっている身分を学校には明らかにしてあったが、実際は恋人である男と同居している女子生徒などあまり評判のいい話ではないだろう。

交際だけならともかく、同じ家に暮らす―夜を共にしていると推測される関係から導き出される、未成年者の性的関係や曳いては妊娠だの堕胎だの、更にソレに伴う退学や何やらの懸念は避けられるものではなく外聞が著しく悪いといわざるを得ない。彼女の通う高校は進学校として名高く、そういった事態はもとより噂話にも寛容ではなかったはずだ。
エスカレーター式の中高一貫教育の高校に、高等部から入学した外部生扱いだからこそ、あまり彼女の過去を知る者がなく、また踏み込む者もいないだろうと選んだ経緯がある。裏を返せば、繋がりが薄いだけにアッサリと処分を受けることになるだろう。

「あのね、何か誤解があるみたいだけど」

「えー、キスしてたの見たって人がいるんですよぉ!」

「うーん、それって頬に、じゃないかな?まぁ、俺はさ、幼い頃から海外に行ったりきたりで、向こう流の挨拶がクセみたいなもんだし。職業柄、ハグとキスで親愛を示すのが普通だからね」

快斗がちょいと自分の頬をつつけば、女子の一部がある男子を見遣る。注目を浴びたことに彼は慄きつつ小さく肯いた。

(ってことは…アレか)

キス一つで恋人なら、世界中に彼女が居ることになっちゃうんだけど?と快斗は判りやすく困った笑いを浮かべた。
視界の端にいる男子には見覚えは無いが、彼がこの状況の発端らしい。

昨日の今日でこの騒ぎ。
肯いて黙る男子。
おそらく見られたのは、昨日、車の信号待ちの時に仕掛けた頬へのチュウのことに違いない。
ふっと横を見たら、前の車のナンバープレートの数字で語呂合わせを呟いていたコナンがいて、実に真剣な顔で実にくだらない事を呟く様が可愛らしくてついつい柔らかな頬へ唇を寄せてしまったのだ。一瞬のことに、「オイ!」と顔を紅くして、それもまた可愛かったので再度チュッとしたわけだが、流石に二度目は頭を叩かれた。
傍目には恋人同士のじゃれ合いにしか見えないだろうが、そんな関係性への推察は実際目にした人間の感じ方次第である。
事実だけを取るなら、つまりは頬へのキス程度の話だ。

「コナンとはずっと昔からの付き合いで、うん、キョウダイ、って感じだし」

くいくいっと快斗はコナンを手招く。
コナンは渋々ながらに快斗に近づく。

「昔っから可愛くってさ。今でも、こんなに可愛いし」

ぐりぐりと頭を撫でてやれば、「バーロ!やめろ」っと可愛くない文句が出る。
それでいい。

「俺は兄貴のつもりだから、あんまり騒ぎ立てないでくれないかな?ここら辺にいるのって、同じクラスの子だろ」

コナンに聞いているようで、周囲を確認する為の台詞だ。
こくりと肯く面々に、少しだけ声を落して、快斗は言った。

「弟みたいだったのが妹になってさ、こっちもとまどってるけど。大事なのは本当だから」

それから、ポンポポンっと煙幕を張って、一瞬後には女子高生達の手には花一輪。

「以後、よしなに」

気障に笑って一礼すれば、女の子達はきゃっと嬉しげな声を上げた。







「怒ってますか、コナンさん」
「別に」
「じゃ、何で不機嫌だよ?アレ?もう恋人宣言の方が良かった?だったら、いくらでもしてくるけどさぁ。んでも、もし、それで学校から五月蝿く言われて最悪辞めるとかいうことになったら―」
「辞めるのは勘弁だな。今度はちゃんと卒業しておきてーし。でも」
「ん?」
「あれじゃ、俺が結局弟みたいってだけの話になるじゃねーか」
「収まりどころとしては仕方ないだろ」

そもそも学校の友人達の黒羽快斗の『兄』説を、共に居る理由として快斗と同じく有用していたコナンである。
それを補強しておくことは悪い事ではないはずなのに。
何だか苛々するままに、そういえば、と口を開く。

「あのな、お前が車持って来る間に言われたぞ」
「何を?」
「恋人じゃないなら、ちゃんと紹介して、とか!業界の人と合コン設定してよー、とか!」

スゲーよな最近の女子高生。付き合うなら断然年上がいいんだってよ!で?どーする?と車の助手席で窓枠に持たれる様にして肘を掛け、頬に手を当てながらコナンが眇めた眼で快斗を見ると、運転中にも関わらず、快斗はマジマジとコナンを見返した。

「…な、ぁんだよ?」
「…コナン、あのさ…それ、ヤキモチ?とか?」
「?!……ばーろ…」

周囲が何となく思っていることを否定しないで利用するのではなく、はっきりと事実とは違う関係を周囲に認識付けて誤魔化す事は、実はあまり嬉しくない事態を引き起こすのだな、と考えていたコナン。
―では一体何が嬉しくないか、と、いえば。

そうか、そうだったのか、と今更な事に気がついて、コナンは頬を紅くした。
慌てて、快斗の視線から逃れるように窓の外へ身体ごと向けてしまうコナンに、快斗もまた少し頬を染めながら、呟くように話しかけた。

「うーん…ちょっと後で生徒手帳見せてくんね?コナン」
「ん?ああ、別に、いいけど」

照れが勝って、何に使うんだろうと聞けずにただ肯く。

「少し、確認しておきたいことが出来たからさ」

快斗の確認したい事が男女交際ではなく、成婚している場合の通学の可否だということに気がつくのは、ここから暫く経ってからの事だった。








おとうとは女子高生








奥様は女子高生ならず。
ぺけ五個で哀ちゃんの女子力UP特訓(主に着飾られて遊ばれます)。


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